過去は過ぎ
時は流れ。
静寂とともに、平和の城の前には戦意が溢れる。
「時は満ちた。この場に集ったのは、皆それぞれの思いがあっての故だろう」
城の二階部分のデッキに立つデュソルは一度、広場に集まった武器を携帯した武士たちの顔を大きく見渡した。
顔に傷のあるもの。まるで親の仇でも睨むほど醜悪に染まった形相の者。烈火の如くの情熱を浮かばせる者。
それぞれに強い戦意を感じ、さしものデュソルでさえも、自らが息を飲むのを感じていた。
「だが目的は一つである! たったの一つは既に目の前! 打倒は戦争! 正義と秩序だ!」
大きく体を動かし、自らを大きな存在に見立てさせる。
王たるもの、貧弱で何ができる。
今は戦うこともせず、戦場に参加することもない。
ただ指揮官としてこの安全圏から指揮を出すだけ。
それだけの仕事の奴が、この場で何もしないわけにいかないわけにいかないだろう。
だから、鼓舞ぐらいはしてやるさ!
「俺らは戦争を止めるために戦争をするんだ! 剣を抜きッ! 矢を番えろ!」
『おぉーーっ!!』
鼓舞が。
奮い立てが。
情熱が。
まるでデュソルの心の奥底に蔓延る思いが伝染したかの勢いで、戦士の皆が声を上げていく。
――そして。
「勝利を」
――ニヤリと微笑を頬に刻み。
「我が手に」
大地を震わせるほどの歓声を靡かせた。
*
鼓舞をした戦士たちを見送ったデュソルは、一人……ではなく、アイリと二人で城内に存在する指令室で待機していた。
中央奥に備えられた机の椅子に浅く腰掛け、その横をアイリが直立の如く立っている。
「……なあアイリ、辛かったらソファに座っててもいいんだぞ?」
「それを言うなら、デューも、だよ? 馴れない座り方のせいでもう腰痛いでしょ」
「む。それを言うならアイリもだろ? 落ち着きをなくしたように左右に揺れるのは、ただの退屈からくるものなのか?」
「……だったら、デューが楽な体勢になってから」
わかった、と動きそうだった口を、頭の隅で生きる理性で閉じ込めた。
確かに辛い。確かに今すぐにでもこの体勢を止めたい。
心の中でそう嘆く意思はアイリの言う通り存在するのだが、その欲望に従うほど指揮官としては廃れてはいない。
「良い申し立てだけど、やっぱり俺には無理だ。休むんだったら一人で頼む」
「……それじゃあ一緒に休めない」
恨めしい視線を向けながら唇を尖らすアイリに、「こればっかしはしょうがない」と乾いた笑みを浮かばせた。
俺だってしたくてこんな疲れる体勢を取っているわけじゃない。
でも今だけは戦うみんなに顔向けできる指揮官でないといけないんだ。
そう、決意を決めた刹那に。
――アッ! アーノルド様!
騒がしく踏み鳴らす足音と、喧騒にも似た、荒く名前を呼ぶ声が響く。
それには先ほどまで気の緩みを見せていたアイリも、張りつめたように背筋を伸ばさずにはいられなかった。
「所属と要件をその場で言え。入室の許可はその後だ」
現在、扉の外では焦る以上に荒い呼吸で必死になっている男に、デュソルは冷徹にも似た冷淡な反応を返す。
『はい! 平和の城配属の電鈴部隊所属のブリン・ガゼリドであります! 先ほど諜報員からの入電がありましたことを報告に参りました!』
そのことばを聞いた二人は、互いに険しい目線で交錯をした末に、同時に頷いて口を開いた。
「……よし。入れ」
『はい!』
威勢の良い返事と共に素早く扉が開かれた。
扉の奥から男が一歩踏み出し体を部屋の中にいれれば、またもや素早く扉を音無く閉じた。
「報告です! 先ほどの諜報員からの入電で、正義、秩序、平和の三勢力によるガナリア平原による衝突、そして戦闘の開始が見受けられたとの電鈴を受けました!」
「……そうか。報告感謝する、もう下がってくれて構わない」
「はいっ!」
デュソルの言葉を聞いた男が返事を返せば早急に部屋を後にする。
部屋の中に残ったのはデュソルとアイリ、そして重苦しい空気。
二人の間には、どこかすれ違いがあるように、一言も喋らず、一線も目も合わさず。
先ほどの電鈴から続くものだ。
すでに経ったのは何秒か、何分か、それとも何刻か。
考えることも苦しい雰囲気の中で、ただ二人は悪戯に静寂を振る撒いていた。
だが、いつまでもそんな真似をできるわけでもなく。
どちらかが緊張を解き。
どちらかが空気を合わせ。
どちらかが視線を探り。
どちらかが目線を合わせ。
どちらかが沈黙を嫌い。
どちらかが口を開いた。
「なぁ、アイリ」
「何? デュー」
――ようやく始まったな。
二人は目を閉じることによっての意思伝達をした。
どこかで予感していた、戦争の開戦を。
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