過去は未来と化けるのみ。(事実を変えれば辿る未来も変わっていく)

 ひりひりと痛み頬を誤魔化すように撫でながら歩くこと数分。先ほどまでの旋風は通り過ぎ、心地良いどまりのそこまで勢いのない風だけが耳元をうるさくする。


 「……」


 「デュー、どうかしたの」


 「ん? どうかしてはないな。まぁ、どうかなるかもしれないしな」


 もう一つ。

 耳元をうるさくざわつかせるものがあるのだ。


 競り上がるような恐怖によって高まる鼓動の騒音だ。


 なんだ。なんだこの嫌に競り上がるような吐き気は。


 なんだ。この胸騒ぎは。


 「警戒だけはしておけ。化ける未来は牙を向くんだ」


 「……わかった」


 デュソルの言葉の意味を察したのか、アイリは徐に腰から小型のククリナイフを抜き出す。


 足を前に出して進んでいるはずなのに、足裏の感覚が鈍化しているのか、まるで足が地面に沈殿しているように景色だけが過ぎ去るように錯覚を起こし。


 ドクンドクンドクンドクン。


 鼓動が五月蠅い。

 わかっている。わかっているのだ。

 これはまだ俺の知っている記憶通りだということを。


 そして、自分たちが獲物だということも。


 『――やれ』


 どこからかそんな声が響いて。

 どこからか風切り音が響いて。


 「デュー! 伏せてっ!」


 咄嗟のアイリの声が響けば、デュソルは何かに弾かれたように体に地面に叩きつける勢いで膝を折る。


 「――ッ!」


 見切った。

 そう言いたげなまでの眼光でとらえたのは、林の奥から猛虎の勢いで迫り躍る矢だ。

 アイリはそれを避けるわけでもなく正面に立てば、一歩、左足を踏み出し腰を捻らせながら振り抜いたククリナイフで矢じりごと切り捨てた。


 「まだ来るから! 後ろに下がってて!」


 「わかった! 俺に期待してもいいがまともな援護は期待するなよ!」


 「それは昔からでしょ! とりあえず矢は全部落とすから!」


 アイリはそういうと、本気で飛来する矢を全て斬り捨てる気でいるのか、同時に飛んでくる矢を、ステップを踏むように踏み込めば、その場で旋回するように回り、遠心力を得ながら一気に二本を切り捨てた。


 「くそ! なんなんだよあいつ!」


 聞こえた。

 男の声、焦ってる?


 ニヤリと敵の居場所の確信を抱いたことで頬に笑みを浮かべる。


 焦っていることが原因なのか、男は今度は三本の矢を、標準の定まらぬ状態で放ってくる。

 一本は顔の横。二本目は胴体。三本目は体からは離れた場所に。

 避ければそれまでだが、デュソルに全て落とすと宣言したからには、その通りに全てを切り落とさなければならない。


 「まずは一本から!」


 上段から腕を鞭のようにしならせながら放つ剣撃。それは飛翔するだけ・・の矢を糸も簡単に矢を真っ二つに削ぎ落す。

 その流れで体を反転させれば腕もそれに着いてくるように体の外周を大きく周り、二本目の矢も弾き飛ばすようにして切り裂いた。


 「っ!!」


 すでに三本目は体を過ぎ後ろへと飛んでいる。

 いまさら後ろに戻って矢を切り落とすなどの芸当はアイリの脚力では可能にすることはない。

 だが、だから諦めるということでもなくて――。


 「これで最後!」


 身体をもう半回転すながらのバックステップを刻み過ぎ去る矢を正面に捉え、ククリナイフを投げた。

 手先から離れたククリナイフは制御を失うことはなく、アイリの狙った通りに矢を弾き斬る。

 投げられたククリナイフはそのまま突き進む。その軌道のはずだったククリナイフであったが、アイリが何かを引くように腕を引っ張る動作を見せれば、突然と進みを止め、今度は反対にアイリの方に向かう。

