二十九話 着替えの魔道具

「なん……だと……?」

 カレラだけでなく、夏梛まで魔道具の個人登録を知らなかった。さすがに自分の実の娘にまで知られていない事で、篤紫は少なからずダメージを受けた。

 もう長い間、魔道具屋をやっているけれど、そういえば個人登録はほとんどしていないな。学園でもその辺の授業をしていなかったのだろうか。


「一旦、馬車の中に戻ろうか……」

「うん、わかったよ」

「了解したよ」

 取りあえず篤紫は二人を連れて、馬車内から商館ダンジョンに戻る事にした。


「あ、篤紫さん。お待たせしました。

 服がなくて桃華さんに借りていたので、待たせてしまいました」

 リビングルームに入ると、ちょうどリメンシャーレが着替えを終えて入ってきたところだった。

 服装は、しっかりと桃華の趣味が出ていた。上着からズボン、靴に至るまで、ベージュの迷彩柄で統一されている。極めつけは、同じ迷彩柄のヘルメットだろうか。

 まさに、ザ・冒険家の出で立ちだった。


「あ、シャーレちゃんだけずるいよ。あたしなんて昔買った街服だよ」

「そんなこと言ったら、わたしだって普通の街服だよ」

 二人ともリメンシャーレに駆け寄って、きゃいきゃいとはしゃぎ始めた。

 確かに、探検に行くならあの格好だよな。着替えの魔道具なら、その辺も変化させられるはずだけど。


「これは借り物ですから、あとで桃華さんに返さないといけないのです。

 観光旅行のつもりでいたので、森や山にいく服は用意していなくて……」

「あたしも用意してないよ」

「わたしもそうだよ」

 そんな三人をほほえましく思いながら、篤紫は魔道具の準備に取りかかった。



 腰に巻いたホルスターのポケットから、イヤホンジャックに刺すアクセサリーを取り出した。ロッドの先に球体の石が付いた、単純な構造の魔道具だ。

 球体とロッドの境目に、目視できないほどの小さな魔術文字で、着替えに関する魔術が描き込まれている。ちなみに、単体では全く動かない魔道具だ。


「夏梛、ちょっといいか?」

「はい、おとうさん。準備できたのかな。待ってて今行くよ」

 素直に駆け寄ってきた夏梛を見て、思わず目頭が熱くなった。


 五年の内の大半を、夏梛に避けられて過ごしてきた。何かが気に入らなかったのだろう、休暇で帰ってきた夏梛に話しかけても、睨み付けるだけですぐそっぽを向いてしまった。

 桃華とは話をしていたから、思春期だからと、特に咎めることもしなかったけれど。

 それでも、やっぱり寂しい気持ちはあった。


「ど、どうしたの。なんで泣いてるのよ」

「……なんでもないよ。ありがとうな」

「ばっ、馬っ鹿じゃないの。ほら、涙早く拭きなさいよ」

 夏梛に差し出されたハンカチで目元を拭うと、そっとクリーンの魔法をかけて返した。受け取ったハンカチを、夏梛はそのまま服のポケットにしまった。

 昔に戻れたのかな。篤紫は胸が温かくなった。


「夏梛から、着替えの魔道具を登録するよ。

 スマートフォンの設定画面を開いて、最下部の個体情報の項目を開いて」

「うん、わかったよ。

 ……ここね。この英字と数字を言えばいいの?」

「それは大事な個人情報だから、言っちゃ駄目だよ。

 イヤフォンジャックにこのアクセサリーを差し込んで、出てくる承認アイコンをタップするんだよ」

 手渡したアクセサリーを、夏梛は素直にイヤフォンジャックに差し込んだ。球体が淡く輝き、アイコンが現れたのだろう、夏梛が画面をタップしていた。


「あとは、待ち受け画面に戻れば、着替え用のアプリが追加されているはずだよ」

「うん。あったよ」

 さっそく夏梛は、アプリを起動させて画面を操作し始めた。画面には、夏梛のアバターとともに、今の夏梛が着ている衣服が表示されていた。


 使い方は、できるだけ簡単にしたつもりだ。

 コマンドとしては、クローゼット、デザイン、コピーの三種類だけ。

 クローゼットは、文字通りでアプリ内で衣服を収納しておく場所だ。今は何も入っていないはず。

