仲間を集い。
しんみりと静まったのは、秩序の勢力が領域を握っていた、エガントスフィア内の時計台前の広場。
広場に集った群衆が固唾を飲み込むのを忘れたまま見上げる先には、二人の男女の姿。
時計台の中間部の突起に立っており、男は立ち上がり部分に足を掛け、片方の女は、男の後ろで平和という文字と、剣と盾が背中合わせに施された刺繍の旗を立てている。
ふらりふらり。
男がよろめけば、民衆たちはどっと目を見開く。
あんなところに居ては落ちてしまう。
そんな予想が民衆たちの脳裏を一貫する中。
男の開いた口はそんな周知を全て払拭し、新たな価値観を根着けた。
「取引をしよう。対価は命、報酬は英雄、終戦の名誉だ。乗った奴はここに残っていけ!」
「……残っていけー」
拡声機をしようとして辺りに散らすように大声で狼煙を上げるデュソルと、それに釣られるように小声で繰り返すように口に出す。
静寂。
ざわざわとデュソルの耳に入るのは、上空故に起こる風のみで、声などは一切と入ってこない。
「さぁ、どうした? 答えぐらいは返してみせろよ」
煽るように、捲し立てるように。
繰り返しなげかける言葉の末に、民衆たちは声を掛け合うように近くの者同士で顔を覗き込む。
突っつき合い。言い争い。
仲間同士での探り合いの果てに、燻る感情のそれは、互い同士を傷つけるものに姿を変えた。
「お前っ! こんな公然の場で秩序を裏切るようなことを言っていいと思っているのか!?」
「そんなことを言っても! 今この現状に不満を抱いているのはお前も同じだろ! そうだろお前らも! 同じことを思っているんだろ!!」
一対一での言い争いは、そのどちらかが数の利を得ようと共感紛いに話題を突然と振り撒き、その油に当てられた民衆たちは、わっと膨れ上がるように小言から喧騒へと姿を変えた。
(上がってきたな。さて、残るは仕上げだ)
ニヤリと微笑めば、デュソルは口を開いた。
「静かにしろ! 今は言い争いをできる時か? のんびりと決断を後伸ばしにするほどの余裕があるか? ないだろ! 戦争だ! 刻一刻を争う戦争なのだ! 行動は遅くてもいい! 決断ぐらいはして見せろ!」
大きな素振りで体を動かし、熱情的な言葉で発破をかける。
元々この争いは、一つの憂慮、不安から来たものなのだ。
秩序を裏切りたくない。
ではなく。
秩序を裏切っても死なないのか。
だ。
考える暇を与えない。
考えるだけの余裕を作らせない。
常に説得対象の脳内には、焦りと恐怖を植え付けておく。
それだけで考えることも、正常の判断をすることもできなくなるのだ。
そんな状態に陥れば、少しでも信頼できる人、俗に言う『カリスマ』を持つ者に着いて行き、思考を投げ出したくなるのなのだ。
カリスマとは、単純に自分より優れているもの、信頼される人になれば簡単に相手が自身の中に産み付けるもの。
だから、簡単なのだ。
「戦争を終わらせたいと勇敢な思考を掲げ平和に入るか。臆病で現状が変わることに不満を抱き秩序に残るか」
ほら。
「――選んで、着いてこい」
――簡単だろ?
刹那に。
わっと湧いたような歓声が怒号と化して響き渡り、一瞬にして秩序から平和に兵力が流れ込んできた。
*
秩序の領域での勢力拡大を狙いとした演説を終え、デュソルたちは屋敷へと帰ってきていた。
「次は、正義か……」
ソファーに寝転びながら独り言のようにつぶやく。
仰向けで天井を仰ぎながら、目は腕で隠す。
眩しく瞼を刺激してくる光を遮るためだ。
「そんなに疲れたなら、寝る?」
中くらいのテーブルを挟んで向かいに座るアイリが、なぜかスカートの裾を確認するような素振りをしてから声を掛けてきた。
「……寝たいけど、部屋まで行くのが面倒」
「そうなんだっ」
逡巡した上で無意識に吐き出したデュソルの言葉を聞いたアイリが、「やったやった」と顔を破顔させながら、姿勢を正して膝を叩いた。
「だったらほら! デュー、私の太もも使っていいよ!」
「ふともも、か……太もも?」
「うん、太もも」
アイリの言葉に疑問符で返したデュソルは半身を浮かせば、テーブルの向こうにある太ももが目に入る。
艶のあるスカート膝小僧を隠すまでには至らず、太ももの中ほどまでしか隠しておらず、女の子らしく足を緩めた座り方で、どうにも太ももの谷間から下着が覗けるのではないかと期待をしてしまう。
それが男の性というべきものなのか、谷間の向こう側を知ろうとしようと黙々と思考していたことに気付けば、顔を赤くして目を離す。
「……使わないの?」
「使えないの」
逡巡をするように眺めるだけの視線に耐えかね言葉を切り出すが、瞬時に真顔のデュソルに切り伏せられる。
あまりの靡かない様子に、アイリはしょぼんと落ち込んだように肩を窄め、膝枕を強要したいけれども迷惑は掛けられないという憂慮に阻まれたように暗い顔をした。
「やっぱり私の魅力じゃデューは靡かないのかしら……はっ! まさかロリコ──」
「言わせねぇーよ!?」
アイリの言葉を遮るように、がばっと体を起こして否定する。
「嘘だよ」
「嘘かよ」
冗談めかしたように舌を出す姿に、やられたと呆れたように体の力をぬきながらソファーに倒れこむ。
ため息を吐けば、独り言のように呟いた。
「なんか、余計に疲れた気がする……」
「そうかな?」
「そうだよ。てか誰のせいだとっ」
「私にはそんな風には思えないよ?」
――だって笑ってるじゃん。
……は?
言葉が出なかった。
いや、言葉が出せなかったのだ。
アイリに言われた途端に口元に意識を向ければなぜか笑顔でいる自分を自覚し、恥ずかしさを覚えたように口を腕で隠したからだ。
何で、何で。
「何で俺、笑ってんだろ」
気づけば、最近は一切と笑顔になるということがなかった。
感情を殺されたわけでも、感情を殺したわけでもない。
それなのに、なぜか笑顔になれていなかったのだ。
「それはわからないよ」
どこかおかしく笑うアイリ。
これはわかってしまう。
これは嫌でも自覚してしまうのだ。
「でも、肩の荷は下りたでしょ?」
俺はアイリと一緒に居れば笑顔になれるってことが。
俺はアイリと一緒にいるのが楽しいって。
好きだって
…… だから俺は約束が出来たのかも知れない。
「絶対に終わらすから。だから。戦争が終わったら、膝枕を頼むよ」
「うん。頼まれましたっ」
そうして俺はアイリの笑顔を見て、仮眠に就いた。
――実現されぬ未来と知らずに。
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