第13話 アイドルシアター シンデレラアクターズ

 『灰かぶり姫』。

 西洋を中心に伝わるおとぎ話の一つ。日本でも“シンデレラ”という名前でよく知られている。宣伝担当は、あの著作権の怪物の異名をもつあのディ〇ニープロデューサー。あっちには手を出しては駄目である。“ハハッ☆お前は知りすぎた”という言葉を最後に、ジャングルク〇ーズに生息するピラニアの生贄とされてしまう。そういう事なのである。


 そんなディ〇ニーPの見せてくれたシンデレラのお話は、子供から大人まで知っている不朽の名作だ。シンデレラの元ネタは古くから伝わるおとぎ話にあるという。あらすじはこうだ。


“若くして生みの母を無くしてしまったシンデレラは、父の継母とその子である姉たちに日々いじめられていた。シンデレラは一人で家事の全てを行っていた。手は水仕事でかさかさ、足は毎日の掃除で棒のよう、そして顔は煙突掃除で灰塗れ。対して継母や姉たちは毎日遊び歩いている有様。しかしシンデレラは彼女たちを恨まなかった。『頑張っていれば、必ず幸せになれる』と信じていたからだ。


そんなあるとき、お城で舞踏会が開かれた。姉たちは着飾って出ていくが、シンデレラにはドレスがない。失意に暮れる彼女であったが、その時、目の前に突然魔法使いが現れる。魔法使いはシンデレラに魔法をかけ、舞踏会に行く準備を整えてくれた。喜んで舞踏会に行こうとするシンデレラに、魔法使いはこう言った。


「この魔法は午前零時には消えてしまう。だからそれまでに帰ってこなければいけないよ」


シンデレラはその言葉を聞き届けると、すぐに舞踏会に出発した。彼女の美しさに、お城にいた王子様はすぐに彼女を見初め、愛を抱いた。しかし、無情にも時刻は午前零時に迫る。シンデレラは急いで帰ろうとするが、その時に履いていたガラスの靴を城の階段に落としてしまった。舞踏会が終わった後、王子はこの靴を手がかりにしてこう言った。


「私はこの靴の持ち主と結婚しよう」


王子は国中の女性のもとを訪れ、ガラスの靴の持ち主を探す。意地悪な姉二人の足に合わないガラスの靴は、ついにシンデレラの元までたどり着き、彼女は見事その靴を履く。こうして、灰かぶりのお姫様は王子様と結婚し、幸せに暮らすのでした。めでたしめでたし……。”



「よかった……! シンデレラ、幸せになってよかったなぁ……!」


 俺がこの『灰かぶり姫』のあらすじを話すと、まずアンドレが目頭を抑えるほど感動していた。えっ、そこまで……!? 確かに名作だとは思うけれども……。


「もしかしたら、こういう話もうあるかもしれないけど……どうかなアイリス?」

「……王子様と結婚するお話、いっぱいある……けど、そういうのも、皆、好き。だから、大丈夫」


 アイリスに確認してみると、問題なさそうに微笑んでくれた。『灰かぶり姫』は良くも悪くも王道だ。確実に面白いという安心感はあるけれど、目新しさはあまり無い欠点もある。でも、アイリスがこういうのであれば信じよう。


「……ふむ。決まりぞな」


 皆と同じく静かにしていた団長がそこで口を開いた。


「よしトーマ! 此度の依頼、貴様が指揮を執り、成功させるがよい! お前たちもトーマに従い、見事依頼を成功させてみせるがいい!」

「何ですと!?」

「「了解!」」


 団長何言ってんだ! 騎士団の中で一番下っ端である俺がリーダーに!? 皆も何了解してるんだ!


「トーマ、私も精一杯頑張るね! 団長に借金、しっかり返さないと!」

「……このお話を一番知ってるのはトーマさん。あなたにしか、リーダー、出来ない」

「二人とも……」


 グラシャとアイリスもやる気満々とばかりに俺を見やって来る。…………あぁもう、しょうがない! 俺が言い出した事だ、だったら、俺が最後までやってみせよう! それが筋ってものだ! 番組プロデューサーはいないが、劇のプロデューサーはここにおる! そう、今より俺は海藤プロデューサー。この異世界に見事シンデレラガールを爆誕させてみせようか!


