十六話 ダンジョンコアの記憶

 魔獣から魔族に変わって、精神的な構造も変化したのだろう。妖精クロムに抱きつかれたキングの緑色の顔が、紫色に変わったかと思うと、立ったまま目を回して気絶してしまった。

 腕の中のキングが気絶したことで、妖精クロムが慌てだしたので、取りあえず二人でキングを家の中に運んだ。


「……んっ。篤紫様、ここはどこですか?」

 篤紫の上着のポケットで寝ていた妖精コマイナが、目をこすりながらポケットから上半身を覗かせた。周りを確認しながら、大きなあくびを漏らしている。


「ここは、キングの家かな。ほら、見ての通り、クロムがキングの看病をしているところだよ」

「あらぁ、長年の願いが叶ったのですね」

 ポケットから飛び出して妖精コマイナは、そのまま篤紫の肩に座った。

 ベッドの脇では、妖精クロムがベッドに寝かせたキングの頭に、水で絞ったタオルを乗せていた。風邪じゃないんだから、何か違う気がするんだけれど……。


 取りあえず篤紫は、キングのベッドルームからリビングに移動した。

「なあ、コマイナ。少し聞きたいんだけどいいか?」

「いいですよ。私に分かることでしたら」

 妖精コマイナはテーブルの端を変形させて、小さなテーブルと椅子を作り出して座った。ミニチュアテーブルの上には、さらに小さなコップが作り出されている。

 篤紫は喚びだしたバッグからポットと、三人分のコップを取りだして四人分のお茶を淹れた。


「クロムがダンジョンコアだった頃の記憶があると言っていたけれど、コマイナも記憶があったのか?」

「……そうですね、ありました」

 妖精コマイナは少し考えてから、はっきりと肯定した。そのままコップのお茶を口に運び、熱かったのか慌てて口から離して、息を吹きかけていた。

 そんな姿もほほえましく思いながら、篤紫もお茶を口に運んだ。あ、熱い。


「ダンジョンコアは、元は魔素溜りだったものが、誰かの想いを受けて結晶化したものです。私の場合は、麗奈様の想いと魔力を受けそれを具現化させて、この広大なダンジョンになりました。

 記憶は結晶化してすぐ生まれましたよ。といっても、どちらかというと記録に近いですけどね」

 つまり、意識や意思ではなく、記録ならばデータベースに近いと言うことか。淡々と中で起こっている事を記録していき、ダンジョンマスターの意思で反映させるのだろうけど。


「じゃあ、はっきりと意思が生まれたのは、やっぱり生体化したときなのか?」

「いいえ。私が覚えている、意思としての誕生は、実は九千年前になります。

 麗奈様がコマイナ・ダンジョンから外に出られて、ダンジョンマスター権限が失われました。それから、二代ほどダンジョンマスターが変わった頃でしょうか。

 魔族と人間族の入り交じった集団が、コマイナ都市を訪れました」

 リビングの奥にある扉の向こうで、何か騒ぎ声が聞こえる。キングが目覚めたのだろうか。一緒に奥にある扉を見ていた妖精コマイナが、篤紫と顔を合わせて苦笑いを浮かべた。


「その中の魔族の青年がダンジョンマスターになって、コマイナ都市でもたくさんの人々が生活するようになったとき、私の意思は生まれたと記憶しています。

 コマイナ都市から再び人々がいなくなり、ダンジョンマスターも何代も変わる中、みんなの心を受けながら、私の心も育ってきたのだと思います。

 ダンジョンで生きる者の意思ある営みが、私の意思、意識にたくさん影響を与えてきた事は間違いありません。

 とはいえ、ベースの心は麗奈様みたいですけどね」

「そっか、やっぱりコマイナはうちの娘なんだな」

 物知り羊のオルフェナが昔、ダンジョンコアの事を魔原石と呼んでいた。そこから生まれた魔獣の体内には、必ず魔石がある。

 とすれば、魔原石次第では、性根が優しい魔獣が生まれ落ちる事も、普通にあるのかもしれない。




 奥の部屋がさらに騒がしくなり、ドタドタという床を走る音とともに、扉が勢いよく開かれた。その向こうから、相変わらず顔を紫色に染めたキングが、部屋の中に飛び込んできた。

