六話 魔道具の価値

 篤紫と桃華は次の日も、朝から箒作りに精を出していた。

 店じまいをして、夜のうちに作っていた箒の魔道具も、開店と同時に全て売れてしまい、あまりの売れ行きに篤紫は思わず首を傾げた。


「なあ桃華。どうしてこう、みんな次々に買いに来てくれるんだ?」

「あら。当然、予約制にしているからよ。

 昨日の午前中に来てくれた順に、リストを作ってあって、箒ができ次第メールで知らせているの。だから作った端からみんな捌けていくのよ」

 魔法があるここの世界の素晴らしいところは、ネットワークフリーな事ではないかと思う。

 北極と南極に設置された、魂儀と呼ばれる魔道具を基軸に、世界規模のネットワークが形成されている。それに魂樹という、スマートフォン型端末で接続されていて互いに通話やメールができる。

 できるのだけど、魔法社会であるためみんなの生活自体がスローライフに近く、普段はほとんど用が無かったと思う。


「ええっ……それで、できあがった途端にみんな買いに来ているのか。

 普段も誰かがスマートフォンを使っている姿を、ほとんど見たことないんだけど。俺だって普段はあることすら忘れているし」

「あら、主婦の連絡網はすごいのよ。近所のみんなは、だいたい電話帳に登録済みよ。

 でも、確かに普段はほとんど使わないわね」

「インターネットがないと、そんなもんだよな……」

 そうこうしているうちにまた一本、箒が完成した。


 チリン、チリン――。


 入り口に付けたベルの音とともに、新しいお客さんが入ってくる。

 桃華に完成した箒の魔道具を手渡すと、あっという間に金貨一枚に変わった。




「いや、しかし……本当にこの値段でいいのかな――」

「ええ。いいに決まっているじゃ無いのよ」

「どわっ!」

 突然背後から聞こえた声に、篤紫は驚いて座っていた椅子から転げ落ちた。


「あら、シズカじゃない。いらっしゃい」

「箒の売れ行きは、好調みたいね。これ絶対にいいもの。

 時間が無いから、たくさん作ってもらえないのが、悲しいわ」

 最近、シズカの登場の仕方がえげつない。

 雷の魔法が得意なシズカは、雷の魔法を身に纏い、それこそ雷の早さで動くことができる。それも無音で。

 その魔法を使って、いきなり背後に立って脅してくる。まったく、魔法の無駄使いだよな……。


「シズカさん、脅かさないでくれよ。

 だいたいこの箒の魔道具なんて、ゴミを吸着して、いっぱい溜まったら好きなところに落とせるだけじゃないか。」

「甘いわよ。まったく駄目」

 篤紫が床に転がったことで、シズカが篤紫の座ってていた椅子に座っていた。桃華の淹れたお茶を飲みながら、上から篤紫をキッと睨んだ。


「篤紫は、いい加減に自分の作っている魔道具が、恐ろしく規格外だって言うことに気づくべきよ」

 机の上にある作りかけの箒を持ち上げて、うっとりとした目で見つめた。

「篤紫はちゃんと市場に行って、そこに売られている魔道具を、実際に自分の目で見たことあるのかしら?

 普通の、ごく一般に流通している魔道具は、ここまで複雑な制御をすることができないのよ。

 例えば明かりの魔道具。あれは魔術で魔石に干渉して、魔石を光らせる事しかできないの。光っているか、消えているかだけ。

 そんな明かりの魔道具ですら、普通に買えば銀貨一枚は最低でもするわ」


 魔石は魔獣を倒して入手することができる。そんな魔石は、生活の中で重要度が高い物だったりする。

 魔法は意識していないと効果が切れるから、安定して持続させることができない。それを補うのが一般的に魔道具で、その動力源に魔石が使われている。魔石を使った魔道具は、効果の持続が可能なので、普段の生活に決して欠かすことができない。

