第25話 この優しい世界に祝福を!

 炎のサーベル、水の軍刀、そして雷の大剣が、霊峰の頂上で舞い踊る。


「アルトリウスッ!」

「ぐぅっ!!」


 ガン、ザン、と金属と魔力の叩きつけ合う音が幾度となく響き渡る。

 一合、二合、四合、八合、十六合と剣が打ち合い、鎬を削り、嵐を凪ぐような一撃が次々に振るわれる。……本当にこの人はすごい。手負いのまま、俺と一郎さんの二人を相手にして、なお食い下がってくる。剣も魔法も人並み外れた実力を持っているのは、やはり心の願いの強さに依るものだろうか。


「控えよ!!」

「くっ!」


 アルトリウスの強烈な一撃を受け止め、俺はたまらず地面を擦って後ろに下げられてしまった。


「――湧き出ずる清廉、かの敵を沈めよ、怒涛となりて! 【スパイラル・アクア】!」

「ぐぅっ! がぁ!」


 だが俺が下がると同時に、一郎さんが魔法攻撃でアルトリウスの追撃を阻止する! 一郎さんの剣からにわかに大量の水流が噴き出し、蛇か龍かのようにうねり、アルトリウスを抑え込み弾き飛ばす! 決まった!


「っ、まだ、まだだ!」


 一度はダウンし、髪から水を滴らせて地面を転がるアルトリウスだが、すぐに立ち上がり、再び雷を剣に纏わせ、襲いかかってくる! 


「ッ、この分からず屋!」


 俺も体勢を立て直し、再び一郎さんと共に彼と斬り結ぶ。躍るように身を翻し、空を切り裂き、剣に舞う。幾度となく叩きつけ合った剣戟のせいで、既に手は感覚がなくなってきたほど痺れている。手だけじゃない。全身だって、本当にはさっきの雷魔法で焼き切り裂かれて今にもぶっ倒れそうなほど痛い。…………でも、倒れられない。負けられない。この人を助けるまでは!


 ガァン、と剣を叩き付けあい、一郎さんとアルトリウスは額がくっつき合うほどに近くによってにらみ合う。


「分からないのはお前たちの方だ! いい加減に沈め! 優しい世界のために!」

「貴様の言う世界など必要ない! 必要ともしていない! そして貴様が見るべきは未来ではなく、今だ! お前が捨て去ったものが何であるか思い出すがいい! 今一度人に戻るために!」

「訳の! 分からない事を抜かすなァ!」

「くっ!」


 アルトリウスがぐっと身をよじり、一郎さんの軍刀をいなすと、そのまま回し蹴りを叩き込んで引き離した! だけど! まだ! 俺が! 残ってるんだよ!!


「先生ェェェェッ!!」


 一郎さんが蹴り飛ばされて離れた瞬間と同時に、俺も飛びかかるようにアルトリウスに斬りかかる!


「決着をつけるか! トーマ!」


 彼も最後の決意を決めて俺に向く。

 俺のジャンプ斬りを下がって避ける。俺の剣は勢い余って地面を少し抉り切り裂いてしまう。しかしそんな事など気に留めず、俺は彼に再び突進して斬り結ぶ!


「人の心があるから優しい世界は訪れないってあなたは言った! だけどそれは違う! 心があるから優しさが生まれるんだ! それを否定しちゃあ駄目なんだ、先生!」

「だがその心は悪をも生む! 世界も! 人も! 心によって薄汚れ闇に染まる! 世界の破滅を呼ぶは、宇宙人でも巨大隕石でもない! 人なのだトーマ! 我欲と利己心を捨て去らなければ! 人はいつまでも優しい世界にたどり着けないと! 何故分からぬか!」


 彼の渾身の一撃が、俺のサーベルとぶつかった。

 その瞬間、俺の剣がいよいよ耐えられずに、“バキィン”と音をたてて砕け散った。……先生の剣は、なんか教会仕様の立派なものだけど、俺の剣はそんな大したものじゃない。一郎さんが護身用に小さな村で買ってくれた、何の変哲もない曲剣サーベルなのだ。この異世界生活でずっと使って来た、思い出の剣だったが、流石に、先生の魂を埋め止めるには脆すぎたようだ。


「ふっ……! 所詮、貴様の剣など!」


 ――――だが、これを見て先生に一瞬の油断が生まれた。……今までありがとう、俺のサーベル。

 俺はサーベルの柄を捨て、素手になって、油断した先生よりほんの一瞬早く動けた。右手に渾身の力とありったけの炎魔力を集中する。さぁ、受け取れ先生。これが、あんたが捨てた、心の温かさってやつだ!


