第16話 異世界で孤児院が危機だけど、何一つ負ける気しない件

「ごめんください」

「はい?」


 とある日。

 【夜明けの星】騎士団本部に一人の少女が訪ねて来た。まだ声も幼く、見た目も小学校低学年ほどの女の子が入り口に立っていたのだ。まるで恐る恐る職員室に入って来た学生みたいな気配がある。あれ、誰か反応してくれないと本当に困るんだよなぁ。

 しかし本部にいた俺達も驚いた。ここに入ってくる人間なんて騎士団員ぐらいのものなのに、あんな『まんがタイムきらら』に出られそうな美ロリ少女が現れたのだから。悪い事は言わない、すぐに帰りなさい。ここは君の情操教育に非常によろしくない場所だから。


「ほぅ、また一匹子羊が迷い込んで来よったか。山吹色のお菓子をくれてやろう」

「父上が行っては怖がらせてしまいましょう。このレオンハルトにお任せを。子供から受ける心無い罵倒というものには常々興味がありましてね」

「ふむ、子供はいいものだ。どのような形であれ、悲劇を生み出す材料としては最高だからな」

「それ以上近づくなクズ共」


 何言ってんだあんたらは。特にレオさんとドクは半径10メートル以内に近寄るな。そういうところだぞ、ウチが頭ゴブリンって言われてるのは。あのロリっ子は俺が守護らねばならぬ。


「こんにちは、俺は十真。君の名前は?」

「……ルリ」


 俺が彼女の前に生き、膝を折って言葉をかけると、そう返事してくれた。きゃわたん。何故ルリちゃんがここに?


「あの、マヤお姉ちゃんはいますかぁ?」

「マヤ、お姉ちゃん……?」


 ルリちゃんはマヤちゃんの知り合いという事だろうか。でも残念ながら今はここにいない。グラシャたちと一緒に何か買い出しに行ってしまったのだから。


「んー、ごめんな、今マヤちゃん買い物に行ってるんだ。何か用事だったら、伝言しておこうか?」

「えっと………………」


 そう言うと、ルリちゃんは少し迷ったように答えに詰まってしまった。……何か、マヤちゃん以外には言いづらい事があるのだろうか。そっか、そう言う事もあるよね。


「それじゃなかったら、ここで待ってるかい? たぶんすぐに帰ってくると思うから」

「……うん」

「よし、入っておいで。一緒におやつでも食べようか」

「うん!」


 そう言うと、ルリちゃんは少し安心したように表情を緩めた。俺が手を差し出すと、彼女もちょこんと手を握ってきてくれた。………………何だ、今この胸に感じるときめきは。これが父性というやつか。


 とりあえずスメラギさんにクッキーと紅茶を用意してもらい、俺とルリちゃんは本部の食事スペースに腰掛けて待っている事にした。


「トーマくん、私も混ぜてもらえないだろうか……」

「駄目です」

「くはっ……! 即答……!」


 羨ましそうにこちらを見つめて来るレオさんにぴしゃりと言ってやると、それですらも彼は悶えていた。あの人、色んな意味で無敵すぎる。実にうざい。マヤちゃんが死ねと言いたくなるのも分かる気がした。


「……マヤお姉ちゃんが言ってた。【夜明けの星】には変な人しかいないって」


 鼻息を荒くしているレオさんを見て、ふとルリちゃんがそう言った。……はい、その通りです。ごめんな、ホントに。こんなもの見せて。


「どうしよう……マヤお姉ちゃんに、お仕事のところにはあんまり来ちゃ駄目って言われたのに……怒られちゃう……」


 ルリちゃんはそう思い出したかのように言い、だいぶ不安そうな表情を浮かべる。……まぁ、マヤちゃんならそう言うよね。こんなところ来ちゃいけませんって。誰だってそーする。俺だってそーする。


