第20話 ■■■という概念が存在しない俺たちの異世界

 あの苦い式典から数日後。

 俺もどうにかメンタルリセットし、以前と変わらない日々を過ごしていた。テロのおかげで過激派の大半は先日に逮捕され、帝国はいつも以上の平和を取り戻した。


「おはようマヤ! 今日も美しいな! どうだろう、今度デートにでもいかないか?」

「一人で行ってろよクズ♪ こっちの仕事の邪魔すんな?」


 …………今日も相変わらず、騎士団本部は温かく賑わっている。クエスト受付口ではレオさんがマヤちゃんを口説いていて、食堂の厨房ではスメラギさんとアンジュさんが仲良く夕飯の支度をしている。


 いつも通りの景色だ。俺が愛おしさまで覚えてきた、【夜明けの星】騎士団の日常だ。ここに帰ると安心する。先日の苦い記憶すらも溶かして癒してくれるような感じがするのだ。……俺、ほんとここに来てよかったな。この日常を守るためなら、俺何でも出来る気がする。



 …………と、思うのだが、ただ一点だけ、おかしな事がある。


「レオンハルト、いい加減にしておかないと本当にマヤに嫌われますよ」


 …………その、まるでアルトリウス先生みたいな口調で穏やかに注意するは、我らがドレイク団長だ。いつもの悪人顔は今、穏やかな微笑みを浮かべており、白髪のもっさりひげは美容室にでも行ったのかってぐらいに美しく整えられている。…………何だ、このきれいな団長は。


「あの、父上。冗談じゃなくホントに気持ち悪いのでそろそろやめてもらってもいいですか?」

「…………レオンハルト、私は今まで間違っていた。昼から酒を飲み、仕事は適当に行い、毎日貴族の愚痴を言っていたが、これより改める事としよう。あなたも、その趣味はほどほどにしておきなさい」

「殺しても死なぬような我が父も、いよいよボケましたか」


 あのレオさんですら真顔になるほどの変貌だった。団長のせいで我々騎士団員一同、昨日から非常に調子が出ない。このきれいな団長は、突如として昨日からこうなってしまったのだ。昨日といえば、アルトリウス先生がアスラ教会の新しい大司教になった式典があった。一応大貴族である団長も式典に参加したのだが、それから帰ってきたらこんな綺麗になっていた。意味が分からない。


「団長♡ マヤ、そろそろその遊びは飽きたかなーって? いつもみたいにぃ、レモサーごちそうしてくれる団長がいいなぁ♪」


 見かねてマヤちゃんがいつも通り、団長にすり寄ってあざとい声音でお願いする。よし、やってしまえマヤちゃん! その『冗談きついからさっさと戻れよ』って言ってる絶対零度の視線を向ければ流石の団長も――。


「全く、マヤはおねだりが上手いですね。でも駄目ですよ。レモサーは仕事が終わった後にしなさい。……それから、こうやって気安く身を寄せるのもいけませんよ。あなたの価値を落としてしまいます。テレサさんはこんな事をする人に、あなたを育てた訳じゃないでしょう?」

「うっ!? テレサちゃんを引き合いに出すのは卑怯……」

「マヤちゃーーーーん!?」


 いとも簡単に迎撃され、マヤちゃんは瀕死の重傷を心に受けて床に倒れる。ば、馬鹿な……あのマヤちゃんがこんな簡単にやられるだと……!?


「マヤちゃん、しっかり!」


 急いで彼女を助け起こすと、マヤちゃんは弱った表情で俺を見つめ、俺の頬に手を添えた。


「…………後は任せたわ、トーマくん。私は、もう、駄目みたい……がくっ」

「そんな! マヤちゃーーーーーん!!!」


 ちゃんと『がくっ』まで自分で言って、マヤちゃんはお手上げ宣言をした。俺も便乗してマヤちゃんの崩れ落ちる手を取り慟哭をあげる。信じられない……マヤちゃんが駄目なら、誰が彼を汚い団長に戻せるんだ!


「どうしてこんな事になってしまったんですかレオさん!」

「わ、私に言われても困るぞトーマくん……。それよりその立ち位置を代わってくれないか。私もマヤを触って反撃されたい」

「お前が触って来たら殺すに決まってんだろ♡」


 寸劇を終えたマヤちゃんがしゅぱっと俺の腕から立ち上がる。……目的がマヤちゃんに触りたいじゃなくて反撃されたいってところなの、流石だなぁ……。


「でも、マジで元に戻ってくれないと調子狂って仕方ないぜぇ? 俺なんか昨日からずっと厨房で仕事させられてるしさぁ、これじゃあ日課の筋トレも出来なくて困るぜぇ」

「お前は真面目に働けよ」

「アンドレさんじゃがいもの皮剥いて下さい」


 アンドレが何かふざけた事を抜かしていた。いや、お前は厨房で働くのが仕事だろうが。何スメラギさんに押し付けて筋トレしてんだよ。じゃがいもの皮剥いて? アンジュさん呆れてるぞ?