「だから…………人の優しさを一番分かってねぇのは! お前だろうがァ!!」


 ぐっと右拳を握りしめて! 先生の左頬を! 抉るように! 殴り飛ばす!! これが一撃で倒れておけパンチだ! ゴブリン以来の二度目の右ストレート! 受けてみやがれェ!


「ぬゥッ、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!?」


 ガツン、と俺の会心の一撃を顔面に受けた先生は、撥ね飛ぶように転がり、その勢いにきりもみ回転して、散々に身体を地面に打ち付け、最後に仰向けになってダウンした。


「ウッ…………、ガハァ…………!」


 …………そして、糸が切れたようにがっくしと全身の力を失い、立ち上がる様子は無かった。――――俺達の、勝ちだ。


「ハァ…………ハァ……!」


 勝ったと確信した瞬間、俺も身体から力が抜けて膝をついてしまう。

 …………紙一重、紙一重の勝負だった。先生の魂は本物だった。並大抵の人間じゃあ、それこそ先生に指一本触れられなかった。でもその上で、俺達がほんの少し上回った。…………本当に、ギリギリね。


 決着。

 世界は――俺達の信じる優しい世界のままで、終わった。


「…………………………………………、運命に選ばれたのは、お前たちの方だったか」


 先生は仰向けに倒れたまま、力無くそう呟く。

 一郎さんに助けられながら、俺も何とか立ち上がる。同時にアイリス、グラシャもよたよたと俺の元まで近寄ってきた。皆が戦いの終焉を悟ったのだ。ハゲは打ち抜かれた心臓が痛むのか、地面に横たわったまま動かない。傷が治るまで痛むというのはちょっと可哀想だ。


「…………俺は全ての力においてお前たちに勝っていたはずだ……、それなのに、何故……。お前たちの何に勝てなかったのだ……」

「……、それは、彼女たちが知ってます。あなたが捨てて、彼女たちが持っていてくれたものです」


 その時、この山頂エリアに新たな来訪者が姿を現す。

 その来訪者――フレイヤ、フラム、スカーレットの三姉妹は、横たわる先生を確認すると、自分の傷など忘れたように大急ぎで駆け寄り、抱き起こして泣きそうな表情で心配していた。


「アルトリウス様っ! …………生きてらっしゃいますね、よかった…………!」

「フレイヤ…………何故、ここに……」

「…………【夜明けの星】に、ここまで送ってもらいました。負けて、『素直になれ』って言われて」

「フラムも………………ふぅ。すまない……お前たちは文句ひとつ言わず従ってくれたのに、俺は、失敗してしまった…………」

「ンなのどうだっていい! 本当は計画なんてどうだっていいんだ! あたしたちはよぉ……アルトリウス様がいれば、それだけでよかったんだよぉ……!」

「…………! スカーレット……、何故、泣く……?」


 スカーレットさんが感極まってまた涙を流してしまう。その雫が頬を伝って、先生の服に落ちた。先生は驚いたような表情をし、何とか手を伸ばして、彼女の頬を拭った。

 先生はさらに三姉妹の傷だらけの身体に気が付き、少し心配そうに目じりを下げる。


「お前たち、ボロボロじゃあないか……! 痛いだろうに……早く、手当をしなさい……」

「…………いいえ、いいえ! 申し訳ございません、アルトリウス様。私たちはもうアルトリウス様のご命令に従うのは止めました。私たちは、私たちが『良い』と思ったように動きます!」

「なに…………!?」

「だから、私たちよりも、アルトリウス様を先に手当します! スカーレット、左をお支えして。私は右を」

「わかった!」

「なっ、おい、待てお前たち……! よせ、お前たちだってただ歩くのだけでも精一杯だろうに!」

「嫌だね。あたしたちはもう言いなりになるのはやめるんだ。これからは自分たちの好きなようにやらせてもらうぜ」


 そうしてフレイヤさんとスカーレットさんは、先生を両側から支えて立ち上がらせた。彼女たちらしからぬ積極的行動に先生は驚き戸惑っている。…………ハハァ、さては、マヤちゃんたちに教育・・してもらったようだな。三人共、今はとてもいい表情をしている。『アルトリウス様に逆らえない』ではなく、『自分の考えでアルトリウス様に仕える』という意思がよく見える。…………ふっ。負けたよ先生。スカーレットさんのケモ耳はあなたのものだぜ。