「……でも、ルリちゃんはどうしても用事があって来たんだろ? ならマヤちゃんは怒らないと思うよ。もし怒ったら、俺も一緒に謝ってあげるよ」

「うん……ありがとうトーマ」

「どういたしまして。……うん、クッキーうまい」


 俺が一つスメラギさんお手製クッキーをつまむと、ルリちゃんも安心したように一つつまんだ。


「トーマ、マヤお姉ちゃんと仲いいの?」

「ん? まぁ、多分ね」


 少なくとも悪くはないはずだ。てかマヤちゃんの敵になったらこの騎士団で仕事出来なくなるし……。彼女に嫌われても大丈夫なのはレオくらいのものだろう。無敵だなあの人……。


「彼氏?」

「ぶふっ!?」


 ルリちゃんの爆弾発言に思わず紅茶を噴き出してしまった。マヤちゃんの彼氏だって!? 冗談でもそんな恐ろしい事言えるものかよ! 言えるのはレオさんくらいのものだろう。やっぱ無敵だなあの人……。


「ルリちゃん、俺がそう見えるかい?」

「うーん……あんまり。でもトーマ、優しそうだから」

「そっか、ありがとう」


 ……全く、異世界でも、子供ってのは妙にませてるんだなぁ。学校に教育実習の先生が来て、その人に誰かしら一人は『彼女いるんですかぁ?』って聞いていた事を思い出した。

 そうして俺とルリちゃんは優雅なティータイムを過ごしていると、すぐにマヤちゃんがグラシャとアイリスを連れて帰って来た。


「ただいま戻りましたぁ♡」

「マヤお姉ちゃん!」

「ほぇ? ルリ!?」


 マヤちゃんが帰ってくると、ルリちゃんは一目散に彼女に駆け寄り、むぎゅっと抱き着いた。お帰りなさい。


「どうしてルリがここにいるの!」

「怒らないであげて下さい。何か、マヤちゃんにお話があるみたいですよ」


 驚くマヤちゃんの側に俺も寄る。小さな姫様の騎士役もこれでお役御免だ。ルリちゃんとのお話が楽しかっただけに、少し残念。


「トーマくん……。そう、ルリを守ってくれたのね。レオとかから」

「心外だなマヤ。私は何もしていないぞ」

「存在が教育に悪いって自覚しろよ♡」

「んふっ……! マヤは今日もキレッキレだな……」


 レオさんはマヤちゃんに罵倒されて満足したのか、フラフラとどこかへ恍惚の表情で消えて行った。……もう駄目だなあの人は。老衰以外では絶対に死ななさそうだ。


「はぁ……。それで、ルリはどうしたの?」

「マヤお姉ちゃん、助けて! 孤児院、無くなっちゃう!」


 そんな、ルリちゃんの悲痛な叫びが本部に響く。………………ほう、これは、事件の香りだな?







