城を築け。

 後日。同じく正義の領地内での勢力拡大の演説を終え、就寝を終えて目覚めの準備をしていた。


 窓からはカーテン越しから漏れる日光。優しく規則性のある呼吸。

 そして。


 床を軋ます音を鳴らしながら近づいてくる、一つの足跡。


 「デュー。もう、朝だよ」


 語りかけられる優し気な声。


 逡巡をするように止められた足音は数舜の迷いを見せた末に、ベッドに乗り掛けるように軋む音が鳴る。


 「ねぇ、デュー……起きてる?」


 臆病な声色で問いかけるアイリに対し、デュソルは寝言にも似た吐息で返すのみ。

 その反応に安堵するように、張りつめた息はそっと吐き出して、片足しかかけていなかったベッドに、乗り込むようにして両足を上げた。


 「まだ、寝てるよね? もう少し、寝てるよね?」


 ゆっくり。

 臆病に。

 慎重に。


 シーツの上を滑るようにして移動するアイリ。

 その内心は、ドクドクとうるさく主張する鼓動に支配され、まるで視界が赤く染まったように錯覚するほどに緊張している。


 デュソルに圧し掛かるように跨げば、さらに両手を手を左右の首元に添える。


 荒れる呼吸は、熱を持った吐息に変わり、揺れる眼光は不安と恐怖を体現させ。


 張る筋をさらに張らせながら体位を前傾にさせ、髪を靡かせた。


 「……っん」


 接吻を。


 キスをした。


 唇を離し、肩を上げ。

 すやすやと何の警戒もなく寝ている幼げの残る顔の彼を見て微笑んだ。


 「……おはよ」


 柔らかく微笑んだ笑顔で、アイリはデュソルの上から退き、上半身脇のベッドの淵に腰かけた。


 「早く起きなきゃ」


 そっと。アイリが肩をゆする。

 呼応するように帰ってくるのは、うめき声のような寝息。

 普段の大人びた、それも冷徹なほどの思考を表出させているデュソルからは想像が出来ないほどの、油断しきっている子供のような寝顔。


 「ふふっ。可愛い顔」


 揺する肩から手を離し、今度は頬に。

 人差し指を突き出して頬を突いていく。

 突くその度に「ぅん……ぅん」と呻きが上がる。


 数回突いたり捏ねたりを繰り返せば、満足したように手を離した。

 変わりにおでこに手を持っていけば、目元に掛かる髪をかき上げるようにずらした。


 「ほら、早く起きて」


 ――じゃないと。


 そっと、顔を耳元に近づいて。


 カプっと耳たぶを甘噛みした。

 途端に小さく痙攣をするように飛び上がれば、アイリも驚いたように肩を振るわせた。


 「はーやーくー。今日は設計技師の方と城の内装についての詰め合わせと、顔合わせも兼ねた周知会を行うんでしょ?」


 デュソルが目覚めたことを予感して、アイリが本日の予定を告げる。

 その声に、ただ身じろぎで反応を返すデュソルだが、それは決して眠っているときの反応ではない。


 「わかった。じゃあちょっと遅めだけど朝ごはん、作っておくから」


 「……」


 言葉を返すことはないが、小さく、首を動かして反応を返した。

 たったのそれだけで、アイリは信用しきったように「くすっ」と笑みを浮かべ、ベッドから腰を上げた。


 「それじゃあ私はもう行くわね」


 そう言い残せば、アイリは寝室を後にした。



 「……あいつ」


 アイリが寝室から姿を消したことを確認したデュソルが徐に瞼を開けば、腕で先ほどまで接吻をしていた唇を覆った。


 「俺が起きてること、絶対気付いているだろ……っ」


 思い出し恥ずかしさで顔を赤に染めたデュソルは、二度寝を決め込もうと毛布を深くかぶった。



 そのころ。

 寝室を出たすぐの壁に背を賭けていたアイリ。

 先ほどまでしていたことに対し、恥ずかしさで同様に頬を染めていた。


 「デューがいつも寝たふりをして私のキス、待ってるの知ってるから」


 笑顔のような、羞恥のような、気まずさのような。

 それらが混ざったような赤面の笑顔を浮かべ、キュッと唇を結んだ。


 「そんなの、しないってこと、できるわけないじゃん」


 緊張で力が抜けたように、アイリは背を賭けたかべを伝うように、腰を下ろした。



     *



 昼下がり。

 デュソルたちは設計技師と共に、自邸の中心に位置する、四つ角テーブルと腰の低いソファー、そして申し訳ない程度の装飾しか施されてはいない会議室に集っていた。

 理由はもちろん、これから作られる平和の勢力の城の内装についてだ。


 「本日ご用意させて頂いたのは、城の内装のサンプル図と、それに掛かる予算です」


 そう言って紙を差し出してきたのは、歳の低く見える妙齢の美女の設計技師、名前はミーリュ・アルシュダだ。

 揺れる長い小麦色の髪の合間から覗かせる耳飾りに目を奪われていれば、横に座るアイリから訝し気な目を向けられるほどに美しい装飾品を付けている女性が、こちらに微笑みを向けてくる。


 「あぁ。一応候補として見るだけでDあって、オーダーメイドの内装を受け付けないということではないのだろう?」


 「はい! それはもちろんです! まぁうちとしてはサンプルを使っていただいた方が低予算で労働削減ができるのでお勧めはしたいのですけれどね」


 曖昧は笑顔と共に本音をぶっちゃけるミーリュに、若干の好印象を受けるデュソルが、渡されたサンプル図の記された紙に目を通した。


 「一つ目が『豪勢』を主題とし、二つ目が『静けさ』。そして三つ目が『戒律』ですね」


 「そうか……。一つ、質問をしてみてもいいか?」


 「いいですとも! 何事でも何なりと!」


 ミーリュの声色が良く返された返事に機嫌を良くすれば、ほんの少し、身を乗り出すように体を前のめりにさせて、テーブルの上に広げた図面に指を指した。


 「例えば、このサンプルを元にして、少しオーダーメイドで手を加える、などということは可能か?」


 「全然可能です! でもお金が通常のオーダーメイド代よりも掛かってしまうのですが……」


 「あぁ。お金については心配しないでくれ。話には聞いているかもしれないが、平和の城の建設費用は、全額正義の王の私用のお金から支払ってくれるらしいので、お構いなく」


 そういうと、あからさまに創造意欲の沸かせたように目に輝きを込めるミーリュ。


 ……そんな感じに打ち合わせは進んでいき。


 最終的には、装飾は最低限であり、場内に私的スペースを作った戒律を基準とした城となった。

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