 それは張りつめて光るもの、軟性と耐久性の優れている鉱山に生息する蜘蛛の糸だ。

 それをククリナイフの柄の部分に括りつけて引っ張ったのだ。


 「これで!」


 矢を叩き落したのを確認すれば足裏を地面に滑らせるようにして男に対して体を正面に移し足を地面に埋め込む勢いで踏み抜く。

 蜘蛛の糸を引っ張ったことでこちらへと飛び向かってくるククリナイフを後ろ手に取れば、二歩目にして地面から離れる。

 高さにして常人の頭上ほど。

 ほんの少し見上げるほどの高さまで飛び上がるアイリは、ようやくというほどに求めた男の姿を眼窩一杯に捉えた。


 「くっ、くそぉ!」


 男の恰好は、下賤に似合うような安っぽく汚れの目立つ服に、所々破けているズボン。そしてつい目を取られてしまいそうな黒の外套。

 顔は黒の仮面に隠れて見ることが出来ないが、アイリの目にはそれを常人と見るのは程遠く、殺すのに躊躇いのない相手だ。


 腕を引き絞り落下と同時に振り抜かんとする腕。

 やっけになったのか、迫りくる死に対しての恐怖で錯乱でも起こしたのか、アイリの剣を避ける、という選択ではなく、あくまでも攻撃という手段と取り、弓に矢を番い弦を引き絞る。

 アイリの瞳には自分の脳天必中を狙う矢が見えるが、迷いはない。

 必ず殺す。その一心のみで塗り固まっている。

 そんなアイリと対する男が矢から手を離す、その瞬間に。


 「援護くらいはしないと怒られるのでな」


 軽く冗談染みた声を発するのは、弓を引き絞るデュソル。

 そして次の瞬間には矢を放ったデュソルだ。


 「これでっ」


 まるで照らし合わせたようにまるで同じ終着点を目指すデュソルとアイリ。言葉も目も息も合わせていないはずの二人ではあったが、勝利への過程は全て同じ。


 男が矢から手を離す刹那の前に。

 デュソルの放った矢が男の肩を射抜いた。

 男の射ろうとした矢は、放たれることこそしたが、その方向はまるで二人とを目指したものとは言えないもので、周囲には男の苦痛の悲鳴が木霊し、鮮血が飛び出る。

 鮮血はアイリにもかかり視界の大半が失われるが、それでも逃すことはない。

 すでに捉えて、必中なのだから。


 ――終わり!