 視界に篤紫を捉えると、慌てて足下にすがりついてきた。


「お、おいてめぇ。篤紫、何なんだよ。どうなってるんだ? クロムって誰だよ、意味分かんねぇよ」

「などと、供述しており――」

 キングの言葉にかぶせるように、実況風に言葉を続けたら、妖精コマイナがお腹を抱えて笑い出した。さすがのキングも、ポカンと口を開けて止まった。


「クロムは、もともとここのダンジョンコアだった娘だよ。

 キングが魔獣から魔族に変わったのは、クロムとキングがリンクしたまま、クロムが進化したからだと思う。

 キングも一緒に進化する確率は、五割程度だったんだけどな」

「待ってくださいキング。どうして逃げるのですか? いつも念話で話をしていた仲じゃないですか」

 妖精クロムが風を纏って飛んできた。そのままキングの背中に愛おしそうに抱きついた。

 キングが目を大きく見開いた。


「てめぇ……そういえことかよ」

 そして再び、キングの意識は飛んでいった。




 少しは慣れたのだろう、ベッドに逆戻りしていたキングが、妖精クロムを引き連れて戻ってきた。

 篤紫は、改めてお茶を四つ用意する。


「篤紫、手間かけたな。まだ慣れねぇけど、少しだけ気分が落ち着いてきたわ」

 魔獣としてのキングは、ゴブリン族の最高位であるゴブリンキングだった。改めて見ると、キングの印象が以前と大きく変わっていた。


 角張っていた顎が引っ込んで滑らかになって、顔全体に盛り上がっていた肉もそげ落ちてスリムな顔立ちに変わっている。口の両端から張り出していた牙も引っ込んで、より人間らしい顔つきになった。

 身長は二メートル程と変わらないものの、筋肉が引き締まったのか、一回り小さくなった感じがする。


 変わったのは髪の毛も一緒で、茶色くボサボサだった髪型がサラサラになって、爽やかな金髪に変わっていた。

 種族名は、メタゴブリンキング。前回もそうだけれど、特殊進化種はとにかく頭にメタが付くらしい。


「な、何だよてめえ。オレの顔がなんか変なのかよ」

 そして乱暴なだけだった口調も、感情の起伏が深くなったのか、なんとなく柔らかい感じがする。

 しきりに隣に座っている妖精クロムのことを気にかけている。


 ゴブリンは雄体のみの種族だ、魔獣なので本来は魔素かダンジョンコアからしか産まれない。魔族となったキングにも、男としての心の変化があったのだと思う。

 視線に気づいているのか、妖精クロムも嬉しそうだ。


「キング。前々から話はしていたと思うけど、俺たちはもうじき旅に出る。実はその件で、お願いがあって訪ねたんだよ」

「はあっ? てめえ、意味分かんねえよ。いいけど。任せられたわ」

 相変わらず、全てを言う前に了承するキングに、なんとも言えない嬉しい気持ちになった。キングは腕組みをすると、篤紫の目をしっかりと見た。


「つまりあれだろ? てめえらのコマイナ・ダンジョンと、このクロムをまとめて面倒見りゃいいんだろ? いいよ、今までと変わらねえし。

 っていうか、コマイナてめえ。オレをはめやがったな」

「違いますよ。ルルガにお嫁さんが来たんですから、キングにだってお嫁さんがいないと駄目じゃないですか」

「はあっ? 誰が誰の嫁だって言うんだよ」

「はい、私がキングのお嫁さんに、立候補します」

 横で話を聞いていた妖精クロムが、笑顔でキングを見つめた。特等席の妖精コマイナも、同じ笑顔で首を縦に振っていた。

 元魔獣のキングも、やっと事態が飲み込めたみたいだ。一通りみんなの顔を見回した後、体ごと妖精クロムに向いた。


「てめえ……よ、よろしくたのむわ」

「はいっ、これから末永くよろしくお願いします」

 相変わらず緑色の顔を紫に染めながら、キングはあっさりと妖精クロムを認めることになった。

 何とも、男らしいな。




 それから、詳しい話をしたのだけれど、サブダンジョンマスターの説明のところでキングが首をひねった。


「おい待て篤紫。てめえダンジョンマスターにサブがあるって、全くもって意味分からねえじゃねえか。オレにも分かるように、ちゃんと説明しやがれ」

「ああ。そう言えば、そこは説明してもたぶん分かりづらいんだけど……」

「いいから、何でもいいから説明しろよ」

 確かに、キングの言いたい事は最もだった。


 篤紫は少し考えをまとめると、キングに説明する事にした。

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