初の上司は王子様!

@hinata-ishinido

第1話 歓迎試合1

空は秋晴れ、気温もあまり高くないため過ごしやすく、試合の観戦にはもってこいだ。


(ま、私には関係ないけど)


16歳になったばかりのアーラは、ざわざわと騒がしい会場を抜けて裏側の静かな場所へと足を運ぶ。


ミクス王国の王城、その中庭にて、騎士採用試験に合格した者達を歓迎する為の試合が行われようとしていた。


勿論、ただの歓迎試合では無い。

身なり、言動の他、試合の結果によって位の高い騎士が自らの隊に新人を勧誘する。


声をかけられなかった者は地方自治の為に王都を離れることになる為、騎士を目指す若者にとって第二の試験と言えるだろう。


アーラとてそれは同じだが、アーラがそれ以上に気にするのが、新人に日程を教えずに行われる入隊試験というものだ。


騎士は基本的に、国が持つ大きな隊に属しているのだが、位が高くなった騎士は自らの隊を持つことが出来る。

しかし、入隊試験に合格することが出来れば、その私兵隊のようなものに属することなく、正式に国に使える騎士になれるのだ。


騎士が上官にいると、どれほど手柄をたてたところでそれを横取りにされるのがオチだ。

早めに名声をたて、今まで育ててくれた両親に楽してもらいたいアーラにとって、それは何としてでも避けなくてはならない。


「アーラ」


声をかけられ振り向くと、そこには茶髪で色黒の、生真面目そうな青年が立っていた。彼の名前をモズと言う。


「お前、組み合わせみたか?」

「ええ。アルマ大将の三男、エルバ様でしょう?女を舞台に立たせたくないっていう意地が透けて見える組み合わせだったわ。」


アルマ大将とは、現在のミクス王国軍の指揮を執る、騎士を目指すならまず知っておかなければならない人物だ。国軍の指揮を執る人物だけあり理性的で、必要な人材を選りすぐる名将と名高い。


しかし、そんなアルマ大将の三男は、それはそれは酷い性格をしていた。

素晴らしい父がいると言うだけで威張り散らし、騎士に女はいらないと豪語する。無駄に顔立ちがいいから女に言い寄られるくせに、そういう軽んじた発言を繰り返すために、大体20歳で受かるよう設定されているにも関わらず、25になっても中々騎士採用試験に合格しなかった男である。


アーラと同じ試験でようやく合格したようだが、正直敵としては物足りない相手だ。しかし、上に立つ騎士にとって、アルマ大将の息子という肩書きは大きな意味を持つ。


「不能相手に手加減するいわれもないけど、あいつに勝たせないと地方に飛ばされるなんて、真っ平御免だわ。」

「アーラらしいけども…」


モズは困ったように眉を下げる。


他人想いだが騎士採用試験に首席で合格するほどの頭の良さを誇る彼のその表情を見て、アーラも何となく困ってしまった。


「大丈夫、無理はしないわ。モズも、首席だからって気抜かないでね。あなたが負けたら、2回戦以降の張り合いが無くなるわ。」

「ははは、冗談はよせよ。剣術でおまえに勝てる相手なんざいないんだから」

「あら、上手なお世辞をありがとう」


秀才と才媛だけあり、二人の会話は嘘に塗れていた。


別に仲が悪いとか、そういう訳じゃない。


単純に、モズとアーラの言葉遊びが、遊びの域を若干超えてしまっただけのことなのだから。


「モズ殿、そろそろ南門へ」

「あ、はい。…それじゃ、またあとで」

「えぇ、またね」


スタッフらしき男に声をかけられたモズは、ひらひらと手を振りながら南門のある方へと歩を進めていった。


アーラはそれを見送ったあと、先程見た紙の内容から自らが待機せねばならない門、北東門へと足を向けていた。


門とはいえど、基本的に仮設のものだ。中庭に入るための北門と南門以外は全て天幕になっており、新人はだいたいその天幕に隠れて待機する。


北門を使えるのは王族や国賓のみで、南門は文武ともに優れた優秀なもの達のみが使うことになっている。仮設のもので1番豪奢な北東門は、成績優秀者が主に使用することになっているらしい。アーラの前後に名前があった顔がチラホラ散っていた。


(対戦相手のエルバは…いないみたいね)


何となくつまらない。対戦相手というのは戦う前にいじくりまくった方が楽しいのに。


まぁ、今回の対戦相手にそんな事したら首が飛ぶのは間違いないだろうが。


そっと天幕の隙間から闘技場となる王城の中庭、一番見やすく、かつ平たい場所を見る。


その場所では、現在の王位継承者と先々代の王の孫が、華やかな剣技を繰り広げていた。


歓迎試合と銘打たれているけれど、この大会では王家筋の者達が対決する試合が必ず盛り込まれる。


現在の王、カイシンには2人の子供がいる。1人は、現在試合に出ている王位継承者のシンク、もう1人は、病弱気味で中々表に出てこない第1王女レイカである。


シンクは武に長けた王子であると共に、周りに気配りのできる優しい王子と地方でも評判だった。


一度、御来訪という行事で当時5,6歳前後のシンクを見た事があるが、その時より遥かに大人びて凛々しくなっており、武に長けていると名高いだけあって剣技も見事だ。


彼が王になれば、きっと治世も安寧だろう。


「アーラ殿。」

「?…はい、なんでしょう」

「申し訳ございません。実は、お相手のエルバ殿が相手に女は不足だから早く試合をさせろと我儘を申されまして…組み合わせを一つ繰り上げても問題ありませんか?」


恐る恐る申し出てきたのは、薄いピンク色の防具を身につけた…後方支援隊の女性だった。歳はアーラのひとつかふたつ上くらいだろう。少し怯えているのはきっとばk…エルバの剣幕に驚いたからだろう、きっとそうだ。


「はい。私は構いません。では、私たちの試合はこの試合の次、という事ですね。」

「はい、申し訳ございません…では、失礼致します」


ほっとした表情を見せた彼女は、たおやかに一礼すると音もなく北東門から出ていった。


(あの優雅さはどこぞの上級騎士の娘だからかなぁ。足音を立てなかったのを見るとかなりの手練っぽいけど)


実力者のようだが、物腰の柔らかさとほんの少し気が弱いと言うことで後方支援隊に所属しているのだろう。実にもったいない。


もう少し気が強ければ、そこそこいい部隊に所属できただろうに。


カァン…


軽い金属音に振り返れば、どうやら王家筋での試合に決着が着いたようであった。

先々代の王の孫はうっすら汗をかいているようだが、シンクにはそれがない。


(力を抜いてやったのか…あんだけ優雅な剣技を見せるのは結構キツいのに、シンク王子って凄いなぁ)


終わったばかりで疲れているだろうに、シンクは背筋をピンと伸ばして歩いている。

そこには、王族としての気品がこれでもかという程に溢れていた。


彼に政権が移るにまでは、是非とも生きていたいものだ。


(さて…いよいよ次、か)


どくり、と今まで静かだった心臓が跳ねる。


今まで受からなかったとはいえ、エルバは彼の大将軍の三男だ。武術だけでいえば、まだ若いアーラを上回るだろう。


心してかからねば、いくら不能といえどやられてしまう。

そんなちぐはぐな存在に、アーラの胸は自然と高鳴っていった。

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