戦いが始まる。

 「第一波! 接触!!」


 どこからか流れ出した、そんな声。

 この場は戦場地となったガナリア平原の中心地であり、正義と秩序の両勢力が剣の切先を向け合っていた。


 「はじめの一手は命を懸けても捥ぎ取れ! これは後の戦意に関係する重要な作戦だ!」


 先遣隊、ともとれる部隊の指揮官、クーフォール・アスフィが声を荒げた。

 髭を生やし、過剰ともとれるような重装備を纏った男は、馬に騎乗したまま、自分が一番槍と言わんばかりの威勢で馬に鞭を振るった。


 「我クーフォールに開く道はっ! 未来の開拓地なり! 皆の者! 我に続くけぇ!!」


 ヒヒィーン! と馬がうなり声をあげれば、土を蹴り上げながら疾走を得る。

 そして後を追うように、騎馬隊が、槍隊が、歩兵隊が、遠距離部隊が、それぞれ掛けるようについていく。


 「雷を纏え! 我が駕護かごよ! レクラ・クラール!」


 大剣にも似た片手剣を腰に佩かせる鞘から引き抜けば、それを掲げるが如く、天に突きさす。

 その刹那に、発光を繰り返すように静電気のような細い線が纏われ場、次第に強度を増し、雷へと姿を化かした。


 距離が縮まる両軍。

 互いが互いを視線同士で『敵だ』と判断した次の瞬間に。


 「うぉぉおおおぉぉ!!」


 馬が一歩、大きく踏み出し。

 クーフォールが大きく剣を振り下ろし。


 「甘い。全く以てだ。これだから正義は」


 秩序の先頭に立つ、純白の軍服を着馴らす男が、まるで腫物を見るように哀れな目を向け。

 腰から抜いた細剣を一振りした。


 「――甘いのだよ」


 男の眼光が煌めいた瞬間に、馬が男の横を通り過ぎ。

 その足元には、先ほどまで馬に騎乗し眼前の敵を討たんとする威勢を見せていたクーフォールの首が落ちていた。


 「我、カサブリア・ガイデンが討ち取ったり」


 冷徹な視線を足元に転がる生首に向けると、胸内から取り出したハンカチーフで血の付いた細剣の刀身を拭い、地面に捨てた。


 「……おや、まだ自らの指揮官の首が飛んだことに気付かないのかな?」


 カサブリアが言った疑問のように、目の前には自らの指揮官が死んだことに気付くこともない正義の先遣隊たちが猛突にも似た進軍を止めずにいるのだ。


 「これは予想外だな……ひとまずは防衛線を張って指揮官のいない状態での無意味な時間を過ごしてもらうか」


 細剣を華麗に鞘にしまえば、「テュフォール!」と声を張った。

 その数舜後には、馬に乗った、こちらも白の軍服を纏った男が現れた。


 「どちらへ?」


 「一先ずは後方に。指揮官を打ち取ったから時間稼ぎにはなる」


 「畏まりました」


 そう言うと、馬に跨るテュフォールがカサブリアに対し手を指し伸ばし、それを引き上げ背後に跨らせる。


 「ただいまから防衛線を張る! これは倒すことを目的としてではない! 時間稼ぎ! 兵站の備蓄を削ぐことを目的とした作戦だ! もう一度言う! 倒すのではなく、効率的に時間を稼げ!」


 軽侮な意思を含んだ眼を正義たちに向け、口先だけで誠実を装うように鼓舞するセリフを口に出す。


 カサブリアの言葉によって、先頭で勇んでいた槍を咬ませるものたちは後退をし、変わりに盾隊が配属された。


 「さぁ、先手は頂いた。平和はどう動くか…」


 馬に跨るカサブリアは操馬をテュフォールに任せるように深く腰掛ける。

 そして、腕を組み目を瞑り、浅く微笑み。


 「どうにか化けろよ、アーノルド」


 旧友であった平和の王、デュソルの名を口に出した。



     *


 「入電です! 先ほどと場所は先ほどと同じくガナリア平原! 秩序の先遣隊の指揮官カサブリアが、正義の先遣隊の指揮官クーフォールを倒した後に撤退したtの報告がありました!」


