三十四話 金属生命体

 警戒して、少しの間金属ウサギを観察した。

 体が金属質なことに、引っかかりを覚えた。もしこの金属ウサギが液体金属系の生命体だった場合、ここからの反撃も可能だろう。

 完全降伏ですら、嘘の可能性もある。


 篤紫は桃華の目を見て、首を横に振る。桃華は頷くと、少し下がってキャリーバッグを体の前に構えた。桃華が戦闘体勢を取った。

 正直言って篤紫には、キャリーバッグを武器にするという発想はなかった。


 あの、体の前にキャリーバッグを構えた防御の状態から、押し出し、突き、なぎ払い、跳ね上げなど、かなり多彩な攻撃をする。桃華に頼まれて魔術を追記していったら、恐ろしい武器に変貌した。

 もちろん、中身はキャリーバッグなので、普通に荷物が収納されているが。


『あのっ、あのっ……本当に、争う気はないんです……』

 金属ウサギは未だ小刻みに震えたまま、仰向けで両手両足を伸ばしていた。さっきからずっと体勢を変えていない。

 篤紫は銃口を金属ウサギから外さずに、ゆっくりと姿を見せた。

 気配を察知してか、金属ウサギが大きく息を飲んだのが分かった。やっぱり、生命体なのか?


 ゆっくりと歩みを運んで、金属ウサギの顔が見える位置まで進んだ。銃口が目に入ったからか、金属ウサギは目を見開いて、完全に硬直したようだ。

 そのまま十数秒ほど対峙して、篤紫は大きく息を吐いた。金属ウサギから銃口を外して、数歩下がった。

 ……なんだよ、これじゃこっちが悪者じゃないか。



「おまえ、何でこんなところにいるんだ?」

 警戒は解かない。

 スッと、桃華が篤紫の隣に顕れた。内心びっくりして、魔道銃を落としそうになる。慌てて逆手で魔道銃を支えた。

 お願い桃華、こういう時に時間を止めて近づくのはやめてくれ……。


『あのっ、わたくしはここから出られないんです。ここに閉じ込められているのです。

 ずっと、センサーが反応したら機関にエネルギーを注ぐようにって言われていました。さっきも合図があったので、機関を動かしただけなんです……』

 篤紫はじっと金属ウサギを見つめた後、手に持っていた魔道銃をホルスターに収納した。ボタンロックもかける。この金属ウサギは、大丈夫だろう。


 そもそも本当に危険ならば、先に時間停止で桃華が動いているはず。正直、魔道銃と魔道ペンしか持っていない篤紫は、家族の中で最弱だ。

 逆に家族の中で最も強いのが、桃華だ。

 自分でも、最弱の自分が今回、何故わざわざ探索しているのか、不思議でしょうがない。


「それで、いつからここにいるんだ」

『わかりません。もう時間の感覚なんてありませんから』

「篤紫さん、この子は大丈夫だと思うわ」

「わかった。いいよ信じる。ほら手をだしな」

 篤紫が伸ばした手を、しかし金属ウサギは掴まなかった。仰向けの絶対服従ポーズのまま、横に首を振っている。

 これは、完全にシロか……。


 篤紫は再び数歩下がると、同じように隣に下がった桃華に目配せをした。


 桃華は篤紫にうなずきを返すと、キャリーバッグから小さめのテーブルと、三脚の椅子を取り出した。

 さらにサイドテーブルを近くに出して、お茶を淹れ始めた。紅茶の柔らかい香りが部屋に広がった。取り出したカップにお茶を注ぎ、さらに新しいお皿の上にクッキーを二枚ずつ乗せると、それぞれの席に配った。