「芝居は苦手だが、全力を尽くそう。十真くん、まず何から始めようか?」

「報酬は山分けでね☆」

「一郎さん、マヤちゃん……ありがとうございます」


 味方にいると本当に頼もしいのがこの二人だ。なんとか、一緒に頑張ってみよう。


「トーマ、私はシンデレラ役がいいな。ふふ……毎日毎日、心無い身内に理不尽にこき使われるだと……? なんてうらやましい……」

「お前がシンデレラ役だけは絶対無理だ」


 レオさんが何かふざけた事を抜かしてるが、聞かなかった事にしよう。いじめられて喜んでんじゃお話が成り立たないだろうが。まずあなた男だし……。


「でも、そうですね。まず役を決めましょう」


 まずはそこからだ。えーっと、誰が何の役が一番相応しいかな……。


「と、トーマ! 王子様はトーマが良いと思うの! それで、シンデレラはわ、私が……!」

「グラシャが、シンデレラ……?」


 グラシャがそう、とても恥ずかしそうに俺に提案してくれた。グラシャは確かにシンデレラのように魅力的な女の子ではあるけれど……。


「グラシャ、虐められたらボコボコにやり返すタイプだろ」

「あう!?」


 そういえばそうだ、とばかりにグラシャの表情が凍る。ていうか俺の目の前で現行犯やらかしている。槍振り回して『終わりにしてやる!』とか……シンデレラはそんな事言わない。残念ながら却下だ。


「それに、俺は語り手だ。王子様なんて柄じゃ無いしさ」


 劇には語り手が必要だ。そして、それが一番上手く出来るのはおそらく俺だ。んでもってグラシャは……。


「グラシャはアレだ。シンデレラをいじめる意地悪な姉の一人」

「エッ……!?」


 悪いが、グラシャにはそっちの方が合っている。お前、知らない相手には当たりきついところあるし……。


「……うん。トーマがそういうなら頑張るよ……」


 グラシャはだいぶショックを受けて、肩を丸めていじけてしまった。耳も尻尾も垂れてふにゃーんとなってしまっている。ごめんな。今度何かお詫びするからな。


「はいはいトーマくん! 私、か弱い女の子演じるの、とっても自信あるんだけど!」


 次にマヤちゃんが手を挙げてシンデレラガールに立候補してくれた。いや、申し訳ないがマヤちゃんの役はもう決まっている。


「マヤちゃんも意地悪な姉でお願いします。マヤちゃんが長女、グラシャが次女で」

「エッ…………!?」


 俺の返事に、マヤちゃんもまたグラシャの隣で肩を丸めていじけてしまった。いや、その魔性さでシンデレラは無理でしょ。むしろ眠れる森の美女に出て来る竜の魔女マレフィセントがぴったりなまである。