 乗り掛かった舟では無いが、放っておく事も出来ないため、俺とグラシャ、アイリスはマヤちゃんと一緒にルリちゃんのお願いを聞く事にした。


 とりあえずルリちゃんに連れられて、俺達は帝都のとある孤児院に足を運んだ。


「テレサちゃん! おひさ!」

「うん? マヤ!? どうしてここに!」


 マヤちゃんは勝手知ったる様子で孤児院に上がり込み、一人のご婦人に声をかけていた。逆に俺達は全く無関係なので少し恐縮してしまっている。


「そりゃルリに泣きつかれたからに決まってるよぉ。……何があったの?」

「ルリが? ………………はぁ。マヤには迷惑かけないようにするつもりだったんだがねぇ。仕方ない。奥の部屋に行きな。後ろの三人は?」


 そこでご婦人が俺達三人に視線を向けた。……年老いてはいるけれど、剛毅さが伺える鋭い視線だった。俺達は少し頭を下げる。


「うちの若手騎士だよ。信用出来るから大丈夫」

「……へぇ。マヤが信用するなんて、相当良い子たちなんだねぇ。いいさ、あんたたちも上がりな」

「お邪魔します」


 そうして、俺達も一緒に孤児院に入った。

 中にはたくさんの子供で溢れかえっており、快活な遊び声で満たされている。まんま小学校みたいで、少し懐かしい気持ちになる。給食のカレー、おいしかったなぁ。


「マヤお姉ちゃんだ!」「うそ、マジ!」「マヤお姉ちゃん遊びにきた!?」

「みんないい子にしてた? してない子はケジメだぞ♡」


 マヤちゃんの姿を見つけた子供たちは、有名人に出会ったかのように歓喜の声をあげた。マヤちゃんの方も子供たちに囲まれ、いつも通り少し怖い笑顔を向けていた。………………でも、雰囲気はいつもよりずっと柔らかい。そう、家に帰って来たときの兄貴みたいな感じ。……そっか、マヤちゃんはここの出身なのか。


「騒がしくてごめんねぇ。あーぁ、トーマくんたちの前ではかっこいい女でいたかったのになぁ」


 マヤちゃんはそう恥ずかしそうに俺達に言う。……何を恥じる事があるのか。こんなたくさんの子供たちに慕われているなんて、むしろ誇っていい事だ。


「そんな事ないですよ。お姉さんなマヤちゃん、すごくかっこいいと思います」


 俺がそう言うと、グラシャとアイリスも頷いた。……すると、マヤちゃんはちょっと照れたようにはにかむ。おぉ、マヤちゃんの照れ表情なんて最高レアなものを見てしまった。レオさんならこれだけで昇天するんじゃないかってくらい可愛い表情だった。俺の脳内ファイルにロックかけて保存しておこう。この笑顔、プライスレス。



 マヤちゃんに連れられ、俺達は孤児院の客室に入った。程なくしてさっきのご婦人も部屋に入ってくる。


「初めまして。私はこの孤児院を経営しているテレサという者です」

「こちらこそ初めまして。【夜明けの星】騎士団所属、海藤十真です」

「同じく、グラシャです」

「……アイリス、です……」

「……ふむ。若いが、強い瞳をしているね。よろしい、あなた方にもお話しましょう。おかけください」

 

 簡単に挨拶を交わすと、俺たちとマヤちゃんは部屋の長テーブルに腰掛ける。するとテレサさんが安物の紅茶が淹れてくれた。お構いなく。

 テレサさんも俺達と対面の椅子に座り、重苦しい表情で口を開く。


「……さてと。状況をまずは話そうか。はっきり言って、この孤児院は一か月後に潰れる」

「えっ!? どうして!!」

 

 初っ端からぶっ放された衝撃の事実に、まずマヤちゃんが立ち上がるほどに驚いていた。俺達も驚きすぎて、何といってよいやらと面喰ってしまった。『初めまして、ここは孤児院です! でも一か月後に潰れます!』何て言われて冷静でいられる訳も無い。え、えぇ……。


「仕送りのお金足りなかった!? それとも、テレサちゃんどこか悪いの!?」

「うるさいよ。話は最後まで聞きなさい。全く、大人になってもそそっかしいねぇアンタは」


 珍しく取り乱すマヤちゃんに、テレサさんは冷静に答える。そんな彼女を見てマヤちゃんも一度深呼吸して、席についた。……そりゃ慌てるよな。いきなり実家が潰れるなんて聞いたら。


「経営は順調だよ。あんたの仕送り額なんて、足りないどころか多すぎるぐらいさ。あたしも悪いところなんて一つも無いよ。死に時を見つけられるか心配なほどさね」

「じゃあ何で……!」


 テレサさんは紅茶を一度啜り喉を潤すと、また一段と重苦しい雰囲気を纏う。


「…………………………貴族の娯楽のためさ。ほら、ウチは大通りからも貴族の居住区からも、何なら王宮からも近いだろう? それに庭もあって、土地だけはそこそこ広い。ここを取り潰して、賭博場を作るんだとさ」

「誰がそんなふざけた真似を!」

「…………ダリオ=フォン=スターライト財務大臣だよ」


 ……スターライト? またか! またスターライトかよ! 何だってそう俺達はスターライト家と縁があるんだよ! 縁があるのはアイリスだけでいいよ! 


