第15話 やはり俺の薬草採取クエストは間違っている。(魔)続

「いただきます」


 この世全ての食材に感謝を込めて。異世界であろうと俺は日本育ちの日本人。故に食事の作法は変わらない。

 学園の授業を午前中に終え、俺たちはスメラギさんの昼食をもらいに本部に戻った。今日のメニューはボロネーゼスパゲッティ(山盛り)、地ドリのコンソメスープ、季節のグリーンサラダ、謎魔物肉とチーズのサンドイッチ(山盛り)、リンゴ(山盛り)、スメラギさん手作りプリン(大量)です。良く噛んで食べましょう。お昼の校内放送でした。


「相変わらず、すごい食べっぷりねぇ……」


 俺とグラシャがもっしゃもっしゃと食べていると、スメラギさんはとても嬉しそうにそう言ってくれた。いやぁ、おいしいものは何度食べてもおいしいから仕方ない。スメラギさんの料理は本当に世界一だ。


「この二人、絶対おかしい……」


 俺がガツガツと食べ、グラシャがもくもくと食べる中、アイリスだけはサンドイッチを優雅に食べていた。俺もグラシャは大食いだが、アイリスは小鳥程しか食べない。いつもサンドイッチ三つほどで満腹らしい。それであのたわわ着やせおっぱいが作られるとは……どういう事だ……。


「私は魔獣変化モンスターフォーゼの分、人より少しお腹空いちゃうだけっ! おかしいのはトーマだけだってば」

「大食いを変な事みたいに言うな」


 いっぱい食べる君が好き、という名言を知らないのかグラシャは。……知らねぇかそりゃ。まぁ、別に汚く食べてる訳じゃないし、許してくれ。生まれつき大食いなのさ俺。


「ごちそうさまでした」


 そうして食べた後は、特に予定も無ければスメラギさんのお手伝いをしている。夜になれば他の皆が戻って来て、一日の酒宴と洒落込むため、それまでに他の仕事を終わらせなくてはならない。

 夜の酒宴が終わった後も、膨大な仕事量の後片付けに追われ、全てが終わった頃にはもう22時となっていた。俺達三人とスメラギさんの四人でやってこの時間である。いつも一人でこなしているスメラギさんのがどれだけ大変かが知れるというものだ。

 ちなみにアンドレは後片付けをほとんどしない。まずい料理を作り、それを運んで満足して終わりである。あまりのクズさにグラシャが尻を蹴り飛ばすと、その痛みに涙しながらようやく皿洗いを始めた。残念でもないし当然である。


「今日はありがとうね、トーマくん、グラシャちゃん、アイリスちゃん。おかげでとっても楽が出来たわ……」

「お礼なんていいですよ! 授業があったりクエストがあったりした時は難しいですけど、それ以外なら極力手伝いますから、どんどん俺達を頼って下さい!」

「えぇ。今度はもっと強く蹴り飛ばしますね!」

「……、おやすみなさい、スメラギさん」


 外はすっかり夜の帳が落ちて、双子の月が窓から覗いている。

 スメラギさんは俺達と別れ、騎士団本部二階の宿舎に戻って行った。彼女は本部で寝泊まりしているから。ちなみに俺達は一郎さんが購入している一軒家に一緒に住まわせてもらっている。行き場のない俺とグラシャ、そしてスターライト家から半ば家出のように出て来たらしいアイリスと一郎さんの四人のいる家はとても暖かくて居心地がいいものだ。


「……スメラギさん、やっぱり大変よね」


 グラシャがぽつりと言った言葉に、アイリスも一つ頷きを返している。本当になぁ。


「――――どうにかしてあげられればいいのに。そう思ったかね?」

「うわぁぁぁっ!?」


 ふと、俺の耳元で実に不気味なバリトンボイスが囁かれた! あまりに驚いて声まで出てしまった。もう本部に残ってるのは酔い潰れて眠ってしまった団員だけだと思ったのに! ドク、まだいたのか!


「ドク! まだ起きてたの!?」

「フフ、私はむしろ夜に活動する人間でね」


 グラシャも驚いて身構えてしまうほどの気配遮断ムーヴであった。アイリスはまた恐ろしいものを見たように肩を震わせている。そりゃビビるわ、いきなり背の高い不気味なおっさんが現れたら!


