十九話 旅立ちの日

 それから、つつがなく旅立ちの準備は進んだ。

 ルルガに頼んであった魔道馬も、予定よりも一日遅れ程度で完成した。もともと、無理を言ってお願いしてあったため、これでも早く作ってもらえたと思う。


 もともと、魔道具の挙動は機械に近い。一番苦手とするのは、滑らかな関節の動きだったりする。地球の科学でも、動物の動きを完全に再現することはできなかったはずだ。

 それを、ルルガは完全に再現してくれた。


「んだてめえ、言うこと聞きやがれ! なんだこの駄馬わああぁぁっ」

 見送りに来たキングが、魔道馬に跨がって振り回されていた。

 キングを振り落とそうとする魔道馬に、絶対に落ちまいと乗り跨がっているキング。かれこれ一時間はやっていると思う。


「ありがとう、ルルガ。俺じゃあそこまで再現できなかったよ」

「いや、オレだけじゃ無理だったよ。マリエルがいて、たくさんサポートしてくれたから、魔道馬の基礎が完成したんだよ」

 ルルガの一歩後ろでは、マリエルが笑顔で首を振っていた。あれから二人が上手くいっていることは知っている。

 目の前で今暴れている魔道馬の、想像以上に高い完成度が全てを物語っていた。


「ところで、想定以上に生き物に見えるんだけど、何かルルガは変わった素材を使ったのか?」

 今朝、基礎ができたと連絡を受けて、さっそくルルガ鍛冶工房に出向いて、仕上げの魔術文字を描き込んだ。その結果、魔道馬がまるで生きているように動き始めて、みんなで腰を抜かしたことを思い出した。


「それがな、何とも原因が分からないんだ。

 追加で使った素材は全部、篤紫がアイアン・ダンジョンから持ってきてくれた素材なんだよ。全く見当がつかないんだが」

「最後って言うと、関節に使う樹液か、あとはコアに使った魔石か……ああ、魔石か」

 最下層に落ちていた魔石を渡したっけ。普通に黒い魔石だったんだけど、何故かその魔石を魔道馬に使いたくなった。たぶんその結果か。

 あの魔石、何だったのだろう?




 魔道馬を馬車もどきに繋ぎ、餌の魔石を魔道馬の口に放り込んだ。丸呑みして美味そうに嘶く姿は、まさに馬そのものだった。

 庭に大の字になって寝転がっているキングには、妖精クロムが膝枕をしていた。なんともいい関係になったと思う。


 結局キングはアイアン・ダンジョンを出て、コマイナ都市で暮らすことになった。その住居として、白崎魔道具店を使ってもらうことになっている。


「結局このダンジョンから出て行くんだな。

 まあ篤紫の家は元々あそこにある白亜城だから、それでもまた戻ってくるんだろう?」

「ああ。とりあえず東に向かって、コーフザイア帝国とオオエド皇国まで足を伸ばして、そのまま北上する予定かな。

 ただ、どのみち南に戻ってくるから一度はここに寄ることになると思うよ」

「そうか。道中は野生の魔獣が出るみたいだかから、まあ大丈夫だとは思うが気をつけてな」

「ありがとう。馬車もどきには妖精コマイナがついているから、間違っても何も起きないと思うよ」

「ちがいない」


 馬車もどきでは、御者台裏の扉からみんなが中に入っていくところだった。

 結局あれから馬車もどきも改良を加えて、御者台裏から乗り込むと椅子に座って窓から外を見える仕様に変更した。幌馬車ではなく、窓付きの駅馬車仕様に変更した。これなら、真四角でもそんなに違和感がない。

