最終話 異世界は優しい世界ですか?
人類に愛と平穏を。
不可能だ。愛を抱く善がいるように、平穏を摘み取る悪がいよう。
心に正義と優しさを。
不可能だ。全人類がそんなものを持っていれば、悪も罪も生まれまい。
世界に安息と救済を。
不可能だ。人は悪がいては安らげまい。人は正しさだけを救えまい。
この世界に神はいない。
それでも――――人は、優しい世界を生きられるのだ。蔓延る悪に傾くなかれ。這い寄る闇に屈するなかれ。光を目指し歩き続けよ。たった一つ、あなたに帰る事の出来る場所さえあれば、そこがあなたの優しい世界なのだ。それさえあれば、凍えるほどの闇が襲い掛かろうとも、前を進んで乗り越えていける。悪を耐えるべからず。見逃すべからず。戦い、殲滅すべし。あなたの優しい世界を守るために。
――そして。あなたに優しさをくれる他人を、心より愛すべし。
「アルトリウス様、次はどこへ向かいましょうか」
「そうだな。では私の
「……ふっ、適当」
「いいじゃねぇかフラム姉。どこへ行こうが悪党はいるもんさ。そいつらを片っ端からぶん殴ってハッ倒せば、ちったぁ優しい世界になんだろ。な、アルトリウス様?」
「全く。スカーレット、お前は本当に気持ちのいい奴だな。あぁ、その通り。では、行こうか」
「だろぉ? へっへー……アルトリウス様に褒められたぜぇー」
「どうでしょうか? 半分馬鹿にされてると思いますよ」
「な、何――!?」
ヤキモチをやくフレイヤとスカーレットを制し、私は肩の力を抜いて言った。
「馬鹿になんてしていないさ。フレイヤもスカーレットも、私は愛してますよ。もちろん、フラムもね」
「アルトリウス様…………♡」
「……ぽっ」
「へっへー……………………、ん? でもそれって浮気って事か?」
…………スカーレットの馬鹿者。どうしてそう余計な火種を産むような事を言うのか。あぁ、やはり俺は女性の相手など向いていないのではないだろうか。十真君はそこのところ、もっと上手くやっていた気がするなぁ。
「……アルトリウス様、そこのところ、どうなんでしょう?」
「…………スカーレットの馬鹿」
「え? 何か不味い事言ったか?」
…………これも優しい世界を作るための試練か。フレイヤ、顔が怖い。目も怖いぞ……。
優しい世界というのは、こんなにも作るのが難しいのか。これ、本当に俺の優しい世界なのだろうか……。これは、十真君たちを相手にするよりよっぽど骨が折れそうだ………………ハァ…………。
◇
――それは、空を覆う蝗か蝙蝠か。
空を覆うかと思う程におびただしい敵機の群れが、作戦の囮役となっている空母・瑞鶴へ襲い掛かる。その数、有に100は超えようか。対して、我々の航空機はたったの9機。こんな戦い、誰が見たとしても分かる。勝てない。無理だ。意気地なしと言われようが構うものか。あの無数の敵機が、腹に爆弾を抱えて今から私たちに襲い掛かるのだ。筆舌に尽くし難い絶望が身を襲う。だがやらねばならない。私は――そのために、戻って来たのだから!
