第2話 歓迎試合2
入口で渡された模擬刀は、なかなか重量感のある中芯剣と呼ばれるものだった。
騎士の訓練で目にすることはあるが、アーラのような下っ端が使うことは滅多にない代物だ。
きっと、エルバに合わせた選択だろう。
(こんなに重い剣を女が振るえるわけないだろってこと?笑わせるのも大概にしてくれないかな)
はぁ、と息を吐きたくなる。
アーラとて、モズに続いて成績優秀者として騎士採用試験に合格した人間だ。
武術だって、きちんとその道を生き抜いてきた人に教えてもらっている。
舐めてもらっては大いに困る。
今度こそため息を吐きそうになったが、寸のところで押し留めた。
中芯剣を一振降って、北東門から1歩ずつ歩き出す。片手で中芯剣を持つアーラに、群衆は驚いたように声を上げた。
『あれは、また珍しい女が入ってきたな』
『中芯剣を片手で持つなど、新人がする芸当ではないだろうに。』
(あー、もう。女も受けていいっつってんだからそんな驚かなくてもいいのに。うざったいな)
心の中で本音を零しながら、広場に立つ。地に剣を突き刺し、相手であるエルバを待った。
こちらにノシノシと歩いてくるエルバは、なるほど確かに、アルマ大将の息子にふさわしい体躯をしていた。
全体的にがっしりと筋肉がつき、綺麗な逆三角形を描く体に纏うのは、鎖帷子とよばれる異国の防具。模擬刀とはいえ、中芯剣を片手で方にかつぎあげる腕力は中々のものだろう。切りそろえられた髪を無造作に後ろへ撫でつけ、鋭い目線をこちらに送ってくる。25まで試験に受からなかったとは思えない、精悍な武人の顔だった。
「…どんな奴が来るかと思えば、随分と華奢な女だな。中芯剣を片手で持てることは評価するが、地にさしている時点でたかがしれている。とっとと降参して、地方のお家にでも帰ってな、お嬢ちゃん」
随分と舐めた口を聞いてくれるエルバに、ぐっと眉間にシワがよる。周りの空気が冷たくなるのが、肌でわかった。
「七光り風情が、大きな口を叩かないでくれるかしら。私は実力でここへ来た。一回りも離れた新人の言葉を聞くと思ったら大間違いよ」
「あ"?」
「聞こえなかった?新人の話は聞かないっつってんの。お互いに新人、誰かに命令できると思っているのなら、それは間違いよ。改めておいた方がいいんじゃない?」
アーラの纏う雰囲気が、徐々に苛烈なものになっていく。エルバもそれを感じとっているのだろう。
広場に漂う雰囲気は、先程の気品溢れる物から一転し、戦場のそれになっていく。
力はエルバ、総合力はアーラ。どちらが勝つか分からないこの試合を、観衆は息を飲んで見つめるだけだ。
「…まぁ、いい。どうせ負け犬の遠吠えだ。さっさと決着をつけてやるよ。」
ぶん、と剣が振り下ろされる。アーラも、突き刺していた剣を掴み、一気に振り上げた。
母が新調してくれた戦衣が風にはためく。結わえきれなかった髪が無造作に踊り狂い、アーラの華奢さを強調させる。
だが、その華奢さすらも押し退けるほどの圧を、彼女は放つ。
開始の笛は、厳かに鳴らされた。
◇
「…ミュンズ、彼女は?」
「アーラ・リリル。地方貴族の三子として育てられていたそうですよ」
「アーラ、ねぇ、…あ、そうだ。彼女があいつに勝ったら、ここに連れてきてよ。 」
「王子、アーラはまだ騎士としてスタートラインにたったばかりです。最後の試合が終わるまでお待ちください」
◇
火花の散る、激しい打ち合いが続く。
巨躯のエルバを相手に、アーラは今のところ息を乱していない。
呼吸を測りながら、踊りのステップを踏むように交わし、打つ。
エルバにもまだ余裕がある。このままでは、戦況は彼に傾くだろう。
(そんなの、何があっても持ち込ませるもんか)
にこり
場にふさわしくない笑みが零れた。
「なんだァ?随分余裕じゃねぇか」
「ふふ、誰が余裕なんて言ったの?貴方のことは不能とばかり思ってたけど、少し改める必要がありそうだわ。…ここからは、本気よ」