 篤紫と桃華は、椅子に座って金属ウサギが動くのを待った。

 しばらくして、何もされないことに気がついたのか、金属ウサギがゆっくりと起き上がった。テーブルと椅子を見て、またびっくりして固まった。


「座れるかしら?」

 金属ウサギは、椅子と桃華を交互に見たあと、力なく首を横に振った。立ち上がった金属ウサギは、どう頑張っても篤紫の膝くらいしか無かった。

 桃華は椅子から立ち上がって、椅子の一つを子供用の椅子に変えると、一瞬で金属ウサギの裏に回って脇を抱え上げた。そのまま子供用の椅子に座らせる。


「意外に軽いのね」

「そうなのか? 見た目は金属に見えるんだけど」

「確かに見た目は金属だけど、触った感じは柔らかかったわ。でも周りの温度に影響されて冷たくなっていたから、やっぱり金属だと思うわよ」

 再び自分の椅子に一瞬で座った桃華は、カップに入った紅茶を口に運んだ。

 突然抱え上げられて、椅子に座らされた金属ウサギは、口をだらしなく開けて硬直していた。心なしか、目尻に涙を浮かべているように見える。


 まずいな、可愛すぎるじゃないか。


「おまえは、生きている……って捉えていいのかな?」

『……えっ、えっ。あの……たぶん……はい』

「くすくす。金属のウサギさんが喋るのって、何だか不思議な感じね。

 よかったら、お茶とクッキーを召し上がって」

『あのっ……はい。いただきます……』

 やはり金属であっても生命体なのだろう。おずおずとカップを手に取ると、お茶を飲み始めた。


『あ……おいしい……』

 篤紫と桃華は顔を見合わせると、そろって笑みを漏らした。




「つまりもともとこの星の住人じゃないのか」

『はい。宇宙から墜落した衝撃で、半分ほどしか覚えていないのですが。

 それにここに幽閉されて、どのくらいの時間が流れたのか、全く分からないのです……』

「そうか。それは何というか、災難だったな」

 墜落して気絶している間に、人間族らによってここに閉じ込められたようだ。記憶も半分無くなっていたので、自分自身何が出来るのか分からず、それ以来、本当の意味で何も出来なかったらしい。


「あー、ちなみに名前は?」

「えと……ミュシュって言います。

 あと自分でもよく分かっていないのですが、体は軟質アダマンタイトみたいです。外にいた人間が言っていました」

 また……相反する言葉を並べたな。ダイヤモンド位硬いアダマンタイトが、軟質ってことは柔らかいんだろう? いや、あり得ないって。目の前にいるみたいなんだけど。

 篤紫は思わず眉間を揉んだ。桃華は、ミュシュのカップが空だったのか、お茶を注いでいる。


「取りあえず、あり得ない体質だと言うことは分かった。

 それで、これからどうするんだ? まだそこの機関にエネルギーを注ぐのか?」

『え……その、どういう意味ですか? できれば、エネルギーを注ぎたくないです。さすがに疲れますから』

「いや待て。あれだけのエネルギーを放出しておいて、疲れるとかその程度なのか……」

 可愛らしく首を傾げるミュシュに、篤紫は力が抜けて肩を落とした。


「あのね、外に出たくないかな、ってことなのよ」

『えっえっ、出たいです。出られるのですか? もうここから出たいです』

 感極まってか、ミュシュは大粒の涙を流し始めた。涙は、床に落ちるとカランコロンと言う乾いた音を立てて、床を弾んだ。

 それを見た桃華が慌てて駆け寄ると、ミュシュを椅子から抱き上げて、ギュッと抱きしめた。


「大丈夫よ。私たちが連れて行ってあげるわ。もうここは放棄してもいいわ。

 いいわよね、篤紫さん?」

 もとよりここから外には連れて行ってあげるつもりだったので、篤紫は桃華にしっかりとうなずきを返した。

 ミュシュは桃華の言葉に安心したのか、しゃくり上げるまでには落ち着いたようだ。こうやって見ると、子どもにしか見えない。


「ちなみにこの戦艦は、ミュシュがエネルギーを注がないと、どういう状態になるんだ?」

『ひっぐ……えっど。バッデリーにもだまに充電じていたので……ぐずっ、ごのまま放置ずると、完全に動がなくなりまず……ズズッ』

 涙声で一生懸命答えてくれるミュシュに、篤紫も完全に落ちた。

 おもむろに近づくと、そっとミュシュの頭を撫でた。くすぐったそうに目を細める姿に、さらに庇護欲をかき立てられた。


「よし、ミュシュ。今から君は、うちの子な」

『……えっ……ええっ?』

 桃華に抱かれたまま、ミュシュは顔を上げて目を大きく見開いた。


「拒否権は認めない。これは決定事項だ」

 桃華もニコニコ笑顔を浮かべて、ミュシュの頭をそっと撫でていた。

 そんな桃華に遠慮がちに抱きついたミュシュは、また大粒の涙を流していた。

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