「マヤ、そんなに悪い女に見えてたかな……」

「見えてましたよ……団長を手玉に取るところが特に……」

「そっかぁ……。トーマくんみたいな子に言われるとちょっと傷つくなぁ……」

「本当にそうですね……」


 マヤちゃんとグラシャはぐったりした様子でたいぶいじけてしまっていた。……割とおいしい役だと思うんだけどなぁ、意地悪な姉。

 気を取り直して訳決めを続けようとすると、また服の袖が引っ張られた。……安心してくれアイリス。君にも手伝ってもらう。


「アイリスには魔法使い役を頼みたい。いいかな?」

「……頑張る、ね」


 ありがとう。魔術師たるアイリスには魔法使い役が相応しい。そして……。


「一郎さん、シンデレラたちの継母役をお願いします。年齢的に、一郎さんしかいないので……」

「私が? そうすると継母という設定がおかしくならないか?」

「えぇ。ですから、シンデレラは『若くして両親を失い、親戚に預けられた少女』という設定にしましょう。一郎さんは、そこの主人という事で」

「なるほど、相分かった。偉そうで意地の悪い無能を演じればよいのだな?」

「え? えぇ、だいたいは……」


 女性たちに虐められる女性、という方が悲壮感は出るが、まぁ大きな問題はないだろう。……一郎さんの中の継母の捉え方がちょっとアレだが、だいたい合ってるからいいか。

 さて、これでシンデレラサイドのキャストが決まった。次に肝心の王子様だ。


「王子役はもちろん、レオさんにお願いします」

「ふっ、引き受けよう。これでも演技は大の得意だ。被虐趣味の事を言って皆に逃げられてしまって以来、それを隠して生きているからな」

「そのまま一生演技しててください」


 王子役はレオさん以上の適役はうちにいない。この人見た目だけなら本当にいいからな……。さて、こんなものか。


「待てぃトーマ! ワガハイの役が無いではないか!」

「俺の役もないぞぉ!」


 そこで団長とアンドレが何か出しゃばって来た。えぇ……。ジジイとマッチョとか『灰かぶり姫』にはいらないんだけど……。


「お二人の役は無いです。大人しくしてて下さい」

「ないなら作ればよかろう! ワガハイが出ぬ劇などつまらぬではないか! ワガハイが!」

「そうだそうだ! 俺を出さないとトーマの飯もう作ってやらねぇぞ!」


 よし、一生作るなアンドレ。なんという棚ぼた展開。俺の胃袋にこれで平穏が訪れるというものだ。団長も本当はいらないけど……まぁ、恩人ではあるし……。仕方ない。


「…………舞踏会は、婚約者がいない王子を見かねて、彼の父である王様が開いた事にしましょう。王様役を団長にお願いします」

「うむ! 任せておけい! ガハハハハハハ!」


 やれやれ。よし、それでは、主役のシンデレラ役を発表しようか。


「そして、今回の主役、栄光のシンデレラ役は――――――」


 俺は腕を振り上げ、そこにいる女神様に向けて指をさした。そう、あなたしかいない!



「――スメラギさん、あなただ」

「……はい?」


 まさか指名されるとは思わなかったのか、スメラギさんは真顔になってしまっていた。いいや、スメラギさんこそシンデレラに相応しい。俺のP魂がティンときた。今回のシンデレラガールはあなただ。まさに限定SSR。課金も辞さない。


「……あぁ、スメラギさんには敵わないよ」

「そうね……灰かぶり姫っていうか、本当に灰かぶってるものね、スメラギさん……」


 グラシャとマヤちゃんもようやく機嫌を直してくれたようだ。そう、その通りである。スメラギさんこそ生けるシンデレラ。かさついた手、疲れた表情、幸薄そうな背中。どれを取ってもシンデレラに相応しい。……似合いすぎて泣きそうだ。うぅ……スメラギさん……!


「スメラギさん……どうか力を貸していただけませんか?」

「私が、主役……? だ、駄目よそんな事……! 私なんて冴えない女より、グラシャちゃんやマヤちゃんの方がいいに決まってるわ……!」

「俺はあなたがいい。お願いします!」


 お願い、シンデレラ! あなたしかいないのです!

 スメラギさんが冴えない女? そんな事は無い。確かに活発ではないかもしれない。でも、女性の魅力とはそういうものじゃない。キュートな高校生がいれば、パッションな小学生もいる。そしてクールな大人もまた美しいものだ。かさついた手は、いつも俺たちのご飯を用意して出来たもの。疲れた表情も、毎日毎日団員のためを思って働いているから。そう、スメラギさんは頑張っている女性そのものなのだ。俺はそれが尊いものに見える。女神に見える。故に、あなたがシンデレラに相応しいと思う。そういう事なのである。


「…………分かった、頑張ってみるわ……。他でもないトーマくんの頼みだものね」

「……ありがとうございます」


 スメラギさんは本当に自信無さそうだけれど、それでも“やる”と言って、いつもの儚い微笑みを俺にくれた。……この世に神はまします。ここにスメラギさんという女神が。俺が必ずあなたをキラキラの舞台に連れて行こう。それが俺のP道だ。P道とは、この尊さを守護る事と見つけたり……。



 かくして、配役はきまった。


シンデレラ:スメラギさん

王子:レオさん

継父:一郎さん

意地悪な長女:マヤちゃん

意地悪な次女:グラシャ

魔法使い:アイリス

王様:団長

語り手:俺


 ……うむ、ベストな配役じゃないか? これなら大成功間違いなしってものだろう。


「トーマ……お、俺の役ぅ……」

「………………ハァ。分かった、分かりました。アンドレは王子の近衛兵にでもしましょうか」

「トーマ……!」


 本当はいらないけど。アンドレのあまりに必死な視線に折れてしまった。さて、これで本当に決まりだな。


「私は騎士団の運営に回ろう。皆して芝居の練習をする訳にもいくまい?」

「助かる、ドク」


 俺とドクは裏方作業だ。さて、これでセバスチャンさんをあっと言わせる『灰かぶりスメラギ姫』を演じて見せようか!



