運命は転変を望み。(第三勢力を作ろうとする)
「そろそろまともに取り合ってくれてもいいんじゃないか?」
「まともに取り合う? 意味のない会合を開くだけでもありがたいと思わなければいけない立場のお前がそれを言えると思っているのか?」
デュソルは……いや、デュソルと先ほどから怒りをあらわにして眼光を鋭く光らせるアイリは、秩序の王――ブリデッド・グリゼン――の元まで足を延ばしていた。
多少の障害。門番に門前払いを受けたり、ランチャーフックを使い白の壁を登ったり、王の居座る部屋の扉の前で衛兵に見つかり、アイリと狭い場所に隠れてドキドキ時間を過ごしたりなど、いろいろな問題を乗り越えて、この会合まで漕ぎ着けたのだ。
「それはこっちも言えることじゃないか? この部屋は防音。異変を感じて駆け付ける兵士たちも全員潰している。土壇場状態のそっちの方が口を慎むんじゃなうか?」
「脅迫か。俺を殺したことで秩序が潰れ、正義による虐殺が始まるだけではないのか?」
「……」
やはりというべきか、ただの脅しだけでは揺るがない。
自分の立場も、自分の存在価値も、それら全てを自分の物差しではなく、一般的な普遍な常識で判断しているために間違いはないし、破ることもできない。
「……だが」
「だが?」
ブリデッドの突然の開口に思わずオウム返しに声を出したデュソル。
そんな子供染みた反応を見せたデュソルに何かを感じ取ったのか、ブリデッドは卑しく微笑みを向けた。
「条件付きだが、正義との会談に誘われてやってもいい」
「……怖いねぇ」
条件付きが前提条件とされた状態で、目的に付き合ってやると一割れて手放しに喜べるほどデュソルも思考は幼稚ではない。
頭の隅に、「条件次第」よいう言葉が浮かぶが、うっかりと命取りの可能性を孕んでいるということを意識して振り払う。
「条件は何なんだ? 協力をしてくれるというのだ。相応はしてやると誓う」
「協力か。くくっ、面白いことを言う。俺は何も貴様に協力をするわけではない。関係を築くための橋掛けとして会談するというのだ」
しばらく哄笑染みた笑いを浮かべるブリデッドに不審さがないとは言えないが、それ以上にデュソルの脳裏には、ブリデッドの言い放った橋渡しというものに怪しさを感じている。
何を欲して橋渡しをするのか。その意味が解らないのだ。
デュソルたちと秩序は、個としては対して差はないが、一つの勢力と、小さな反逆軍団。
どこに協定を結ぶメリットがあるのかわからないのだ。
何を欲しているのか。情報か、武力か、権力か。
疑いを掛けてみても、ブリデッドの言葉の本懐を察することは出来ない。
今のデュソルたちには、秩序の勢力に情報も武力も権力もその全てが劣っているのだ。
「こちらとしてはありがたい話だが、そちらの利益がまったく窺えないのだが?」
「何を言うか。先ほども伝えたはずだったが、これは交易ではなく、今度のための橋掛けだと」
胡散臭い。どうにも胡散臭い。
ブリデッドの言葉に対し先入観が邪魔をして理解が行き届かない。
理解しようと頭を働かせたとしても、その小手の念頭には必ず「なにか裏があるはずだ」という結果に辿り着いてしまう。
幾ら思考しても同じ結果であることに諦めを察し、これ以上の迷走は無益だと積もる思考を切り捨てる。
交易の場では不美ではあるが、情報不足という
「なら一つ、対等への一歩として聞きたい。その条件というのを聞かせてほしい」
恥を忍んで言葉を発した次の瞬間には。
ブリデッドの纏う雰囲気が豹変を起こした。
「――ほう? 君ほどの人物がまさかそんなことを言い出すとはね」
醜悪なまでに歪ませた顔で言い放つブリデッド。
明らかに体制が崩れた。
これだから嫌だったんだと内心で悪態を吐きながら目を瞑る。
交渉などの場で相手に教えを乞うということは、それだけで自らの情弱さを露見することに直結するのだ。
だから、感情的になるのも仕方ないことだろう。
デュソルは感情に染めた顔で口を開き――
「デューは馬鹿にされることが好かないの。だからさっさとその口を閉ざして条件だけを話せ」
怒り、ではなく、感情のままに口を開いたデュソルだったが、声を発する刹那に、まるで代弁してやったと言わんばかりの顔でブリデッドにそれをいいはなったのだ。
言わんとしていたことはそれに類似しているために文句は言わないが、ただ一つ厄介事が増えてしまったとデュソルは頭を抱えた。
「おぉ。先ほどから睨んできていたからまさかとは思っていたが……どうやら君の愛玩はどこか凶暴のようだねぇ。いや、それかまさか君にそういう趣味があるとか?」
「うるさい! だからさっさとその口を閉じろと言って――」
「アイリ、今はお前が口を閉じろ」
「っえ……はぃ」
言葉を遮られた挙句に怒声を掛けられたアイリは「しゅん」と肩を沈めながら大人しく口を閉ざした。
「猛獣がここまで静かになるとはね。流石は主人、躾がなっていると誉めたいくらいだ」
まるで上から目線の物言い。
そんな態度でそんなことを言われれば、ただでさえ『愛する者』なのに、おかしな物言いをされて我慢できるほど人間が出来ているわけでいるわけがないので。
俺は荒れ狂う感情のままに口を開かされた。