「さて、若き騎士たちよ。突然だが私のクエストに付き合ってみないかね?」

「は!? 今から!?」

「そうとも。夜、であるから行くのだ」


 ドクはそう意味深な返事をしてきた。……むむ、そんな事を言われると話を聞きたくなるではないか。


「……一応、聞かせて下さい」

「いいとも。……君たちは【エリクサー】という魔法薬を知っているかな?」

「エリ、クサー……」


 その言葉に俺は少なからず衝撃を受けた。

 ゲームをして育った人間であれば、その言葉がどんな意味を持つかはすぐに分かる。エリクサー……回復薬の中でも最高の性能を持つアイテムの代名詞。それは大抵、体力魔力全回復とか破格の効果を持っているからだ。帝都の市場でも一切見た事がなかったけれど……この世界にあるのか、エリクサー!


「【エリクサー】は数ある魔法薬の中でも最高の霊薬とされるものでな。一度口にすれば三日三晩の疲労が取れ、あらゆる病魔を撃退し、開いた傷口は瞬時に塞がるという幻の一品だよ。調合も難しいが、まず材料を集めるにも破格の難易度を伴う。私はこれから、その材料となる薬草を取りに向かう」

「それは、夜にしか手に入れられないからですか?」

「ご名答、グラシャくん。……しかし、夜といえば魔物が活発になる時間だろう? 私一人で向かうには少々心許ない気がしてね。君たちに護衛を頼めないかという訳さ」


 なるほど。だから今俺達に声をかけてきたのか。エリクサーのための薬草採取クエスト、か。……とはいえ、ドクと薬草ってあんまりいい思い出無いんだよなぁ……またマンドレイクと会いたくないぞ……。


「何、報酬なら勿論用意しよう。無事に薬草を取りに戻れれば、私がエリクサーを調合し、君たちに無料で進呈しようではないか」

「何っ! 本当か!?」

「あぁ。それがあれば、シェフ・スメラギの疲れも取れような」


 こ、こいつゥ~~ッ! 俺達が断りづらい事をわざと言いやがって……! くそっ、そう言われたら行かない訳にはいかんでしょうが……。


「……俺、ドクと行くよ。二人は……」

「もちろん一緒に行くわ。先に休んでて、なんて言わないでよね」

「……。」


 俺が確認を取ると、グラシャもやる気を瞳に漲らせて言い、アイリスも元気よく首を縦に振った。……そうか、じゃあ行きますか。伝説のエリクサーを作るために。


 緊急クエスト発動――エリクサーを手に入れろ!







 月明かりの道標に誘われて、俺達は武装を整え、ドクに連れられるがまま一時間ほど歩く。

 すると、目の前に清らかな沢と林が見えて来た。今は夜ではあるけれど、ここでキャンプとかしたら心地よさそうなほどの美しい自然だ。


「ここだ。エリクサーの素材となる霊草は清らかな自然が必要なのだ。私も以前ここで見つけた事がある」

「そうなのか? でも、さっきエリクサーの素材を集めるのは難しいって……」

「あぁ。私が以前見つけたのは二十年も前になる。それ以来、私も足繫く通っているが、一度も見た事が無くてね」

「二十年前!?」


 彗星か何かかよ! 何だその発見の難しさは! それじゃあエリクサーを作る事すらままならないじゃないか。……あぁ、だから市場で一切見た事がないのか。


「それじゃあ、今回も無いんじゃないですか?」

「その可能性の方が高いだろうな。……だが、探してみるだけならタダだ。行ってみないかね?」

「……」


 グラシャとアイリスもドクに頷き、森に入る。俺も後に続いて森に入った。さて、その霊草とやらがあればいいけれど……。


「……なんか、嫌な感じがするわ。この森」


 森に入った瞬間、グラシャの耳と尻尾の毛が少し逆立ち、ぴんと張った。彼女が警戒態勢になっている証拠だ。魔獣変化モンスターフォーゼの力なのか、グラシャは俺よりも五感と勘が鋭い。索敵すればまずグラシャが一番に気が付く。


「冷たくて……毛がぞわってする…………! 左から何か来る!」


 グラシャの緊迫した声に、全員がその場で左を向いた。俺も抜刀して前衛に立つ。

 …………すると、少しずつ、林の影から、ガッシャ、ガッシャ、と不気味な音が聞こえて来た。そして、現れたのは…………。


「が――――がい、こつ……!?」

「キャアアアアアアアアア!?!?!?」


 思わずグラシャも悲鳴をあげる。それもそのはず、見事な骸骨の剣士たちが目の前に現れたのだから! それはまぁ見事なホラーテイストで、手には骨を削った剣みたいなものも持っている。……うわぁ、アンデッド系の魔物を直に見れて少し感動だ。不気味だけどそれがまたいい。海賊旗に描いたり理科室に飾って置きたいぐらいの立派な骸骨だ。