「アイリス、そのダリオって誰?」

「……【ノブレス・オブリージュ】騎士団長の、義父様の弟が、ダリオ叔父様……。すごく、乱暴……義父様も、ルキウス義兄さんも、嫌ってる……」


 アイリスにこっそり聞くと、うんざりしたような表情でそう返してくれた。……あのルキウスすらも嫌うほどの貴族って何だよ。聞いただけで俺もうんざりだ。


「先週、ダリオ自ら孤児院の前に来てね。『一か月以内に立ち退け。さもなくば賭博場の下に埋めてやる』とかふざけた事を抜かしていったんだよ」

「……そんな事をしたら、ここにいる子たちの行き場所が無くなっちゃう」

「そう。だからあたしも言ってやったさね。『せめて変わりの孤児院を作れ』ってね。したら何て返したと思う? “何故わしがお前たちのために金を出さねばならん”って逆上してきたんだよ」


 テレサさんの呆れた声を聞き、マヤちゃんはギリ、と歯を食いしばって悔しそうに俯いてしまった。……本当に横暴が過ぎる。賭博場だと? ふざけんな。子供たちの居場所を潰してまで作る価値のあるものかよ。


「……ダリオ叔父様は、お金大好き。お金儲けも、お金使うのも。どうせ、賭博場もただの趣味……」


 アイリスもまた怒り心頭といった声音でそう言った。……お金か。そりゃ俺も好きさ。今だって借金あるし、1キャッシュでも多く欲しい。お金を愛するのもまたいいだろう。マヤちゃんだってそうだし。

 ……だが、他人の人生を潰して作るような汚い金はいらない。そんなものは許せない。マヤちゃんだって、ちょっと小悪魔なところがあるけれど、悪道に落ちるような事は絶対にやらない。そこがダリオとかいう奴とは決定的に違う。


「マヤと同じで、ルリは聡い子だからね。あたしの顔を見て察しちまったんだろうねぇ。打つ手がないって。だから、あんたの元に行ったんだろうさ」


 テレサさんはそう言って、諦めたように力なく微笑んだ。……駄目だ。ここで屈しちゃいけない。こんなの、全然優しい世界じゃない!


「きゃああああああ!」


 ふとそこで、部屋の外から悲鳴が聞こえた。ただならぬ声に、俺達は一斉に立ち上がって部屋の外に出る。――今の声は、ルリちゃん……!?



 小さい校庭のようになっている孤児院の庭に出ると、そこにはどう見ても真っ当な人間には見えない姿の三人組がいた。……そのうちのリーダー格っぽい男の腕に、ルリちゃんが捕まえられている!


「マヤお姉ちゃん! ルリが!」

「分かってる! みんな中に入ってなさい!」


 ただならぬ気配に怯え、泣きそうな表情を浮かべている子供たちをマヤちゃんは孤児院の中に入れる。入れ替わるように、俺達が外に出て相手と対峙した。


「おっと、孤児院なのに騎士様までいんのか?」

「いい女もいるじゃねぇか。俺が大人にしてやろうか? へへへ……」


 ……そんなふざけた挑発に本気でキレそうになるが、なんとか怒りを飲み込んでサーベルには手をかけない。ルリちゃんが相手の手の内にいる以上、手荒な真似は出来そうにない。くっ、なんという卑劣な! これには二代目様もニッコリ!