「こういうものは、まず事件が起きた時から考えてみるのが妥当というものだろう。団長がこうなってしまったのは、確か昨日の新大司教就任式典から戻って来た時、で間違いないのか?」

「そーですねぇ。式典行く前はいつも通りだったですねぇ」


 ここで真打登場。名探偵一郎さんの推理が始まる。一郎さんの言葉に、マヤちゃんが思い出しながらといった様子で答えた。

 ……うん? すると? きれいになっちゃったのはそのアルトリウス大司教就任式典が原因と言う事にならないですか?


「……先生の演説を聞いて、浄化された?」

「冗談にしてもあり得ないと思うわ……」


 一郎さんの考えで整理すると、今アイリスが入った様な結論になるのだが…………。やっぱり何があってもそんな事あり得ないと思われる。これにはグラシャもお手上げとばかりに肩を竦める。いったい、どうなっているのか。


「ふむ。何かの魔法か、それとも頭を打ち付けたか……。かくなる上は再びエリクサーを精製し団長に飲ますしか治す方法がないか……。トーマくん、またよろしく頼むよ」

「いーーやーー! 絶対もう行かないんだからァ!」


 また邪悪な微笑みを向けて来るドクにグラシャがぐるるー、と威嚇で答えていた。……俺もあんまり行きたくないんだけどなぁ。でもきれいな団長を見てるのも気持ち悪いし、仕方ないのかなぁ……。


 その時、本部に飾ってある壁掛け魔導時計が午後一時を示しゴーンと音を鳴らした。おっと、そろそろ学園に戻らないと授業が始まってしまう。


「やべ! グラシャ、アイリス、そろそろ学園行かないと! みんなすいません、行ってきます!」

「あぁ、気をつけてな」

「行ってらっしゃーい♪」


 一郎さんとマヤちゃんの声を背に、俺達は学園に向かった。…………ほんと、団長はどうしてしまったのだろう。気になって授業に集中出来ないぞ。







 だが、学園に行っても俺は衝撃の事件に出くわしてしまった。


「トーマさん、本当に申し訳ない事をしてしまった。この通りだ」


 …………なんと今、俺の目の前で、あの憎き敵であるルキウスが土下座をしていた。膝と両手を地につけ、さらに額まで地面に刷り込むまでに深々と下げて。この異常事態に道行く生徒も何事かと目をひん剥いて驚いている。…………何だ、これ。俺はどうしろと言うのだ!?


「…………アイリス?」


 何か知ってるか、と意味を込めて視線を彼女に向けると、彼女も本当に驚いたように首をぶんぶん横に振って答えた。ナニコレ、イミワカンナイ! 貴族と事故を起こしてしまったのですが! 誰かー!


「あー……、おい、こいつはどうしたんだ? 変な物食ったのか?」


 この意味不明な男爵様に付き従ういつもの取り巻きに訊いてみると、彼らはいつも通り俺達を敵のような視線で見やってきた。…………取り巻きくんたちはいつも通りなようだ。


「知るかよ! 今日ルキウス様に会ったらこうなってたんだ! お前こそ何かしたんじゃねぇのか!」

「あたしたちがする訳ないでしょう! 小癪なあんたたちと一緒しないでよ」

「何だと下民が!」

「グラシャ、待て」

「ひゃん! もう! だから尻尾は止めてってば!」


 いつもの声のうるさい男とグラシャが激突しそうになったところで、俺がグラシャの尻尾を掴んで止めた。同時に、ルキウスも声デカ男を手で制した。


「君たちも謝りなさい。我々は彼らに対し、とてつもない失礼を働いてしまたのですから。さぁ、地に手をおつきなさい」

「ル、ルキウス様!? ご冗談がすぎますよ、アハハ……」

「男爵として命令します。誠心誠意、全身全霊で彼らに謝罪なさい」

「「ハァ!?」」


 この命令には取り巻き君も俺も声を合わせて仰天してしまった。…………いや、いやいやいや! ほんとどうなってんだよ今日は! なんでルキウスまでこんな綺麗になってんだ!? 性根が腐っていた頃のお前は、もっと輝いていたぞ!