 「そうか……」


 ため息のように息を飲めば、数舜の逡巡を繰り返した後に、腰を椅子から上げた。


 「第一波の衝突は終わった、と。なら俺たちも前線へと赴く」


 「畏まりました! では今からそのように手配をっ」


 「いや。しなくていい」


 焦るほどの口先の軽さの男を、できゅそるはかたてを上げることで遮れば、男の横を通り過ぎ、そして肩に手を置いて立ち止まった。


 「ただその代わり、留守の間だけはこの城を護ってくれよ?」


 まるで城を護り切ることを確信しているような、そんな信頼を乗せた言葉に、くみ取った男は興奮で膠着を覚えた。


 「わかりました! 俺、カサドル・レントラーは粉骨精神でこの城を死守して見せます!」


 勢いよく掲げた拳で胸部を強打する勢いで叩きつけるカサドル。

 その姿勢に満足したように、デュソルは何度か撫でるようにしてカサドルの肩を撫で、そっと手を放した。


 「ではもう行く。後は、信頼しているからな」


 「はいっ!!」


 デュソルの方へと向き直り返事を返したカサドルに軽く手を振れば、アイリに視線を送る。

 その視線に了承の頷きを返せば、椅子に掛かる軍服の母衣ほろを手に取り、立ち止まるデュソルへと足を向けた。


 「どれ。行ってみるか」


 「……えぇ」


 アイリが後ろに着いたことを確認したデュソルは、ガナリア平原を目指し部屋を後にした。



     *



 このガナリア平原は、縦に伸びる砂漠なほどまで干ばつした大地と、それを左右から挟むように聳え立つブリド山脈とカナヤ山脈が存在するのだ。


 その山脈の片方、ブリド山脈に平和の勢力は潜んでいるのだ。


 「進軍許可は本城から下った! 今こそ我らの初陣! 今こそ我ら平和を世に知らしめる時だ!」


 丘の頂上で皆が静かに膝を曲げている時に、一人の男が敢然と立ち上がり、目には溢れるほどの精悍さが見て取れる。

 そんな男が、初陣ということでほんの少し体に緊張を纏わせている仲間たちに発揚させるような言葉を贈る。


 「顔を上げよ! 何をそんな辛気臭い顔をしているのだ? 我々の目的はこの戦争に勝つことではない。この戦争を終わらせることなのだ!」


 勇武と思えるおとこが、咆える。

 単なる気勢によるものではなく、確信と勝利を与えるために。


 描く道筋を、皆に呼応させるように。


 ただ蛮勇と振る舞うのだ。


 「いわば我々はこの戦争の調停者。そしてあいつらは、ただの木偶なのだ。ただの人形なのだ!」


 ――勝たないわけにはいかない。


 ――勝てないわけがない。


 ――負けるわけにはいかない。


 ――負けるわけがない。


 そんな趣旨の言葉を並べた末に。

 男は昂然と鬱勃のままに剣を引き抜いた。


 「だから。勝とうぜ?」


 その動きに呼応し。

 皆がそれぞれの武器を。

 剣を。槍を。弓を。盾を。ボウガンを。


 『おおおおぉーー!!』


 天へと掲げたのだ。


 「さぁ! 作戦実行だ!」


 空気を震駭させるほどの声の中、恍惚にも似た剛強な声が響き渡った。

 刹那に声は静まり、場には緊張のみが無作為に走り回り、ある者の頬に汗をたらした。


 「第一弓兵隊、第二弓兵隊は所定の位置に! 第一槍兵隊も所定の位置に着け!」


 『はい!』


 それぞれが言われたように、弓を携えた者が山陸の内地へと移動をし、槍を携える者は、丘壑の差ほどの山の傾斜の手前に移動した。


 「そして本隊は……では盾隊を手前に配置。そしてその後方にボウガン隊、近接隊の配置に並び替えろ」


 『はい!』


 この短時間で穴となっていた、本体の配置を練り。

 参戦の準備は完了になった。


 今から、この刹那に戦争に加わるということは誰の口からも漏れてはいない。

 それなのに。

 この場には蔓延るような殺意。熱意。戦意。


 そして睛眸に煌めく警邏に似た闘志が宿っている。


 これから始まるのを予感して。


 自分たちが戦争で活躍する姿を想像して。


 緊張に息を飲んで。


 戦意で目を見開くその刹那に。


 「これより参戦を開始する! 突撃ィ!!」


 『おおおぉ!!』


