幕は見切られ。
すべての兵士たちが天を見上げ、騎士王たちは不敵にも崩れることはなく。
そして一人、平和の王は戦慄を放っていた。
「わかってるさ! わかってるわかってるわかっている! わかっているからこそ!」
――誘ったのさ!
突如、疾走。
駆けだしたのはアイリだった。
「全てを切り落とせるのなら、この矢の雨の中でも移動はできる!」
膨張した筋肉のまま地面を踏み抜いた脚力は想像を遥かに越すものであり、一瞬の間に姿を消し、ガウェインへの懐へと潜り込んでいた。
接近の最中に五、六本の直撃コースにあった矢があったのだが、それらを全て構えた二振りのククリナイフで切り裂いたのだ。
「んな馬鹿な!? いや、貴様の挑戦を認めてやるよ!!」
突然と目の前に飛び出してきたアイリに動揺の声をあげたが、瞬時にそれを敵という認識に置き換え、剣を振り抜いた。
「それはありがとう。でも、私にはその気はないから」
再度、姿を消した。
いや、飛び上がったのだ。
飛び上がり、宙で体を回して背後へと移動した。
まさにそれは瞬間移動。
「苦しまずに殺してあげる」
誰も感知できない。
誰も視認できないはずの速さのはずなのだ。
絶対に見えることの出来ないはずだったのに。
「それはいいなぁ。でも、まだ死ねないんだよ」
悪寒。殺気。
アイリは自らの体が膠着するのを感じていた。
見切られている。
余裕だと思っていた相手の力量を図り損ねた。
自らが、浅はかだった。
ここまで自らを省みることがあったか。
そうか、これが走馬灯というものなのだろうか。
そう思考が鈍るアイリの目には、迫る刃が見える。
私ここで死んじゃうんだ。
でも。
……まだ死ねない!
「デューがもういいよって言うまでは、私は死ねないんだだよぉ!!」
眼前まで迫った刃。
頭上には無数の矢。
絶体絶命の窮地に立っているはずであり、この状況から脱することも困難であるはずなのに。
「だから私は! 全力を超えられる!」
加速のさらに上に、超加速。
迫りくる刃は停止に等しく。
降り注ぐ無数の矢は浮遊に等しく。
剣を弾き飛ばし、矢を切り捨てたのだ。
一瞬の内の数舜。
目に入ることも、最早知覚を無視する速さ。
「……面白れぇじゃねぇか」
切った、そんな現実を受け入れたはずのガウェインだったが、跳ね返された剣を見るなり、余裕な笑みは獲物を狙う目に豹変をしていた。
「でも付き合うつもりはないから」
「おう、そいつは残念だなぁ。だが、生憎俺もだったんだぜ?」
――支配。
音もなく唱えられた駕護は何を対象としたものか。
瞬時に逡巡をし、そして秒速で答えに至った。
「串刺しになっちまいな!」
先ほど山の頂にいたビリーたち弓兵隊が放った無数の矢、全てだ。
それらは様々な軌道を描きながら縦横無尽と駆けながらアイリへと向かってく。
だが、そんな小細工もアイリの前には意味を成さないのだ。
「私には全部届かない。だから全部、切り落とせる!」
右手は順手に、左手を逆手にククリナイフを握り絞めれば、腰を低く落とした。
逃げるためではない。回避は困難と悟った上で、宣言通りに全てを切り落とすためにだ。
駕護はすでに脳内でオーバーヒートを迎える勢いで使用しており、普段は出るはずのないオーラが、アイリのからだからは赤色として漏れ出ていた。
「私にはできるから! 私は私が信じてあげるの!
瞬時、空には腕が滲んだ。
たったの三撃。
それをこの刹那では放ったのだ。
「全て!」
三撃は五撃へと。
「切り落とすまで!」
五撃は十撃へと進化をし。
「私は!」
十撃は二十撃へと豹変をし。
「止まれない!!」
二十撃は五十撃へと極地を見た。
そして。
――全てを切り落とした。
「こいつ、やりやがった……っ」
始めに声を出したのは、正義の騎士王であるガウェインであった。
「これで、決めるっ!!」
不意を突いたアイリが、焦りと不敵の混ざったような笑みを浮かべ、振り下ろした手で切り返す。
斬り上げられるククリナイフがひしひしとガウェインの首元へと踊り。
「ここで勢力が一つ滑落、なんてことがあったら目すら向けられん。弾け、『反転』」
瞬時、アイリが狙っていた首元からククリナイフの軌道がおおきくずれた。
いや、ずらされたのだ。
素通りした首筋と、その真横を過ったククリナイフ。
そして、焦った顔で頬に脂汗を流すガウェイン。
「もう少しっ、だったのに!!」
「っていうのをせないのが強者だからな」
――よく、覚えておけ。
カサブリアが言霊に殺気を込めて言い放つ。
その両足は交互に開かれ、その両腕は胸辺りまで持ち上げられ脇を強く引き締めている。
「カサンドラス式拳法、お前の代わりに俺がこの拳で打ち砕いてやる」
「二対一とか、これは不利っ……」
双頭が同時に競り合うように圧し掛かってくる戦意に、意識をしなくとも不平を漏らしてしまう。
すでにアイリには体力の限界が見えてきている状態だ。そんな状態でこの騎士王二人と戦うということになれば、戦う前から意思が折れそうになってしまう。
もうやめたい。
もう逃げたい。
早く昔みたいにデューと仲良く過ごしたい。
デューと一緒に過ごしたい。
「……過ごしたいから、私はまだ諦められない!!」
「ッ良く言った! 正義の前に貴様から伏させてやろう!」
威勢の良いカサンドラの声が耳に入り、視界にとらえたはずの身体がブレた。
めまい? 眠気?
いや、なんだっていい。でもなんでこんな時に。
「言っていただろう?」
これは私の目の錯覚や集中力云々の話じゃない!
私の十八番であり、誰にも使われないと油断していた答えが脳裏を過った。
私の視認可能の領域を超えた速さで行動したのだ。
「詰めが甘い、と」
瞬時、腹の底で何かが破裂したような衝撃が走った。
刹那に足は地面からはなれ、身体には浮遊感と激痛が迸る。
「カサンドラス式拳法、流嵐突きだ」
苦し紛れで視界の狭まった目で見たものは、自らの腹部に深くまで突き刺さったカサブリアの拳だった。
「っぐはぁ!?」
瞬間的に口内に溜まった唾液に、少量の吐しゃ物が吐き出される。
飛んだ体は数メートルほど離れたところで顔面から落ちるようにして地面へと墜ちた。
身体は普段以上に敏感になっているらしく、地面に体がぶつかるだけでも意識が飛ぶほどの激痛が走る。
起き上がろうと腕を地面に突き立てるが、復帰をすることを体が拒むように胸のあたりまでしか上がらず、腹部から下は全く以て上がる気配はない。
ついには腕に掛かる負担も限界を超え、情けなく地面に顔を埋まらせてしまう。
「おい秩序の。さっきのは感謝するが、これはやりすぎだって怒りてぇぞ」
「なんだ? 戦いの間に私情を挟み、相手に情けを送る、ということか?」
「まさか。俺が戦おうと思ったのに、お前が一撃で潰しちまったんじゃ面白くねぇってことだ」
まるでっ軽口を交すような雰囲気だが、その内容はアイリの命を粗末に扱うそのものだ。
その話がアイリには聞こえているのか、悔しそうに唇を噛みしめ、さらには涙を溢す目で二人を酷く睨め付けている。
それはまるで……。
「おいおい、なんだよそのイラっと来る目は」
それはまるで――。
「なぁ
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