 こうして、即席劇団【夜明けの星】は練習を始めた。最初は台本を手に取りながら、棒読み演技でもいいからたくさん練習を始めた。

 時に台詞を噛み、時に出番を忘れ、人のミスに微笑んでいるドクを出て行かせ、少しずつ上達し、アンドレいらないなあといつも思い、スメラギさんとマヤちゃんの演技がガチすぎてドン引きし、それを見て他の皆も全力を尽くすのだった。



 そして二週間後。セバスチャンさんとの約束の日に、俺達は帝都劇場に足を運んだ。


「この依頼を引き受けて下さり、本当に感謝しております」

「うむ! 今日はワガハイたちの劇を楽しんでいくがいい!」


 舞台を準備する傍ら、セバスチャンさんと団長が握手して挨拶していた。

 今日はセバスチャンさんだけでなく、他の劇団員たちも俺達の劇を見定めに来ている。聞こえる。聞こえるぞ。【夜明けの星】なんかの劇が建国記念日に発表出来る訳がないという彼らの心の声が。ふっ、それはどうかな?


「行くぞ奴隷共! 『灰かぶりスメラギ姫』、ここに開演である!」

「「おお!」」


 団長の号令に、俺達も気炎をあげる。さぁ、大舞台の始まりだ!



 バッ、と劇場内の魔法照明が落ちる。そして、語り手たる俺は逆にスポットライトに照らされた。……この世界は科学技術を魔法で補って余りある生活水準を宿している。地球の方が全体的には便利だが、ところどころであればこの世界の方がすごいところもままあるほどだ。……さて、この話はまた今度。今はお仕事だ。この仕事を成功させ、少しでも一億のカタを取り戻さないと、俺……死んでしまいますから……。


「お集まりの紳士淑女の皆々様。今日我々が語りますは、一人の可憐な少女の物語。両親を失い、心なき人間に蔑まれながらも、愛を信じ続けた奇跡の姫君が一幕でございます」


 そう、女の話をしよう。世界で最も有名となった、とある姫君の成り上がり譚を。彼女こそ、麗しき初代『シンデレラガール』。夢と希望の世界へご招待致しましょう!


「その少女の名はスメラギ。平民たる彼女が如何にして一国の姫君と相成ったのか、どうぞ皆様、最後までお見逃しなきように。『灰かぶりのスメラギ姫』、開演でございます」


 俺もノリノリな声音で開幕を告げる。

 観客たるセバスチャンさんたちは席に座り、拍手と共に劇を迎えてくれた。そして、舞台の幕が上がる。







「スメラギ! スメラギィィ!」

「はい義姉様、ここに……」

「スメラギッ! 呼ばれたら一度で来なさい! 本当にのろまね! 私の部屋の掃除をしておいて頂戴。五分でね」

「えっ……しかし、まだ父様に言いつけられた庭の掃除がまだ……」

「黙りなさい。スメラギのくせに、私に逆らうの!?」

「ひゃっ!」


 パシーン、と主人公がまず叩かれる衝撃のシーンから物語は始まる。まずは第一章。悲劇のヒロイン・シンデレラ……改め、スメラギさんのひどい日々から物語は動き出すのだ。


「あんたに口ごたえする権利なんてないのよ、ブス! さっさと始めなさい! 私は町に買い物に行ってくるわ!」

「……はい」


 長女たるマヤちゃんに叩かれ、スメラギさんは身をしならせて弱々しく返事をしていた。マヤちゃんの迫真の悪女っぷりが光る。そしてスメラギさんの被害者っぷりがガチすぎる。ていうかスメラギさんに至ってはマジで被害者だった。笑えない。


「スメラギ! スメラギってば!」


 だがスメラギさんの受難は終わらない。泣く泣く部屋掃除を始めた彼女に、今度はもう一人の姉(演:グラシャ)が現れる。


「こんなところにいたのね! スメラギ、紅茶を入れて私の部屋に持って来なさい、大至急よ」

「えっ……、しかし、マヤ義姉様に今部屋の掃除を……」

「………………スメラギ、あんたいつから私に意見出来るようになったの?」

「うっ!?」


 そこでグラシャ姉がスメラギに腹パンを決めた! ス、スメラギさーーーん!!