 蛮声と共に、皆が足に纏う具足によって踏み鳴らされた地面が悲鳴を上げる。


 彼らは峡谷にも似るほどの傾斜を下りはじめたのだ。


 一人は滑るように。

 一人は跳ぶように。

 一人はしっかりと地面を踏みしめながら。


 瞬息の域で山を下り始めたのだ。


 「……な、なんだあれっ!?」


 地上にいる誰かが声を上げ、その声の視線の先に、正義と秩序の両勢力が目をむけた。


 「気づいても、遅いんだよ」


 頂きに聳え俯瞰する男。第一弓兵隊の隊長であるビリー・ソワントが細く微笑みを見せる。

 背中に羽織る外套の上に、折り畳み式の大弓を背負い、ゆっくりと体を翻させ、待機する弓兵隊たちと視線を合わせた。


 「さぁ! 始まりだせ? 最高の奇襲パーティーの」


 瞬時に機敏に体を翻させ、背から大弓を取り出し構える。

 胡簶から矢を一矢取り出し、弦に合わせ矢を番える。

 握る手で弓幹を撫でる。


 一呼吸置いた先には、すでに第一と第二の弓兵隊の全てが矢を番え終わり、天へと向けて標準を合わせている。


 「露払いだ! 総員っ! 一斉掃射!!」


 ビリーの声と共に掃射された矢は、瞬く間に群青に広がり、奇襲の名を成したように地上で固まる二勢力に牙を向く。


 「なっ、なんだよあれ!!」


 「どこから!?」


 「まさか正義が!?」


 「まさか秩序が!?」


 憶測が両勢力の間で流れ、その場で剣を抜かん勢いで逃げることはなく。

 命を刈り取る矢が迫るにも関わらず、互いに互いの命しか眼中にはなく、貪るように剣を取る。


 その光景を嘲笑うように、アーチのように美しい弧を描射て飛翔する矢は、次々と標的を見定め、降り穿った。


 阿鼻叫喚。

 まさに地獄絵図だ。


 互いに殺し合おうと奮起を振るう者。矢に貫かれ苦痛を述べる者。

 そして、憎むように矢を睨み、穿たれていく者。

 様々な者たちが送る思いがある中で、それらを平等に死を齎した。


 「弓兵隊の奇襲は成功だ! この活路を逃さず我々も続くぞ!!」


 近接隊の兵士たちが咆える。


 具足を地面に蹴りつけ加速を繰り返し、宙には逆光で輝く残像の軌跡しか残さない。

 数々の兵士たちが、まるで山猿の如く素早くおり、すでに地上へと降り立った者もいる。


 「さぁ続け続けぇ! 我ら平和が新勢力の力を見せつけてやるぞ!」


 『おおおおぉ!』


 溢れんばかりの本能の激流を叫びに変え、身体を強張らせる。


 恐怖などではなく、戦意。

 負荷ではなく、良荷。


 身体に掛かる負担全てが、まるで体を良いように調整しているような感じがして。


 「駕護よ、与えし施しを我が身に! 盾圧上昇シールド・チャージ!」


駕護を発動させれば、一瞬掲げる盾に黄緑の光を弾かせ、何かを纏わせるように黄緑色のベールが付与された。


 「俺が道を広げる! それに着いてこい!」


 駕護を使った男が大声で羞恥を図る。

 その言葉は瞬く間に兵士たちに広がり、すべての兵士が男の後ろに広がるように集った。


 「駕護よ、与えし施しを我が身に! 脚力強化装甲グリード・アクセラレート!」


 今度は弾けるように光が爆散すると次の瞬間には足に纏う具足にはほんのりと赤くベールを纏った。


 「このまま押し切るぞ!!」


 足に力を入れ地面を蹴り飛ばせば、一瞬にしてクレーターにも似た没落が出来上がり、周囲の者と差を開くほどの加速を見せる。

 一歩、二歩、三歩で加速は頂点にいたり、すでに男の体には空気の風を破るように左右四方に散っていく。


 男の盾が正義と秩序の軍勢たちに接触した刹那に。


 「破壊クラッシャーァァ!!」


 盾に触れた者が次々と何かに投げ飛ばされたように、身体を無理な体勢のまま吹き飛ばされているのだ。

 敵中を一直線に駆け抜けながら、からだからなる歪な音と、噴き出る血潮を浴びながら駆け抜けた。


 駆け抜け道を広げ終われば、男はゆっくりと立ち止まり雄叫びを上げた。


 「我ら平和、ここに参上! 荒れてくぜぇ!!」


 顔に鬼を宿したまま男は剣を抜剣し、戦場を走り出した。

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