「お前たちはダリオの手下か……! 何の用だ」

「なぁに、お前たちが立ち退きを渋ってるってんでな。俺達がちょいと決心するお手伝いをしに来たって訳よ」


 そう言いながら、リーダー格の男はルリちゃんの頬を指でなぞる。その汚い手で触るな。……怖いだろうに、ルリちゃんは必死に泣きそうな表情をこらえて、“助けて”と必死にこっちを見つめている。間違いなく事案だ。これには全国の紳士も大激怒だろう。Twitterで拡散もやむなし。俺はロリコンお兄さんではなく、ケモミミ=キョニウノオネエサンスキー1世だけれど、yesロリータNoタッチの精神は非常に分かりみが深い。紳士たるもの、常に余裕を持って優雅たれなのだ。


「趣味が悪い奴らだね。わざわざ子供たちを狙うなんて、それでも大人かい!」

「おーおー、キレんなや婆さん。立ち退く前にプッツンいっちまうかもだぜ?」


 怒り心頭のテレサさんをさらに煽り、そのしたっぱヤクザめいた三人組はげらげらと笑う。こういう人間を飼ってるってだけで、ダリオがどんな人間がよく分かるというものだ。イラッと来るぜ!


「この子を離してほしいか? 離してほしいよなぁそうだよなぁ? じゃあお願いしないとなぁ! 『生意気な事を言って申し訳ありません。私たちは大人しくここを立ち去ります』って! はっきり! 大きな声で! 子供たち全員に伝わるようにぃ!」

「姑息な手を……」


 ……それが今日の目的か。テレサさんが屈する姿を、子供たちに見せつけるためにルリちゃんを人質にしたのか。

 彼女を捕まえているリーダー格の男は勝ち誇ったように笑いながら言い、ルリちゃんの髪を弄り回す。……彼女はもう耐えきれないとばかりに泣きそうだ。


「………………隙を、作ります」


 打つ手がないかと思われたその時、アイリスがふとそう言った。彼女の杖に魔力を込め、相手に向けて魔法を唱える。何をする気だ!?


「魔術師? 馬鹿かガキ! こっちには人質がいるんだぜ! 巻き込んでもいいのか?」

「闇が映し出すは、魔の面影! 【ナイトメア】!」


 相手の言葉にも耳を貸さず、アイリスは闇属性の魔力を解き放つ!それは黒い霧のように相手の三人組に向かい、包み込む!


「こいつ! お構いなしかよ!」


 ヤクザたちは慌てて来たる魔法に身構える……………………が……?


「……? 何だ、何も起きないぞ」

「何だよ、ビビらせやがって……! やっぱり人質がいるんじゃ攻撃出来ねぇよなぁ!」


 ……何も起こらない。俺とヤクザたちもそう思った。

 ………………と、思ったら、ヤクザたちの背後で何か黒い影が蠢いている。あれは……!


「ふざけた事をしてくれんじゃねぇか。なんならこの人質のガキを痛めつけてやっても――――」

「キャアアアアアアアア!!」


 ヤクザたちが落ち着きを取り戻した瞬間、彼らの後ろの影を見たグラシャが悲鳴をあげて卒倒してしまった。――そこには、闇魔力の粒子がこの前の巨大亡霊、スペクターの姿をしてヤクザたちを見つめていたのだ。


「な、何だ!? 女がいきなり泡拭いて倒れやがったぜ!?」

「………………あ、兄貴……後ろ……!」

「何が何だって………………!?」

 

 グラシャの気絶を見たヤクザたちも流石に驚いて後ろを振り向く。……あー、その、この不意打ちは卑怯よな。グラシャも卒倒するわ。アイリス、意地が悪いな。彼女自身はゴーストより骸骨兵の方が苦手なんだが。


「う、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?!?」

「……今」

「ナイスだアイリス!」


 いきなり背後に現れた亡霊のホログラムに、たまらずヤクザたちも飛び上がって驚き隙を見せる! 今が好機! グラシャは気絶中! 故に俺がすかさず突っ込む!


「チェストォォォォォォォォォォォ!」

「ぐが!?」


 お前たちにかける情けは無ェ! リーダー格の男に飛び蹴りをかまし、まずはルリちゃんを救出! 


