第12話 変態子息と笑えない依頼

 新たな仲間・魔術師のアイリスも騎士団に加え、俺達は相変わらずクズみたいな事を言い合いながら、騒がしく日々を過ごしていた。時にグラシャをモフり、時にアイリスと目だけで会話するゲームしたり、時にマヤちゃんにからかわれ、時にドクを罵倒し、時にスメラギさんのお手伝いを行い、時にアンドレを罵倒し、時に団長をヨイショして高級レモサーをもらった。美味しかったです。


 時間が経ち、学園での生活も少しだけ改善された。俺の噂をするブームは既に去り、今は来たる『建国記念日』のパレードを楽しみにするブームが来ている。

 この異世界でもやっぱり記念日というものはあるようで、あと一か月ほどで『建国記念日』のパレードが行われるらしい。ここ帝都ユグドラシルでのパレードは数日にかけて行われ、それはもう豪勢で、てんやわんやのええじゃないかええじゃないか状態、今日もどったんばったん大騒ぎといった楽しい日になるらしい(アイリス談)。一か月前から楽しみにするとか夏休みか何かかよ。実際、そんな感じなのかもしれない。


 さらに、長い間クエストに出かけていた一郎さんが久しぶりに帝都に戻って来た。


「一郎さん!!」

「やぁ十真くん。しばらくぶりだな」


 俺は一郎さんの姿を見た瞬間嬉しくなり、目の前にいたアンドレを張り倒して目の前に行った。グラシャとアイリスとはまた別ベクトルの愛情が溢れてくる。二人は大事なパーティで、こんな素晴らしい仲間がいる俺は、きっと特別な存在なのだと感じる。でも、俺の全てを分かっている一郎さんには無二の安心感がある。そう、彼もまた特別な存在なのです。


 そして一郎さんと共に、もう一人、俺の知らない騎士団員が戻って来た。


「ほう、彼がイチローの言っていたトーマか」


 その人は、一郎さんに駆け寄って来た俺を見て言った。はいトーマです。


「この方はレオンハルト=フォン=タイラント。団長殿の御子息だ」

「息子!?」


 一郎さんに紹介されて思わず驚いてしまった。グラシャとアイリスも何事かという表情で俺の側に来る。……そ、そうか。団長も今七十歳とかそこらだもんな。そりゃ息子もいるか……。

 そのレオンハルトさんは鮮やかな黄金色の髪を持つ美丈夫だった。年齢は二十いくらかほどに見えるほど若々しい。実際はその倍はあってもおかしくないのだろうけれど。

 白髪の団長と同じ血を引いているとは思えないハンサムさん……だと思ったが、彼の瞳を見た瞬間その認識を改めた。その鮮烈とでも表現すべき、肉食獣のような翡翠色の瞳が団長と同じだったからだ。その風貌はまさに獅子レオと表現するに相応しい。強そう、とても強そうだ。


「じ、自分は海藤十真と言います! よろしくお願いします!」

「グラシャといいます! トーマのパーティの仲間です!」

「……っ、……アイリス、です……!」

「トーマ、グラシャ、アイリスだな。覚えたぞ。これからよろしく頼む。私の事は気軽にレオと呼んでくれて構わないよ」


 レオさんはそう言って、慈しむように笑いかけてくれた。……男なのに、胸がトゥンクときた……。イケメン……あれが、ほんまもんのイケメンや……。感動しすぎて言葉が変になっとるがな……。


「あ、変態だ」

「えっ?」


 そう思っていた次の瞬間、レオさんの姿を見たマヤちゃんが、当然のようにそう言った。何だって?


「フッ……。やはりマヤの歓迎が一番だな。どうだろう、そろそろ私と結婚してくれないだろうか」

「冗談は存在だけにしろよ♡」

「んっ、ンフっ……!」


 いきなりマヤちゃんに求婚したレオさんは即座に振られてしまった。だがレオさんはそれをどこか嬉しそうに受け入れ、頬を緩ませていた。……おや? レオさんの様子が……。


「おぉ、ウチのエースのお帰りだぁ」

「あぁレオ様……戻って来てしまったんですね……」

「ただいまアンドレ、スメラギ。相変わらずそうだな」


 シェフ二人も何だか微妙すぎる表情で彼を受け入れていた。あのスメラギさんすら渋い顔をする、だと……?


