十八話 神気

 キングと妖精クロムを見送った後、ふと思い出して上着の胸ポケットを覗き込んだ。眠りこけていた妖精コマイナを、さすがにキングの家に置いてくるわけにも行かず、ポケットに入れて寝かせてあったんだけど……。


 胸ポケットの中では、妖精コマイナが泡を吹いて気絶していた。

 胸元がなんとなく温かくなった。よく見ると、妖精コマイナが漏らしてしまったようだ。慌てて、自分に向けてクリーンの魔法をかける。


 周りを見回して見るも、町の外れという事もあって、辺りは静まりかえっていた。いや、異状に静かすぎるのか?

 状況が掴めないので、ナナナシアにメールを送ってみる事にした。


『何かナナナシアに電話をしたら二人とも調子悪くなったんだけど、どういうことだか教えて欲しい。

 さっき何かが漏れていると言っていたけど、それもついでに』

 文字を打つ前は色々聞きたい事があったはずなのに、画面に打ち込んでいる間に忘れてしまった。取りあえず送信した。


 程なくして、メールが届いたのか着信音が聞こえた。と同時に、胸ポケットの妖精コマイナがビクンと跳ね上がった。また、胸元が温かくなったので、クリーンの魔法をかけた。


『いきなり電話を切るなんて、ひどい。そんな子に育てた覚えはありませんよ。育ててないけど。

 あのね、前に篤紫君が作っていた魂儀を一個作って欲しかったのよ。メールに添付できるようにしておいたから、暇なときに作って送ってね。


 それから二人が調子悪くなったのはね、神気に当てられたからよ。篤紫君は平気みたいだけど、電話してたとき、そのスマートフォンからダダ漏れだったのよ?

 もっと言うと、そこのフロアにいる生き物全員が、もれなく気絶しているわ。一時間くらいで気がつくと思うから、遠隔で他フロアとの行き来をロックしておくわね。


 電話やメールをするときは、個室のダンジョンに入った方がいいかもしれないわね。

 それじゃ、魂儀の件はよろしくね』

 篤紫は思わず頬を掻いてた。まさか、すぐに返信があるとも思っていなかった。メールを受信するだけでも神気が飛ぶのか。

 周りを見回しても、やっぱり静かなままだった。みんなごめん。



 あらためて、魔道エレベーターへの魔術文字を描き込む準備に取りかかった。まず、扉の前に立って……首を捻った。

 困った。どうやって目の前の扉を開ければいいのか。


 今回魔術を描き込むのは、中にある上下する部屋の、天辺部分にしようと思っていた。

 魔道エレベーター基準で言えば、今いる場所は最上階になる。対して、肝心の部屋は、妖精クロムが作った時点で最下層にあるわけで、目の前の扉をこじ開けて最下層まで降りないといけない。


 ここは、変身するしかないか。


 いつも通り鞄からホルスターを取りだして、ミニポケットに鞄をしまった。虹色ペンに魔力を流すと、七色の光が篤紫を包み込んだ。


 今まで一度も変わらなかった色が、変わった。


 髪が深い紫色に変わり、肩口まで伸びた。同じ深紫のロングコートが上半身に羽織った状態で具現化して、履いていた革靴は、深紫のロングブーツに変わった。


 変身はそれだけに終わらなかった。

 髪の毛に白紫色のメッシュが複数現れる。ロングコートの背中には、白紫色の翼が描かれた。瞳の色が赤く染まる。

 突然の色の変化に、篤紫はその場で固まった。


 やばい、これ一番好きな色じゃないか。

 思わず口角が上がった。テンションも一気に上がる。



 そのまま魔道エレベーターの扉に手を掛けると、一気に左右にこじ開けた。目の前に現れた、真っ暗な穴の中に、風を纏いながら飛び降りる。

 真っ逆さまに、奈落の底に落ちていく。

 最下層、部屋の天辺に辿り着く寸前で、コートの背中にある白紫の翼が具現化した。二メートルはあろうか翼で、大きく羽ばたく。

 落下していた速度が一気に減衰され、篤紫は部屋の天辺にゆっくりと着地した。

 着地と同時に、背中の翼が光の粒になって霧散した。


 いや待って、今の翼は何?