「……骸骨兵の魔物か。ここでは非常にレアな魔物だが、愛でる価値は無いな。トーマくん、相手を」

「了解、ドク! 行くぞグラシャ! アイリス!」


 まぁ、アンデッドだろうが全身を叩き切れば無力になるだろうさ。何なら火葬も可能だ。燃やし尽くしてやる。


「ひぇっ……!? う、動いて……! 死んだ人が、動いて……!?」

「…………!?」


 …………あれっ、おかしいな。俺の後ろには誰も続いてくれないぞ? てか、グラシャとアイリスなんか今にも逃げ出しそうな顔してるんですけど? アイリス顔色ひどいけど大丈夫?


「……ふむ。トーマくん、この二人はアンデッド系が生理的に苦手らしい。一人で頑張ってくれたまえ」

「急に医者ぶった顔してんじゃねぇよ!?」


 そうか、俺はゲームとかで見慣れてるからショックは薄いけど、二人はこれが初アンデッドか! そりゃショック受けるよな。気持ちは分かる。俺も小学生の時、理科室の骸骨模型すごく怖かったから。特にくぼんだ目のところが!


「そんじゃあ始めますかァ!」


 こうなっては仕方ない。これくらいなら俺一人でも!

 サーベルに炎を纏わせ、素早く突進して骸骨兵たちに切り込む! サーベルはいとも簡単に骨を切り裂き、炎は朽ちかけた身を燃やし尽くす。そんなに強くなくてよかったぜ!

 だが数だけはそれなりに多く、ふと後ろを取られて、髪に噛みつかれてしまった。髪(噛み)だけに……ふふっ。


「いたたた! やめろ! ハゲるだろうが!」


 すぐに切り払ってそいつを振り払った。おのれ、ハゲてグラシャに嫌われたらどうしてくれる! とっとと成仏しやがれェ!

 ズバババっと連続突きを叩き込み、二度と起き上がれないように全身を砕いた。えぇい、地ドリとは別方向に気が休まらないな!

 そうして数分経過し、俺は何とか骸骨兵の群れを燃やし尽くした。疲れてはいないが、面倒ではあった。やれやれ。


「実に鮮やかだな。その太刀筋、イチローによく似ている。流石は師弟といったところか」

「そういう事です」


 チン、とサーベルを鞘に納めながらドクに答えた。俺の剣は全て一郎さんの指導の賜物だ。それで敵を倒せる事が、我ながら誇らしい。


「さて皆、ここでいい知らせだ。……どうやら、今宵は霊草がある可能性が出て来た」

「そうなのか!? まだ骸骨と戦っただけだぞ?」

「それがいい知らせなのだよ。……エリクサーの霊草は本当に凄まじいものなのだ。マンドレイクとは比べ物にならぬ魔力を秘めており、その魔力は周囲の環境にまで影響するほどだ」

「…………えっと、つまり?」

「エリクサーの霊草の凄まじい回復魔力が、大地に眠る死霊まで呼び起こした、という事だ。二十年前もそうだった。無数のアンデッドたちに追われながら、私はなんとか霊草を手にしたものだった。これからもたくさんのアンデッドに遭遇するだろうな」

「行く前に言ってよそういう事!」


 これにはグラシャも激おこであった。アイリスも青い顔してこくこくと必死に首を縦に振っている。本当だよ! 何『フフ……』とか微笑んでんだよ! そういうとこだぞドク!


「喜べ皆。目当てのものは必ず林の先にある。枯れてしまう前に向かうとしようではないか」

「え、えぇ……! 本当に行くのぉ……!?」

「……グラシャとアイリスは先に帰ったらどうだ? 無理して付き合う必要も無いんだぞ?」

「う……うぅ……。…………………………トーマが行くなら、行く……」

「……ぅん……」


 ……そ、そうか。よし、すぐに終わらせよう。二人もそのうち慣れるさ。……たぶん。



 そうして、俺達の肝試しめいた霊草探索が始まった。


「ギャアアアア! 出たぁぁぁぁ!」


 時に骸骨兵が行く手を遮り、


「邪魔!」


 時に全く無関係な植物モンスターに出会い、グラシャが半ギレ気味に蹴散らし、


「――――!? …………………………」

「あ、アイリスーーーー! しっかりしろぉぉ!」


 時に突然足元から骸骨が湧き出して、足を掴むサプライズまで発生した。アイリスはこの衝撃に一瞬失神してしまい、危うく骸骨の夜食にされてしまうところであったが、俺が即座に救出した。彼女を起こすと、半泣きになって俺に抱き着いてきた。怖かったんだな、よしよし。


