第14話 アイドルシアター ミリオンキャッシュ

 いよいよ山場です。現代人なら誰もがご存知の筈。シンデレラと王子の出会いシーンである。

 幕が上がると、そこは王宮でのワンシーンとなる。そこでは、今までのキャストが揃い踏みしていた。奥には王様、王様の隣には衛兵アンドレ、手前にはレオ王子、そして王子の前には一郎ファミリーがいる。


「さて、かくして開かれた舞踏会。お城では大勢の女性たちが集い、代わる代わる王子様に挨拶を交わしておりました……」


 俺の語りと共に、一郎ファミリーが王子の前に近寄り、すっと挨拶を行う。


「私どもは城下町の外れに住む者でございます。こちらは我が自慢の娘、長女マヤと次女グラシャにございます」

「マヤと申します。王子様、どうぞよしなに……」

「グラシャでございます。麗しきレオ王子にお目にかかれて光栄ですわ」


 マヤちゃんとグラシャがレオ王子の前でドレスをつまみ、貞淑にお辞儀をする。スメラギさんほどではないにしろ、それなりに着飾った二人の姿は…………うん、最高に可愛い。あの二人を意地悪な姉にしたのは正しいはずだが、ここだけは失敗したと思ってしまう。二人ともすごく可愛らしいから、少し着飾るだけでも本当に魅力的なのだ。…………だが、グラシャと並ぶとマヤちゃんのお胸様がどれだけ残念かが際立つな……。


「あぁマヤ、私と結婚して毎日罵倒してくrグッ!?」

「演技しろよクズ♡」


 ……演技とはいえ、レオさん的にはマヤちゃんからプロポーズされた事になる。レオさんにとっては喜ばしい事だろう。思わず本音が出かかったレオさんだが、咄嗟にマヤちゃんがハイヒールで彼の足を踏み潰して黙らせた。巧妙にもドレスで足を観客から隠している。何やってんだレオさんは……。


「フッ、よ、よくぞ来てくれたねマヤ、グラシャ。今日は楽しんでいってくれたまえ……、痛い……最高……」

「光栄ですわ、王子様」

「ありがとうございます……ハァ……」


 駄目だわあの王子。誰だよ演技得意って言った奴。あいつだ。これにはマヤちゃんも激おこだ。グラシャがため息をつくのもやむなしである。あいつには成功報酬払わないでいいよな? ご褒美貰っただろ今。


「んんっ、……娘たちは代わる代わる王子に挨拶をしますが、レオ王子が気になるような女性はいませんでした。王子はうんざりして、お城の外に出てしまいました。その時です。王子の前に、美しい二角獣車が到着しました」


 ここで真打登場。幕の内からスメラギさんが飛び出して来る。


「あ、あの、舞踏会は始まってしまいましたか?」

「……っ! ……いいえ。まだですよ」

「あぁ、よかった。間に合ったのね!」


 ここでようやく二人が出会う。さぁて、ここから一気に駆け抜けますよっと!


「スメラギを見たレオ王子は、彼女に一目惚れしてしまいました。レオ王子は彼女に近づき、そっと手を出してエスコートします」

「私はレオ。お手をどうぞ、プリンセス。ご案内しましょう」

「レオ……もしや、あなたが王子様?」

「如何にも。私と踊っていただけませんか?」

「えぇ、喜んで!」


 スメラギさんとレオ王子は手を取り合い、再び一郎さんたちのいるお城の中へ現れる。スメラギさんを連れている王子を見た皆は驚きに目を開く。


「そんなっ!? どうしてスメラギがここに!」

「なぁにあのドレス……! すごく綺麗……」

「あの非国民め……! どこまでも俺の言う事に逆らいおって……!」

「主人や姉たちはとても悔しがりますが、レオ王子はもうスメラギしか見えていませんでした」


 舞台の中央でスメラギさんとレオ王子が躍る。舞台が暗転し、一郎さんたちが舞台の袖に戻ってゆく。ここからはしばらく俺の語りパートだ。


「レオ王子とスメラギはその夜を楽しく過ごしました。しかし、その楽しみも長くは続きません。お城の時計が零時を告げる鐘を鳴らしたのです」

「はっ! いけない……!」

「どうかしたのかい?」

「ごめんなさい王子、私……もう帰らなくてはいけないのです……!」

「えっ、待って!」


 幕の内で鐘の小道具が、一郎さんによって鳴らされる。あの鐘の音が聞こえるか。ゴーン、ゴーンという音が舞台に響き、スメラギさんは唐突にレオ王子から離れてしまう。


「あっ!」


 その時、スメラギさんが転んでしまった。しかしこれも台本通り。転んだ拍子に、ガラスの靴の片方がぬげてしまったのも計画通りだ。そうしてスメラギさんは片方裸足のまま幕の内に消えた。