「何だ、何なのだお前たち……? 何か、様子が変だぞ……?」

「それが、先生がやろうとしていた事ですよ」


 最後にもう一つくらい何か言ってやろうと思い、俺はもう一歩彼に近づいた。


「自分の大切な人が、ある日から別人のようになってたら怖いですよ。誰だって、『元の姿に戻ってくれ』って思います。それが洗脳です。…………でも、人は良い方向に変わる事も出来ます。それは、成長って言うんです」

「…………トーマ、君……」

「教えてあげます、先生。あなたが捨ててしまったもの――――それは、『愛情』です。誰かが大切だとか、助けてあげたいだとか、そういうごく自然で最高に素敵な感情です。先生、あなたは世界を愛する前に、目の前のフレイヤさんたちを愛してあげるべきだった。…………彼女たちが、先生にとっての優しい世界に違いないんですから」

「――――俺の、優しい、世界…………?」


 アルトリウス先生は俺の言葉に衝撃を受けたように驚き、自身の側にいる三人を見やった。

 …………そうだ。俺にとってのグラシャとアイリスと同じように、先生にとっては三姉妹こそが守護まもらねばならない存在であるはずだ。

 では、どうして守護まもらねばならぬと思うのか。…………決まっている。それは、彼女たちを愛しているからだ。愛じゃよ、ハリー……。


「…………アルトリウス様。私たちはあなたに人間にしていただきました。その恩は一度たりとも忘れた事ありません。……ですから、私たちは決めたのです。何が何でも、アルトリウス様を幸せにしてみせる、と」

「フレイヤ…………」

「……でも、それはアルトリウス様に付き従う事じゃなかった。あなたと一緒に、同じ目線で歩む事だった。私たちはそれが分かっていないかった。…………だから、負けた」

「フラム…………」

「……てか、あたしたちがこんなに尽くしてんのに、アルトリウス様は全然あたしたち見てくれねぇんだもんな。マジ、そういうの、凹む……。あたし、これでも教会の皆から告白とか受けたりしてたんだぜ?」

「スカーレット、そうだったのか……!? …………いや、しかし、俺のような男に魅力なんて無かろうに……」

「…………先生の馬鹿。朴念仁。ヘタレ」

「ヘ、ヘタレ……!?」


 あまりに馬鹿みたいな事言うので、思わず俺も口を挟んでしまった。これには先生も『心外な』と抗議したそうな表情で俺を睨んでくる。ハァ? フレイヤさんたちの気持ちなんか、見てたら分かるでしょうに! はぁ~~…………あほくさ。なるほど、そういうところか。先生が簡単に愛情を捨ててしまったのは。くっだらねー、はい、解散!


「…………あのさ先生、世界を優しくするよりまず、フレイヤさんたちに優しい世界をあげたらどうですか? 目の前の女の子一人優しく出来ないで、優しい世界なんて作れる訳ないですよ。だから俺は先生をぶん殴ったんです」

「……あぁ、全くだな。…………参った。本当に言い返す言葉も無い。…………これは、負け戦になる訳だ」


 ――そういう先生の表情からは、ようやく険しさが取れて、あの俺の大好きな穏やかな微笑みが戻って来た。先生の魂に絡みついていた理想の呪縛は、フレイヤさんたちのおかげで今ようやく消え去ったのだ。

 その時、どんよりと曇っていた空が晴れ、穏やかな日差しが天から注ぐ。…………うむ、これにて、めでたしめでたし。そういう事なのである。やっと、闇が晴れたんやなって……。



 ピシィ!!



 ――その時、俺たちの耳に何かが崩壊するような音が聞こえた。

 音のした方へ首を向けると、先生が戦闘前から開いていた、地球への時空の扉がスパークして崩壊しようとしている! …………そ、そうか! 魔本も消え、先生の魔力も尽きた今、あの時空の扉を保つ事はもうできないのか!


