第5話変化
ミュンズに連れられてやってきたのは、北門を抜け螺旋階段を登った先にあるバルコニーだった。
豪華な見た目を象徴するかのようなバルコニーには、基本的に王族とその腹心しか立ち入ることが出来ないようになっている。
アーラはとてつもない場違い感を感じながらも、ミュンズに言われるままそこに待機していた。
バルコニーは全部で7つあり、ミュンズが入った場所は左から3番目…王が居るバルコニーに1番近いところだった。
「この場所は…」
「我が主が座る場だ。我が主は、現王カイシン様の息子で、王位継承者のシンク様だからな。カイシン様のお席に近いのは当たり前だろう」
「シンク様の…!?では、シンク様は一体どこへ?」
「シンク様は、騎士採用試験の首席合格者の相手をなされている。今の試合が終われば、戻ってくるだろうな」
「…そうですか」
先程、シュークと戦っていた凛々しい王子を思い出す。
なるほど、確かに彼が主ならば、ミュンズ程の実力者を部下に付けているのもうなずける。
とはいえ、アーラは直接シンクと話したことがあるどころか、あったことも無い。せいぜい、採用試験の実技で近いところにいたぐらいだ。
(一体、何故シンク様は私を呼びつけたのかしら。入隊試験にいち早く合格しました、とかなら嬉しいんだけど)
想像がつかなすぎる為、自分の益になる妄想に耽ってみる。勿論、ある訳が無いのだけども。
「…気になるか。シンク様が何故貴殿を呼びつけたのか」
「はい。私はリリル男爵家に引き取られただけの、何処の血を継ぐのかもわからない人間です。両親はそんな事は気にせずに私に様々なことを体験させてくれましたが、王位継承者の方に呼ばれるほどの功績は未だ立てられてはいませんから」
「…リリル男爵が元々、准男爵という
「それは初めて聞きますが…そうですね。父は地方文官でしたし、国王から与えられる位をどうして受けたのかは、正直よくわかりません」
そうか、と頷きかけたミュンズを遮って、アーラは続けた。
「だけど、私は武官ですから。どうしたって、文官の父の心境は分かりません。ですから、父が王からどんな地位を受けたかも、あまり興味はないんです。私にとって、どんな地位についていても、父は父ですから」
ふわりと花が咲くように笑ったアーラは、ふと後ろを向いた。
「…そこにいらっしゃるのは、シンク王子でしょうか」
「えー、なんで分かったのさ。僕、上手く隠れていたはずなんだけど」
「申し訳ございません。気配を察することだけは、得意でして」
ひょっこり現れた王位継承者に、先程の笑顔はどこへやら、困ったように眉を下げ苦笑を浮かべるアーラに、ミュンズは内心舌を巻いた。
シンクは気配を消すことが上手い。歴戦の地を踏んできたミュンズですら、シンクの気配に気が付かないことの方が多い。
それなのに、アーラはいとも容易くシンクがそこにいることを当てて見せた。何もヒントがない状態…しかも、シンクが試合をしているという事前の情報があるにもかかわらずだ。
(なるほど、なかなか出来るな、この娘)
優秀な部下になりそうなアーラに、僅かにミュンズの口角が上がった。
今まで育ててきた部下は全員、骨がありどんな状況も切り抜けていく歴戦の猛者となった。が、その中に女性は一人もいない。
一線を退きシンクに仕えてからは部下も持っていなかった。
もし彼女がシンクに仕えることになれば、ミュンズとしても嬉しい変化となるだろう。
「ふーん…やっぱ、僕の目に狂いはなかったや。…アーラ・リリル。今から君を、僕直属の護衛師に任命する!」
「護衛師!?何を仰っているんですかシンク様!経験もない素人に、王位継承者たる王子の護衛師など務まるはずが…!」
「いや、シンク様の気配に気がつけるだけで十分だ。遠慮しなくてもいい」
「しかしっ、」