 鈍く煌めくククリナイフの逆光が、男の首をなぞった。

 驚くように目を見開き、次第と薄れる眼光。

 左右に不確かに揺れる男の体は、ゆっくりと体温を失い。


 「我ら月夜の反逆壇ナイトレイドに革命あり……」


 薄く、掠れた声で呟けば、ゆったりと、まるで質量のないカーテンのように揺らぎ膝が崩れ。


 溢る濁流と化した血液が噴き出した。


 「やった、か……?」


 デュソルの呟きにアイリは耳を傾けることはなく、集中をするように瞑目をして。

 突然と体を強張らせた。


 「伏せてデュー!」


 先ほどと同じく発狂にも似た喚起。

 今度は切羽を詰まらせたような声に、最大の焦りを見せたデュソルは頬に伝う汗に刺激を受けたように一瞬にして宙に飛んだ。

 別にデュソルはアイリの忠告を無視したわけでも聞いていなかったわけでもない。

 戦術的観点からの思考で、先ほどは胴体を狙い射れば伏せられた。ならば今度は少し低めに射ろうと判断をするだろうと察したからだ。

 アイリの忠告の旨が矢が飛んでくる、などと聞いたわけでもないが――。


 それでも矢は瞬息を体現したように瞬き以下の速度で飛んだデュソルの足元を駆け抜けた。


 「まだ他に本隊がいるから! 気を付けて!」


 顔色をあまり変えないまま、何食わぬ顔で飛来する矢を切り捨てる。

 デュソルも地面に足が着いた瞬間に周りを警戒し、数舜でアイリも近くに寄る。


 「……問答無用」


 アイリが小さく言葉を呟けば、デュソルは先ほどから解かぬまま纏い続けた殺気を増大させ、弦を一層強く引く。

 ギギギと音を奏でながら腕部の血管を浮き上がらせ、眼光で背丈ほどの草むらに隠れる男の頭天を射た。

 指を緩め矢を射出しようとする瞬間に。


 「おいおいおい。出会い頭にもなってねぇのに殺そうとするとかよぉ。少しおっかなすぎじゃないか?」


 抑揚を着け所々に含まれる下卑たような声に、デュソルとアイリは顔を見合わせることもなく歪ませ不快感を露わにする。


 「当たり前でしょう? 今は戦争中。そしてあなたは不審者。殺す以外の選択肢があるとでも?」


 「ないねぇ。でもさ……いいのかい?」


 「何が?」


 男の陰湿なまでの物言いに、ほんの僅かに気の揺らぎを見せるアイリ。

 目を細めてみれば、男の奥に茂る草むらの奥にも人影、もとい矢じりの輝きが見え、驚きは隠せない。


 「……脅しのつもり? さっきのを見ていなかったのかしら」


 「これが見えるってことは、相当目はいいらしいな。だが、間違いだ。さっきのを見て、勝てると確信したから勝負を仕掛けたって、そう考えないのかい?」


 男はそういうと、若干よろけるような足取りで草むらから姿を現す。

 容姿は先ほどと同じように顔は仮面で隠れて見ることは出来ず、黒の誇り掛かる服に、傷の目立つ何か刺繍のようなものが入った黒の外套。

 先ほどと違う点を挙げるならば、粗探しになるが、仮面の下部、つまり口元が割れたように存在していないということだけだ。


 「ノコノコと姿を現して。まるで捨て駒ね」


 「捨て駒? ははっ、冗談はよせよ。ここは勇ましく躍り出た将軍ってところだろ」


 嫌味を合わせるような物言いの中で、男はこれ見よがしに取り出した小型のナイフを手の平で遊ばせるように扱う。

 含みを持たせたような笑みをアイリに向ければ、アイリはどこか慢心したような面持ちで男に言った。


