五話 箒の魔道具(ピンク)

 マリエルを包み込んでいた光が、ゆっくりと衣装に変わっていく。

 篤紫は変身したマリエルを見て、妙に納得してしまった。

 そこには真っ赤なイブニングドレスを纏って、髪の色が真っ赤に、巻角の色が緑色に染まったマリエルが立っていた。白い肌がひときわ目立っている。


 篤紫はすかさず、ルルガに目だけで合図をした。

 一瞬首をひねったルルガは、程なくして意図を察してか、慌てて自分の金槌に魔力を流した。ルルガも全身赤一色のタキシード姿に変身した。


「うん、お似合いだね。たぶん二人は、深層心理でもお互い思っている事が一緒なんだね。

 これから二人で、手を取り合って頑張ってな」

 口から出任せでも、このときは信憑性があったのだろう。ルルガとマリエルがお互いに顔を見合わせると、またあのよく分からない顔色になった。

 お互いを意識して、真っ赤になっていることだけは分かる。


 実際には、ほとんど関係ないんだけどね。うちなんて桃華は真っ赤なドレスで、俺は漆黒のロングコートだよ。本人の深層イメージであって、相性云々は実証できていない。

 それでも幸せそうな二人を見ていると、何かほっこりしてきた。


 マリエルは立ち上がると、篤紫に深く頭を下げてから、少し俯いたまま奥の部屋に駆けていった。ドレス姿のままで。

 鈍感なルルガも、さすがに感づいたようなので、このまま上手くいってくれることを祈るのみか。


「あああ、あのさ。篤紫は何か用があって、来たんだろ? 魔鉄がいるって話なんだよな? そうなんだよな?」

 ルルガも立ち上がって、奥に向かって歩きながら、篤紫に背中を向けたままでまくし立てる。そのまま、扉を開けて奥に行ってしまった。

 やっぱり、今まで見たこと無い親友の姿に思わず笑みが漏れたのは、仕方ないのかもしれない。




 扉を開けて奥の部屋に進むと、部屋の真ん中でルルガか仁王立ちになって待っていた。さすがに、変身は解いたようで、いつもの作業着姿になっている。

 奥の方では、マリエルも何かの作業をしている。同じように変身を解除して、ルルガと同じような作業着になっていた。


「あのさ、その……ありがとうな。おかげで、マリエルの気持ち理解できたし、嫌われずに済んだよ。なんか、胸の辺りがぽかぽかするけどな。

 そんで魔鉄だよな。

 昨日ちょうどアイアン・ダンジョンから、鉄鉱石が届いたところなんだ。長い旅に出るんだろう? 好きなだけ持って行ってくれよな。

 あ、金はいらないからな、置いていっても受け取らないぞ」

 ルルガは体の向きを変えると、作業台の間を抜けて奥の溶鉱魔炉までいくと、腰に提げていた金槌を、溶鉱魔炉のくぼみに填めた。

 二メートル程の小ぶりな溶鉱魔炉が、淡く輝き始めた。


「溶鉱魔炉の調子はどうだ?」

「篤紫のおかげで、すこぶる調子がいいよ。

 キングにアイアン・ダンジョンから出て行けって言われたときには、正直どうしようか困ったけど、篤紫がこの溶鉱魔炉を作ってくれたから、ほんと助かったよ。

 むしろ小型化したし、起動と制御、エネルギー供給に至るまでこの金槌で済むから、大助かりさ。魔鉄も思うとおりの物が出てくるしな」

 そう言いながら、ルルガは溶鉱魔炉で魔鉄を大量に作ってくれた。それこそ、出会ってから今まで作ってもらったよりも、大量の魔鉄だ。

 出てきた素材の魔鉄を見れば、品質は以前よりも遙かに洗練されているように感じた。


 あとは持って帰って、これを針金に加工するだけか。

 これでやっと、箒の魔道具を作るための材料が揃ったことになる。



 最初の応接室まで戻ってきて、入り口で振り返る。

「ありがとう。魔鉄、助かるよ。

 あとはマリエルの金槌の説明だけど……ルルガ、頼めるか?」

「ああ、任せろ。この金槌に関しちゃあ、篤紫よりも詳しい自信があるからな。変身の魔道具を持っている奴らの中でも、一番使っている自信があるし」

 篤紫はルルガが差しだしてきた握り拳に、同じように握り拳を当てた。ルルガの後ろでは、マリエルがとびっきりの笑顔で、軽く頭を下げてきた。


「旅に出るって言っても、いつかは帰ってくるんだろう? このままさようならってわけじゃないんだろうな?」

 ふと、ルルガの耳が折れているのを初めて見た。

 今日この短い間で、この親友はどれだけたくさんの顔を見せてくれたのだろう。何だか小さいのに、大きくなったように見える。


「もちろん、帰ってくる場所はこの街だよ。そもそも、用があればスマートフォンで連絡が付くだろうに。