 デザインは、自分で衣服の形をデザインすることが出来る。素材や色合い、形状などお絵かき感覚で作れるから、みんなそれぞれに個性が出ると思う。

 コピーはカメラを使って誰かが着ている服を複製できる。クローゼットに自動的に収納されるので、すぐにでも着替えられるはずだ。


 すぐに理解したのか、夏梛はリメンシャーレにカメラを向けて、さっそくコピーしていた。少し画面を操作すると、光とともに夏梛の衣服がリメンシャーレと同じになった。


「えっ、夏梛さんいつの間に……?」

「今だよ。これが、おとうさんが作る魔道具の威力だよ」

「すごいですね。こんな魔道具は、王国でも見たことがありませんね」

「やっぱりいつ見ても、篤紫おじさんの魔道具ってすごいと思うよ」

 三人は仲良く夏梛のスマートフォンを覗いて、一斉に感嘆のため息をついていた。

 実際この魔道具は苦労して作った物だから、感心してもらえると嬉しくなる。小さなものに、微細な文字をいつもの倍は描き込んだからね。肩は凝るし、目は痛くなるし、手は腱鞘炎になるしで大変だった。

 でも苦労した甲斐はあると思う。


「ちなみに、イヤフォンジャックからそのアクセサリーを外すと、元の服に戻るからな。だから裸や下着の時に、着替えの魔道具を装着しちゃ駄目だぞ。

 あと、衣装の魔道具を使っているときは、絶対に衣服は脱げないから、お風呂に入るときは、着替えの魔道具を取り外さないと駄目だぞ。

 ……って、夏梛どこ行った?」

 説明している先から、夏梛が視界からいなくなった。たぶん、桃華のいる部屋に突入していったんだろうな。桃華がいっぱい衣装持っていたし。

 変身の魔道具を通すと、どんな衣装でもその人の体格に合わせてくれるかから、コピーするだけで着られる衣装を増やせる。


 ふと、スマートフォンを握りしめて、カレラとリメンシャーレが目をキラキラさせて待っているのに気づいた。

 篤紫は頷くと、ホルスターのポケットからアクセサリーを取りだして、二人に手渡した。



 それから一人ずつ回って、篤紫以外の全員に着替えの魔道具を登録することが出来た。先に着替えの魔道具を登録した、カレラとリメンシャーレが、一緒に付いてきてアプリの説明をしてくれた。

 夏梛は、最後に桃華の所に行ったときに、部屋中を衣装だらけにしていた。桃華もこういうときは、ニコニコしているだけなんだよな。


 ちなみに、篤紫の分はリメンシャーレに渡した。

 足りなかったというのもあるけど、篤紫はいつも使っている変身の魔道具で用が足りるからね。変身しても深い紫色のロングコート姿だから、普段着ていても違和感ないし。





 予定通り一時間ほどで、再び馬車の前に戻ってこれた。

 さて、あらためて探検に出発だ。


「それじゃ、気をつけて行ってらっしゃい」

「うん、おかあさん。いってきます」

 四人と一匹に見送られながら、篤紫たちは探検に出かけた。

 ちなみに、この時点で篤紫以外の全員が、簡素な街服に着替えた後で、衣装の魔道具で衣装チェンジしている。自分で作った魔道具ながら、なんとも便利な魔道具だと思った。


 基礎能力の向上は一切無いけれど、防御力だけは変身の魔道具と同レベルにしてあるから、魔道具で着替えたままの方が安全なのかもしれない。

 娘三人は揃って、ベージュの迷彩柄スタイルだ。

 篤紫だけ、深い紫のロングコート姿なのには、誰も突っ込んでこなかった。



 玉石の海岸を、足下に気をつけながら慎重に進んで、森の縁まで辿り着いた。空は雲間から青空が覗いていて、雨降りにならずに済みそうだった 

 朝はどんよりとした曇り空だったから、この天気の変化はありがたい。


「みんな準備はいいかな?」

「「「はーい」」」

「それじゃ、今からこの島の探検に出かける。

 食事も挟んで、全行程六時間の予定だよ。三時間進んだら、その時点で引き返すから、みんな覚えていて欲しい」

 三人が頷くのを確認して、篤紫は森に足を踏み入れた。

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