 も、もちろん演技だが、グラシャのフィジカルから繰り出される腹パンは俺ですら悶絶する威力を秘めている。演技とはいえスメラギさんが砕け散ってしまうのではないかと俺は気が気でならない。背筋が凍る。


「うぐぅ……!」

「紅茶、大至急。いいわね?」

「は、はいぃ……!」


 グラシャ姉は悪い声でそう言い、マヤ姉と同じくまた部舞台袖に消えた。……グラシャ、お前やっぱ地の性格きつい……きつくない? 今の演技ほんと自然だったぞ……? もし俺が愛想つかされたらあんな態度されるんだろうか。そんな真似されたら泣くぞ、俺。ガチのマジ泣きする自信まである。

 姉たち彼女が消えると、スメラギさんは地に両手をつき、ざめぜめと悲しみの涙を流す。


「うぅ……ぐすっ……! ひどい……ひどいわ義姉様たち……!」

「帝国とは遠く離れたとある小さな国。その平民であるスメラギは、若くして両親を無くした可哀想な少女でした」


 スメラギさんの泣き演技をバックに、語り手たる俺が状況説明を始める。……マジで心が痛い。スメラギさんの悲しい演技がガチすぎる。誰だ彼女をこんな目に遭わせたのは。絶対に許さん。………………俺だった。我ながら凹む。


「両親を無くしたスメラギは親戚の家に引き取られましたが、そこでスメラギは主人や姉たちから酷い目に遭わされていました」

「スメラギ! 部屋の掃除!」

「スメラギ! 紅茶ァ!」

「スメラギ! 煙突の掃除!」

「は、はい、ただいま……!」


 幕の内から、マヤちゃん、グラシャ、一郎さんの声が響き、泣き崩れるスメラギさんは飛び上がり、急いで掃除をする演技を始める。……あれ? これ騎士団の日常とあまり変わらなくね? 俺泣きそうになってきた。


「来る日も来る日も、主人や姉たちにこき使われ、スメラギの顔は灰に塗れ、手はかさつき、身体は痩せ細りました。しかしながら主人たちのいじめが止む事はありませんでした」


 俺が語っている間に、マヤちゃんとグラシャが舞台に再登場する。そして今度は家の主人・一郎さんも現れ、忙しそうにしているスメラギさんの首根っこを引っ掴み、床に叩きつける演技をした。ガタァン、と迫真の音を立ててスメラギさんは床に倒れる。ス、スメラギさーーん!!


「スメラギ、あんたやる気あんの? 部屋の掃除頼んだわよね? 窓のふちにホコリがついてたんだけど?」

「ほんとに使えないわね。紅茶、ぬるいしまずいんだけど。まだ紅茶一つろくに淹れられないとか、もうあんた何が出来んの?」


 倒れ伏すスメラギさんを、マヤちゃんとグラシャがくすくすと馬鹿にして笑う。……二人とも、背筋が凍るほど役が似合っている。練習でも『貴様ら二人はちょっと笑えんぞ』と団長に突っ込まれただけはある。あの団長が真顔で突っ込むレベルで悪女なのだ。アンドレですらドン引きしていた。喜んでいたのはレオさんだけである。


「で、でも、五分で部屋掃除なんて無理ですわマヤ義姉様……。それに、グラシャ義姉様も、この前、熱い紅茶は苦手と仰ってたではありませんか……」

「黙れスメラギ! 言い訳など聞きたく無いわ!」

「ひゃあっ!」


 至極正論で言い返すスメラギさんに、一郎主人は怒ったように怒鳴り、彼女を蹴り飛ばして黙らせた。演技でもハラハラする! 一郎さんの熊みたいな体で蹴り飛ばされたらスメラギさん壊れちゃうからぁ!


