十七話 魔道エレベーター

 基本的にダンジョンコアとダンジョンマスターは一対の存在だ。

 今回、サブダンジョンマスターなどと言う、異質な存在があるのにも、やっぱり神晶石が絡んでいるわけで、若干特殊な状況だったりする。


「ここのダンジョンのダンジョンマスターが、桃華だという前提で話をしていきたいのだけれど、いいかな」

「おいてめえ、待てよ篤紫。お前がダンジョンマスターなんじゃなかったのか?」

 やっぱり最初で躓いてしまった。篤紫は、思わず大きなため息をついた。


「俺はサブダンジョンマスターなんだよ。

 実際のところ、メインだろうがサブだろうができることが一緒だから、どっちでも問題ないんだけどな」

 実際問題、いままでずっと、桃華と篤紫に権限の違いは全くなかった。そもそも普段は、妖精コマイナに任せっきりで、ダンジョンの管理すらしていない。完全にただの肩書き状態だ。

 篤紫の説明で、さらにキングは首を捻った。


「待てよおい。サブマスだったら、ここのコボルトやオークも持ってるぞ。

 あいつらふざけやがって、自分たちの階層はしっかりと管理するくせに、他の階層はガン無視だぞ」

「いやそれ、ただのフロアマスター権限だと思うよ。

 管理できる範囲が同一階層限定だから、そもそも他の階層の管理はできないんじゃないかな」

「マジかよ、騙しやがって。篤紫ふざけんなよ、教えてくれやがって。有り難くも何ともねえよ」

「うわ、めんどくせ……」

 笑顔で頷いているキングに、篤紫は苦笑いを返した。キングの隣では、相変わらず妖精クロムが笑顔でキングの話を聞いている。

 おい待て、妖精コマイナ何でまた寝てるんだよ。


「つまるところ、本来はサブダンジョンマスターは異質な存在なんだよ。

 そこでいびきをかいて寝ているコマイナは、コマイナ・ダンジョンのダンジョン・コアであり、さらにサブダンジョンマスターでもあるし」

「そして、私ことクロムも、コマイナ・ダンジョンのダンジョン・コアになりましたし、サブダンジョンマスターでもあるのですよ」

 そう。そうなんだよ。

 ダンジョンコアが神晶石で生体化したおかげで、コマイナ・ダンジョンにはダンジョンコアが二つある。

 通常なら一つのダンジョンにコアが二つある事なんてあり得ない。


 さらに、彼女らの扱いは魔族と一緒なので、食事を取って自らの体内に魔力を生成することができる。単純にその魔力だけでダンジョンが維持できるので、通常のダンジョンのように、侵入者が使った魔力を回収したりする必要が無い。