「うおおおおおおおおおおお!!」
覚悟も決まらぬうちに敵航空戦隊と瑞鶴が交戦を開始する。
こんなにも恐ろしい空は久方ぶりだ。生涯共に戦って来た瑞鶴に食らいつき、その魂を奪うかのように敵機が襲い掛かる。あの異世界にも、あんなに悍ましい魔物はいないだろう。たった横幅30mの瑞鶴の飛行甲板に爆弾を叩き落とそうとしているのだ。街灯に集る蛾の如く、そのまま突っ込むのではないかというほど敵機は接近する。一撃必殺の爆弾を身に抱いて、全身で“お前たちを殺す”と叫んでいた。搭乗員たちの恐怖は計り知れない。
――そして、この私も。
おびただしい敵機の十分の一にも満たない戦闘機の一機に乗り、空を巡って、瑞鶴を狙う敵機を叩き落とす。
だが、戦力が違い過ぎた。
戦闘の中で、瑞鶴は大した抵抗も出来ないままに、致命的な一撃をもらっていた。空から見下ろすと、瑞鶴は飛行甲板から煙を上げている。…………あれでは、もはや我々戦闘機は着艦出来ない。さらに嫌な角度に傾き始めている。魚雷を叩き込まれたのだ。それも一本だけではなく複数も。……何となく、感覚で分かる。瑞鶴は、もう助からぬと。
「――――ッ……!」
その残酷な事実に奥歯が砕けるのではないかと思う程に歯噛みした。あまりの無念さに膝を叩く。……私には、瑞鶴を守れなかった。彼のように――十真君のように、守るべきもののために戦ったのに、何も出来ずに負けるのか、私は。
その無念さに身体の力が抜ける。私の乗る零戦の燃料もほぼ付きかけている。もう最寄りの陸上基地に戻る事も出来ない。私の運命はこのまま敵機に撃墜されるか、海に墜落し
機銃の弾すらも切れた。これで私は本当に何も出来なくなった。…………分かっている。分かっていた。例えここに戻っても、負け戦しか待っていないのだと。アルトリウスはそれを知っていて私を止めたのだろう。
――――だが、それがどうした。運命など知らぬ。私の運命は私が決める。故に、私が死なぬと思えば、死なぬのだ。そう言う事だろう、十真君!
『必ず生きて下さい! 絶対に諦めないで、何が何でも生きて、優しい世界を生きて下さい!』
分かっているとも、私の優しい世界は、まだ、始まってすらもいないのだから!
軍の中でもほとんどの者はもう察している。“この戦いはもうじき終わる。日本の敗北という形で”と。私もそう思う。だが生き残る。この戦い生き残り、家内の元へと戻る! それが、私の世界創生だ!
「ッ!!」
その時、首筋に悍ましい感覚が走り振り返る。
私の機体の背後に敵戦闘機が張り付いていた。敵機の機銃がこちらに向き、けたたましい音と共に私を叩き落とさんと射撃された!
「ぬううううッ!!」
操縦桿を必死に握り、紙一重のところで敵機の掃射を回避する。だが、敵はまだ私の背後に張り付いている。これを何とかしなければ、私の命はここで尽きる!
――が、その時、私の零戦の高度ががくっと下がる。
「――っ!?」
…………まさかと思い見れば、燃料がたった今尽きてしまったようだ。もう私はこのまま海に落ちるしか出来ない。それも、少しでも着水を失敗すれば脱出も敵わずこの零戦が私の棺桶となろう。いや、私の腕なら着水自体は成功できよう。――後ろに、敵機がいなければ。
「もう、駄目か……!」
敵機銃がもう一度私へ向けられる。燃料切れなど敵からすれば分かるはずもない。ただ失速した事を好機とみて、これ見よがしに撃墜数を稼ぐだろう。
…………瑞鶴も助けられず、家内すらも愛せず、私は死ぬのか。日本を遠く離れたこのレイテの海に散るのか。
「…………いいや」
異世界を守り、自分を慕う愛しい弟子に別れを告げて、ここまで来た。だのに、私は、優しい世界を作れずに……!
「いいやァッ!!」
否、否だ! 諦めぬ、絶対に諦めぬ!
そう願ったその時だった。
何となく閃いて、真下の海を見る。海、大量の水……っ! これしかない、私の中にまだ、力が残っているのならば! 海神よ、私の願いに応えたまえ! 団長殿、十真君……皆、力を貸してくれッ!
「――湧き出ずる清廉」
馬鹿馬鹿しいと理性が言う。ここは、あっち側では無いと。だから無駄であると。
だが、そんなもの誰が決めた。私は三年もあちら側にいたのだ! この血肉はスメラギ殿の食事で作ったもの! そしてこの心臓には十真君たちの熱い魂が残っている! 絶対に諦めないというのならば、やってみてから無駄と言え、私!