「結果も出せぬ身で、偉そうに言い訳ばかりほざきおって! どうして貴様にはそう気合が足らんのだ!」

「と、義父様……パン一つで一日働くのは無理ですわ……! 何卒、スメラギに食べ物を下さい……! 私、もっと頑張りますから……!」

「生意気な事を言うなァ! すぐ泣き言を漏らすなど、貴様それでも王国人か! 恥を知れ! 気合があれば空腹など感じぬわ! 王国人の身体はパンでは無く、愛国の心と神聖不可侵たる王への忠誠で動くのである! 立て軟弱者め! 仕事はまだ終わってないだろう!」


 主人の罵倒が、弱ったスメラギさんをさらに突き動かす。……主人の罵倒台詞は一郎さんが考えたものである。一郎さんの中の『偉そうで、意地の悪い無能』像が明らかになった瞬間であった。……帝国軍人、マジであんなんがいたのか。そりゃ負けるわ……全然笑えねぇ……。あれ、おかしいな……シンデレラってこんな話だったっけ……?


「んんっ、スメラギはそんな中、一度も主人たちに逆らわず、必死に毎日を過ごしていました。スメラギは主人たちの態度を理不尽だと思う事はありましたが、決して恨みませんでした。スメラギは『頑張っていれば、いつか報われる』と信じていたからです」


 一つ咳払いをして、俺は再び語り出す。……やべぇ、史上最も悲劇的なシンデレラを俺達は爆誕させてしまったかもしれない。夢も希望も無さ過ぎてセバスチャンさんたちも眉根を顰めている。どうやらやりすぎたっぽい。


「やっと今日も一日終わったわ……。えぇ、諦めては駄目よスメラギ……。頑張っていれば、いつか必ず幸せになれるってお母様も言ってたもの。こんなところじゃくじけたりしないわ。また明日も、頑張りましょう……」


 そうして、スメラギさんは床に入り眠る演技をした。……ここで一度、舞台の幕が下りる。第一章、これにて終了だ。話は次の場面に映る。王子様サイドだ。


「スメラギがそんな暮らしをしている中、お城では王様が頭を痛めておりました。王様には年頃の息子がいらっしゃいましたが、彼にはまだ妃がいなかったのです」


 俺の語りと共に、再び舞台の幕が上がる。そこには、さっきまでいたスメラギさんの姿は無く、玉座に座る団長とその前に立つレオ王子の姿があった。ついでに衛兵のアンドレもいる。


「これレオ! 貴様はいつまで遊んでいるつもりだ! お前ももう大人なのだから、そろそろ誰かと婚約をせよ!」

「フッ、いいじゃないですか。もう少し私を遊ばせてくれても。父上は今だ健在であり、国も平和そのもの。婚約を急く必要などどこにもありません。では、少し遠乗りをして参ります。アンドレ、共をせよ」

「はっ!」


 そうしてレオさんとアンドレは舞台袖に引っ込んでしまう。残された団長王は呆れたようにため息をつき、深く玉座に腰かけた。……団長、意外と演技が上手い。やっぱ基礎スペックは高いんだよなこの人……。


