二十三話 孤島上陸

 夏梛は岩壁を通路に加工しながら、ゆっくりと船まで近づいてくると、恐る恐る甲板に足を踏み入れた。

 ポカーンと口を開けたまま、氷船を見回すと、一気に顔が喜色一面に変わる。


「お、おとうさんっ、この船っておとうさんが作ったんでしょ?」

 再会を喜び合う事無く、夏梛は甲板をあちこち見て回り始めた。思わぬ夏梛の行動に、篤紫は声を次ぐ事ができずに、夏梛の行動を見守るしかなかった。

 夏梛に続いて、カレラとリメンシャーレも甲板に駆けていく。


「篤紫さんっ!」

 夏梛が作った岩壁の道から、明かりを灯しながら、桃華を先頭にみんなが船に乗り込んできた。あ、全員じゃないのか、タカヒロとオルフェナの姿が見えない。

 きっと妖精コマイナを一人にするわけにいかなかったんだと思う。それだけ不測の事態が起きたのだと、理解した。


 次々と氷船に乗り込んでくる端から、みんなびっくりして甲板を見回している。中でもユリネの反応が夏梛と同じだった。氷使いだから、氷船の造形に興味津々の様子だ。


「お疲れさま、篤紫さん。無事のようで安心したわ。

 ところで、この船はどうしたのかしら?」

「ああ、シズカさん。お互いに無事でよかった。

 この船は俺が作ったんです。苦肉の策で、氷の船を作って海上を航行してきたんだ。船体自体は、コマイナの漁港にあった魔道漁船を参考にして、多少自分なりにアレンジはしたよ」

「あの……篤紫さん、ごめんなさい……」

 シズカの陰から桃華が顔を伏せながら、遠慮気味に篤紫に近づいてきた。手には自分のスマートフォンを握っている。こんなしおらしい桃華は珍しいな。

 篤紫は頬を掻くと、桃華に近づいて頭に軽く手を置いた。


「オルフェナから聞いてるよ。何かそっちも大変だったんだって? 確かにあの時点で状況を知って焦らされてたら、ここに来るのにもっと時間がかかっていたかもしれない。

 逆にありがとうな、みんなで待っていてくれたんだろう?」

「あ……はい。はいっ」

 桃華がギュッと篤紫に抱きついてきた。篤紫は片手で抱き返して、優しく頭を撫でた。


「お互いに無事だったんだから、今はいいんじゃないかな。

 細かい話は馬車に戻って、みんなで落ち着いてからでいいよ。ほら、見て。みんなはしゃいでいるから、このままじゃ収拾が付かないよ」

「え……あ。そうね、確かにそんな感じよね。ふふふ」

 篤紫と桃華は顔を見合わせて、互いにいい笑顔を浮かべた。


 船倉や船室も見てきたのだろう、夏梛とカレラ、リメンシャーレが仲良く階段を上がってきた。ユリネも入れ替わるように階段を下りていく。

 いつもは年長として泰然としているシズカでさえ、落ち着き無く氷船を見て回っている。


「大きな船ね、お部屋はいくつぐらいあるのかしら?」

 抱擁を解いた桃華が、篤紫の隣に来て腕に抱きついてきた。胸元にある星のペンダントが、明かりを受けてキラキラと煌めいている。


「船倉と合わせて、十五室は確保してあるよ」

「すごいわね、見た目だけじゃなくて、本格的な船なのね。

 まさかいきなり海上に連れ去られるとは思わなかったから、船なんて想定もしていなかったわ」

 しばらく待っていると、一通り見終わったのか、みんな篤紫のところに集まって来た。さっそく氷船の質問攻めにあったものの、簡単に答えるにとどめて、取りあえず上陸する事にした。

 タカヒロとオルフェナ、それから妖精コマイナが待っているからね、合流が先だと思うんだ。


 念のため錨を下ろしたのだけれど、氷で作った錨だったため、沈めてすぐに浮いてきてしまった。錨の素材が氷だから、そりゃ浮かぶよな。

 諦めて、岩壁を魔法で突起させて、そこにロープで氷船を繋ぐにとどめた。



「本当に船自体が氷でできているのね、触っても冷たくないのには驚いたわ。

 色は間違いなく私の知っている氷だから、いつも思うけど篤紫さんの魔術はほんとうに奇跡ね」

 前を歩いているユリネが、一生懸命に話しかけてくる。

 甲板から岩壁通路に足を付けると、夏梛の魔法造成に思わず目を見開いた。


 岩肌にコの字に抉り取られた通路は、幅を二メートル程確保されていて、かなり歩きやすい。海側には落ちないように手すりが作られていて、足下は滑り止めの形成がされていた。