「アイリに変わって言うが、その口を早々と閉ざせ。互いに無為な時間を過ごすのは無益以上に酷なもんだろう?」
交渉の場で声を荒げてまで文句をいうほど子供ではないために言葉はえらんだデュソルだが、テーブルに置かれてあった紙を取った手は、紙が切れるほどに握って潰されている。
「だからさっさと条件を話すんだ。そして向こうの勢力にもお邪魔するぞ」
「とっても先走りをするねぇ。でも、こちらとしては早く正義にお邪魔したいと思っていたからね」
反応には憤りを覚えるのだが、それでも話は通じるし計算もできている。揚げ足の一つでもひろえれば楽なものなのだが、生憎とできないところに自分の不甲斐なさを感じてしまう。
だが、自らを貶めるのは条件の開示が終わってからだ。
「なら、条件を教えろ」
「……条件ねぇ。まだ、気づいてないのかな? その手の中」
「……はっ?」
手の中。
気づいてみてみれば、いつの間にか握っていた紙切れ。
くしゃりと握り潰しているために、それを大事に広げてみる。
「これ、は……っ!」
第三勢力である
書簡に記されたものはたったのそれだけだった。
だが、その一文だけが、デュソルが辿るべき未来の糸が、瞬間で煌めいた。
「
「おや? 心当たりでも?」
例えデュソルがこえを出さなかったとしても、顔の変化を出さなかったとしてもきっと今のように確信を突くように揺さぶりをかけてくるだろう。
だが、予想内だ。
「あったとしたら、そっちはどう動くのかな?」
「……中々に内心を煽る答えだ。いまは、何も聞かないことにするよ」
不用意に要らぬ疑心を抱かせるのも、作戦の一手なのだ。
「やっぱり君は怖いねぇ」
「なら、そんな怖い俺は牙を向く前に正義との会談を取り付けにでも行くとするよ」
「ああ、ちょっと待て。それはありがたいとはいえるが、実はすでにここに。会談の計らいは済んでいるのだ」
ブリデッドはそういうと、座る椅子のすぐ隣にある引き出しから、一枚の紙をこちらに差し出してきた。
――そういうことね。
「すでに異端って見られてたのか」
「当たり前だろう? ここは俺の領地なんだ。異変に気付けなくてどうするってことだよ」
不審者であるデュソル・アーノルドの対処について相談がしたい。
書簡には、デュソルの対処が命題とされた会談が記されていた。
「なら、今すぐでも準備をするか」
「あぁ、頼んだよ。時間は少ないからね」
ブリデッドは手先を躍らせて部屋から退出するように促した。
沈黙。静寂。静かなる化身の如しがこの会談場、正義の領域に在するエガントスフィア内でも特段と目立つ建造物である王宮の円卓を陣取っていた。
それぞれ正義、秩序、デュソルたちと分けたように円卓で三角形を描くように座っている。
「まさか書簡に記されたものが全てだったといは……。こちらとしては対策よりも謝罪を欲しいところなのだが?」
静寂が座を譲る刹那に、突如として重圧が場を絞める。
見渡すように散らばす眼光が、重圧として存在している空気を破るための開口を許さないのだ。
「突然として刺客を送り、大きくなる前に防げはしたが、結果はどうだ? 戦争だ。君たち秩序側は何がしたかったんだ?」
「……だから知らないと言ったはずだ。刺客ならこちらにも送られた。それに第三勢力が秩序でも正義でもなく、新勢力として躍り出ていると」
「そんな詭弁がいつまで続く? 下らんおままごとはさっさと幕を下ろした方が身のためだぞ?」
うまい、反論の間隔が見当たらない。
デュソルは内心で誉めるように正義の王、ブラウド・デュー・クラウディスに視線を向けた。
「それはそちらには一切の非がないと言っているように感じるのは、気のせいか?」
「っなんだお前! ただの一介の存在で何を口にしようと思ったが、当たり前のことを胸を張って言えて、満足したか?」
デュソルの突然の横槍まがいな口指しに一瞬声を荒げさせるが、すぐさま落ち着きを取り戻すようにどこか上から目線の威圧をする口調に戻る。
「なぁ、クラディウス。一つ、訪ねたいんだが……
「……さぁ? 少なくとも
はないぞ」
「……ふーん」
「なんだい? なにか、どこか引っかかるところがあるのかい?」
掛かったと感嘆の声を漏らせば、クラディウスは細く笑みを浮かばせる。
何を以て笑顔を浮かんでいるのかがわからないブリデッドは、互いに見合うようにするデュソルとクラディウスに疑問の目を向けていた。
「なら一つ、面白いことを教えよう」
デュソルが慢心そうな声で言えば、椅子を引き足を組み、見下すような目を放つ。
「
その証拠に、と続ければ、デュソルは服の中から勲章にも似た何かを取り出し、無造作に円卓に放り出した。
「これは取引だ」
「……何の、かな?」
デュソルの言葉に、多少の冷静を掻いたブリデッドが聞き返した。
眼光に宿るソレは、何かを見極めるようそのものであり、デュソルは口を開くのをためらうほどに緊張感の在るものだ。
だが、過程に過ぎない一歩で躓くわけにはいかない。
自身で鼓舞を行い、口を開いた。
「戦争を止めろ、なんて夢物語は語らない。ただ、それを止めるための手段、三つ目の勢力の建勢を認めてほしい」
「ほう?
