四話 ルルガ鍛冶工房
「ルルガがお茶を出すなんて、イメージにないな」
出されたお茶を飲みながら、篤紫は首を傾げた。
篤紫の対面に座っていたルルガは、カップを持ったまま苦笑いを浮かべた。
「いやキングがよ、進化して魔族になったんなら、ちゃんと嫁貰えってうるさかったんだよ」
「ん? どういうことだ?」
ルルガは、ゴブリンだ。
全身が深い緑色の肌をしていて、身長は百六十前後だろうか。小柄で華奢な体格で、耳の先が尖っている。口の端にも牙が見えている。
どのみちゴブリンは魔獣であって、魔族では無かったはずだ。
この世界には、大きく分けて四つの種族が存在している。
人間族、魔族、動物、魔獣の四つに分類されていて、前半の三種族は男女、またはオスとメスが子をもうけることによって、数が増えていく。
魔獣は特殊で、世界各地にある魔素溜まりから、自然に湧くように生まれ出る。生まれた途端に決まっている姿で生まれるため、多少のサイズの違いはあってもみんな同じなる。
さらに生まれからして魔獣が子をもうけることはなく、数が減ると必ず魔素溜まりから生まれる。
ダンジョンコアより生まれ落ちる個体もあるけど、そもそもがダンジョンコア自体が魔素溜まりが結晶化した物であるため、本質的な部分は変わらない。
ゴブリンは魔獣だ。
突然変異的な進化でも、ホブゴブリンやゴブリンキングのような上位の魔獣になる程度だったはず。それでも魔獣であることに変わりはなく、生態もオスのみだったはずだ。
魔族って、どういうことだ?
「ほら、篤紫がくれた変身の魔道具あるだろ。確かスーツって言ってたか、何か動きやすかったからさ、変身したままずっと生活してたんだよ」
「あの真っ赤なタキシードを、普段から着てた……だと……?」
確かに昔、必要だったこともあり、鍛冶にも使えるようにニジイロカネで金槌を作って渡した記憶がある。
その金槌が変身魔道具で、当時は危険な場所に大事な魔道具を運搬するために使って貰った。その時に変身した姿が、真っ赤な髪の毛から始まってネクタイからシャツ、ジャケットにズボン、靴下、靴に至るまで、微妙に色を変えた全身真っ赤なタキシード姿だった。
緑色の肌色とのギャップで、何だかイタかった記憶がある。
あの時ほど、自分の全身黒が普通に思えたことはなかった。
「いやな、変身した格好がいくらか派手だったけど、あの姿だと鍛冶の時に精緻な造形が作りやすいんだよ。
鍛冶場でずっとあの格好で居たら……確か一昨年だったかな? 作業中に強烈な目眩を感じて、そのまま倒れたんだよな」
いや、あの派手な格好がいくらか、程度の認識なのかよ……。
「体は大丈夫だったのか?」
「気絶っても、気付いたら半日も経っていなかったから、大丈夫じゃないかな。
でも起きたらメタゴブリンなんちゅう変な種族になっててさ、慌ててキングに相談に行ったら、いきなりさっきの嫁発言されたのよ」
ルルガが提示したスマートフォンを覗くと、確かに種族のところに魔族、メタゴブリンと書かれていた。てことは……。
「ルルガって新種族なんじゃないのか?」
「いや何でだよ、見た目とか何も変わってないぞ。普通ならこう、背が高くなって体もがっしりして、イケメンになるだろうに。
ただ、街で女を見ると、何だか切ない気持ちを感じるようにはなったけどな」
大丈夫だ、ルルガは立派な魔族になっている。
出会った頃のルルガが、女を見て喜んでいる姿なんて、見たこと無かったからな。立派に男になった訳だ。
何にしてもおめでたいことだな、これでルルガも子孫を残せるようになった。あとは実際に相手が見つかって、子どもが生まれてみないと分からないけれど、少なくともルルガの子どもとして、魔獣のゴブリンが生まれることはなくなった。
ふと、奥のドアが開く音が聞こえた。
「ルルガったら、お客さんが来てるんだったら、ポットを持って行かないと駄目だって、いつも言ってるじゃないの」
「あ、悪い忘れてたよ。なくなったら汲みに行けばいいと思ってたんだよ。
ポットはほら、さっきマリエルが使っていたじゃないか」
「……誰ですか、この子は?」
工房の奥から女が一人、ポットを持って歩いてきた。頬を可愛く膨らませて、ルルガを上目遣いで睨んでいる。
その側頭部には二本の立派な巻角が生えていた。
確かこの子は……。
「篤紫も知ってるはずだぞ、ほら。北極にいた悪魔族の娘だよ」
「なんと、さっそくルルガの毒牙にかかったのか……」
「ちげーし、そもそもまだ手をだしてないって。毒牙って何だよ」
「ふむ、まだ……か。すると、今夜あたりに?」
「だああああぁぁっ。マリエルはそんなんじゃねえよ。くそっ。
鍛冶やってるって話したら、弟子にしてくれって頼まれたんだよ。オレは弟子を取るほどの鍛冶屋じゃないって、ちゃんと断ったんだからな」
ちらっと見ると、悪魔族の女――マリエルの目尻に涙が溜まっていた。
さっきよりも頬を大きく膨らませると、ルルガに近づいてすねを蹴って、ポットをテーブルに置き、そのまま奥に行ってしまった。
「いってええぇぇっ、何すんだよ、マリエル」
「いや、ルルガ気付けよ」
「は? 意味分かんねえよ、くそ痛ってえし」
床に転がったルルガを見ながら、やっと春が来たことに心から嬉しくなった。まあ、本人が気づかないようだから、先は長そうだけど。
ちょうど背丈も一緒だから、お似合いだと思う。
「マリエルは鍛冶仲間だかんな。ちゃんと部屋は別で暮らしてるし、魔鉄で鍛冶をしてるときだって、普通に楽しそうに魔鉄を捏ねてるだけだぞ」
「ああ、そうだな。わかった、わかったよルルガ。
でもな、よく考えてみろよ。あの娘は、悪魔族プチデーモンの……女の子なんだよな」
「女の……子……?」
「それにルルガだって、魔族になったんだから、一人前の男なんだぞ?