「いつから【夜明けの星】に常識人がいると錯覚していた?」

「うわっ!? ドク!」


 何だか怪しみ始めた俺の背後に、いつの間にかドクが楽しそうな微笑みを浮かべて佇んでいた。いっつも音も無く来るんじゃねぇって!


「考えてもみたまえ。我らが団長の息子が、まともな人間であると思うかね?」

「思いません」

「思えないわね」

「…………はい」


 ドクの言葉に、俺のみならずグラシャとアイリスも察してしまった。あぁ、駄目みたいですねこれは……。


「おぉ、ドクター! 今回もいい薬を作ってくれてありがとう。おかげでいい戦いが出来たよ」

「それは何より。如何でしたか? 私の超強力麻痺薬は」

「最高だったよ……! 飲んだ瞬間、筋肉が痙攣を起こして立っていられなくなってしまった……! 巨鬼トロールの前で無防備に痙攣するしか出来なくなってしまったんだ! あぁ、思い出すだけでイッてしまいそうだよ……!」

「頭は完全にイッてると思うんですけど」


 思わず横からツッコミを入れてしまった。麻痺薬ってあんたが使うのかよ。トロールはゴブリンの最上位種で、筋肉質な体躯と怪力を持つ巨人の魔物だ。知能はゴブリンとあまり変わらず、食うか寝るか人を襲うかしかしないが、その戦闘力はゴブリンの何千倍も高い。タフな上に一撃が強力で、しっかりしたパーティを組んでやっと一匹相手にするような魔物だ。学園の魔物学の授業で習った。……それをレオさんは、まさかの麻痺状態のまま戦いを挑んだと言うのか。よく生きてんなこの人。

 俺のツッコミを聞いて、レオさんは何か嬉しいもの見つけたような視線を俺に向けてきた。……もしかして、この人……。


「褒めないでくれよトーマくん。恥ずかしいじゃないか」

「貶してんだよ変態」

「あっ……! 年下の美少年からの罵倒も、またいいものだ……!」


 何感じてんだこの人は。確定しました。この人は相当の被虐趣味をお持ちの変態だ。そう、有り体に言えば、ドM。……勘違いした俺が馬鹿だったよ! やっぱりここにはやべーやつしかいねぇ!


「トーマくん、今度私と一緒に任務に行こうじゃないか! トロールにミンチにされかかる気持ちよさを君にも味わってほしい!」

「お前は何を言ってるんだ。てか何でアンタは生きてんだよ」


 ミルコじゃなくてもこう言うわ。死ぬわそんなもん。


「彼は【戦神の加護】を受けていてね。レオ殿の身体はあらゆる物理攻撃を耐え抜くほどの強靭さを世界より与えられている。トロールの棍棒で叩き潰される程度では、打撲にすらもならんよ」

「誰かまず正常な頭を与えてやれよ」


 加護って何だよ。そんなものもあるのかこの世界。てか戦神の人選おかしいだろ。何でよりにもよってあの人なんだよ。無敵の変態って事じゃねぇか。どうすんだあれ。


「聞いたかドクター……初対面にして『アンタ』呼ばわりされてしまったぞ……! 見ろ、彼らが向けて来る、あの蔑んだ視線を……! あんな冷ややかな視線はマヤ以来だぞ……私は彼らに惚れそうだ……!」


 レオさんはそう言って感動に身を震わせていた。もう手遅れです本当にありがとうございました。誰が言ったか、神は完璧な人間を作らないという言葉を思い出した。それでも限度があるだろうに。


「マヤ! トーマくんたちは将来有望だな!」

「そうだねぇ。教育に悪いからレオは近づかないでねぇ♡ てかマヤにも近づかないで♡」

「ンフッ! 分かっていながら、それでもなお私にそういう言葉をかけるとは、やはり私の事が好kぐはぁ!?」

「うちの評判が悪いの、その半分はレオのせいって自覚して♡」


 マヤちゃんは空のワイン瓶をレオにぶつけて黙らせていた。それはクリティカルヒットして、瓶はレオさんの顔面で砕け散った。……だが、彼は顔どころか目すらも一切傷ついていない。す、すごいな加護……。