「いかん! あの小娘を逃がす出ない! 衛兵!」

「了解だよぉ!」


 団長王の命令で、アンドレも走ってスメラギさんを追いかけるように走って幕の内に消えた。おい、王様に向かって“了解”は無いだろ。

 舞台に残っているのは団長王とレオ王子のみ。レオ王子は場に残されたガラスの靴を拾い上げた。


「レオ、あの者は?」

「さて……。鐘が鳴った瞬間、何故か去ってしまいました……。あぁしまった。あの方の名前を聞いていない……」

「ふむ? その手にあるのは……」

「あの人の手がかりはこの靴のみ……。父上、私は決めました。私は、この靴の持ち主である彼女と婚約します」

「そうか……。相分かった! 皆の者! この靴の持ち主を探し出すのだ!」


 さあ、長いようで、短いようなこの舞台もクライマックスだ。語る台詞も後わずか。最後まで全力でいこうか。


「こうして、一世一代の舞踏会は幕を閉じました。その翌日から、王子はガラスの靴の持ち主を探し始めました。ガラスの靴を履いた者が王子様と結婚できるという噂は既に広まっており、王子は様々な女性と出会い、ガラスの靴が履けるか確かめました。しかし、自分がその靴の持ち主だと証言する女性の誰もがガラスの靴を履く事が出来ませんでした」

「どうして見つからない……。あの夜に出会った女性は、もしや夢であったのか……!?」

「来る日も来る日も王子は探しますが、その持ち主は一向に見つかりません。王子は悲しみに暮れましたが、その時、一つある事を思い出しました」

「……そうだ。城下町のはずれに誰か住んでいただろう? あそこにはまだ行ってないはずだ」

「もしやと思い、王子はガラスの靴を持って、スメラギたちの住む家を尋ねました。しかし、王子が来た事を察知した主人は、働くスメラギを急いで部屋に引っ張り、鍵をかけて閉じ込めてしまいます」


 そこで再び登場した一郎さんが、スメラギさんを無理矢理に舞台の隅に引っ張り鍵をかける演技をして締め出した。


「そんな! 王子様がいらっしゃったのでしょう? ガラスの靴は私のものです!」

「いいや違う。あれは断じてお前では無い。お前があの舞踏会に来れるはずがないのだ。しばらく部屋で大人しくしていろ!」

「義父様、待って!」


 スメラギさんは扉をがんがんと叩く演技をし、必死に呼びかける。しかし、その声は届かない。

 王子は間もなく家に入り、ガラスの靴を見せて、マヤちゃんとグラシャに履けるかどうかを確かめ始める。


「えぇ王子様! この靴は私のものですわ! ちょっと待って下さい、今履きますねぇ♡」

「何嘘をついてるのよ姉様! この靴は私のものよ! 寄越しなさい!」

「ハァ!? 何言ってんのグラシャ! あたしの靴でしょうこれは! その手話しなさいよブス!」

「姉様のダイコン足に履けるわけないでしょう!」


 ……だが、マヤちゃんとグラシャは自分こそが妃になるのだと譲らず、遂にはお互いにキャットファイトまで初めてしまう。これには一郎主人もレオ王子も呆れた演技をする。


 そうやって姉たちが時間稼ぎをしている間、スメラギさんはどうにか部屋から抜け出そうと奮闘していた。その時である。部屋の中にまたアイリスが登場した。復活してくれたのか、アイリス! ちょっと顔色悪いけど!