 ……そして、結構厄介なのがゴーストの魔物だ。


「ゆ、幽霊……!?」

「いかんな。ゴーストは純粋な魔法攻撃でなければ倒せん。トーマくんでは無理だ」


 今にも泡を吹きそうなグラシャの隣で、ドクが痛恨の表情を浮かべる。俺も試しに、その青白い亡霊の魔物に斬りかかってみる。


「何と!?」


 すると、俺のサーベルはするりとゴーストの身体をすり抜けてしまった。マジか! 本当に空気を切っているかのように手ごたえがない!

 ゴーストたちは反撃とばかりに、闇魔法で球体を生み出し、それを俺に投げつけてきた。アイリスも使う、【ダークブラスト】の魔法だ。闇のエネルギー弾めいたものを飛ばし、対象にぶつけて爆破させる。直撃すればそこそこ痛い。


「アイリス! 頼む!」


 ゴーストたちの攻撃を回避しながら彼女に叫ぶ。すると、アイリスもおずおずと杖を振りかざして魔力を高め始めた。


「穿つ閃光! 【ハルド】!」


 杖の先から、光のビームが発射され、ゴーストの群れを薙ぎ払う! アイリスの魔法はその一撃を以て、ゴーストの群れを全滅させてしまった。ふぅ、助かった。


「……うむ。ゴーストがいた場合、アイリスくんがいなければ勝てないからな。アンデッドの事は黙秘させてもらった」

「騙して連れて来たって事じゃねぇか!」


 フフ、とドクは再び愉快そうな微笑みを浮かべて先へ進む。全然反省してねぇなあの人格破綻者。いつかタンスの角に小指ぶつけるくらいの罰が当たればいいのに。




 そうして林を歩き回っていると、段のようになっている沢の側で、ふとグラシャが立ち止まった。


「…………何か、あそこに光ってる」



 グラシャがそう言うので、俺達も目を向けてみる。すると、段状になっている沢の頂上に、ふとキラリと輝く植物があるのが見えた。


「……見事だグラシャくん。あれこそがエリクサーの素材となる霊草だ」


 ドクが柄になく弾んだ声でそう言う。あれがそうなのか……。エメラルドに輝いていて、とても綺麗だな。見た目は雑草にしか見えないけど……。


 ドクに続いて俺達も沢のほとりに降りる。あれを取るには沢に入って、鮭のように段をクライミングしなくてはいけないな。沢の深さは俺達の膝ぐらいだから溺れる心配はなさそうだが、少し大変だなぁ。

 じゃぶじゃぶと沢に足をつけたその時――――月明かりが一瞬だけ陰った。何だ?


「――! トーマ、伏せて!」


 そんなグラシャの叫びを脊髄反射で聞き届け、俺は身を沢に転がす。すると、何かが俺の真上を通り過ぎた音がした。な、何だ!?


「クク……クハハハハハ!! 我が不意打ちを躱したか! 仲間に助けられたな人間!」


 起き上がった俺の耳に、いつか聞いたようなもったいつけた声が聞こえた。ま、まさか、その声は!


「馬鹿な、あの時に死んだはずではないのか!」

「フハハハハ! 馬鹿を言え! 気高き闇の眷属たる我が、溺死などとダサすぎる死を迎えるものか!」


 場に冷たいつむじ風が吹く。この気配、間違いない。紛れもなくヤツだ!


「――――久方ぶりだな、人間。地獄の底より舞い戻ったぞ」

「一生地獄にいればよかったのになぁ」


 そんな、仰々しい台詞と共に俺達の頭上に現れるは、まさに夜の住人。青白い肌、鋭い牙、どこで仕入れたのか分からん貴族衣装に黒マント、そして、尖った耳に悪魔の翼。……あぁ、まだ生きてたのかよ。いつかの厨二吸血鬼カナヅチ


「お前、何でこんなところにいんだよ……」

「お前ではない! 我が名はハルゲルト=ハーゲン三世! 世界に闇をもた――」

「アイリス! 撃ち落せ!」

「【ハルド】!」

「ぬわぁぁ!?」


 知らねぇよお前の名前なんか!

