運命は境界に濁る。(鏡世界に渡る)
風の音。
葉が擦り合う音。
日の温かさ。
そして。
どこか懐かしいような鼻歌。
「……ここ、は……?」
目を覚ませば、そこは大樹の木の陰。昼寝をするように寝転がっていたのだ。
「俺は……っいや、どうしてここにっ!?」
突然と焦ったように飛び上がるデュソル。
思い出したからだ。
戦争中であっあこと。
蹴り飛ばされたこと。
そして。
「腹の傷は……ない?」
腹部を剣で刺されたこと。
だがそれらはまるで夢だったかのように体には擦り傷なども含めて傷は一つもないのだ。
そして気づいたようにそっと、ポケットに手を入れる。
意識を失う寸前に聞こえた、何かの機械音のような声。
そしてそれが言っていた
まさかその鏡のおかげで生きているのではないかとポケットを探り。
「どうしたの、デュー?」
誰かの声が耳を過った。
動きが止まり、目頭が熱くなるのがわかった。
懐かしい。
聞きなじみのあるような、そんな声。
あり得るはずもないのに。
期待をして。
「……アイリ?」
懐かしの名がデュソルの口を口づさむ。
自然と涙が頬を伝い。
感情がとめどなくあふれ出して。
「どっ、どうしたの?」
いきなり涙をこぼし出したデュソルを心配してか、気遣う言葉をかけるが、それがデュソルの涙に拍車を掛ける。
「アイリ……アイリっ……アイリ……っ!」
覚束ない足元のままアイリに近づき、倒れこむようにして抱き着く。
子供の時から姿などは変わっており、可愛い容姿から今は幼げなどがほとんど抜けており、女性特有の色香というべきか、煌びやかな髪、艶めかしいと思えてしまう体躯。
知らないはずの外見なのに、懐かしいと思うのはきっと……。
「……アイリ」
「だから。どうしたの」
面倒くさそうに反応するアイリ。
そうだ。
きっとそうだ。
この懐かしい匂い。
髪や体の匂いが。
「……なんでもない」
今のアイリに何を言っても記憶の相誤があるだろう。この場で現在俺の記憶ないにある事実を口に出したとしても、それは気の狂った妄言か、それともアイリに支障をきたせるかもしれない。
ならば何も言わず、ただこの目の前の現実を静かに受け入れるだけだ。
それでも流石にこれからのことを考えたのならば、それはきっと話しておかないといけないものもあるのだろう。
――未来、戦争の話だ。
「……アイリ。これから言うこと別に気をおかしくしたものでも、構ってほしくて言い出したものでもない。ただ、信じてほしいから言うことだ」
「……うん」
奇の始まりは、それ以上に奇なものである。
それを体現するように、幾分か戸惑いながらもそれらの疑問を口に表すことなく飲み込む。
「実は、この後に――戦争が起きるんだ」
「ッ!? それは……それは、本当なの?」
「生憎、といった方が良いのか俺には分別は付けられないがな」
「……そう」
呑み込めていないのか。それともそもそも理解することを受け付けないのか。
どこか曖昧そうな顔を浮かべながら呻りを上げる。
突然と戦争と言われたのだ。その次の瞬間には理解を行き届かせろなんて言われてもできるわけがないだろう。
だが。
アイリは
アイリは――
「その戦争には、何が必要なの?」
戦争を理解するつもりなんて毛頭なかったんだ。
在ったのは。心に浮かばせていたのは。
それはデュソルと同じく、デュソルの描くものをそのまま鏡写しにしたものだ。
「だってデューのことだから。戦争を止めたいとかっていうんでしょ?」
「そう、だな。俺は、戦争をしたいんじゃないんだ。戦争を止めたいんだ」
「ふふっ、わかってる。それがデューだからね」
そうだった。前から、初めから、出会った時から。
――瞳を交した時から。
彼女は俺のことを知っていてくれていたんだ。
今気づいた。気づけた……というよりも、今まで気づかなかった。
でも、大丈夫。
これから取り戻せば。
まだ、間に合うから……。
「なら、今から言うことは戦争を止める上でも第一段階だ。だから、着いてい来いよ?」
「わかってる。どこまでも。私は着いて行って、傍に居てあげるから」
「……あぁ。そうだな」
きっと。わかっているのだろう。
言ってないけど、言葉にしてないけど。
俺が『寂しかった』ということが。
どれだけ我慢していたか。どれだけ涙を堪えていたか。
もう俺にはわかりはしないけれども。
今は我慢しすぎたって、涙を堪えすぎたって分かった。
自然と頬に涙痕を作り、淡く熱くするのを感じたからだ。
「どうしたの? 泣いたりして」
「別に……。それにアイリならわかっているんだろう?」
「……そうだね。わかってる。でも、わかってるから言ってほしいことだってあるの」
はにかむように語尾を強く刻めば、そっとスキップをして。
デュソルの隣に並び歩けば、そっと手を握った。
「だから今は。私がデューの思いを汲んであげる」
互いに見つめ合った後、合わせたように唇に微笑を浮かべた。
風が吹き、先ほどまでデュソルが枕のように使っていた木に生る葉が数枚落ち、誰かが踏んだ。
「これを何度繰り返したことか。ようやく。ようやく
黒の外套を揺らしながら紅の光を仮面の眼窩から漏れ出す男が、不気味に細く、微笑んだ。
「さぁ。
そんな声は風に揺られそっと消えた。
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