「そんな下らないことは聞いていない。ただ、承認できるかできないか。さっさと答えろ」
ブリデッドは吐いた冗談を一喝されれば、常備のようにしていた緩める頬をキュッと絞め、考えるように食禄に人差し指を宛がう。
呻るような声をしばらく出した後に、落ち着いたように澄まし顔を取り戻す。
「答える前に一つ。先ほど取引だと言っていたが、こちらに対する利はなんだ?」
「……殺意の籠められてないナイフでも、首元に宛がわれれば払いに来るか。面倒くさいな」
口に出た悪態を余皿取り繕うつもりはデュソルにはなく、ため息を付きながら、懐から取り出したナイフを掲げ、勢いよく円卓に振り下ろした。
その刹那には「キーン!」と甲高い音が鳴り響き、ブリデッドとクラディウスの両目を開かせる。
円卓に置かれた勲章に似た物を、ナイフで突いて二つに割った。
「二勢力の代わりに
「それはただの正体不明の第三勢力が、所在のわかる第三勢力に置き換わるだけのように思えるが」
「それだけでも、下手に問題を起こしにくくなるということを考えれば、限りなく特であるように感じるが?」
「だとしても、一つの勢力を消すことと、一つの勢力を増やすことは、単純な足し算引き算で片づけられるものではない。それ以上に、凶器を精一杯育ててしまうと道義だ」
「なら……この取引は更地に戻るってことでいいのか?」
さぁ、詰み手だ。
一か八かの戦局。
俺が勢力を確立するための一つの過程。
過程に過ぎないが、それいても過程の中の大事な目的だ。
失敗をすることも、足を踏み外すことも許されない。
にやりと余裕を見せるように微笑みを刻めば、手先をグリゼンに向けた。
その瞬間に何かに弾かれたように暗くした顔を明るくさせ、眼光をデュソルに合わせた。
「ただの取引なのに、踏み込んだ甲斐性での奥を見せない力。中々面白いじゃないか」
「……ということは?」
「いいだろう。牙は向くことはないということを条件にして。それでいいならこっちは許可をする」
「っおい!? グリゼン! こっちは許可を出していないぞ!」
グリゼンが許可を出した途端に、ブリデッドは大声をあげながら腕を大きく振るう。
席を荒だたしく立てば両手を円卓に突くように叩けば、顔面を赤面させる。
「デュソルはこっちの勢力だ! 勝手にその仲間を奪うような真似は止めて頂きたい!」
「さぁ。お前が仲間というデュソルが、お前たち秩序の勢力の仲間だと思っていればの話だがな」
「っ!? なんだと! おいデュソル!」
「……まぁ、そう思っても仕方がないことはされているしな」
恨めしい目を向けた途端に、デュソルは呆れたように乾いた笑みを浮かべる。
始めこそは異物だのといい腫物として扱っていたのに、少しでも戦果を挙げた途端に、すぐさま戻ってこいと強制をしてくる。
そんな人物を上の立場として崇めるのならば、そんな場所から離脱した方が得だろう。
「俺が秩序にいても異物。それに行動が制限される。ならばそんな鳥籠は脱ぎ捨てた方が良いだろう?」
「いいわけっ! いいわけないだろうっ!! デュソル! お前は俺たち秩序の仲間だろう!」
うるさい。
うるさいうるさい。
突然と湧いてきた心の怒声が脳裏に過り、憤りが出てくる。
なんで今まで戦えなかった俺が戦えるようになって戦っただけなのに、何でそれで戦っただけなのに、なぜ良いように使われなければいけないのか。
だから、俺の邪魔をするな。
煩わしいんだよ。
「すまないな。初めから了承なんて得ようなんて思ってないんだ。ただ、敵は増やしたくなかっただけなんでね」
「なんなんだよ! なんでお前は俺を裏切るのかっ!?」
「裏切らねぇ。そして結託も何もしてねぇんだよ」
だから話しかけんな。
だから、俺は言うんだ。
席を勢いよく立ち上がり、強張った顔のまま叫んだ。
「俺、デュソル・アーノルドは、この場にて新第三勢力、平和の建勢を宣言する!」
グリゼンはどこか面白そうに微笑みを浮かばせ、ブリデッドは怒り狂うように目を剥き出し、円卓を壊す勢いで力を籠めていた。
「これから、戦争は加速させてやるから、見ておけよ?」
戦争が始まって間もないが、すぐさま収束まで導いてやる。
それが俺の未来の着地点だから。
――やりきってやるよ。
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