 もっとも、魔力を回収して、ダンジョンに還元することも可能だ。


「はあぁ? てめえらいい加減にしろよ、全くわけ分からんぞ」

「あ、そういうキングも、サブダンジョンマスターな」

「グギャッ? て、てめえ……」

 とどめを刺されたとばかりに、キングは呆けた顔で天井を仰いだ。

 つまりキングは、魔獣から魔族になっただけでなく、アイアン・ダンジョンだけでなく、コマイナ・ダンジョンの管理権限まで手に入れたわけだ。


「今回、俺たちがコマイナを連れて旅に出るんだけど、つまりここにキングとクロムがいれば、ダンジョンが維持できるんだよ。

 お願いできるかな?」

「おいてめえ、何考えてんだよ。オレはコマイナの外になんか出ないからな」

「はい。私もキングと一緒にここに残ります」

 結局、お願いをするまでもなくキングと妖精クロムは、コマイナ・ダンジョンを守ってくれるようだ。

 少なくとも、現状を理解してもらえただけでも収穫だったと思う。





「ところで話が変わるんだけど、アイアン・ダンジョンに魔道エレベーターを作りたいんだけど、いいかなキング?」

「はあ? 相変わらずふざけたやつだな。何だよそれ?」

 キングの言葉に、篤紫はガクッと一瞬力が抜けた。そのまま椅子から立ち上がると、流しにポットのお茶を捨てて茶葉を入れ替えた。

 今度は紅茶を入れて、空になっていた三つのコップに注いだ。


「お茶はそういう感じに淹れるのですね、覚えておきます」

「本当はもっと美味しく淹れる方法があるんだ。今夜にでも、桃華に聞いてみるといいよ」

「はい、そうさせて貰います」

 ついでなので、バッグからクッキーを取りだしてお皿に乗せた。


「アイアン・ダンジョンって、相当数の階層があるんだろう? それを階段で下りていくのは大変だと思うんだよ」

「んだよてめえ、当たり前だろ。今だって、二百四十八階層まであるんだ。

 喧嘩してねぇか見るために、下まで感覚伸ばすのだって骨だぞ。

 そうだよなあ、クロム?」

「はい。キングのおかげで、みんな仲良く暮らしています」

 想像以上の階層に、篤紫は次の句が続けられなかった。何だよ、二百四十八階層って。どんだけ化け物ダンジョンなんだよ。

 方や管理者だった二人は、問題ないような感じだし……。


「……はあ、相変わらずすごいな。

 魔道エレベーターは、階層を縦に貫いて、その中を上下に動く部屋で移動する機構なんだけど――」

「は? ふざけんな篤紫。早く作れ。てめえはとろくさいんだよ」

 キングは目をキラキラさせて、暴言吐かないで欲しい。


 結局、大した説明もさせてもらえないまま、魔道エレベーターを作ることになってしまった。いいんだけどね、変に渋られるより遙かにやりやすい。




 このゴブリンの町を生かすために、妖精クロムにフロア自体を一階層に上げて貰った。これで、アイアン・ダンジョンに入ってすぐが、洞窟ではなくゴブリンの町になった。

 これで、ゴブリン達の商店街を有効に活用できる。聞けば、それぞれの商店がみんな違う階層と取引があるようで、窓口としての機能と案内所としての機能を併用できそうだ。


 しかしゴブリン階層を除く全階層、二百四十七階層全てにゴブリンの担当が付いている状態は、さすがに驚いた。キングは何もしていないと言っていたけど、素晴らしい統率力だと思う。



 大通りの突き当たりにある、階下に続いている階段はそのままの方がいいので、別のところに魔道エレベーターを設置する事にする。

 利便性を考慮して、全部で十二基設置する事にした。まず、入り口の脇と奥の階段脇に四基。大通りの真ん中から左右に延びた通りの先に、それぞれ四基ずつ設置する。

 それぞれの場所に、上から最下層まで貫通する穴と、その中を移動できる大きさの部屋、階ごとに扉を設置して貰う。妖精クロムに適当に図面を描いて渡したら、あっという間に作ってくれた。

 ダンジョン形成ってすごいな。あとは、魔術を描き込むだけか。


 しかし、設置型のピンポイント魔道具は、考えてみたら初めて作るような気がする。どこまで魔術が効くのだろうか?

 取りあえず、どこまで認識できるのか、ナナナシア・コアに電話をかけてみよう。腰元のスマートフォンを掴んで、電話帳の中からナナナシアの名前をタップした。耳元からコール音が聞こえる。

 いや、ほんとうに繋がるのか? 昔教えて貰ったまま、一回もかけた事がないんだけど。


『はいはい、篤紫君ね。五年ぶりくらいかしら?

 いつも世界中をくまなく見ているんだけれど、篤紫君のところが一番面白いのよね。でも、本当に電話をしてくるなんて思わなかったわ。

 ねえ、聞いてる? もしもーし』

 マジで繋がったよ。最初に会ったときも、確かこんなテンションだったか。何というか、喋り口調がうざい。


『あー、いまわたしの事うざいって思ったでしょ。魔力波長でバレバレなんだからね』

「いや、うざいし。もう少しお淑やかに喋ってもいいんだぞ」

『いやよ、わざわざ篤紫君に飾る必要ないのよ。

 そもそも、普通に喋ってくるのって、篤紫君ぐらいのものなのよ? ほら、横にいる二人見てごらんなさい』

 ナナナシアに言われて、そのまま横を向いた。

 そこでは、妖精クロムが跪いて頭を垂れた状態で、小刻みに震えていた。キングも跪き、顔をゆがめて地面を睨み付けていた。


「いや、何してくれるんだよ」

『待って待って、わたしは直接何もしていないわよ? 篤紫君のスマートフォンから漏れちゃっているだけよ、わたしのせいじゃないわ。

 それよりどうしたのよ、もしかしてそれって魔道エレベーター?』

 やっぱり、お見通しだったらしい。

 篤紫は制作途中の魔道エレベーターについて、ざっと説明をした。ついでに、頭の中で実際のエレベーターをイメージすれば、勝手に読み取ってくれるよね。


『うん、そんな感じでいいと思うわよ。

 篤紫君の魔術文はわかりやすいから、片手間の向こう側くらいでもちゃんと動くから、そのまま描いてくれればいいわね』

「ありがとう。用件はそれだけだよ、じゃあな」

『あ、待って。ついでに――』

 何か言っていたけれど、通話を終わりにした。


 横から、大きく息を吐く音が聞こえた。

 キングが復活したのか、妖精クロムを支えながら立ち上がるところだった。二人とも、呼吸がまだ荒い。

 キングは分からないけど、妖精クロムの顔色が真っ青だった。


「二人とも大じょ――」

「わりい、後にしてくれ。先に家に戻るわ。あとは勝手にやっとけ」

 篤紫を遮って、苦しそうに吐き捨てた。キングそのまま、震えていて動けない妖精クロムを抱きかかえると、歯を食いしばって、おぼつかない足取りで篤紫の元を去って行った。


 篤紫は片手を伸ばしかけたまま、呆然と二人を見送るしかなかった。

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