 アイリスが再び光ビームを放つと、そのハゲなんとかは慌てて翼を動かし、間一髪ビームを避けやがった。ちっ、往生際の悪い。

 

「不敬者が………………! 名乗りを上げている時に不意打ちとは何と狡猾な! 恥を知るがいい!」

「お前も不意打ちしてきただろ」

「あれはまだ名乗りを上げていない時だからいいのだ!」


 …………もう何なのこいつ。何だって今現れるんだよ。あぁ、なんか出会っただけで疲れて来た……。


「……ねぇトーマ、あの吸血鬼、知り合い?」

「いいえ、知らない子でs――」

「よくぞ聞いた魔獣の小娘! 察するに、貴様はこやつの伴侶だな? ならば教えてやる! 我とこの男の因縁をな! 愛する男が引き裂かれる前に、真実を知りたかろう?」

「伴侶……!? ねぇトーマ、やっぱり私たちってお似合いに見えるのかな……? かな……!」

「お前も俺の話聞けよ」


 何でグラシャは照れてるんだよ。尻尾ふりふりするのやめなさい。あの厨二に恋人認定されても全く嬉しく無いぞ。


「束ねし輝きは、闇を切り裂く! 【ジハルド】!!」

「ぬおおお!?」


 その時、アイリスが今度は複数の光ビームを射撃してハゲなんとかを撃ち落さんと攻撃する! ……が、駄目のようだ。あいつ、器用にまた回避しやがった。てか、今の攻撃けっこう気合入ってたねアイリス。


「二度も……二度までも……我の話を遮り攻撃をしかけてくるとは……! よほど死にたいらしいな、人間!」

「うるせぇなもう! もったいつけてないでかかって来いよハゲ!」

「ハゲではない! ハルゲルト=ハーゲン三せ――」

「【ジハルド】!」

「うおぁぁぁっ!?」


 三度、アイリスのビームがハゲを襲う! あっ、翼に掠った! おしい! ていうかアイリスさん何で少し不機嫌な顔になってらっしゃる?


「許さん……! 許さんぞ! 簡単に死ねると思うなよ!」

「ほんとに面倒くせぇなハゲ三世!」

「……~~~ッ! 我はハゲてないッ!」


 そんな、怒りの叫びと共に、ハゲなんとかはようやく襲い掛かって来た! やれやれ、やっぱり俺の薬草採取クエストはいっつもロクな目に遭わないな!


 吸血鬼の ハゲ三世が 現れた!


「前と同じと思うなよ! 貴様の手が届かぬ上空から、ゆっくりとなぶり殺しにしてくれる! 【ダークブラスト】!」

「偉そうに来た割にせこい戦術使うな!」


 悪魔の翼を羽ばたかせ、両手に闇の魔弾を生み出し投げつけてきた!

 沢をざぶりと並を立てて回避すると、闇の魔弾は水底で破裂し、けたたましい水しぶきを上げる! くっ、アウトレンジ戦術ってやつか! 確かに攻撃しづらいなぁ!


「俺だって前とは違う! アイリス!」


 戦う力は無かった。この世界に来た実感だって薄かった。知ってる人は一郎さんだけで、右も左も分からなかった。それが、以前お前と出会った俺だった。あの時勝てたのだって、本当に奇跡に近かった。

 ――だけど、今は違う。戦う力を得た。頼れる仲間もいる。だから、今度は奇跡はいらない。必然的に、お前には負けない!


「【ジハルド】!」


 アイリスは一声で俺の意図を察し、再び複数の光のビームでハゲをけん制する!


「一度見せた技が我に通じると思ったか!」


 ハゲは空を駆けて、アイリスの攻撃を回避し続ける! それでいい! アイリスはわざとハゲを誘導するように魔法を放っているのだから!


「ここだ! 駆けろ猛炎! 【飛燕斬】!」


 サーベルに炎と魔力をため、上空に向けて、炎の斬撃波を放つ! こっちだって遠距離技ぐらい持ってんだよ!