「その破片、片付けておいて」

「……了解だ。あぁ、マヤは最高だな……」


 そうしてレオさんは恍惚の表情で散らばった破片を拾い上げ始めた。……マジでマヤちゃんの態度が容赦無い……いつも通りに見えたけど、目が明らかに笑って無かった……! なんて奴が帰って来てしまったんだ……! アイリスなんか怯えすぎて肩プルプルしてるし……。一郎さんが帰って来ても素直に喜べねぇ……。





 そんな頃、【夜明けの星】騎士団に一つ大きな依頼が持ち込まれた。


「帝都劇場総支配人のセバスチャンと申します。【夜明けの星】様に、是非ご協力したいお願いがあって参りました、えぇ」


 そのセバスチャンさんは、団長の目の前に座りそう言った。騎士団本部に直接依頼を持ち込む人は珍しい。何せ頭ゴブリン共の巣穴に入るようなものだから。悲しいなぁ……。

 【夜明けの星】はいつも帝国政府から命令された仕事を引き受けて活動をしているので、こういう民間からの直接の依頼は非常にレアケースだ。いったい何だというのだろう。


「帝国劇場の支配人だって! きっとお金持ってるよぉ♪」

「お金持ち、良い響きですね」

「ねー♡」


 彼にお茶を差し出し終わったマヤちゃんが、周りで見ている俺の元まで来て嬉しそうに囁いた。マヤちゃん、ほんとそういうの好きだなぁ。ンフフ、お金好きかい? おいらもだーい好きでゲス! 一億ほどPON☆といただけませんかね?


「帝国劇場の総支配人殿が、わざわざうちにまでいらっしゃるとは驚きですね。どのようなお話で?」


 そう、レオさんも団長の隣で依頼を聞いた。……ほんと、見た目だけは素晴らしくいいのになぁこの人。そんな彼に、執事みたいな名前の帝国劇場支配人さんは一つ咳ばらいをして口を開いた。


「実は……【夜明けの星】様に、来たる建国記念日にウチで上映する劇の脚本をお願いしたいのです」

「なんと! ワガハイたちにか!」


 唐突すぎる脚本依頼に思わず団長も驚いていた。俺もびっくりだ。物語を書けというのか、この頭ゴブリンの集団に! ここには手塚治虫どころかただのクズ虫しかいないというのに! いや、マヤちゃんとスメラギさんと一郎さんは良い人だけど。


「どうして私たちに? 帝国劇場にも脚本家はいらっしゃるでしょう?」

「それが……うちの脚本家たちはこの前、宴会した時に食あたりを起こしまして……。とてもじゃありませんが物語など作れる状態では無いのです……」


 本当にしょうもない、とセバスチャンさんはハンカチで額を拭いながらため息をついた。……この世界でもやっぱりあるんだ、食あたり。俺も気をつけないとな……。


「ちなみに何を食べたのだ?」

「生のロックオイスターです」

「アンドレ! スメラギ! 生のロックオイスターはしばらく禁止である!」

「それはいいけどさぁ、昨日団長食べちまったじゃん、ロックオイスター」


 団長の言葉に、アンドレが笑えない返事をしてくれた。でも団長なら食あたりとか怒らなそうだなー。生の岩ガキはこの世界でも危険なのか……。


「馬鹿たれ! ワガハイが食あたりになったらどうする!」

「団長なら大丈夫だよぉ、あんた殺しても殺せないような人だし」

「むしろアンドレの料理の方が猛毒みたいなものだし平気ですよぉ♡」

「そうか? むぅ……」


 アンドレとマヤちゃんの言葉で、団長はとりあえず落ち着いたようだった。……マヤちゃん、ほんと容赦ないよね。


「んんっ、話がそれて申し訳ありません。それで【夜明けの星】に、建国記念日に行う劇の脚本依頼を?」

「はい。帝国三大騎士団の一角である【夜明けの星】様であれば、心震えるような物語をご存知かと思いまして」


 咳払いと共に話を戻すレオさんに、セバスチャンさんもそう答えた。……そういやぁウチ、帝国でもトップスリーに入るぐらいのやり手騎士団だったな……。少数精鋭って言葉がぴったりなところだけど……。