 周りが真っ暗だったので、慌てて光の玉を飛ばした。周りが明るくなり、無事天辺部分に着地できたことが確認できた。いや、確認したいのはそこじゃない。

 上着を脱いで、その背中にかかれている白紫の翼に、またその場で固まった。なにこれ、恥ずかしいぞ。ほぼ背中いっぱいに翼が描かれている。

 さっきの白紫の翼は、これが具現化したのか。もう一度上着を羽織って、上着に魔力を流してみた。


 翼が再び具現化して、大きく広がった。


 片翼ずつ動かしてみると、自分の意思で問題なく動いた。大きく羽ばたいてみる。風が動いただけで、飛ぶことはできなかった。

 つまり、落下したときに何とかできる程度なのか?

 後日、要検証だな。


 一通り確認できたところで、流していた魔力を止めると、翼は光の粒になって霧散した。


 ふと、胸元が温かい事に気がついた。翼は、駄目なのか。

 篤紫は、無言でクリーンの魔法を使った。




 部屋の天辺に魔術を描き込んでいく。

 使うのは、虹色の魔道ペン。相手がダンジョン素材なので、このペンでないと描き込んだ文字が消えてしまう。最近は、変身以外で使う機会が無かったペンだ。


 今回必用なのは、これが魔道エレベーターである宣言と、細かい挙動のうち重要な記述だけでいいかな。


This is a magic elevator.


 足下の部屋と、縦に広がった空間、各階層の扉までをイメージして、文字に魔力を込めていく。ピリオドを打つと、周りの空間が一瞬光り輝いた。


 あとは細かい挙動か。

 魔力反応があった階層に行って、扉を開ける。部屋で指定した階層に移動して、扉を開ける。

 それから、部屋がある階層以外は、扉は開かない。このくらいか。


Go to the hierarchy where there was a magical response and open the door.

Move to the hierarchy specified in the room and open the door.

The door can not be opened except where the room is.


 身体の魔力がごっそりと抜けていった。

 サービスパネルを外して部屋の中に下りると、部屋の中が明るくなっていた。操作用のボタンは、説明してあった通りに作ってくれてあったので、ドアの開閉を確認した後、一つ上の二百四十七階層を指定した。

 エレベーター特有の浮遊感の後に、扉が開いた。部屋の外に出ると、そこには密林が広がっていた。


 密林か……。


 篤紫はもう一度魔道エレベーターに乗って、一つ下の二百四十八階層まで戻って、部屋から出た。

 目の前には、岩肌むき出しの空間が広がっていた。ここは、かつてダンジョン・コアがあった部屋だ。あとは、無理矢理扉をこじ開けて、魔術文字を描き込んでいけばいいかな。


 その後、二時間ほど掛けて残りの十一基ある魔道エレベーターに、同じように魔術文を描き込んだ。

 途中で妖精コマイナが気がついたけれど、うたた寝してから後の記憶が全くないようで、しきりに首を捻っていた。


 最後に変身を解いて、ホルスターと鞄を入れ替えると、魔道エレベーターで一階層まで戻ることにした。




「おいてめえ、篤紫よう。さっきのは何なんだよ。あの威圧は半端なかったんだが、オレが折れそうになったじゃねえか」

 キングの家に戻ると、椅子に座って待っていたキングが詰め寄ってきた。

 キングは篤紫より背が高いので、少し見上げる形になった。


「ああ、さっきはごめんな。

 ナナナシアに電話しただけなんだけど、神気が漏れていたとか言っていた。想定外だったんだよ」

「てめえ、先に言え。あれはオレにも無理だ。できれば、誰もいないところでやってくれ。ゴブリンどもが勝手に転けて大変だったんだからな」

 それだけ言うと、戻っていって椅子に腰掛けた。キッチンがポットを手に持った妖精クロムが出てきて、机の上にあったコップにお茶を注ぎ始めた。

 紅茶のいい香りが部屋に漂いだした。


 魔道エレベーターについて、一通り説明をしたあと、キングと別れて三人で家路についた。

 アイアン・ダンジョンら出ると、空は夕焼けに染まっていた。思いの外、時間が経っていたようだ。三人は顔を見合わせると、家に向けて急いで駆けだした。



 翌日、ルルガに頼まれた素材を忘れていたことに気づいて、再びアイアン・ダンジョンに行く羽目になった。

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