「かの敵を沈めよ、怒涛となりて! 【スパイラル・アクア】!」
下がりゆく零戦の中で、もはや舌に馴染んだ私の得意魔法を唱える。アルトリウスさえも撥ね飛ばした、私の水属性魔法! 運命よ、我が声を聞け、私にまだ命運がまだ残っているならば!
「――っ!」
――すると、数秒後。海からにわかに逆巻く水流が飛び上がった!
そして、その龍のような逆巻く二つの水流は、私を狙う敵機の両翼に食らいつき、叩き砕いて海に叩き落とした! …………成功、した。あれこそは、私の【スパイラル・アクア】……!
「っ、やった……! やってやったぞおおおおおおおッ!!」
その奇跡に、私は思わず零戦の中で叫んだ。身体に力が戻る。我が命運はまだ尽きていない……私は、まだ、生き残る!
…………そして、私はその戦いを生き残った。
着水した私を、巡洋艦『大淀』が発見し、私は救助されて日本に戻る事が出来た。…………だが、瑞鶴は助からなかった。私の最も古い戦友は、私を置いて眠ってしまったのだ。それだけは、心が引き裂かれるかと思う程に悲しく、人知れず泣いた。
その後、私は腕を買われて航空兵を育てる教官に任命され、一戦を退いた。レイテの戦いの後、私はもう一度たりとも戦場に出る事はなかった。魔法が使える事もなかった。だが、まるで瑞鶴の幸運が私に乗り移ったようにも思えて、私は、より一層『生き残る』という決意を固くするのであった。
そうして、1945年(昭和20年)8月15日。我が国は敗北した。
散って行った仲間への無念は計り知れない。これまでの苦労が水泡に帰した悔しさもある。だが、私の胸に最も大きく飛来したのは、圧倒的な安心感だった。…………全ての終わりを察して、私は一人、誰もいない港に走ると、水平線の向こう側へ向けて叫んだ。
「…………生きた。生きた……生きたぞ!! 生き残ったぞ! 十真君ッ!! 私も優しい世界を! 守ったぞおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
軍人としては失格なのだろう。こんな、生き残って歓喜する姿など。だが、私はこれでいい。小心者の一郎でよいのだ。膝が崩れ落ち、涙が溢れる。
――――十真君、君は私を慕ってくれていたが、本当はこんなにも情けない男なのだよ。君のように勇敢で真っすぐな心は無いのだ。……でも、安心してくれ。戦いは終わったよ。これよりは、平和が始まる。……私は、平和な世界のために全力を尽くそう。日本を優しくしよう。だから、君もしっかりやってくれ。
「…………そう言えば、十真君の出身は神奈川と言ってたか……横浜、いや、川崎だったか」
ふと、十真君と初めて出会った時を思い出した。彼は2018年の川崎から来たと言っていたか。…………今から73年後、か。ふむ……その時は私は102歳……。いいや、無理だな。生きてはいまい。何より、老いて弱った私を十真君に見せたくなどない。
…………だが、その親御さんにならば会えるか……? ふっ、もしかしたら、赤ん坊の頃の十真君にも会えるかもしれないな。あぁ、それは…………とても楽しみだ。私に生きる目的がまた一つ増えてしまった。
「……………………ふっ。では、十真君が安らかに生まれて来れる国にしなければならないな」
涙を拭い、立ち上がる。水平線を一瞥して、私は力強く足を動かした。
これより始まるは、我が天地創生。妻を愛し、国を豊かにし、気たるべき我が最愛の弟子を迎える。それこそが私の優しい世界。その世界は、これより始まるのだ。
…………ではな。いつまでも壮健であれ、海藤=十真。あぁ、しかし、グラシャくんアイリスくんの二人を、彼がどちらを選ぶのかだけを見届けられなかったのは本当に残念だったなぁ。さて、君に選べるかな。それとも両方かな。ふはははははは。
◇
「いただきます」
この世全ての食材に感謝を込めて。動けばすぐに腹が減る。故に食事の作法は変わらない。