 地球で言えば、電気の代わりが魔石だともいえる。


 そういえば、普段何気なく使っている青銀の魔道ペンも、買ったときには金貨百枚したことを思いだした。手元にある魔道ペンが、単純に一億円のペンだったことになる。


「だから、ゴミだけ自動で分別して吸い上げて、またゴミだけ下に落とすこの箒型の魔道具は、すごく複雑な動作をしているの。

 もしこれが掃除用具で無かったなら、それこそ伝説級の魔道具なのよ?」

 シズカは、やっと立ち上がった篤紫に、手に持っていた作りかけの箒を手渡した。


「確かに、市場に行って他の人が作った魔道具を、そういう目でじっくり見たことがないな……」

 この家にある魔道具は、備え付けの魔道具だった。それでさえ、機能がしっくりこなかったので、引っ越してきてすぐに魔術文を丸ごと描き変えた。

 そもそも、魔道ペンを買ったとき以外に、魔道具を買うために見に行ったことがない。


 そういう意味では、道具としての魔道具の価値が、いったいどのくらいあるのか知らない。そう言えば、今まで売ってきた魔道具の値段も、桃華に任せっきりだった。

 自分で魔道具を作れる弊害と言ったところか。


「それならちょうどいい機会ね。午後から店を閉めて、夕飯の買い出しにでも行きましょうか。

 夕方には夏梛と一緒に、カレラちゃんも帰ってくるのよね。折角だからシズカ達も一緒に、夕飯を食べない?」

「あら、お邪魔してもいいのかしら?」

「遅くなったけど、夏梛の誕生日祝いも兼ねているのよ。折角だから、カレラちゃんのお誕生日祝いましょう。

 歳も夏梛と一緒だったのよね?」

「確かにカレラも今年成人ね。お祝いの話が出ていた気がするわ。

 せっかくみんな揃うのだから、ユリネに話をつけてくるわね」

 それだけ告げると、シズカは来たときと同じように、忽然と姿を消した。ドアベルだけが、シズカが通ったことを厳かに告げていた。


「普通に出て行ってくれないかな……」

 話に置いて行かれた篤紫は、小さな声で呟いた。




 少し早めのお昼を食べて、桃華と篤紫は南の市街地に足を向けた。

 途中でルルガの鍛冶工房に寄って、約束していた箒の魔道具(桃色)を手渡していく。色が色だけに、ルルガには微妙な顔をされたけど、一緒にいたマリエルが喜んでいたから問題ないと思う。

 使い方を説明すると、さっそくマリエルが掃除を始めていた。



 南の街は、篤紫が住んでいる西の街に比べて、格段に活気があった。

 もともと、スワーレイド湖国という国一つが、そっくり丸々移住した経由もあって、南の市街地に関しては最初から全ての住宅、店舗が埋まっていた。

 さらに南の街自体が、塩湖であるスワーレイド湖に隣接しているため、毎日豊富な海産物が供給されている。あ、湖だから湖産物か……。


「ここの景色は、いつ見ても懐かしいわね」

 大通りを並んで歩きながら、桃華が眩しそうに目を細めた。

 この南の街は、五年前に滅亡したスワーレイドの街と、全く同じ形に配置されている。おかげで移住の際に、大きな混乱がなかった。


「よく全く同じに再現できたな、と思うよ。

 おかげで、移住した当時から店を探す必要がなかったから、移住した実感がなかった人が多かったみたいだけど」

 程なくして、南の街で唯一の魔道具店にたどり着いた。


 扉を開けると、ベルが小気味よい音を立てて、店の主に来客を知らせてくれた。と言っても、当の店主は篤紫たちを一瞥しただけで、再び手元に視線を落として何かの作業を再開していた。


「魔道具に値段は、書かれていないみたいね」

「たぶん魔道具を持って行って直接店主に聞くか、そもそも聞く必要がないか、どっちかなんだろうけど。

 なんとも参考にならない感じだな」

 店の棚には、家の中に設置するタイプの魔道具が、所狭しと陳列されていた。一番多いのが、壁掛け式の明かりの魔道具だった。


 一つ手に取ってみてみる。

 魔石を填める穴の底に魔方陣が描かれていて、その中に大きな字の魔術文字が描かれていた。


Light


 ……なるほど、これが一般の魔道具なのか。

 篤紫はいくつかの明かりの魔道具を手に取ってみた。ここにある魔道具には、全て同じ魔術文が書かれていた。


「忙しいところを悪いんだけど、これっていくらするんだ?」

「それか、中級の魔石が填められるタイプだから、銀貨二十枚だな」

 思いの外、値段が高い。

 篤紫が手に取ったのは、構造が単純で、恐らく手持ちタイプの魔道具なのだろう。この構造だと魔石を填めると、その魔石の魔力がなくなるか、魔石を外すまでずっと光っているはずだ。

 スイッチを付けるか、もう少し魔術文を追記すれば、もっと使い勝手がいい魔道具になるはずたけれど。


 そう思いながら、作業している店主の手元を何気なく覗き込んだ。


 店に入ってから、色々な魔道具を見ていたから、けっこう時間が経っていると思う。店主の手元では、今篤紫の手に持っている明かりの魔道具と同じ物に、魔術文字を書き込んでいる所だった。


 そこにはまだ『L』の文字が描かれているだけだった。

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