 天井には等間隔に照明が付けられている。ただ、光源はないように見える。夏梛は魔術を使っていなかったはずだけど……。


「夏梛、これはどうやって光らせているんだ?」

「……えと……」

 篤紫が首を動かして後ろに顔を向けると、夏梛は驚いた顔をしてサッと俯いてしまった。

 まだ何か気まずいのだろうか。

 篤紫が前を向いて歩き出そうとすると、服の裾が引かれた。立ち止まってもう一度振り返ると、夏梛が俯いたままぽつぽつと話し始めた。


「……筒にね、光源の魔石を填めてあるの。中が鏡になっていて、岩壁の端から筒を伸ばして照明にしてるの。だめ……かな?」

「すごくいいと思うよ。夜にこの位の光源があれば、ちょうど足下が見えるよ。魔法と物理の併用だね。よく考えてあるな」

「……うん。そっか」

 篤紫は夏梛の頭に優しく手を乗せると、ポンポンと軽く手を動かした。実際、魔術を使わずに明かりをここまで導いているのだから、すごいと思う。

 俯いたままの夏梛の口元が、少し嬉しそうだった。



 岩壁の道を抜けて、海岸に辿り着いた。ここから先は再び闇の中なので、みんなで手分けして、魔法で光の玉を浮かべた。

 海岸は砂ではなく、大小様々の石が転がっている、石の海岸だった。石に足を取られるので、思いの外歩きづらかった。魔法の光源で周りを照らしているとは言え、夜の海岸はやっぱり少し慎重になる。


 五分ほど海岸を歩くと、川の側に馬車が停まっていた。ぱっと見て、魔道馬が見当たらない。馬車は目立つようにか、車内の明かりが灯っていた。

 その横では、たき火が焚かれていた。タカヒロとオルフェナ、妖精コマイナが近づいてきた篤紫たちに気がついて、顔を上げたところだった。


「篤紫さん、無事だったのですね。よかった。

 それからごめんなさい。私が油断していたばっかりに、翼竜に攫われてしまう結果になってしまいした――」

「いやいや、翼竜相手じゃそもそも無理だよ。タカヒロさんじゃなくても、誰だって無理だったと思うよ」

 立ち上がって頭を下げようとしたタカヒロを、慌てて止めた。


『来たか篤紫。無事で何よりだ』

 いつもの様子のオルフェナに、篤紫はうなずき返した。



 全員を促して、一旦馬車のダンジョンになっている部屋に移動してもらう。やっぱり魔道馬が見当たらないので、この状態であれば中の方が安全だと判断した。

 馬車内の扉から商館ダンジョンに入って、リビングルームの椅子に全員で腰を掛けた。すかさず、桃華がお茶を淹れ始めるのを、慌ててユリネが手伝っていた。



 落ち着いたところで、篤紫は全員の顔を見回した。

 桃華、夏梛、オルフェナ。いつも通りの家族の姿だった。誰かがトラブル体質なんだろうけど、誰だろう。俺か? たぶん俺だな。


 シズカ、タカヒロ、ユリネにカレラ。いつもと変わらないお隣さん家族に、心底安心した。反論されるから言わないけれど、一緒に旅に付いて来たばっかりに、こんなところまで来る羽目になった。すまないと思う。


 リメンシャーレに、妖精コマイナ。この世界での新しい家族。ゆったりした旅のはずだった。やっぱり、ごめん。

 でも特に誰も欠ける事なく、全員無事だった。本当にそれだけは良かったと思う。


 ただ、襲ってきた翼竜と、近くに見当たらない魔道馬の様子だけは、このあと話を聞かないと分からなかった。




 篤紫が上空で馬車から振り落とされてから半日ほどの話をすると、驚きと同時に全員から安堵の声が漏れた。

 桃華達も、夏梛経由で位置情報を送ったものの、いったいどうやってここまで来るのか、想像できなかったらしい。氷船の話には、タカヒロも身を乗り出して話に割り込んできたほどだ。

 夫婦で似たような反応をする事に、何だかほっこりした。

 ただあらためて、自分の魔術の非常識さが、身に染みて分かった。自重する気は、全くもってない。


「氷船はいま海に浮かべてあるけれど、魔道具だから収納する事ができるよ。あの大きさだから、収納でどのくらいの魔力を消費するか分からないけど」

 魔力は膨大な量を保有しているため、実際にはほとんど影響は無いと思う。魔術のおかげで、収納がチート化できたことは本当に良かったと思う。


 続いて桃華から、桃華達があの後どうやってこの島まで来たのか、説明を聞いた。


 馬車がダンジョンで、本当に良かったと思った。


 桃華の話に、篤紫は戦慄を覚える事となる。

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