「あ、あなたはあの時の魔法使い様!」

「スメラギは驚きました。魔法使いは扉を杖でこん、と叩くと、いとも簡単に鍵を開いてしまいました。そしてスメラギに言います。『約束を守ったご褒美です』と。」

「ありがとうございます、魔法使い様!」

「そしてスメラギは飛び出しました。玄関にいる、王子様の元へと」


 スメラギさんは舞台の真ん中へと飛び出す。そしてアイリスは音も無く舞台袖にまた消えた。……アイリス、頑張ったな、本当に。


「あー、主人。この家にいる娘さんは二人だけかな?」

「え、えぇ、そうですとも! この二人だけですとも!」


 レオ王子の問いに、一郎主人は焦ったように答える。しかしその時、スメラギさんが姿を現した!


「いいえ! 私がいます!」

「っ! 君は……! ……あぁ、その亜麻色の髪、透き通った琥珀色の瞳……間違いない……! アンドレ、靴を!」

「がってん!」


 レオ王子は感動に身を震わせ、アンドレからガラスの靴を受け取る。……おいアンドレお前いい加減にしろよこら。がってんってどこの国の人間だよ。不敬で打首にすっぞ。


 レオ王子はそっとスメラギさんにガラスの靴を履かせる。それは、まるで刀と鞘のようにすっぽりと自然に足に入った。


「……やはり、あなただったのだな。名前を聞かせてもらえないか」

「スメラギですわ、王子様……。ごめんなさい、舞踏会で、訳も言わず逃げ出してしまって」

「いいんだ。もうあなたを離さない。スメラギ――――私と結婚してくれないだろうか」

「えぇ、喜んで!」


 スメラギさんとレオ王子は、お互いに感極まったような演技をし、見つめ合う。……ほんと、こうしてればマジで王子様なのになぁ、レオさん。どうしてあぁなった。

 さてと、最後の語りで綺麗に締めようか。


「――こうして、スメラギとレオ王子はめでたく結婚をしました。スメラギは優しい王子に迎えられ、今までの悲劇を忘れるように、幸せに暮らしていくのでした…………めでたし、めでたし……」


 舞台は再び暗転する。このハッピーエンドの余韻を壊さぬように、舞台の幕がゆっくりと閉じてゆく。……これこそが、世界に名高きシンデレラストーリー。地球で最も愛された、夢と希望のおとぎ話は、異世界に今、その根を下ろすのであった……。サンキューディ〇ニー……。おしまい。







 ………………なんて、綺麗に終わると思ったか! 夢と希望が何だって? 【夜明けの星】にそんなものがあるとでも?


「此度の大成功を祝い! 乾杯である!」

「かんぱーい!!」


 飛び交う話し声、香り立つレモサーのにおい、テーブルを埋め尽くす食事の皿という皿。――ふっ、やっぱり、これが俺達だ。愛とロマンス? 【夜明けの星】にそんなものは無ぇよ! あるのはおいしいレモサーと陽気なクズだけだ! うわぁ最低!


「ガーハハハハハハ!! 報酬金500万キャッシュ、確かにぶんどったぞい!」

「団長♡ マヤにも分けて欲しいなーって♡」

「うむ! マヤの取り分は50万Cである! 受け取れい!」

「キャー! 団長大好きぃ! 一生財布搾り取ってあげますねぇ♡」

「ワハハハハ!! 褒めるな褒めるな!」


 マヤちゃんは本当に嬉しそうな表情で、50万の金貨の束を受け取っていた。

 ……此度の任務、結果は、まさに最高だった。俺達の劇を認めてくれたセバスチャンさんは、『灰かぶりスメラギ姫』の著作権を500万Cで買い取った。それだけではない。『灰かぶりスメラギ姫』での講演の売り上げの0.1%を、永続的に【夜明けの星】に還元してくれる契約までしたのだ。将来的に見れば、この任務はとんでもない金額を報酬に受け取った事になる。そう、成功ではありません、大・成功です!