 「なら、後ろでこそこそしてる連中の囮って言ってあげた方がよかったかしら」


 「……なに?」


 デュソルの背後ではどこか動揺めいた足音が聞こえ、一瞬にして背後を振り返り、弓を番える。


 「さっさと出てこい。時間の無駄だぞ?」


 デュソルのどこか挑発するように魅せる弓に、アイリは内心「こどもっぽい」とため息を吐くが、その裏で感謝をするように背後に向ける意識を無くす。


 「それで? デュー、この戦局はどう進むの?」


 「そんなんお、当たり前だ」


 ――俺たちの完全勝利で決まっている。


 敵陣の中で堂々として豪語するその姿は勝利を確信しているもの。

 何か確信以外のものがあるとするならば、それは自陣と敵陣の采配の全貌を理解出来ていない馬鹿だけだ。


 男はまるで全て自分の手の中というデュソルに殺意を覚えたように牙を向き出しにする。

 目を剥き出しにさせ血眼にするその姿に、アイリは小さく鼻で笑った。


 「くっ、くそ! 何がおかしいんだよ! お前みたいな小娘如きが何を笑ってやがるんだよ!」


 「いやぁ? ただ、自分が仕掛けた幼稚な仕掛け一つが破られただけで憤りを露わにするその姿。まるで子供だわって思ってしまっただけよ」


 「こ、ども……貴様! 誰が子供だぁ! お前は誰に子供と言ったのかわかってるのか!」


 「誰って。そりゃ幼稚な敵じゃないのかしら?」


 「――っ!!」


 挑発をしかければ、突然と興味を失ったように手の平を返した対応で、さらに男の激情を煽っていく。

 それは溜まり溜まった怒りのゲージのようなものを頂点まで突き上げ。


 そして。怒りの爆発というもので。


 「お前ら! こいつらを殺れ! 生け捕りなんて考えるな! 脳天を貫いて殺し尽くしてやれ!」


 男の怒号の命令に、刹那で砂埃が立ち、それに紛れる殺気は増大を繰り返した。

 弓の弦を引く響く重低音が殺意の源であり、一瞬にしてデュソルは堪えるようにしていた殺気を解き放つ。

 一対多の殺気ではあるが、それはそれらが束になってようやく相違ないものとなる。

 意思の、弓に込める思いの差。

 決意の差。


 「安心しろ。お前らの矢は俺には届かない」


 そう豪語する数舜に、三本矢を射る。

 それはほとんど同時に何かに当たったように「パパパンっ」と音を鳴らす。


 だが、それらは決して即死のものではない。

 デュソルの弓の精度は常人と対して変わらないものであり、特別なにか力を持っているわけでも、アイリのように稀に見る『駕護かご』を持っているわけでもない。

 ただの一般人のデュソルに出来たのは、頭部などの即死部位から離れた腕や肩を貫くだけだ。


 これで殺意はなくなったか。

 そう思い油断した刹那に、ギギギという弦を引く音が響き渡る。


 「まだ居るのか」


 全て矢を引くことは出来ないぐらいにはなっただろうと思い、油断していた段階での不意な響きであったが、デュソルには焦りいう文字は一文字も醸し出されていない。

 なぜなら。


 ――その矢は届かないから。


 否。


 「届かせないって。言ったはず」


 クイっと、何か紐のようなものを引く動作を見せれば、宙には何やら銀に輝く糸のようなものが見えれば、次にはそれを追うように、先ほどよりも大きな一纏の鈍く恍惚に輝くモノが出鱈目な弧を描くように翔ぶ。

