二十八話 探検に行こう

「こっちはこんな感じだったのよ」

 桃華と夏梛の話を聞きながら、篤紫は桃華達が無事だったことに、心から安堵した。

 と同時に、変身魔道具で変身した後の神気解放が、本当に危険な物であることも理解した。そもそも変身だけで地力がかなり上がるのに、余計な翼なんて必要ないのだけれど。


 馬車の横で焚いていたたき火を消して、馬車の照明も消した。

 既に魔獣が一掃されて安全になった島でも、夜は何が起きるかわからない。全員で馬車の内扉から商館ダンジョンに入って、リビングルームで遅めの夕飯を食べることにした。

 少し待つと、焼きたてのステーキを始めとして、様々な料理がテーブルに並んだ。香りがいいお茶も淹れられて、準備が整ったところでみんな揃って食事を始めた。


「それじゃ、桃華と夏梛以外のみんなが気がついたのって、本当に俺が島に着く前くらいだったんだ」

「ええ。恥ずかしながら、二時間ほど気絶していたようですね。起きたときにリビングで三台ベッドが並んでいたのには、さすがにびっくりしましたが」

 見えないところでオルフェナが活躍していたようで、リビングの四人だけでなく、夏梛の部屋にいたカレラとリメンシャーレもベッド二台に分けて寝かされていた。


『魔法というのは便利だな。こんな小さな身体でも、工夫次第でどんな大きなものも運べる』

 小玉羊であるオルフェナは、メロン位の大きさしかない。その身体で大人三人を運んだのだから、魔法は本当にすごいのだと思う。


「それよりも、魔道馬が消滅してしまったのはかなりの痛手よね。

 気絶していたとは言え、篤紫さんには申し訳ない気持ちだわ」

「いやいや、シズカさんはどうしようもなかったでしょ」

 シズカに続けて、ユリネにも謝罪されたけれど、そもそも気絶したのは篤紫が背中に翼を広げたまま、桃華に電話を掛けたのが原因だ。逆に篤紫が、謝るべき立場だったりする……。


「魔道馬は、代わりのものを作れば何とかなると思うよ。

 ただ問題は、材料が足りないことかな」

 アイアンダンジョンの下層にだけしかない素材を使っているので、その代替がなければ馬として動かない。

 難しいのが、関節をスムーズに動かすための素材だけど。願わくば、ここの島に似たような材料があればいいのだけど。


「せっかくだから明日になったら、この島を調べてみたいと思う。

 さっきの話からすると、上空で攻撃してきた光線と、魔獣の群れとは関係なさそうだし。

 ここは絶海の孤島ともいえる島だから、何か変わった物があるんじゃないかな」

「それならば、私はまた馬車に待機していますよ。何かあったときに、男手は必要でしょう」

 話し合いの結果、島を探検するのは篤紫、夏梛、カレラ、リメンシャーレの四人になった。

 あとの四人とオルフェナは、桃華が回収した魔獣素材を分別したり、解体したりして、商館の倉庫に整理することにした。同時に、料理もしながら旅の食事の前準備も進めるらしい。


 ただ、妖精コマイナだけはいつまで経っても気絶から回復する様子がなかった。心配になって顔を覗いたら、やっぱり寝ているだけのように見えた。

 考えてみたら、コマイナ・ダンジョンを出発してから、異様に寝ている時間が多くなった気もする。今度起きているときに、話を聞いてみないといけないな。




「なあ、桃華……」

「どうしたの、篤紫さん?」

 話し合いも終わって、寝室で寝る準備をしていた。桃華は慣れた手つきでベッドを整えている。

 篤紫は急須に茶葉を入れて、ぬるめのお湯をゆっくりと急須に注いだ。


「コマイナのことなんだけど、桃華は何か気づいたことはないか?」

「そうね――」

 桃華はベッドから離れると、湯飲みを二つ持って、篤紫の対面にある椅子に腰掛けた。

 持ってきてくれた湯飲みにお茶を淹れながら、顎に手を当てて考えている桃華の次の句を待った。


「調子は悪い感じね。旅に出てからだけど、起きていた時間は、食事の時間程度だったかしら。

 もっとも、ここに墜落してからは、一度も目を覚ましていないわ」

「原因とかまではわからないよな。

 少し気をかけていて欲しいんだけど、出かけている間のこと頼めるかな?」

「その口ぶりだと、何となく予想は付いているのね?