「待て、待ってくれルキウス! とりあえず謝罪はいい!」

「そう言う訳には参りません! 私は心を入れ替えたのです! これからは貴族の名に恥じぬ人間になると! 私こそが貴族の矜持ノブレス・オブリージュを体現する者になるのです!」


 ドン! と背景に文字まで見えそうなほどに堂々としてそう言った。ご立派ァ!

 いや違う! それは本当に立派だとは思うが、いったい全体どうなってそうなったのかを説明してほしいのだ! あのどぶ川みたいな性根をしたルキウスがこんな奴になるなんておかしいのだ! 大好きなのはケモ耳と巨乳のお姉さんなのだ! グラシャがひまわりの種食べたら可愛いだろうなと思ったのだ。ヘケッ。


「待て待てルキウス! 何でいきなりそんな事言うようになったんだ!」

「言った通りです。私は心を入れ替えたのです。人類に愛と平穏を。心に正義と優しさを。世界に安息と救済を。…………私のこれからの生は、そのように生きる事に決めたのです」


 そのルキウスの答えに、俺達は引っかかる思いがした。今の言葉は、アスラ教の三つの教え……。


『団長がこうなってしまったのは、確か昨日の新大司教就任式典から戻って来た時、で間違いないのか?』

『そーですねぇ。式典行く前はいつも通りだったですねぇ』


 ふと今、一郎さんとマヤちゃんの会話が思い出された。…………そういやルキウスも貴族なんだよな。まさか……!


「……義兄さん、昨日、大司教就任式典に参加した?」


 俺が思い至ると同時に、先にアイリスが口を開いて訊いていた。……義兄にいさん! そういうのもあるのか! 妹としてのアイリスはとても可愛いと思います。これには大魔王もニッコリ。コミュ障な銀髪美少女妹、とてつもない庇護欲が湧き上がってくる。


「あぁ、アルトリウス大司教は素晴らしいお方だ。私はあの方を見習って行こうと思っている。…………アイリスも、今まであまりいい兄ではなくてすまなかったな。これからはお前の兄としても――」

「それはいい……」


 今更ふざけた事言うな、とばかりにアイリスは睨み、俺の後ろに隠れてしまった。……ルキウスはそこで何か納得したように柔らかく笑い、俺の肩に手をおいた。


「…………どうやら、我が妹はいつの間にか一人の女性になっていたようだ。私が言える事ではないが、妹を頼む、トーマくん。私はもう去るとしよう」

「は?」


 そうしてルキウスは自分だけ納得したようで、取り巻きを引き連れてまた去ってしまった。…………本当に気持ち悪い男になってしまった。 これならまだ以前の小賢しい馬鹿貴族だった方がましだ。ほんと調子狂うなぁ!


「…………団長もルキウスも、アルトリウス先生の式典に参加していた。それから二人ともおかしくなった。…………こういう事?」

「原因は、アルトリウス先生……?」

「そんな馬鹿な」


 グラシャとアイリスの考えに、俺は力ない返事を返す。…………何がどうなっているのか分からないけれど、アルトリウス先生の式典が関係しているのは間違いなさそうだ。もう一度本部に戻って、マヤちゃんに相談してみよう。







「がーははははははは! 見よマヤ! ワガハイたちの金が戻って来たぞ!」

「団長も元に戻ってめでたしめでたしですねぇ♡ マヤ、臨時ボーナスがほしいなーって♡」

「わはははは!! そんなものは無い!」


 本部に戻った俺達に衝撃の光景が飛び込んで来た。…………団長が、元に戻っている。そして、マヤちゃんが金貨の海に溺れている……! その金貨はどこから湧いて出た。何がどうなっているんだ…………!?


「私は清流に住むような人間ではないのでね。私が保存しておいた研究用のエリクサーを団長に使い、また濁流の川に戻させてもらった」

「ドク!」


 呆然とする俺達に、いつも通りぬるりとドクが現れて説明してくれた。結局エリクサーを使ったのか。この騎士団は濁流か。言い得て妙だな。住めば都なんだけどね。アイリスなんて高級魚もいるし。


「…………それで、あのマヤちゃんが喜んで転がっている金貨の山は何ですか?」

「今さっきスターライト家の使いが置いて行ったのだよ。『以前に不当に取り上げた一億Cをお返しする』と言ってね」

「っ! あぁ、なるほど!」


 先ほどのルキウスの様子と合わせて、納得がいって手を叩いた。ルキウス、マジで改心したんだな……。まさかお金も返してくれるとは。…………と、言う事は?