俺達はまたいつも通り、騎士団本部の食堂で女神の料理を頂いていた。今日のメニューは豚骨醤油ラーメン(ヤサイマシマシチャーシューマシマシ)、担々麵(特盛り)、魚介のスープパスタ(特盛り)、天ぷらそば(特盛り)、スメラギさんお手製ドレッシングのサラダとアンジュさんお手製アイスクリーム(大量)です。今日も残さず食べましょう。お昼の校内放送でした。
「うん、今日もいい食べっぷりねコジロウくん」
「今日も素晴らしい味にござる」
アンジュさんは人が食べている姿を見るのが好きなのか、よく俺の食事時に現れてお話していく。
「アイリスちゃん、いつも小食だけど大丈夫……? たくさん食べないと私みたいに痩せすぎちゃうわ……おかわり、いる……?」
「…………大丈夫です。トーマさんとグラシャが異常なだけです」
ちるちると天ぷらそばを啜っているアイリスを、心配そうにスメラギさんが声をかける。…………スメラギさん、遂に自虐ネタまで取り入れ始めてしまった。やはり早急に家電製品を誕生させる必要があると見える。まずは食洗機だな。乾燥機能付きで。工業が栄えている町ってあるんだろうか。マヤちゃんに相談し――
「ハァイ! マヤを呼んだかなっ?」
「いつからマヤちゃんは直接脳内を覗けるようになったんですか!?」
考えた瞬間にマヤちゃんが俺の隣に座っていた。早い、早すぎるよマヤちゃん。俺まだ何にも言ってないんですけど!
「何となく? 察して? 『トーマくんが呼んでそうだなー』って気がしたんだよねぇ。はい、あーん」
「あーん」
自然な流れでマヤちゃんにアンジュさんお手製アイスクリームを食べさせてもらった。……甘い。そして少し酸っぱい。とても爽やかな味わいだ。はっ、これが、アオハルの味……!? やはりマヤちゃんも俺のアオハルだったのか!?
「じゅるじゅるじゅるじゅるッ!!」
俺がぽやんと魅了されかかったその時、グラシャがわざとすごい勢いで担々麵を啜って威嚇してきた。こら、行儀が悪いぞ。もちゃもちゃ食べながら睨むんじゃない。マヤちゃんもこれには苦笑い。嫉妬してくれるにしてももう少し可愛げが欲しいなグラシャ。
「お困りかなグラシャくん」
「ぶほっ!?」
「ぶっ!?」
そんな食べている最中のグラシャの背後に、いきなりドクが忍び寄って囁いた。あまりに驚き、グラシャの口の中にあった担々麵が正面にいた俺の顔面に噴き出される。…………おい、ドク、いつか覚悟しておけよ。俺は一郎さんほど優しく無いんだ。
「トーマくん! は、はいこれ手拭い!」
「アンジュさんありがとう」
「ドク!! だからいきなり忍び寄るのやめてって言ってるじゃない!」
「フフ、失礼。だが、トーマくんを独り占めしたい君にとっておきのアイテムがあってね」
アンジュさんからもらったお手拭きで顔面を拭っていると、ドクは懐から何やらまた怪しい薬を取り出した。…………何だ、そのピンク色の禍々しい魔法薬は。
「犯罪ギリギリ、私お手製惚れ薬だ。小瓶一杯で300年は相手を惚れさせる事が出来るぞ」
「俺の前でなんてもん出してんだクズ」
人生三周分の愛情を独り占めできるとか完璧ギルティです、本当にありがとうございました。あれか、来世で出会っても一緒になりましょうねをガチでやる気か。ロマンティックではあるが、いかんせん重すぎるわそんな愛情。いりません捨てて下さい。
「流石にそれはいらないわ……。もうちょっと効果の薄いものない……? 一晩……いえ、三日三晩くらいの……」
「マヤも! マヤもそれ買いたいなって!」
「……………………あの、二人とも? 何で割とガチめな顔して買おうとしてんの?」
グラシャもマヤちゃんもヤるといったらヤる狩人だから怖い。超怖い。後で没収だよそんなもん。
「…………」
「ど、どうしたアイリス?」
マヤちゃんがドクの元に席を立ったその時、アイリスがちょこちょこと移動して、さっきまでマヤちゃんが座っていた俺の隣の席に移動していた。
そしてアイリスはアイスクリームの器を持ち、一つ掬ってスプーンを俺に向けてくる。…………こ、これは……!?