「大丈夫だよー。僕が直接指名したんだし、さっきミュンズに強請り倒したからね。父さんも皆もなんも言えないって」
緩い口調の王子に、アーラは毒気が抜かれた気分になった。
いや、王位継承者の護衛師など出世以外の何物でないのだ。名声を建てたいアーラにとっては願ってもないことである。
だがしかし、アーラは基本的な作法しか身につけていないような、根っからの武官である。文官の仕事も振られる可能性のある護衛師になど、身の丈に釣り合わない。
「断ったら、地元の地方武官行きだよ?地方武官だったらナイト爵くらいしか上げられないけど、それでいいなら別に断っていいし」
「…まさか、最初からそれが狙いだったのですか?」
「さて、なーんの事かなー」
しらばっくれるシンク相手に、アーラは深々としたため息をついた。
◇
騎士採用試験合格者を歓迎するための歓迎試合も終わり、突如シンク王子の護衛師へと任命されたアーラは、今までの部屋から荷物を全て移す作業におわれていた。
新入騎士の部屋は基本的に相部屋で荷物が少ないとはいえ、アーラや後方支援軍の女性騎士の荷物は男性騎士に比べれば多く、更に護衛師の部屋は新入騎士の部屋から1番遠いこともあり、アーラは何度も部屋を行き来する羽目になってしまった。
備え付けになっている調度品は動かさなくても済むのだが、得物などの類はなかなか
「で、俺を呼んだと」
目をすがめるモズに、アーラは申し訳ない気持ちを抱えながら頷いた。
シンクを圧倒的な力量差で捩じ伏せたモズは入隊試験にも首席で合格したらしく、相部屋から1人部屋に移ることになっていた。
国王軍はその名の通り国王の為に仕える軍だから、部屋は本宮の中にある宿舎塔になる。アーラの部屋は宿舎塔の内側にある専用の通路の脇にある為、荷物の移動を終えたモズを呼び出した、という訳だ。
「ごめん、予想以上に荷物が多くて」
「まぁ、この部屋から宿舎塔までは遠いし、厳しいといえば厳しいんだろ。むしろ1人でよくここまで減らしたな」
半ば呆れ、半ば驚いた表情をしたモズは、入った時と同じ状況にまで整えられた部屋を見やる。
あと運ぶものは、現在モズが担いでいる得物用の手入れ道具と、アーラが持つ数個の資料だ。なんなら資料だってモズが持つことも出来るが、アーラがそれを頑なに拒んだのだ。
曰く、自分のことはなるべく自分でやらないと上司に怒られる、との事で。
アーラが隊に属さず、個人の護衛師に指名された事は同期の間では有名だ。しかし、流石に上司となる人物までは分かっていない。
しかも、宿舎塔の内側に部屋を与えられているのだから、アーラの上司はモズ達が直接会うことなど基本ない人物なのであろう。そんな人物は、意外と多く居る。
(ま、どーでもいいっちゃどうでもいいけど)
他人の上官には口を出さない。これ、騎士の基本である。
かつかつと靴が床を鳴らす音が響く中、アーラはひたすら足を前に運ぶ。
部屋を移ることが正式に決まってから3日。心の整理を付けないまま過ごしているアーラは、現在通っている道ですら慣れていない。
想定していなかった現状に戸惑っているといってもいいかもしれないが、育ってきた環境は今のこの環境からすればかなり質素であったアーラからすれば、豪華な廊下は身の丈にあっていないような感覚に陥るのだ。
「…おい、アーラ」
「…何?」
「何、じゃない。少し肩に力が入りすぎだ。外見が豪華でも、俺達がやらなければいけないことは変わってないんだ。もっとこう…力抜いていいんじゃないか」
「…うん、ありがと」
口下手なモズがそうやって鼓舞してくれることが嬉しくて、アーラは擽ったい気持ちになった。あれほど力んでいたというのに、大分力が抜けた気がする。
気の置けない友人というのは、ありがたいものだ。
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