 しっかりと見ておくわね。あの子も、私たちの大切な子ですから」

 湯飲みを傾けると、緑茶の甘い香りが口に広がった。少し遅れて、控えめな苦みが口に優しく広がった。

 なんだかんだ言って、桃華は色々察しがいいから助かっている。そんな事を考えながら、二人で眠りに入った。




 翌日、空には少し重い雲が広がっていた。空気も同じようにじっとりと重く、場合によっては雨が降り出しそうな陽気だった。


 篤紫は御者台に座って、魔道馬がいた辺りを悲しそうな目で見つめていた。魔石を埋め込んだことで、魔道具でありながらある程度、意思めいたものがあったと思う。

 数日前の試運転の時も、篤紫の思い通りに馬車を引いてくれた。目が合うと、ヒヒンと軽く鳴いてくれた。


「ほぼ、半日か……。仕方ないとは言え、ルルガ悲しむだろうな」

 旅に出るために、昨日の朝別れた友人の顔を思い出した。相方のマリエルと一緒に、かなり短期間で魔道馬のベースを作ってくれた。

 不壊処理でもしておけば――今さらながら、自責の念に駆られた。ともあれ今さらどうしようもないので、ため息とともに流す事にした。




「おとうさん、待った?」

「おじさん、お待たせしました」

 振り返ると、夏梛とカレラが馬車内から出てくるところだった。でも二人だけしかいない、リメンシャーレはどうしたのだろう?


「あ、シャーレちゃんね。服がないからって、ずっと探していたんだよ。

 いまは、たぶんおかあさんのところに借りに行っていると思う」

「ちょっと探検に行くだけだぞ? 汚れてもいい、普通の格好でいいんだけどな」

「その普通の格好をするための服がないんだよ。シャーレちゃんはお嬢様だから、おしゃれなドレスしか持っていないんだよ。

 かといって、変身の魔道具だと派手すぎるから、冒険向きじゃないし」

 その変身魔道具で行こうと思っていた篤紫は、思わず指で頬を掻いた。


 防御力を付加した、着替えの魔道具――みたいな物は、前々から考えてはいた。しばらくは陸路で、コーフザイア帝国やオオエド皇国に向かうつもりでいたので、街道経由ならある程度安全なので、制作は後でもいいと思っていたのだけれど。

 まさか、初日からこんな無人島に来るなんて、誰が想像できただろうか。


「あー、そうか。着替えか。

 何なら、今日の冒険は出発を少し後にして、着替えの魔道具でも作ろうか?

 一応、作る予定でいたから、一時間もあれば用意できるんだけど」

「えっ、そんなに早く作れるのですか?」

 目を見開いてびっくりしたのは、カレラだった。


「うん? ベースは作ってあるから、あとは個人登録をするだけだよ。

 と言ってもみんなの魂樹――スマートフォンが必要になるんだけどね」

「ええっ、個人登録って何ですか? えっえっ……学園で習った事と全然違うよ……」

 顔いっぱいをクエスチョンマークにしながら、カレラはしきりに首を傾げていた。

 そういえば、カレラの前で魔道具を作っているのを見せた事無かったっけ。カレラにも変身の魔道具を渡してあるけど、あの当時は名前だけで認証できたもんな。


 そう考えると、昔は恐ろしい世界だったんだな。呪いの魔道具なんて、名前指定で作り放題だったんだから。

 今はその辺りのセキュリティーがしっかりしているから、正規の手続きを経ないと個人登録ができなくなった。


「ねえ、おとうさん……個人登録って……なに?」


 夏梛、お前もか。

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