「ねー、受けましょう団長♡ マヤ、頑張りたいなーって♪」


 いつの間にかマヤちゃんが団長の後ろに回り、猫なで声でお願いしていた。その姿はまさに金の亡者。マヤちゃんの本性はやっぱり魔性の女に違いないと、この場にいる誰もが察した。


「確かに私たちも数々の冒険譚はあるが……それと劇とはまた別の話ではないかな? 私たちは騎士としては誰にも負けぬ自信はあるが、脚本家としては素人だろう?」


 そんなマヤちゃんに、レオさんは冷静に意見を述べる。確かに正論だ。俺達はペンでは無く、剣を手にして生きている人間だしなぁ。マヤちゃんも流石に考え込んでしまった。


「…………そう、ですよねぇ。すみません。やはりこの話は無かった事にして下さい……」


 俺達の反応が渋かったのを見て、セバスチャンさんも諦めたように肩を落としてしまった。……そういう姿を見ると可哀想に思ってしまうなぁ。彼も必死なんだものな……。


「実は、【ノブレス・オブリージュ】と【魔術師の杖ウィザーディング・ロッド】にも依頼をしたのですが……やはり断られてしまいまして……」

「何じゃとお!!」


 セバスチャンさんの言葉に、団長は抱き着いていたマヤちゃんを吹き飛ばす勢いで立ち上がり吠えた。あぁ、また団長のアレルギーが発症してしまった。

 貴族が集まる騎士団【ノブレス・オブリージュ】。魔法こそが至高として、魔術師タイプのみで構成されている騎士団【魔術師の杖ウィザーディング・ロッド】。そして頭ゴブリン【夜明けの星】。この三つが帝国三大騎士団とされている。既にその内の二つにセバスチャンさんは断られ、今もうちに断られようとしている。だからこそセバスチャンさんも困り果てているのだが……。


「セバスチャンとやら! 貴様の頼み、この【夜明けの星】が引き受けた! ワガハイたちに任せよ! 脚本の一つや三つ、すぐに用意してみせようではないか! この【夜明けの星】が馬鹿貴族共やモヤシ魔術師共とは格が違うというところを証明してくれる! ガーハハハハハハ!!」


 ……そう言うと思った。どうにもうちの団長は他の騎士団に対してマウント取らねば気が済まない性質らしい。……まぁでも、セバスチャンさんを放っておくのもアレだし、引き受けるのには賛成だ。


「さっすが団長! マヤ、報奨金の三割はもらいたいなーって!」

「ガハハハ! 一割で我慢しておけ! 三割は流石にきつい!」


 さっき吹っ飛ばされたマヤちゃんも逞しくおねだりしに行っていった。いや、一人で三割はきつすぎじゃないですか? マヤちゃんが脚本書いてくれるならともかく……。


「そうですか、あぁ、よかった……! しかし時間はありません。二週間で、あなた方が考えた脚本で我々に劇を見せていただきたい。よろしくお願いしますぞ!」

「おうとも任された! 期待して待っておれ!」


 団長の高笑いが今日も本部に響く。……こうして、【夜明けの星】騎士団はなんとお芝居をする事になった。だ、大丈夫か、本当に。まぁ最悪、【夜明けの星】が考えたのなら仕方ないって許してもらえるかもしれないな。でも、せっかくならいい脚本書いてお礼金を頂きたい。団長に一億返すためにもね。





「それでは貴様ら、脚本を出すがいい!」

「無理言うなよ団長ぉ」


 アンドレの言葉、それが俺達騎士団全員の総意だった。

 セバスチャンさんが帰った後、本部にいる全員で早速会議が始まった。セバスチャンさんを助けるのはいいけれど、勢いのまま引き受けてしまったのは……少し早計だった気するなぁ。


「芝居とはな……。軍人たる私には縁が無いものだな……」

「芸能なんて普通は縁もゆかりもありませんよ……」

 

 無念そうに言う一郎さんを励ますように返事した。劇の脚本ねぇ……劇作家と言えばシェイクスピア。シェイクスピアの代表作といえばロミオとジュリエットやリア王とかが思いつくけど……名前知ってるだけでどんな話かは知らないんだよなぁ……。