「アイリス、お前もヤる女だったか……!」
「……………………」
アイリスは無言でスプーンを差し出している。い、いいだろう。受けて立つ。男は度胸、何でも試してみるのさ! 大和魂を見せてやる!
「あーん」
「……」
そして、ぱくりと一口。……気持ち、さっきよりも甘酸っぱい味わいになった気がする。…………アイリス、お前も俺のアオハルだったのか。
「……美味しいけど、照れくさいな、これ」
「…………♪」
俺がありのままの感想を言うと、アイリスも嬉しそうににっこり微笑む。そしてもう一度俺にスプーンを差し出してきた。…………えっ? 二度目? 二回行動とかいいスキル持ってんな。では遠慮なく。いただきます。
「…………アイリス、恥ずかしくないか?」
「……」
訊くと、彼女は控えめにこくんと首を縦に振った。恥ずかしいよなやっぱ。決して嫌な気分じゃないし、むしろ良い心地なんだけどね。
「ア、アイリスーー!」
「ありゃ、取られちゃった。アイリスちゃん意外と積極的なところあるよねぇ」
そこでドクに気を取られていたグラシャとマヤちゃんが気が付き、ずるいだのあざといだのとアイリスをからかい始める。それを聞き、アイリスも『二人が悪い』とぷんすか抗議。…………あぁ、平和だなぁほんと。思わず頬が揺るみそうだ。
…………あの決戦から半年後が経過した。
【夜明けの星】は今日も今日とて頭ゴブリン人間の集まりと化している。団長はフレイヤさんに燃やされた鬚を気にしてしきりに鏡を見つめており、レオさんはマヤちゃんに“あーん”してもらおうとして蹴り飛ばされ、ドクは俺達のアイスを勝手に食べ、スメラギさんとアンジュさんは見ていて感心するほどの連携で仕事を進めて、アンドレが余計に一皿作ろうとして、それを他の団員が止めている。…………騒がしくてそれでいて温かい、俺の居場所は今日も健在だ。
…………ただ、一郎さんだけはもういない。一郎さんが帰ってしまった事は、ここにいる全員が心から惜しみ、一晩寂しさに涙しながらレモサーを煽る団員もいたほどだ。俺もその一人だ。だけど、その悲しみも乗り越えて、今日も元気にやっている。
「そう言えば聞いたかね? アスラ教の新しい大司教が決まったそうだぞ」
「そうなのか? まぁ、随分と時間かかった方か」
ドクの言葉に俺も驚く。ようやく決まったか。
…………あの戦いからアルトリウス先生はフレイヤさんたちと共に行方を暗ましてしまった。一度だけもらった手紙には、『自身の罪滅ぼしのために、帝国を旅して世直しをしている』と書いてあった。フレイヤさんたちも直筆で『アルトリウス様のハーレムやってます』と惚気を書いて送ってきた。くそっ、羨ましい!
