第3話 歓迎試合3

試合時間を大幅にオーバーして終了した第一試合目。


アーラは、特に変わった様子もなく試合会場を歩いていた。




次は、先々代の王の孫…シュークとの対戦だ。




シュークは今年18歳になったばかりの若き新鋭と名高い青年で、末席と言えど王族に名を連ねているだけあり物腰も柔らかい。




得物は短剣という特異さから、こちらも2年ほど採用試験に合格できなかったらしい。




(ていうか、王族の末席やら大将軍の息子が何回も落ちる試験に首席合格て…あいつ凄いな)




騎士採用試験は、東洋の方にある大きな国にあるとてつもなく難しい試験ほど難関というわけではないものの、座学と実技の両方に高いレベルが求められるため、基本的に1回か2回落ちることはしょうがないという風潮がある。




アーラのように1回で受かることを前提に育ってきた人間やモズのような超人間の方が珍しいのだ。




(そういえば…モズの相手ってだれなんだろ)




とても気になる。




頭も良く剣技の実力も申し分ないモズの相手は、それに見劣りしないぐらいの実力者であろう。




モズのところへ行く前に組み分け表でも見ておくか。




なんて考えながら歩くアーラは気付かない。






自分を見つめる視線が、奇特なものを見るような目であることに。







「いててててっ」


「我慢しろ。羽目を外して試合なんかするからだろう。手刀をくらった時点で辞めていればこんな怪我はせんかったはずだ」




エルバは、父アルマから少々手荒い治療を受けていた。




中芯剣を使う試合と言うだけでも異例であると言うのに、最後の最後肉弾戦でもって勝負が着いたエルバとアーラの試合。




重たい中芯剣を無理矢理払われた為に、エルバは利き手を痛めることになってしまったのだ。




「しかし、女に屈するのはとても…」


「そこがダメだと言っとるんだろうが。何故騎士採用試験が女性にまで門戸を広げたか忘れたか」




アルマの言葉に、エルバはぐっと言葉に詰まった。




騎士採用試験は、この国…ミクス王国建国以来、途絶えることなく続いてきた試験だ。


初期の頃は男性にしか資格がなかったが、とある事件をきっかけに女性も受けることができるようになった。




エルバはどうしても、その事件を受け入れ難く思っている。だから、女が騎士になる事に人一倍の抵抗感があるのだ。




「…父上のお言葉は、重々銘じているつもりです。ですが俺は、どうしても女が騎士になることを受け入れられないのです」


「彼の事件が、それほどまでに納得出来んか」


「そういう事だと、思います…少なくとも、彼の事件を起こした女性達が望んだのは、女性が騎士に登用されることではなかったと思うのです」




はぁ、と、深く息をつく。


エルバは決して頭が悪い訳では無い。他の兄弟に比べて、史実などの読み込みも深い。




体格も申し分なく、技術もある。




頭が固く女性を軽んじることさえなければ、エルバは兄をも抜かす騎士になれるだろう。




(だからこそ、持ったないないのだがな)











「君が、アーラ新入騎士かい?」


「え…?」




モズの対戦相手を見ようと中央部までやってきたアーラは、聞き馴染みのない声に呼び止められ思わず後ろを向いた。




所々はねた癖毛の茶髪に、穏やかなサファイアの瞳。身長は平均よりも高いのだろう、ほかの女性より頭一つ分高いアーラが首を上げねばならぬほど頭の位置が高い。




「あなたは?」


「あぁ、名乗り忘れて申し訳ないね。僕はシューク。君の次の対戦相手だよ」


「まぁ、そうなんですか。それは大変失礼しました、シューク様」




モズやエルバとは違い、シュークは下手を打てば首を飛ばされてしまうような、超重要な騎士だ。


階級はアーラと同じ新入騎士とはいえ、敬語になるのは必然的なことである。




「敬語なんていらないよ。次の試合まで時間があるから、少し付き合ってくれないかい?君に、色々聞きたいことがあるんだ」


「私に、ですか…?はい、分かりました」




是が非でも断りたいが、末席とはいえ王族に名を連ねる相手だ。断りを入れることすらおこがましい。




(あー…王族相手って面倒)




敬語がいらない、なんて。素直に従えば首が飛ぶ。




そんなこと、多分この王族の青年には分からないのだろうけど。




はぁ、とため息を吐きたくなる。本日何回目だろうか、考えたくもない。




「…どうかした?」


「いえ、なんでもございません。少しだけ、考え事をしておりました」


「考え事?」


「はい、考え事です。」




にこり、と笑ってみせる。


上手く笑えているだろうか。そう考えるのは果たして不毛であるのだろうか。




くだらないことが頭の中をぐるぐると駆け巡る。




頭の回転がいい方だと自負しているだけに、シュークの言葉にイヤに反応してしまう。




「んー、この辺りでいいかな。アーラ新入騎士はどう思う?」


「気軽にアーラとでもお呼びください。…そうですね、余程の物好きでなければ、試合中ここに来ようとは思わないでしょう」




中庭から少し離れた、緑の多い場所に連れてこられたアーラは、目を細めながらそう言った。




なんとなく懐かしいような、でもどこで見たかは思い出せない景色だ。




(家の裏庭は、こんなに綺麗じゃないからなぁ)




「じゃあ、アーラと呼ばせてもらうね。…君は、さっきのシンクと僕の試合を見てたよね。あれ、どう思った?」


「…そうですね、王族同士の華やかな剣技だな、と」


「華やか?」


「はい。私やモズ…首席合格者の者は、型にはめた動きで剣を振るいますが、王族の皆様はその型が根本から違います。立ち方、足の運び方、剣の振るい方…どれをとっても、我々には真似出来ぬものです」




ミクス王国の剣技は、自由に動くことをよしとしない。先程アーラとエルバが戦った試合にも、有名な型からあまり知られていない型までが使われていた。




王族の優雅な剣技は、アーラの様な地方貴族…男爵位の学ぶ剣技では到底再現できぬほど高度な型が使われている。




「王族の使う型は、全て急所を弾くことできる守りに徹した型と聞いたことがあります。それだけに、あれだけの試合をするのは相当な技術を擁さなければ不可能です。」


「…へぇ、よく知ってるね。」


「一応、あなたがたにお仕えするために勉強をしておりましたゆえ」




1つ頭を下げると、シュークは何故か困った顔をした。




「…シューク様は、なぜ騎士採用試験を受けられたのですか」




ふと気になって、アーラはそう聞いた。


シュークは王族。騎士採用試験など受けなくても、国王軍に関わることが出来たはずだ。




「あまり、家に頼りたくないんだよ。僕は先々代の王の血を引いてるけど、ただそれだけだから。家を頼れば、確実にシンクと比べられるしね。」


「シンク様と比べられる事に、何かあるのですか?」


「うん…というか、別に僕は、王族だとかいうものには興味ないんだ。今の王様はカイシン様で、次の王はシンク。僕がつけ入る隙なんて一つもないし、なろうとも思わない…分かってくれた?」




暗に、シンクの持つ王位継承権を狙ってはいないよ、と告げてきたシュークに、アーラはこくりと頷いた。




別に、納得した訳では無い。けれど、少しの間話しただけでもシュークという人に人柄は読めたし、王族に興味が無いという話も信憑性は高そうだ。




「十分に、あなたのお人柄は知ることが出来ました…第二試合目、楽しませていただきます」


「ふふ…そうだね。こちらこそ、楽しみにしておくよ」

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