「何と!?」

「ビンゴォ!」


 俺の火炎の斬撃波は、ビーム回避で誘導された俺の目の前に来たハゲに見事クリティカルヒットし、その衝撃にハゲは沢のほとりに墜落して転がった。ほんとに綺麗に連携攻撃が決まったぜ! 悪いが、俺とアイリスは視線と一言あればほぼ以心伝心出来る関係なんでな! …………うん、ほんと、アイリスとの意思疎通は大変だった……。


「これが俺とアイリスの絆パワーだ! とっとと帰れハゲ!」

「……ふっ」


 この先制攻撃にはアイリスも得意顔。あぁ、俺も見事に決まって気持ちいいよ。割と本当に負ける気しないから帰ってほしいんだが。


「ぐぅ……。なるほど……我は一つ大きな勘違いをしていたようだ……。貴様の伴侶はそっちの魔術師であったという訳か……」

「そういう事じゃねぇよ!」


 何“痛恨のミスだった……”みたいな顔してんだよハゲ。てかまだまだ余裕そうだな! ゴブリンだったら今ので一撃だったんだがな。腐っても吸血鬼、そこらの魔物とはステータスが違うって訳か。

 

「……ぽっ」

「アイリス、どうして照れてるの?」


 俺の隣からはグラシャの仄暗い声が聞こえた。……アイリス、お前もか。でもアイリスの花嫁衣装か……、いい。実にいいものに違いない……。


「だが、二度も負けぬ……。人間なぞに、この高貴なる魔族たる我が負ける訳にはいかぬのだ! 出でよ眷属どもよ!」


 ダウンから立ち上がったハゲは、周囲に魔力を迸らせ、何か始めたようだ! 何だ、このただならぬ気配は!


「……いかん! トーマ君! 囲まれているぞ!」


 ドクの言葉に、急いで周囲を確認する。すると、沢の水からはゴーストが出現し、林の大地からは骸骨兵が湧き出し、群れとなって俺達を囲んでいた! これは!


「キャアアアア! で、出たぁぁぁぁ!」

「フハハハハ! 恐怖せよ! 絶望せよ! これぞ我がよく分からん草を食べて新たに身につけた能力! 闇の住人たる我に相応しい能力だと思わぬか?」

「草を」

「食べた?」


 この(林の)中の(生活の)中で? これには俺とドクも真顔になるというもの。…………おい、それって、まさか。


「お前、もしかしてあぁいう草を食ったのか?」

「ククク……然り!」


 俺は沢の頂上にある霊草を指さしながら問うと、ハゲは得意気な顔でそう言ってくれた。…………て、テメェ~~! 貴重な霊草をよくも食ってくれたなぁ!


「あの日、貴様に川に流された後、我は死に物狂いで岸に上がった。弱った体を引きずりながら、時にジャイアントベアに食われかけたり、地ドリに小石を投げつけられたりという屈辱を味わい、我はしばらく彷徨っていた。そして遂に我はこの森であのうまい草を見つけてな。それを食べ、しばらく英気を養っていたのだ。貴様に復讐する日を心待ちにしながらな!」

「そのままクマさんに食べられちまえばよかったのに」


 お前にエリクサーの霊草なんぞもったいない。……全く、霊草の魔力を取り込んで、アンデッド系を呼び寄せる能力を手に入れたって訳か。こいつは、ちょっと面倒になってきたか……?


「ドク!」

「君はあの吸血鬼を倒したまえ。私の事は気にかけないでもいい。これでも、少しくらいは自衛出来るのでね」


 ドクに近寄る骸骨兵を見て急いで戻ろうとしたが、その前に彼は謎の魔法薬を投げつけ、骸骨兵を爆散させていた。ば、爆発薬だと……!?


「もっと早く使えよそういうの!」

「原価が高いのだ。タダで済む君の剣と一緒にしないでくれたまえ」


 俺の剣だって無料じゃねぇっての! くっ、頭数で有利に進めようとしていたのに、一気に形勢逆転されたな。仕方ない!


「アイリスはゴーストの相手を! 行くぞグラシャ! どうにか二人でハゲを倒す!」

「了解……!」

「もういやぁ……トーマ、帰ろう……もうおうち帰ろぉよぉ……」

「だから我はハゲてない!」


 ハゲのせいで色々ぐだぐだだよ! 

 沢から上がり、再び飛翔される前に肉薄してハゲを白兵戦で抑え込む! 行く手に塞がるゴーストはアイリスが薙ぎ払ってくれた! 今日は大活躍だな!


「決着をつけるか、それも一興!」

「ほんといちいちうるせぇなお前!」


 悪魔の爪と炎のサーベルが、夜の林に乱舞する。霊草を食べた効果か、ハゲの身体能力も以前と比べて高くなっている気がする。お互いにせめぎ合うが、いまいち決め手が見つからない!


「ぬるい、ぬるいぞ人間! やはりその程度か!」

「くっ!」


 ギリギリのところで強烈な回し蹴りをガードし、俺は大きく後ろへ下がる。身体能力はやはりあっちの方が上か!