さて、元気そうで何よりではあるが……、アスラ教から見れば、アルトリウス先生は“聖杖を泥棒して行方を暗ませた男”であるため、騎士団に指名手配をかけらている。……まぁ、これも先生のした事の罰だ。でも、例え見つけても【夜明けの星】は見て見ぬふりをすると決めた。先生の罪滅ぼしは、処刑を受ける事じゃないと思うからだ。先生には大きな罪がある。死なんかで逃がしてはやらない。生きて償いをする事が、先生の罰なのだ。
…………そして、俺達三人は。
まぁ、特に変化も無く、いつも通りな生活を送っていた。世界を守った英雄だなんて、そんなの口が裂けても言えないし、その手柄は騎士団全員のものだし。…………まぁ、サーベルは新調したけどね。一郎さんの軍刀みたいな、オーダー一点モノを作ってもらってね。
そういう訳で、今日も張り切ってクエスト行ってみよう。
「マヤちゃん、工業とか、カラクリとか作るの栄えている町ってありますか?」
「んー、そうだねぇ。北に『モミジ』って工業の町があった気がするよぉ? 何しに行くの?」
「ちょっと魔道具を作ってみようかと。家事を自動でやってくれるからくりが俺の世界にいっぱいあるんです。もし作れたら、スメラギさんも楽になるかなと思いまして。スメラギさん。期待して待っててください」
「まぁ、そんな便利なものがあるの? 是非欲しいわね……。相変わらず、うちに入って来てくれる人は少ないし、アンドレさんはますますサボって筋トレするようになっちゃうし……」
おい働けよアンドレ。料理の邪神め、お前だけには洗脳魔法かけてやろうか。…………なんてね。
「むふ、トーマくん、それが出来たらちょーっとマヤにも見せて欲しいかなーって。儲け話のにおいがするの♡」
「了解ですマヤちゃん。それじゃあ、行ってきますね。グラシャ、アイリス」
「了解っ!」
「はい!」
腹ごしらえもすんだし、では、行くとしますか! この優しい異世界を冒険しに!
「ブルル!」
「ようズイカク。出かけるとしようか」
一郎さんの残してくれた二角獣・ズイカクに荷物を乗せて。では、出発――の、前に。
「グラシャ、アイリス」
「ん?」
「はい?」
何となく言いたくなって、俺は二人へ振り向いた。
「――――これからも、よろしくな」
そう言うと、二人は一瞬きょとんとして、でも徐々にふにゃんと頬を緩ませて、とても嬉しそうに笑ってくれた。
「……うん! ずっと一緒に行こうね、トーマ!」
「はい。あなたの進む道、どこまでもお付き合いします」
ありがとう二人とも。
――――では、出発! 行先は…………そう、ここから北のモミジ町! …………って、どこにあるんだ?
「……なぁ二人とも、モミジ町ってどこにあるか知ってるか?」
「あっ」
「……………………マヤちゃんから地図借りて来るの、忘れました」
……………………。
ハァ。ほんとにもう! 俺って奴はほんとに締まらないな! マヤちゃーーーーん! 地図貸してェェェェ!! 俺、いつになったらかっこよく冒険出来るんだよ!! すいません一郎さん、こんな情けない弟子でほんとすいません! 一人前の男への道は遠いぜ! でも必ず追いつく、あなたの背中に! いずれ! きっと! たぶん! 絶対!
…………それから、拝啓、お兄様。
ようやく見つけられました。俺の、本当に欲しかったものが。俺はこっちで、この温かい世界を守るために頑張ります。今だ自分でも呆れるほどにガキだけど私は元気です。それでも、一つ一つ、出来る所から何か始めていこうと思います。…………今まで愛してくれてありがとう、兄貴。俺は、もう行きます。この優しい世界を守るために!
追記
俺、彼女出来るかもしれないです。なので、もしかしたらスケベ大魔王も童帝も退位の時が迫っているかもです。俺、こっちも頑張ってみます。…………うん、頑張ろう。むしろこっちが本命なまである。アルトリウス先生はヘタレだが俺はそうはならない。反面教師がいる今、俺が同じ轍を踏む事はない。絶対にだ。……うん、大丈夫だよな?
…………とまぁ、色々締まらないし、俺の異世界生活は理想とはちょっと離れた慌ただしいものだけども。
それでも俺ははっきり言える。『異世界は優しい世界』であると。何故なら、今の俺は間違いなく幸せだからだ。そう言う事なのである。そう、まさに! 俺達の冒険は、これからだ!
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