 ――突然の返還金、一億Cゲット。俺の残り借金――――7910万C→0C。…………借金返済完了。


「うおおおおおおおおおおおおッ! 借金が消えたぞ!」

「何だか肩透かしな終わり方ね……」

「……とりあえずは、いい事」


 思わず天を仰いでガッツポーズをしてしまった。借金がなくなった! これで俺は晴れて綺麗な身体になったぞ! グラシャ……アイリス……兄貴……終わったよ……!

 …………あれ? そうすると? 今まで俺が稼いで返済した2090万Cはどうなるんだ?


「あ、あのマヤちゃん……今まで還元した分の俺の報酬って……」

「トーマくん、迷惑料って言葉知ってるかな?」

「アッハイ」

「うん! マヤ、物分かりいい子大好き♡」


 な、何も言えねぇ……。先にお金出してもらった以上、借りがあるからな……がっくり。


「団長の変わり身も、君の借金も、とりあえずはこれで一件落着という訳だ。しかし、また誰かの様子がおかしくなっては欲しくないな。残るエリクサーはもう君たちの持っている小瓶三つだけだ。それを使わなければ、今度こそ治せぬな」

「つまり、団長がおかしくなった元凶を探るべきって事ですね」

 

 ドクの言葉に俺達も頷く。事件はどうやって解決するのかを考えるのと同時に、どうして起きたのかを見つけなければならない。そう言う事なのである。


「お帰り十真くん。借金が消えて何よりだな」

「ただいま戻りました、一郎さん」


 本部のテーブルについて一休みすると、一郎さんが言葉をかけてきた。あぁそうだ、忘れないうちに一郎さんにもルキウスの一件を相談しておこう。


「一郎さん、ついでにドクも。ちょっと聞いてもらいたい事があるんです」







「なるほど、様子がおかしくなったのはルキウス男爵も、か。それは、見逃すにはあまりに妙というものだな」

「イチローに同感だ。ならば、団長と男爵の共通点……アルトリウス大司教就任式を探るのが定石だろう」

 

 俺達が学園で見て思った事を話すと、一郎さんとドクも訝しむような表情をしてそう言う。やっぱりそうか……でも、アルトリウス先生が何か妙な事をする訳がないんだけどなぁ。


「まさか、アスラ教会にまだ過激派みたいな変な人がいるのかな?」

「セクリトでの一件があったばかりだ。そんな不審者がいればアルトリウス先生が即座に気が付くはずじゃないかな」


 グラシャの出した意見に俺も答える。確かに、アスラ教会も一枚岩では無い事が露見してしまったけれどな……。


「フフ……トーマくんは随分とアルトリウス大司教に入れ込んでいるようだな」

「ドクみたいにクズじゃないですからね」


 何か不気味な微笑みを浮かべるドクに反論してやった。アルトリウス先生こそ人間の鑑ともいうべき人だ。清廉潔白が人の形をして動いているかのように清々しい人で、優しく穏やかな普段も、戦いになれば雄々しくなるところも、とてもかっこいいと思う。フレイヤさんたち三姉妹が付き従うのもとても分かりみが深い。…………ハァ、ライオンっ娘のスカーレットさんをモフる難易度は相当高いだろうなぁ……。


「クズじゃない、か。さて、どうだろうな。私のような人間などまだ可愛いものだと思うがね。真に恐ろしいクズとは、善人の顔が出来るクズではないかな」

「…………ドク、どうしたの?」


 あまりに意味深な言い方をするドクに、思わずアイリスも訊き返す。するとドクは、今日一番に邪悪な微笑みを俺達に向けて口を開いた。


「――――あの大司教からは私と同じにおい・・・がする。人を人と思わぬ、外道のにおいがね。分かるのだよ、常々君たちが言う様に、私もクズだからな」


 ……その言葉は、何故かとてつもなく説得力に溢れていて、一瞬言葉に詰まってしまった。何を、馬鹿な……。アルトリウス先生が、外道だって…………?