 とりあえず、まずはコマイナ都市ダンジョンがあるこの島を、一周見て回る予定だから、しばらくはそれなりに戻って来られると思うよ」

「は? 外に出て行くんじゃなかったのか? 島って何だよ」

「ははは、ルルガはここの中で生まれたんだったな。

 細かいことは、そのうちまたゆっくりと説明するよ」

 目を見開いてぽかんと口を開けているルルガに手を振って、篤紫は自宅へ向けて足を進めた。




「お帰りなさい。早かったのね」

 家に着いて時計を見ると、午後二時をまわったところだった。そういえば、お腹がすいたような気がする。


「ただいま。帰りにルルガの所に寄っていたんだ。プチデーモンの女の子がいたんだけど、何か聞いてる?」

「ええ、麗奈からそれとなく聞いてるわ。

 その娘なんだけど、ルルガちゃんの事で、最近までずっと悩んでいたそうよ。麗奈が五年近く気づかなかったって、嘆いていたわ。

 待っててね、すぐにお昼ご飯にするわ」

 そんなに長い間、ルルガはマリエルに思われていたってことか。それだったら、あのふたりはずっとうまくいくはずだな。


 桃華と一緒に、少し遅めのお昼ご飯を食べながら、お互いに今日あったことを報告し合った。一つだけ分かったことは、早く箒の魔道具を作らないと、夏梛が帰ってきてもさっそく旅に出られないことか……。





 桃華と協力して、採ってきた材料で箒を作っていく。

 箒と言っても複雑に編み込むものではなくて、一般に魔女箒でイメージできるような、簡単に束ねたタイプの箒だ。


 ばらした桃色のホウキ草を、乾燥の魔道具を使って一瞬で乾燥させる。乾燥の魔法が使えないから、相変わらず乾燥も魔道具頼りだ。

 それを竹の柄に、魔鉄で作った針金でほどけないように固定しながら、ほどよい束になるまで巻いていく。

 そこで一旦、桃華に箒を渡す。


 穂元付近に、可愛い柄の布を巻き付けて、縫い目も可愛い柄になるように、手作業で縫い付ける。それも恐ろしい速度で縫っているため、手元がほとんど見えなかった。時間魔法を併用しているのだろうか。

 いつ見ても器用な手さばきに見とれていたら、早く次を作ってね、と怒られてしまった。


 慌てて、次の箒に取りかかる。ちょうど針金を巻き終えたところで、桃華が持っていた箒と交換した。

 戻ってきた箒に、魔鉄のリングを填めて、魔術を描き込んだら完成になる。

 魔術は二種類。柄の部分に、穂先にゴミや汚れを吸着する魔術を、リングの部分に吸着したゴミを解放する魔術を描き込む。


Suck dust and dirt on the tip of the broom.

If magic flows, release the rubbish on the tip of the broom.


 前半を柄に、後半をリングに描き込んで、ピリオドを打って完成だ。

 それと同時に、呼び鈴の音が聞こえて、店の扉が開いて誰かが入ってきた。


「あら、オリデさんいらっしゃい」

「ホウキを貰いに来たわ、金貨一枚でいいのかしら?」

 そこには、黒髪赤目でエプロン姿の、近所に住むオリデさんが立っていた。

 いや待って、たかが箒に百万って、高額すぎじゃないの?


 びっくりしている篤紫を尻目に、オリデさんは桃華に金貨一枚渡すと、穂先が桃色の箒を喜んで持って帰って行った。


「な、なあ桃華。さすがに箒に金貨一枚はないんじゃないのか?」

 次の箒に布を巻始めていた桃華は、手を止めると篤紫を見て首を横に振った。


「魔道具って、高価じゃないと駄目なのよ。

 最初にシズカが買っていったときに、金貨一枚と交換だったのでしょう? シズカは私たちから見れば、この世界の大先輩よ。

 そのシズカが金貨一枚支払っていったのなら、それがこの箒の適正価値なのよ」

「わかるけど、要はこの箒が百万円ってことだろ? 

 まあ、材料の調達も大変っていえば大変だったし、あとは魔術の技術料か……それにしても、うーん……」

 なんとなく釈然としないものがあるけれど、考えていても仕方がないようだ。それからは、特に考えないようにして、ただひたすら箒を作っていった。



 その日、最終的に十人のお客さんが箒の魔道具を買いに来たので、合計で金貨十枚の売り上げになった。

 材料を採りに行った時間を除いても、半日で一千万の儲けって……篤紫は思わず顔に引きつり笑いを浮かべていた。


 その横では桃華がほくほく顔で、店用の収納袋に金貨を納めていた。


 明日も忙しくなりそうだ。

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