「…………トーマ君、イチロー殿。急ぐがいい。あの先は、二人それぞれのいた時代に繋がっている。ここで決めるがいい。私はおそらく二度とあの扉を開けぬ」


 ――――――そう、か。そうだよ、な……。先生ですら最強装備を使ってようやく開けるほどの大魔法なんだものな。帰りたいなら、今しかないのだ。


「トーマ……、」

「トーマ、さん……」


 背後で俺を呼ぶ二人の声が聞こえる。……振り返らずとも、声だけで二人の気持ちが伝わる。行って欲しくない。でも俺に故郷を捨てろという事も出来ない。そんな、とてつもない葛藤が手に取るように分かる。

 …………あの光のアーチの先には、またいつも通りの光景が広がっているんだろう。優しい父さん、肝っ玉で気の強い母さん、そして、俺を愛してくれた兄貴。考えただけで、会いたくて会いたくて震えそうだ。だって、もう一年近く会ってないんだから。


「…………十真君、私は先に行くよ」

「……一郎、さん…………!」


 俺が最後の選択を必死に考えていたその時、一郎さんがまず先に決めた。…………そんな、どうしてそんな簡単に決められるんですか……! だって、一郎さんは戻ったらまた戦争を……! 日本史上最大の負け戦へと身を投じる事になるのに……!


「…………私が口を挟む事ではないのかもしれん。だが、あなたはそれでいいのか? 戻ったとしても、待つのは地獄だぞ」


 流石のアルトリウス先生も“考え直せ”と口を挟む。しかし、一郎さんはその意見を、穏やかな表情で首を横に振り否定した。…………駄目だ、もうこの人は止められない。一郎さんは決めたのだ……!


「…………私の守るべき優しい世界は二つある。一つは【夜明けの星】。この世界で私を拾ってくれた居場所。そしてもう一つは…………家内だ」


 一郎さんはそう言いながら、自身のごつくて太い左手の薬指を温かく見つめた。…………結婚指輪がそこにはある。あぁ、そうか。それは止められない…………。


「結婚したはいいものの、家にはまともに帰れず、私自身も家内を愛してやれていなかった。それでも家内は文句ひとつ私に言わなかった。……だから、私は戻らねばならない。戻って、家内と添い遂げる優しい世界を作るために」

「一郎、さん…………!」


 もう駄目だった。そんな言葉を聞いて、誰が『行くな』といえようか。

 あまりに一郎さんが優しくて、俺は感極まって抱きついてしまった。一郎さんも今までで一番強く俺を抱いてくれる。大きくて、硬くて、むさ苦しくて、それでいて、誰より温かい一郎さんの腕の中で、俺は声を押し殺して涙してしまう。


「一郎さん……! ありがとう……! 今まで、ありがとう、ございましたァッ…………!」

「……あぁ。楽しかったよ、十真君。君と鍛錬する時も、剣の稽古をする時も、本部で食事をする時も、『灰かぶり姫』の劇をした時も……私は、君といられて幸せだった……!」


 やめろ、やめてくれ。これ以上俺を泣かせないでくれ。

 ――――もう、俺はこの人と一緒にいる事は出来ない。二度目の機会は永遠に訪れない。この温かさは、奇妙な運命が見せてくれた泡沫の夢。泡はいつか、弾けて消えてしまうのだ……。


「大和男児たるもの、簡単に涙を見せてはいかん。いいかい十真君。これからも、その真っすぐな心を失ってはならないよ。迷う事もあろう。転ぶ事もあろう。だが、君は君の思うがままに進め。君はそういう正しい道を進める心を持っている。その心の灯に惹かれて、多くの友が君を助けてくれるはずだ。迷わず、自分の道を進むがいい」