「今宵こそ、貴様の喉笛を切り裂き、その血を勝利の美酒としてくれる!」

「悪趣味な野郎だ!」


 何が悲しくて野郎に殺されなきゃいけないんだ! だからどうせ殺されるならお姉さんの吸血鬼がいいって言ってんだろ!


「トーマ君、回復薬だ!」


 ハゲが調子づいて向かって来たその時、ドクがこちらに魔法薬の小瓶を投げて渡して来た! はぁ!? このタイミングで!? 無理無理取れる訳ないでしょうが!


「回復などさせるものか!」


 そして案の定、小瓶はハゲの爪でパリンと割られてしまった。しかし小瓶からは液体など漏れず、代わりに何か怪しげな紫色の気体が漏れ出す。なんだこれ!?


「うっ!?」

「これは!?」


 その気体を吸い込んだ瞬間、体中から力が抜け、俺はその場に仰向けに倒れてしまう。これ、は……、痺れ薬……!?


「何だと……!」


 てか、俺だけじゃなく目の前にいたハゲも痺れて、立っているのもやっといった表情で動けなくなっている。ドク、これ、回復薬なんかじゃねぇ!


「今だグラシャくん。トーマ君を助けたまえ」

「トーマごと巻き込んでどうするのよ馬鹿ぁ!」


 グラシャの至極まともなツッコミが沢に轟く。本当だよ! 何俺まで巻き添えにして痺れさせてんだよ! ほんと覚えとけよドク!


「もらったぁぁぁぁぁ!!」

「ぐっおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 グラシャの鉄槍の一閃がハゲの心臓をブッ貫く! これにはハゲもたまらず苦痛に顔を歪めて絶叫を漏らした。……そう言えば、吸血鬼の弱点って心臓だったっけ。銀だか鉄だかの杭で突かれると再生できないとか何とか……。


「ぐっ、うぅ……あっ、これやばいやつ……心臓だけはほんと、無理なんだよぉ……! くっ、くっそぉぉぉぉぉ!」


 胸から魔力の粒子を迸らせて弱るハゲだったが、突然身を無数のコウモリに変化させて、夜空へ飛び立って逃げてしまった。なっ、そんな事も出来るのかお前!


「お……覚えていろ人間……! そしてその伴侶たち! 次こそは、次こそは貴様らを倒す……! あぁ、胸痛い……」

「だから伴侶じゃねぇっての……」


 …………そうして、ハゲのコウモリは何処かの夜空へ飛び立ち消えた。同時に、あいつの呼び出した無数のアンデッドたちも活動を停止し、俺達の戦闘も完全に終了した。


「やれやれ、とんだ邪魔者が現れたものだね。さてグラシャくん、改めて霊草を摘んできてくれないかね? 君が一番昇るのが速かろう?」

「…………ドク、いつかあなた刺されると思うわ」


 何事もなかったかのようにさらっと言うドクに、グラシャは呆れつつも、沢の頂上へ一息にジャンプして昇って行った。……本当だよ。さらっと味方ごと麻痺らせるその度胸がえぐすぎるわ。


「麻痺薬があいつに効かなかったらどうしてたんだよ……」

「それはあり得ん。何せ今のはレオ殿用に調合した特別強力な麻痺薬だ。懐に忍ばせておいてよかったよ。フフ……」


 ドクはそう言いながら、俺の腕にぷすりと何か注射を打ち込んだ。すると、感覚すら消えていた全身の麻痺が瞬時に消えて立てるようになった。今の注射は解毒薬か。生きた心地しねぇぜほんとに……。


「……だい、じょうぶ?」

「何とかね……。アイリスも怪我は……なさそうだな」


 心配して声を掛けてきてくれたアイリスも怪我はしていなさそうだ。……まぁ、結果的にみんな無事ならいいかぁ。ドクとのクエストはしばらく受けない事に決めたけどな!


「お待たせ。ドク、これぐらいしか取れなかったわ」


 そしてグラシャも戻って来た。片手には、たった一束分しかないが、確かに輝く霊草がある。まぁ、あっただけでも儲けものというものだろうか。


「結構。後はこれで私がエリクサーを作ればよいだけだ。……無論、失敗する可能性もあるのだが」

「ここまでさせて、全部失敗しました、は無しだぜドク?」

「分かっているとも。全力を尽くしてみよう」


 グラシャから霊草を受け取り、ドクは確かに大事そうに薬箱に入れた。……やれやれ、これでクエストクリアだな。


「――――っ!」


 ふとその時、グラシャが林の影の方へ首を向けた。また敵かと思い首を向けると、そこには…………一際巨大なゴーストが俺達をじっと見つめていた。……何だ、あのボスめいたオーラを持つビッグゴーストは。


「…………ドク、あれは、何かしら」

「ふむ、スペクターだな。強力な氷魔法と闇魔法で生きとし生けるものを地獄に引きずり込むという、ゴーストの進化系だ」


 あんたはポケ〇ン図鑑か。解説どうも! ならやる事は一つしかねぇな!