「やれやれ……。かくなる上は街中の娘を呼びつけて舞踏会を開くしかないかのう。その中には、必ずやレオの好みの者もいるであろう。ガハハハハハ……」

「こうして、レオ王子の婚約者を見つけるために、王様はお城で舞踏会を開く事になりました。もちろんその知らせはスメラギたちの元まで届き、彼女たちは色めきました」


 団長の台詞に続けて、俺も語りを入れる。舞台から団長が退場し、代わりに再びスメラギさんたちが現れた。


「気合を入れろマヤ! グラシャ! 必ずや王子の御心を掴むのだぞ!」

「もちろんよパパ! 私、絶対玉の輿に乗るわ!」

「駄目よ義姉様! ト……じゃない、王子と結婚するのは私なんだからっ!」


 グラシャ、何で申し訳なさそうに俺を見るんだ。演技しろ今は。


「あの、義父様、私も舞踏会に……」

「はぁ? 何言ってんのあんた? そんなみすぼらしい身体でお城なんかに行ける訳ないじゃない!」

「第一、スメラギはドレスなんか持って無いじゃない。あんたは留守番よ。アハハハッ!」

「そ、そんな……」

「お前如きが舞踏会に行けると思うな! 身の程を知れ! 貴様は窓拭きでもしているがいい! さぁマヤ、グラシャ、お城に出発しようか」

「はぁい♡ じゃあねぇスメラギ♪」

「クスクス、今日は先に休んでていいわよ。王子様が離してくれないかもしれないから!」

「う、うぅ……!」


 一郎さん、マヤちゃん、グラシャはそれぞれ着飾ってお城に向かい舞台袖に引っ込む。

 舞台に一人残されたスメラギさんはよたよたと歩き、悲嘆に暮れて倒れ伏し、ざめぜめと泣き出してしまう。


「どうして……どうして私はいつもこうなの……? 頑張っていれば、幸せになれると思っていたのに、もう駄目……耐えきれないわ……うぅ、うぅぅぅっ……!」


 スメラギさんの悲壮感たっぷりの演技はあまりにも迫真に迫っていて、練習で何度と見た俺ですらも思わず泣きそうになるほどだ。観客の劇団員の中からちょっと鼻をすする音すら聞こえて来た。分かる、分かりますとも。演技とはいえ見ていられないほど悲しいですものね……! でもね、スメラギさんがこき使われているって部分は実話なんですよ……。やべぇ、泣きそう。


「お城の煌々とした舞踏会の灯りはとても立派で、城下町のスメラギの家からも見えるほどでした。しかし、スメラギにはそこへ行く事は出来ません。あまりに残酷な運命の前に彼女の心も遂に折れ、一人、家の中庭で悲しみの涙を溢しました」


 涙をこらえながら俺は語り手に徹する。……だが、ここまできた。前半はこれにて終了。ここからシンデレラの逆転劇が始まるのだ!


「しかしその時、スメラギの目の前に、一人の魔法使いが現れました」


 俺の語りと共に、舞台袖からアイリスがちょこちょこと出て来る。アイリスは悲嘆に暮れるスメラギさんの前に寄り、彼女の身体を立ち上がらせた。


「あなたは……、その手にしている杖……まさか、魔法使い様ですか……?」


 スメラギさんの台詞に、アイリスは言葉なく一つ頷く。おぉ、肩がプルプル震えて、緊張で今にも死んでしまいそうだ。頑張れ、もう少し頑張ってくれアイリス!


「お、お願いします! お礼なら何でもします! だからどうか、私を舞踏会に連れて行って下さい!」


 さらに続くスメラギさんの台詞に、アイリスは再び頷きを返す。そして杖を掲げ、眩い光を繰り出して観客の目を潰す。その間に、黒子に扮したマヤちゃんとグラシャが小道具を持って急いで登場し、スメラギさんを隠して着替えさせる。俺もスメラギさんの着替え時間を稼ぐために語りを入れた。


「この魔法使いはスメラギの頑張りを全て知っていたのです。彼女を不憫に思った魔法使いは、不思議な魔法をスメラギにかけ、その衣装を一変させてしまいました。灰だらけの顔を綺麗にしておしろいを塗り、ボロの布着は鮮やかな色の立派なドレスに、硬く重い革靴はピカピカのガラスの靴へと変わりました」


 アイリスの光が止むと、彼女の目の前には、美しく着飾ったスメラギさんの姿があった。ふつくしい……。スメラギさん、いつも疲れた顔して仕事で汚れたエプロン着てるから分かりづらいけど、素はとても綺麗な女性じゃないか思っていた。やはり彼女は女神様に違いない。


「あぁ、魔法使い様! ありがとうございます! これで舞踏会に行けますわ!」


 スメラギさんは普段見られないくらいに喜び、アイリスにお礼を言った。さて、再びここで語りを入れる。


「魔法使いのおかげで、スメラギは舞踏会に行ける事が出来ました。着飾ったスメラギは、魔法使いの用意した二角獣の馬車に乗り、急いでお城に向かおうとします。魔法使いは最後にこう言いました。『この魔法は午前零時には消えてしまう。だから、それまでには帰って来なくてはいけないよ』と」

「分かりましたわ魔法使い様。午前零時までに必ず戻ります」

「こうして、スメラギもまた舞踏会に向かいました。さて、思わぬ形で舞踏会に飛び込んだ彼女の運命は如何に……」


 ここでまた舞台の幕が下りる。第二幕はここまで。さぁ、物語もいよいよ山場だ。この灰かぶりスメラギ姫の、運命は如何に――!




「あぁ、アイリスちゃんが倒れちゃったわ……!」

「大丈夫アイリス!? 頑張ったね、本当に!」


 …………幕の内から、スメラギさんとグラシャの慌てた声が聞こえて来た。ア、アイリスーー! よく頑張った! ほんとにありがとな! ゆっくり休んでくれ! 

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