「一郎さんも……! 必ず生きて下さい! 絶対に諦めないで、何が何でも生きて、優しい世界を生きて下さい!」

「あぁ…………あぁ!」


 どちらともなしに身体を離す。……すると、入れ替わるようにグラシャとアイリスも一郎さんに抱き着いた。二人の小さな身体が包まれるように一郎さんに抱擁される。


「イチローさん……私を助けてくれて、ありがとうございました…………!」

「あなたのいない騎士団は、本当に寂しいです……!」

「グラシャくん、アイリスくん、十真君を支えてあげてくれ。それから、頑張りすぎないように彼を止めてくれ。私と同じで、十真君は真面目過ぎるからな」

「…………でも、トーマは……」

「いいや、十真君はもう決めているよ。心配無用だ」


 グラシャとアイリスも一郎さんと離れる。そして、最後に俺達にピンと敬礼し、軍刀を片手に光のアーチに進んで行った。…………あぁ、行ってしまう。俺の師匠、大好きな人。この世界で俺を救ってくれたヒーローが、二度と手の伸ばせぬ先へ……。


「…………あぁ、そうだ。【夜明けの星】の皆によろしく伝えてくれ。それと、私の家とズイカクを頼む。…………ではな」


 一郎さんは最後にそう言って、光のアーチの先へ消えていく。…………あぁ、あぁ……! 今にも『行くな』と言ってしまいそうだ。だが、俺が言うべきはそんな言葉じゃない、俺が、俺が最後に言うべきは!


「…………ッ、一郎さん! ありがとうございましたァ!!」


 柊一郎少尉に、敬礼ッ!

 始まりの夜以来となる敬礼を向け、最後に一郎さんは笑いながら、光のアーチの先に消えて行った。…………さようなら、一郎さん。あなたのこれからの人生が、優しいものでありますように。



「……さぁ、君はどうする」


 …………では、俺の番だ。アルトリウス先生の言葉に頷き、俺は覚悟を決める。

 ……決定打となったのは、一郎さんの言葉。一郎さんは、“家内を愛し一緒にいる事こそが優しい世界だ”と言っていた。それを聞いて、俺も思ったのだ。――俺の優しい世界は、地球あっち異世界こっち、どちらにあるのだろうと。俺のいるべきは、その優しい世界がある方であると思った。


 ――――で、あるならば。


「…………今までありがとう、父さん、母さん、そして、兄貴」


 それから、ごめん。俺は…………行くよ。俺には、守りたい世界があるから。


「先生、その扉、もう閉じてください」

「…………いいのだな?」

「はい、だって…………」


 俺は側で不安そうに見つめているグラシャとアイリスの肩を抱き、二人を安心させてやるように微笑んだ。


「俺の優しい世界は、ここにありますから」


 これが、俺の答えだ。

 優しい世界はもうここにある。ならば、これからやるべきは、この二人を愛して守る事だ。そう言う事なのである。


「…………そうか。では」


 先生は俺の答えを理解し、指をパチンと一つならした。

 …………すると、光のアーチは薄れ、そして場には、何もなくなってしまった。…………これでいい。これが俺の、進むべき道だ。


「…………とーまぁ……!」

「……なんで、帰らないんですか…………!」


 ……俺が納得していると、グラシャとアイリスが潤んだ目で、何故か文句を言いたそうな表情で見つめて来た。…………何でお前たちが泣くんだよ。全く、良いって言ってんだろうに。


「何でって酷いな。俺の帰る場所はここだろ? ……もしかして、俺の事嫌いとか?」

「馬鹿ぁ! 大好き!」

「…………っ、もう、離しませんから……!」


 軽くおどけてみると、二人は嬉しそうにぎゅっと抱きついてきた。頭を撫でてやれば、愛おしそうに俺の胸にぐりぐりと額をすりすりしてくる。…………愛してるよ二人とも。これからもよろしくな。


「…………さぁ、帰ろう。俺達の家に」



 ――――任務完了。

 報酬金――0C。しかして優しい世界を獲得。めでたし、めでたしだ。












「…………お前いつまでそこで寝てるつもりだ?」

「ふん……さっさと帰れ者共……。貴様と組むのはもうこれっきりよ……」


 …………ハゲはぐったりと、気分悪そうにその場に転がって何とか心臓の傷を塞ごうとしていた。……頂上は魔力が多くて傷の治りが早いんだっけか。まぁ、ごゆっくり。


「今回は助かったわ、ありがとな。お前も悪事あんまりすんなよ? 正直、向いてないと思うぞ」

「……うるさいわ。今日は見逃してやる。とっとと消えよ」

「あぁ、じゃあなハゲ」

「…………だから、俺は、ハゲてない……」


 分かってるよ。お前もまたな、ハルゲルト。

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