「団長ぉ、俺の取り分もおくれよぉ」

「アンドレは5万Cであるな。ほれ」

「えぇ!? そりゃないぜぇ!」


 いや、妥当だよ。何自分も50万もらえる気で来てるんだよ。アンドレには台詞らしい台詞も無くただ立ってただけだろ。5万で十分だ。

 あんな奴の事はどうでもいい。今回祝うべきはそう、彼女なのだから。


「スメラギさん、お疲れ様でした。演技、本当によかったですよ。この成功はあなたのおかげです」

「ありがとうトーマくん……困ったわ、こんなに大きな任務になるとは思って無かったから……」


 料理を運んできてくれたスメラギさんに、俺はレモサーを一杯だけプレゼントした。スメラギさんが主役なんだ、一度の乾杯くらいはしても罰は当たらないはずだってね。


「今回の成功を祝して、乾杯です」

「はい、乾杯……♪」

「私も私も!」

「……かんぱい」


 グラシャとアイリスもそこへ来て、四人で乾杯をした。うん、成功の後のレモサーはうまい!


「貴様らも近こう寄れ! 報酬を分けてやろう!」


 団長も俺達にそう言うので、マヤちゃんと同じように四人で前に向かう。団長の目の前には、残り445万の金貨の束がぎっしり入った宝箱が鎮座し、俺達を出迎えている。なんという眩い輝きか! これはマヤちゃんじゃなくても心が動く! ハッハー! 辿り着いたぜェ、信念と夢の果て、お宝だらけの新天地によォ! 人は大金を前にするとどんな顔になると思う? そう、笑顔です。これには海藤Pも大満足。


「アイリスには20万、グラシャには50万である!」

「わぁ……」

「ありがとうございます!」

「うむ! 特にグラシャの悪女っぷりは実に良いものであった。思わずワガハイもドン引きである!」

「そこは褒められても嬉しくないですよぉ!」


 まずはアイリスとグラシャに大量の金貨が手渡される。……うん、正直、グラシャの演技は完璧だった。まさに暴力的でヒステリックな姉って感じで、見ていられないほどにはすごかったです。


「そして、此度の主役たるスメラギ。並びに成功の立役者たるトーマ。両名には――100万Cをくれてやる! 受け取れい!」

「100万!? やったぁぁぁぁぁ!!」

「まぁ……、どうしましょう。使い時がないのに……」


 俺とスメラギさんに、百万もの金貨が敷き詰められた小さな宝箱が手渡される。おぉ、おぉ! この輝き! この重量感! これがお給料というものか! あぁ、これは気持ちがいい! マヤちゃんの気持ちが少し分かる気がする!


「トーマ、そのまま、箱を開いてワガハイに見せよ」

「……? はい」


 ふと団長がそう言うので、何とも無しに俺は従った。すると、団長は俺の宝箱からぐわっと金貨の束を掴み、どんどんと団長の宝箱にリリースされてゆく。あ、あぁぁぁぁぁ!? あ、あの!? 俺の100万Cがみるみる減っていくのですが!?


「ワガハイへの一億もの負債の取り立て分を差し引くと、貴様に与えられるのはこれぐらいであるな。もうよいぞ」

「………………………………く、くそぉ……!」


 ……そして俺の宝箱に残ったのは、金貨の束たった二つ。たぶん、10万C。これが、俺の今回の報酬金だ。ち、ちくしょぉぉぉぉ! アンドレ並だとぉ!? くそ、文句言えない! でも俺のこの空虚な気持ちはどうすればいい! おのれルキウス! 絶対に許さん!


「な、泣かないでトーマ! ほら、私の半分あげるから!」

「……ん」

「………………ありがとう二人とも。いい、それは二人のものだから……大切にしてくれ……」


 俺の悲しみの涙を見て、グラシャとアイリスが自分の金貨を分けてくれようとしたが、全力で断った。優しいなぁ二人とも……。でも大丈夫だよ……武士は食わねど高楊枝ってね……。そう、頑張っていれば、必ず報われると信じているから……。


「まぁ、いいか……。10万もあれば十分さ」


 でもまぁ、初クエストなんだ。このくらいがちょうどいいってものだろう。そして、このお金は……。


「グラシャ、アイリス。建国記念日、一緒に見に行かないか? 『灰かぶり姫』」

「うん! ありがとうトーマ!」

「……うん、行くっ」


 この初給料は、俺の大切なシンデレラ二人の笑顔のために使うとしよう。それが一番めでたしだろう。これにて、俺達のクエストも閉幕だ。めでたしめでたし。俺の借金――――残り、9910万C也。



 ………………。

 えっ、そんなにあんの? 改めて無理ゲーじゃねこれ?

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