相手が意識していないなどと、誰が決めつけたんだよ」
一瞬呆けていたルルガの顔が、何かに気付いたらしい。目を大きく見開くと、肌の色が緑から紫色に変わった。
気分が悪い……わけじゃないな、たぶん赤面状態がこの色なのか。
あからさまに目が泳ぎ始めた。どうも篤紫の言葉で気がついたらしい。
「あ……えっと。そうだよな、女の子なんだよな……うわ」
桃華がいたら、何このかわいい生き物――とか言いながら、撫で繰り回すよな、きっと。
ルルガは頭をがしがし掻いたかと思えば、コップを持ち上げてお茶を飲もうとして、中が空っぽな事に気づいて慌てて机に戻している。
明らかに動揺していた。
「せっかくだからルルガ、もう一度、マリエルを呼んできてもらってもいいかな?
聞きたいことがあるんだ」
「わ……わわわ、わかった。ちょち、まててってな」
ガチガチに固まったまま、あちこち体をぶつけながら部屋を飛び出していった。何だかもうグダグダなのだけれど、そんなルルガの姿はすごく新鮮だった。
ルルガとは、鍛冶と魔道具の違いはあれど、物を作ることに限って言えば、完全に同志だ。今までも色々二人でバカなことを言いながら、一緒に色々作ってきた。
種族は違っても、そんな親友が幸せを掴もうとしている。
応援しないはずが、ないじゃないか。
篤紫は鞄から、もう使うまいと封印していたはずの、ニジイロカネを取りだした。今回作るのは、ルルガも使っている鍛冶用の金槌。ニジイロカネの塊から、必用な分をちぎり取った。
金槌の形に整えて、色指定で柄と槌の部分を色分けする。魔道具としての効果は、インパクト増加だけ。ルルガの持つ金槌と仕様も一緒だ。
そこに使うのは虹色のペン。金槌の槌の部分に魔術を描き込む。
Strengthen the striking power.
ピリオドを打つと、淡く虹色に輝いた。
魔術を使い始めた初期の頃は、文末にピリオドを打っていなかったから、効果がいまいちだった記憶がある。出力が安定しない、と言った方がいいのかな?
書式を統一することで、魔道具の質が上がったんだっけ。
「お呼びですか、篤紫さん」
扉を開けてマリエルと、相変わらずガチガチに固まったルルガが部屋に入ってきた。対面に二人並んで座ってもらう。
「マリエルは、鍛冶が好きなんだよね?」
一瞬何を聞かれたのか分からなかったようで、目を見開いていたけれど、マリエルははっきりと頷いてくれた。
そんなマリエルの前に、ニジイロカネの金槌を出した。
「これは、ルルガと全く同じモデルの金槌なんだ。これに、マリエルの所有者登録と、帰還登録をしてプレゼントしようと思うんだ」
「えっ……こんな高価な物、いただけません……」
マリエルは慌てて金槌を差し戻してきた。
「ルルガは俺の親友なんだよ。
明後日、娘が帰ってきて、しばらく準備してから長い旅に出ると思う。たぶん世界中を回るから、いつ帰ってくるか分からない。
だからルルガの隣で、この槌を使って支えてあげて欲しいんだ」
意図を察してか、マリエルの白い肌がほんのりと赤く染まった。いや、肌が白いからこれが真っ赤に染まっている状態なのか。ややこしい。
「……はい」
マリエルは、未だにガチガチに固まっているルルガを一瞥すると、篤紫にしっかりと頷いた。
その後、魂樹であるスマートフォンを見せてもらい、マリエルの識別番号を金槌の柄に描き込んだ。所有者固定、帰還先をマリエルに登録する。
最後に、ミスリルの魔道ペンを軽く打ち当てて、硬化処理をして完成させた。
それをマリエルの前に差し出すと、今度は素直に受け取ってくれた。
その頃になってやっと、ルルガが復活してきた。
「お、おいなあ、マリエル。それにうっかり魔力を流しちゃ駄目だぞ?」
「えっ……えっ?」
ルルガの言葉に動揺したのか、マリエルの手元の金槌が魔力を受けて光り輝き始めた。光は、沢山の粒になってマリエルを包み込んでいく。
篤紫は盛大にため息をついた。
これから、細かい説明をしようと思ったのに、誤爆させるとは何ともルルガらしい。
マリエルが完全に虹色の光に染まった。
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