 室内の扉と、背面の扉からはダンジョン化した商館に入ることができる。この場車には、頑張ってチートぶりを発揮して貰おう。


 御者台には、篤紫とタカヒロ、それに特等席に妖精コマイナが座った。

 もと白崎魔道具店の前では、ルルガ、マリエル、キングに妖精クロムが並んで見送りをしてくれていた。


「じゃあな、てめえの顔を見なくて済むなら、せいせいするわ」

「なあキング、篤紫たちをちゃんと見送るんじゃなかったのかよ」

「てめえ、くそルルガうるせえぞ。いちいち余計なこと言うんじゃねえ」

 ルルガが近くにいるからか、あれからキングがまた元気になったと、妖精クロムからは聞いている。

 変質ゴブリン二人の裏では妖精クロムとマリエルが、苦笑いをしながらお互いに顔を見合わせている。


「ありがとう、いってくるな」

 手綱を振って、魔道馬をゆっくりと進ませた。

 手を振る四人から離れると、街にはいつもの景色が広がっていた。


 商店では、新鮮な野菜が売られていたり、肉屋さんも軒先につるした牛を捌いていた。

 街を歩く人々には、いつも通りの日常が変わらずに過ぎていく。


 大通りを西に進み少し坂を登って、外壁の中で一番近い西門に着いた。

「こんにちは、篤紫さん。お出かけですか?」

 いつもの竜人の門番が、笑顔で話しかけてきた。篤紫は、馬車を下りると鞄からピンク色の箒を取りだして、竜人の門番に手渡した。


「今日は内門ではなく、外門に行きます。

 それからこれ、この間話をしていた箒です」

 篤紫は箒を竜人の門番に手渡すと、箒の使い方を簡単に説明した。

 色はともかく、性能というか使い勝手は竜人の門番にも好評だった。一通り辺りを掃くと、思いの外ゴミが散らばっていることが分かった。


「これがホウキですか、いいですね。大事に使わせてもらいます。

 外門は左の門になりますので、どうぞお通りください」

「ありがとうございます。通りますね」

 竜人の門番に見送られながら、馬車もどきは西門をくぐった。独特の感覚とともに、馬車もどきはコマイナ・ダンジョンの外に出た。



 西向きに出たため、馬車もどきを東に進むように旋回させながら、左手に見えるコマイナ・ダンジョンを見上げた。


 一辺が十メートル四方の正方形の建造物だ。漆黒のそのダンジョンは四方に大扉がついている。いま左手に見えているのは、コマイナ都市南に繋がるコマイナ・ダンジョン南門だ。


「コマイナ・ダンジョンには、たくさんお世話になりましたね」

 隣のタカヒロが、しみじみと呟いた。出発する前から、さっそく寝転けている妖精コマイナにため息をついて、篤紫は一旦馬車もどき――まあ、馬車でいいか、を止めた。


 ちょうど南側にある湖が、太陽の光を反射されて漆黒のダンジョン壁を、より黒く光らせていた。

 馬車が止まったからか、中からみんなが下りてきた。全員が揃って、漆黒のコマイナ・ダンジョンを見上げた。


「ここにはたくさんお世話になりましたね」

「これでタカヒロさんの暴走が止まるのね……」

 シズカとユリネが、感慨深そうにつぶやいた。確かにタカヒロの旅に出ましょう症候群は酷かったよね。

 いつもユリネは苦労の人だった。


「わたしたちは、ほとんどここにいなかったけどね」

「たまに帰ってきても、この大きな黒い箱は異質だったけどね」

「私も、スワーレイドの湖の隣に、こんなのが建ったなんて、全く知りませんでした」

 夏梛とカレラ、リメンシャーレが顔を見合わせてうなずき合っていた。

 コマイナ・ダンジョンがここに落ち着いてから、五年のあいだお隣のシーオマツモ王国にある、魔導学園に通っていたからね。

 リメンシャーレに関しては元女王で、退位してそのまま夏梛、カレラと一緒に魔導学園に通っていたから、そもそも知らなかったのか。


『まあ、我らがまた戻ってくる故郷でもあるだろう』

「そうね、ここが私たちのよ。当たり前じゃない」

 オルフェナを抱きかかえた桃華が、篤紫の方を振り返った。

 そう、ここは我が家。この旅がいつまでかかるか分からないけれど、いずれ戻ってくる場所。


「それじゃ、気楽に行きますか」

 みんなの顔を見回す。一斉に頷くと、馬車に乗り込んだ。


 長い準備だったけど、いざ、旅に出かけますか――。

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