 デュソルに射抜かれた男たちも宙で輝る糸を目に移したのか、慌てるように起き上がりあたりに視線を散らす。

 だが迫りくるモノには気づかずに、ただ糸の先を追うように情けなく草むらから頭部を晒しているだけだ。


 「だから。殺すっていったはず」


 更に一度、今度は目立つように体ごと動かし大きく糸を引けば、木々の間を無尽にうねるように加速をし、跳弾を繰り返す銃弾ほどの加速を得て。


 「右ッ!?」


 男たちに飛来するそれを、そのうちの一人が気づき場所を周知させようとするが、すでに死神は自慢の鎌を首にあてがっているのだ。

 逃れるはずもない。


 それを断言するように鈍光を上げるソレ――ククリナイフが頭部を晒す男たちの首を刈り取った。

 ボールがバットで打たれたみたく当たり前に胴体と切り離されて衝撃で飛び舞う頭部は、デュソルの足元に転がり、喉を鳴らせる。


 「さて。不意打ちは失敗に終わったみたいだけれど」


 バタバタと、自制を失った体は地面に平伏し死を周囲に伝える。

 血だまりは幾つも出来、先ほどまでは健やかな風で包まれていたこの空間は、鼻を突くような鉄の匂いで溢れ小さながらも戦場と化している。


 飛翔したククリナイフは、交信チャネリングを受けているように崩れることのなく美しい弧を描き、差し出した左手に寸分狂いなく収まった。


 「惨殺でいいのかしら」


 風切り音と共に突き出したククリナイフでアイリは細く笑って見せる。

 先ほどまで怒りで怒号を散らしていた男も、雰囲気に呑まれたように声を収め一歩足を引かせる。


 「あぁ。これが初めての犠牲で、そして初めての戦争忘却のための一歩だ」


 「わかってる。これがデューの願いだから。戦争を無くすのが『平和』の条件だから」


 両手を限りなく脱力させ、軽めの前傾姿勢を維持したまま濃厚な殺気を周囲に漏らす。

 眼光が輝き、男はもちろん草むらの奥に在する矢を構える男たちも睨め、定め、標的にする。


 「なっ、何をするんだ! も、もう俺は負けを認める! だから見逃せよ! もうこの場を引くんだぞ! なのに何でお前はそんな殺す気なんだよ!!」


 「……退く。負けを認める、ね。講じる策に手持ちが尽きた途端に見逃せと。先ほどまで命を狙ってきたあなたは良くも恥ずかしげもなく言えるのね」


 「だってそうに決まっているだろう! この戦争に一枚も咬んでないお前たちが急にここに来て俺らの邪魔をしようとしてよ! お前らがここに来なければよかっただろう!」


 交渉不可能、事実理解の処理能力の皆無。

 それを察したアイリは頭を抱えるようにして嘆息を吐くが、漏らす殺気を緩めることは一切となく、逆に濃厚さが増していると言えてしまう。

 それは、ただ単純に「俺たちの領域に踏み込んだお前らが悪い」と豪語していることに遺憾していることだ。

 世界の中でデュソルだけが全てということに躊躇いがないアイリにはただただ害悪なものでしかないのだ。


 「話にもならない」


 殺気への恐怖のあまりに吐き出した男のセリフを、デュソルは何喰わる顔で切り捨てる。

 戦争を起こすであろう者は、皆すべて敵。殺すことしか目的にしない相手であるのだ。


 情けなどない。


 奇跡などない。


 私欲などない。


 ただ殺すだけだ。


 「――殺れ」


 その一言でアイリの姿は幻影に溶けた。

 常に霧散させていた殺気に描いた辿るべき剣筋をなぞるように、一歩と踏み出した。


 二歩目の助走で前に立つ男を切り上げながら駆け抜け、その勢いのまま三歩目、男の背後に周り斬り上げたククリナイフを返すように手の平を逆さにし、勢いのままに斬り下ろす。

 衝撃が目指すままに背中を大きく斬られた男は前によろけ、捻る首でアイリの姿を目にしようと眼光を走らせるが、見せない。

 アイリはククリナイフを斬り下げの勢いのまま地面に叩きつければ火花を散らすように反発して宙に一人でに舞い上がり、アイリは電光石火のように姿を消した。


 「これで!」


 アイリの声が大きく響くその刹那には、何かを蹴るような、木が削れるような音が乱発する。

 姿を消したアイリが、木の幹を足場にその場を縦横無尽に駆けているのだ。

 一際大きな木を蹴り弾く音が「バンッ!」と鳴り響き。

 男の目の前にアイリは着地をし姿を現した。


 「こっ、のぉぉ!!」


 不意に目の前に姿を映したアイリに男は大きく両手を振り上げ地面に叩きつけようと躍り出すが。

 次の瞬間には瞬間移動めいた飛び上がりで姿を消し、男の前に残ったのは、先ほど地面に叩きつけたククリナイフとは別の、もう一つの手に握っていたククリナイフ。

 宙に浮き、何か銀色に光る糸が付いており。

 何か障害に合ったように落下が突然と止み、張るように数舜対空した刹那に。


 ――剣戟のブレイド


 二対のククリナイフは姿を消し、突然と風切り音を起こす。


 次第に男の体は何かに斬られるように薄く切り傷が現れ。

 腕、頬、胸部、脚部。

 様々な部位から血が滲み出し、恐怖と苦痛を訴えるように男の顔は青く染まり、目は翻弄されたように焦点は定まらず。


 声が響いた。


 ――監獄ロック


 瞬時、二対のククリナイフが男の両腕を肩口から斬り刎ね、胴体などに数撃、数十、数百と剣傷を増やし。

 血飛沫を辺りに散らせながら肉塊となった。


 アイリの技、剣戟の監獄ブレイド・ロックが男を殺したのだ。


 「勝った……勝てたッ。ここでは勝てるんだ!」


 過去の変却。

 鏡世界に来る前、一度同じように鍛冶屋のおっちゃんに見回りを頼まれたことがあったが、俺はそれを怠慢で放棄をしていた。

 だが今は見回りにも来たし、戦争の発端となる火種は引火の前に消化することが出来たのだ。

 これを過去を変える以外の何で語れるだろうか。


 「なぁアイリ」


 だが。

 デュソルたちは感じていたのだ。


 「これで、戦争が起こらないと思うか?」


 「……思うはずがない。たった一度の変化で未来を変えられるほど、運命の強制力は甘くない」


 「運命の強制力って。なんかアイリってどっか子供っぽさが抜けてないな」


 「何よ、人がせっかく考えたのに」


 拗ねるように腕を胸の下で組むアイリに、デュソルは苦笑を浮かばせながら「ごめんごめん」と軽くあしらう。


 デュソルたちは感じていたのだ。

 どこかで燻ぶ戦意の硝煙を。






 後日。デュソルたちは気づいたのだ。

 神とやらは。過去とやらは。未来とやらは。

 自分たちが片手間で転がせるほど優しくはないと。


 某日。正義と秩序の衝突により、激戦区を中心として戦争が勃発した。

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