「がぁ!?」「ぎゃふん!?」


 続けて他二匹もハッ倒す! これこそ一郎さん式ブートキャンプで鍛え上げられた格闘技だ! まさに結果にコミット! 習っておいてよかった!


「よく耐えた、君は強い女の子だ」

「とーまぁぁぁ!!」


 最後にルリちゃんを胸に抱いてミッションコンプリートだ。よしよし、怖かったな。


「くそ! てめぇ!」


 しかしまだのしていないヤクザたちが起き上がり、すぐに俺に反撃して来ようとしてきた! ――が、その時、俺の横を、一直線に何かが風を切って飛んで行った。


「ぐぁっ!?」


 それは何と投げナイフだった! ヤクザたちの身体に綺麗に一本ずつ、ぶっさり痛そうにナイフが突き刺さり彼らは悶絶している。


「さっさと帰れよゴミ共。次はその汚ねぇ顔面狙うぞ」


 ……そう、マヤちゃんが今まで聞いた事ないほど底冷えするような怒りの声で最後勧告を出す。その気迫に、ヤクザたちは泣きを見ながら孤児院から逃げて行った。……今の投げナイフは彼女の技だったのか。マヤちゃん、ただの受付嬢じゃなかったのね……。てかどこからナイフなんて出したんだ……。


「……マヤさん、すごい」

「奥の手ってやつよ。あぁもう、子供たちの前で血なんて見せたくなかったのに。……あっ、ち、違うよぉ? 適当に投げてみただけだよぉ? マヤ、必死だっただけだもーん♡」


 アイリスの驚きの声に、マヤちゃんは必死でいつもの小悪魔を装って答えていた。正体現したね。マヤちゃん、素の性格はかなりサバサバしたお姉ちゃん系と見た。今まで全く分からなかった。やべぇ、この人の底が知れないぞ。


「……ありがとうねトーマくん。本当に君がいてよかった」


 ルリちゃんをマヤちゃんに渡すと、そんな大げさに感謝されてしまった。背中がこそばゆくなるからやめてほしい。


「このぐらい何てことありません。……マヤちゃん、戦うんですよね。ダリオと」

「……そうだね。私、この孤児院を守るよ。絶対に潰させたりなんかしない」


 泣きじゃくるルリちゃんを抱き、優しく背中をさすりながらマヤお姉ちゃんはそう強い決意を感じる声で答えた。……ならば決まりだ。この事件、俺も全面的に強力しよう。


「マヤちゃん、俺も協力します。何でも言って下さい」

「……ありがとぉトーマくん。うん、たくさん頼っちゃうね♡」

「はい!」


 もうマヤちゃんはいつも通りの表情を取り戻していた。凛々しいお姉ちゃんの顔がすぐに隠れてしまうのはちょっと残念だ。でも、彼女はいつも団長たちに向けるのよりだいぶ朗らかな笑顔を俺にくれた。頑張りましょうね。

 


 緊急クエスト発動――テレサさんの孤児院を守れ!



「ダリオ……そうだね。とりあえず人生ぶっ壊すくらいはしてあげようかな。この子たちの人生壊そうとしたんだもん。こっちがやり返しても文句無いよね♡」

「は、はい……?」


 “撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだ”ってか……。あかん、マヤちゃんの声が本気だ。レオさんを罵る時みたいな、本気で『死ね』と思ってる時のアレと同じだ。味方ながら、背筋が凍るほど恐ろしい。ダリオがどれだけの貴族かは知らないけど、マヤちゃんを敵に回してタダで済むとは思えない。何だこの負ける気のしない戦いは。ドーモ、悪徳貴族=サン。ケモミミ=キョニウノオネエサンスキー1世です。ハイクを詠め。お前もミヤモトにしてやろうか!


「ゴースト……町に……ゴーストが……」

「グラシャ、ごめんなさい……」


 ………………グラシャ、そろそろ起きろ。アイリスが申し訳無さで死にそうな顔してるから。

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