ぐわり。書物の世界であったなら、きっとそうやって表記されるほど膨大なナニカが変わった。
中芯剣を反対側に持ち替え、静かに腰を落とす。
ふと瞬きをすれば、彼女はいなくなっていた。
「なっ!?」
「ここよ」
ギャインと嫌な音が鳴る。後ろから切りつけてきたアーラの剣を既のところで受け止めたが、その頃にはもう彼女の姿はなかった。
「はっ!」
「ぐぅ!?」
首筋に手刀が叩き落とされる。思わず膝を着いたエルバの前に、アーラはひらりと降り立った。
「この試合は別に、必ず剣を使って相手を倒す必要は無い。得物の種類もまた然り。貴方は私が中芯剣の重さで素早く動けないことを見切っていたでしょう?実際、後ろから切りつけた時も反応したもの。…でも、得物を捨てて肉弾戦に移るという選択肢にまで頭が回らなかった。だって、貴方に肉弾戦という選択肢は今の今まで存在していなかったから。違う?」
地に落ちた剣を拾い上げたアーラは、またにこりと笑った。急所を撃ち落としにかかった女とは思えない、柔らかな笑みだった。
「あなたが本気を出さなかったら、あと1分で決着は着くよ。どうする?続ける?」
「…っ、続けるさ、当たり前だろ!!散々舐めやがって、ぜってぇ許さねぇ!」
くわりと牙を向いたエルバは、取り落としかけた中芯剣をぎゅっと握った。
体制を建て直し、再びアーラと向かい合う。
「女だから…そう舐めたのがいけねぇらしいな。ならこっちだって、この年まで試験に受からなかった不能野郎だと思わせないほど屈服させなきゃ割が合わねぇよなぁ?」
これが絵だったら、きっとエルバの周りには自身の体の何倍ものオーラが溢れていただろう。闘争心を掻き立てられた獣のようだ。
(これで勝負の相手に遜色なくなったわね…ま、これくらいだったら、すぐ勝てるけど)
若さには叶わないという所を、ぜひとも見せてやろうじゃないか。
◇
「ほんとにあれ初戦か?組み合わせ間違えたんじゃ…」
呆れたような声で、誰かが言った。
アーラとエルバの試合は、予定以上に長引いている。
この2、3試合後に予定が入っている者達は下手に防具を脱ぐことが出来ないため、ただ眺めておくしかない。
モズもまた、その一員だった。
先程までエルバに傾きそうだった戦況は、現在アーラが全てを傾けている。たまに見せる笑みが、現在のこの状況の異常さを確認させてくれる唯一のものだ。
通常、戦況がどちらかに傾いた時点で勝負は終了となる。しかし今は、流れがアーラに傾いているにも関わらず、終了の笛は鳴らされない。
(…アルマ大将か王族が噛んでるな、これ。)
モズの頭が、そう告げてくる。
首席で騎士採用試験に合格しただけあり、モズの勘はなかなか当たる。
もし、王族が噛んでいるとしたら、2人はこの試合後少し面倒なことになるかもしれない。
(…頑張れよ、アーラ)
◇
手刀を食らわせた時から、戦況はほぼほぼアーラに傾いた。
けれど、エルバは諦めない。
アーラも、この闘いをやめる気はさらさらなかった。
どちらかが再び膝を着くまで、この試合は続く。
模擬刀が模擬刀だけに下手を撃てば大怪我をさせてしまうかもしれないが、最初散々舐められたのだ。
ここで辞める気はサラサラない。
「全く、体力だけは一人前ね。」
「言ってろ。模擬刀を弾き飛ばしも出来ねぇ女アマが」
だいぶ口が悪くなったエルバの言葉に、流石に眉の間にシワがよる。
(こいつ、ほんとにあの大将軍の息子か…?)
品のない男は、嫌いだ。
そろそろ相手にも疲れてきた。一気に決着をつけてもいい頃合いだろう。
ぐいっと踏み込み、地面を蹴る。懐に入り込むと、模擬刀の柄を思い切り鳩尾に叩き込んだ。
一瞬緩んだ手を打てば、相手は簡単に剣を取り落とした。
終了の笛が、漸くなった。
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