「フフ……。まぁ、こんなやぶ医者の言う事など当てにならないとは思うがね。今の言葉も、トーマくんの今の表情が見たかったから言ってみただけだ。フフフ……」

「ほんとにしばくぞクズ!」


 なにわろてんねん。くそ、ドクなんかにからかわれるとは屈辱だ。いつかこの借りは倍にして返してやる。そんな俺達を見て、苦笑を浮かべていた一郎さんも話を戻すように一つ咳払いをした。


「何はともあれ、アルトリウス大司教にも話を聞いてみるのがよいのではないかな? 十真くん、彼は今も学園の教師を?」

「あぁいえ、大司教になられてから辞めてしまいました。先生に会うには、それこそ先生の集会に顔を出すしかないですね……」


 先生が学園にいなくなってしまったのは非常に残念だ。がっくり。…………でも、そうだな。まだ大司教になったお祝いの言葉も言えてないし、アルトリウス先生に一度会いに行くのもいいかもしれない。


「それにしてもアルトリウス先生、ほんと偉くなっちゃったよなぁ……」

「そうだねぇ。この前までほとんど毎日会えていたのにね」

「……先生、すごく良い人」


 俺が思わずつぶやくと、グラシャとアイリスも気持ちは同じとばかりに頷いた。本当になぁ。少し寂しいな。


「君たちがそんなに慕うとは、よほどの人なのだな。大司教は。どんな人なのかな」


 一郎さんがそう聞くので、俺達は少し考える。アルトリウス先生がどんな人、か……うーん。あぁ、それこそアレだ。目の前にいるこの人と同じだ。


「雰囲気は一郎さんによく似てると思います。誠実で、とても強い男性ですよ」


 俺はそう思う。おそらく、異世界で一番最初に助けられたのがアルトリウス先生だったら、俺は今教会関係者になっているかもしれないし。


「私はトーマに似てると思ったかな。大人になったトーマみたい」

「私も……」

「えっ、俺ェ?」


 グラシャとアイリスが少し驚いた事を言う。いやいや! 俺なんかと一緒にしては駄目だ! 俺の正体はスケベ大魔王にして童帝なのだから! …………なんか、自分で言ってて情けなくなってきた。ごめんな二人とも……こんな下心ある男が一緒で……。もっとカッコよくなれるように頑張るな……。


 …………あ、そうだ。忘れてた。アルトリウス先生といえば、銃を持っているのも特徴的だったな。


「そうだ一郎さん、この世界、銃があるみたいですよ! アルトリウス先生が持ってましたから!」

「―――――――――――。」


 ……そう、思いついて言ったその瞬間、一郎さんの表情が凍った。驚きと、衝撃と、あと……恐れ? 一郎さんが怖がっている? いや馬鹿な。まぁ銃は確かに恐ろしい武器ではあるけれ――。


「十真くん、それは間違いないのか!」

「あう!?」


 突然、一郎さんにガバと物凄い勢いで両肩を掴まれ、攻め立てるかのような勢いで言われた。あまりの勢いに俺も目を白黒させてしまう。な、何です!? どうしてそんな焦っているんです!?


「一郎さん……? どうしたんですか……?」

「…………いいかい十真くん。この世界に銃という概念は存在しない・・・・・・・・・・・・・・・・。少なくとも、まだ。私が三年間帝国中を探し回り、日本に戻る手掛かりを見つける旅をしていたのは以前話しただろう?」

「は、はい……。いや、でも、先生は確かに銃を――」

「帝国中の町と村に、私は全て訪れた。中にはカラクリや魔導兵器を研究する町もあった。だが、そこでもピストルは存在しなかった! つまり! 銃という概念を知っているのは! 異世界人わたしたちだけなのだ!」

「な―――――――っ!?」


 暴風のような一郎さんの言葉が、俺の脳髄に叩き込まれる。…………待て、待ってくれ。そんな、馬鹿な……!


「…………ねぇ、トーマ。ごめんね。何の話、かな?」

 

 ――グラシャが少し申し訳なさそうに、遠慮がちに口をはさんできた。……グラシャ、嘘だ。お前はあの時一緒にいたはずだ。俺が先生の銃を見つけた時に!


「グラシャも見ただろう? 先生の腰に銃があるの!」

「んん…………? ごめんトーマ、じゅうって何の事? えっと、先生の腰についてた、変な魔導道具みたいなのの事?」


 ――あぁ、そんな、馬鹿な。グラシャは本当に銃を知らないのか……!


「…………私も、知らない。それは、何?」

「じゅう……さて、聞いた覚えがないものだが、イチローとトーマをそんなに恐れさせるものかのかな?」


 アイリスも…………ドクも…………! 嘘だろ…………!



『先生、その銃どこで手に入れたんですか?』

『すみません、忘れました』

『変な態度を取ってすみませんでしたね。トーマくんには、こんな恐ろしい武器を持ってほしくなかったのですよ』


 銃が恐ろしい武器だって知っていた。先生は銃を知っている人間だった。それじゃあ、先生は、この世界の人間じゃなくて、俺や一郎さんと同じ…………?




 ――――先生。アルトリウス先生。あなたはいったい――――誰ですか…………!

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