「入り口まで全力疾走! 逃げるぞ!」

「……!」

「霊草の魔力は林全体に満ちている。我々が摘んだところで、アンデッドはもうしばらくは活動しているだろうな」

「そんなおまけはいらないってば!」


 あんなの相手にしてられるか! 逃げるんだよぉぉぉぉ!!

 …………こうして、俺達とドクの二度目の薬草採取クエストは幕を閉じた。ほんとうに! 何でこの世界の薬草採取クエストはこんなにも難しいのか! 本当にしまらない冒険ばっかだな俺達は!


「あっ! アイリスが転んだ!」

「……!?!?」

「アイリスーーーーー!!」


 …………息切れして転んでしまったアイリスは、俺がお姫様抱っこしてなんとか逃げました。

 拝啓、お兄様。俺は伝説のエリクサーを手に入れられそうです。スペクターのすんごい氷魔法で危うくアイリスと心中するところでしたが私は元気です。お兄様も、異世界に来る事が無いように、弟より心からお願い申し上げます。もう薬草採取はこりごりだ……。







「いただきます」


 この世全ての食材に感謝を込めて。異世界だろうが腹は減る。故に食事の作法は変わらない。

 数日後の昼食の席。今日のメニューは炒飯(山盛り)、謎魔物肉の肉まん(山盛り)、茹で野菜、野菜塩ラーメン(山盛り)、スメラギさん手作り杏仁豆腐(大量)です。良く噛んで食べましょう。お昼の校内放送でした。


「スメラギさん、最近調子いいみたいよ」


 グラシャが炒飯をもくもくと食べながら安心した声で言う。

 霊草を持って帰ったドクは、すぐにエリクサー作りに取り掛かった。そして昨晩、ついに伝説の回復薬を調合する事に成功した。…………しかし、完成したのは小瓶たった五本分のみ。三本は俺達に、一つはドクが研究用に、そして、最後の一つは約束通りスメラギさんに与えられた。


「今日もいっぱい食べてくれて嬉しいわ……」


 スメラギさんが今日も嬉しそうに俺達に料理を運んできてくれる。……確かに、彼女の目の下にあるくまが今日は無い。エリクサーの疲労回復効果は絶大のようだ。


「スメラギさん、今日はいつにも増して元気そうですね」

「えぇ。ドクターが何か調合してくれたみたいでね……それを飲んで寝たら、とっても元気になったのよ……。私もまだまだ頑張れそうだわ」


 そう言って、スメラギさんは今日も忙しそうに厨房に戻って行った。……スメラギさんには、自分が飲んだのが超貴重な回復薬だと知らせていないようだ。ドクめ、そういうところは気を利かせるんだな。


「……よかった。スメラギさん、元気になって」


 いつも通り、一人前の肉まんを一生懸命はむはむしているアイリスも安心して言う。……そうだな。元気なスメラギさんが見れたなら、俺たちも苦労した甲斐があったってものだ。それに、俺達もエリクサー手に入れられたしな。大事に使うとしよう。


「今日もよく食べるものだな。若さがあって実に結構」

「ドク!?」


 いつの間にかドクが俺達と同じ席に座り、肉まんを一つ横取りしていた。こら、この飯は俺達の金で作ってもらったもんだぞ。


「そんな君たちに耳よりな話がある。東の山に肌を綺麗にするいい霊草が――」

「もういい帰れ! ドクのクエストは半端なく疲れんだよ!」


 もうしばらくは行ってたまるか! また変な魔物に絡まれても嫌だしな! そうだろグラシャ! アイリス!


「…………ドク、その話詳しく」

「……」


 あれぇ、グラシャさん? 何乗り気になってんです? アイリスさんも熱心に首を縦に振ってどうするんです?


「…………異世界でも美容は女の子の命、か」


 これは、また行く事になる流れ。断れない流れだ。

 そう感じて、俺は諦めて杏仁豆腐を口に運んだ。…………俺に優しいのはスメラギさんとこの杏仁豆腐だけだ。ドクの苦いクエストの前に、この甘さだけはしっかりと味わっておこう…………。

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