「そもそも劇ってどんなものなんだぁ?」

「私も詳しくない。作られた悲劇など興味ないのでね」


 ……それに、うちの人間といえばこれだ。アンドレはそもそも劇を見た事なさそうだし、ドクも全く興味が無さそう。どうすんだこれ。


「私も劇見た事無いなぁ……。ねぇトーマ、今度一緒に行きましょ?」

「いいよ」

「わぁ、楽しみ!」


 グラシャが唐突にデートのお誘いをしてきたのでびっくりした。内心ドキドキだが、すらりとデートの約束を取り付けられて嬉しい。心ぴょんぴょんだ。


「……………………」


 ちょん、と俺の服の端がまた掴まれた。こんな事をするのはアイリスしかいない。現に今、俺をめっちゃ睨んできてる。だからキッって睨むの怖いって……。


「ア、アイリス?」

「……わ、私、も……行きたい……」


 そう、おそらく精一杯の勇気を振り絞ってアイリスは言った。……心がトゥンクする音がした。普段無口な子が喋ると心に染みる風潮、あると思います。何てことだ。俺のアオハルはグラシャだと思っていたのに、アイリスにもアオハルみを感じてしまう。


「も、もちろん一緒に行こう。な、グラシャ」

「もう、仕方ないなぁ」

「ありがとう……!」


 アイリスはこれだけで、目じりを緩め、ふにゃ、と微笑んだ。ちょろいなアイリスも……。お兄さん将来が心配になるよ……。この純粋なお嬢様は俺が守護まもらねばならぬ。また俺の背中に背負うものが一つ増えてしまった。


「仕方ない。私が脚本を書くとしよう。それを皆は演じ、セバスチャン殿に披露してくれ」


 騎士団員の頼りなさを見かねて、レオさんが名乗りをあげた。全く頼れないところにむしろ感動すら覚える。本当にこの人はその性癖が人生の足を引っ張っていると思った。


「ちなみに、どんなお話書くつもりですか?」

「うむ。とある一人の戦士がな、国を守るために様々な凶悪な魔物と戦うのだ。時に火であぶられ、時に氷に凍てつき、またある日は大量のゴブリンになぶられ……。最後には強大なドラゴンと戦い、その喉笛を切り裂き倒すも、同時に牙で身を食いちぎられ、満身創痍のまま、還らぬ英雄となって私は死にたい……」

「本音出てるぞ変態」

「本当に死ねばいいのに♡」


 ドン引きの内容に俺とマヤちゃんは心を一つにして罵倒した。それすらも彼は喜ぶのだからどうしようもない。予想通りレオさんも論外だった。残るはやっぱりこの二人、騎士団の良心マヤちゃんとスメラギさんだ。


「マヤちゃんはどうですか?」

「マヤ? えぇ~……」


 俺が言うと、彼女はうーんと考え込んでしまった。性格や小さなおっぱいはともかく、人の心理に関してはこの中で一番聡いはず。それに頭の回転も速そうだし、いいシナリオ書けるのではないか。


「…………んー、駄目かも♪ 建国記念日なんかで見たくないでしょ、女同士の恋愛抗争とか♡」

「もっと別のお話考えて!」


 笑顔で困ったように言うマヤちゃんは可愛らしいけど、彼女も駄目そうだ。最初に思いつくのが夜九時枠めいたドロドロ恋愛ドラマって何だよ……女性ターゲットの番組プロデューサーとかさせたらヒット作バシバシ生みそうだなぁ……。


「くっ、最後の希望はスメラギさんか……!」

「私も劇なんて見た事ないわ、ごめんなさいね……。ほら、見る暇も無いから……」

「スメラギさん……!」


 いかん、また目頭が熱くなってきた。そういえばこの人、年中無休だった……! お願いだから誰か彼女にお休みをあげて! ほんと頼むよ!


「……アイリスは? 劇とかたくさん見てそうじゃない?」

「それだ!」


 グラシャがふと思いついたように言う。そうだ、隣にいるじゃないか! この中で最も育ちのいいお嬢様が!

 期待をこめて彼女を見やると、しかし、アイリスは首を物凄い勢いで横にぶんぶんと振ってしまった。そ、そう言わずに! お前しかいないんだ!


「……み、見た事、少ししか、無いし……お話、書いた事も、無いから……!」


 アイリスにマジのトーンで拒否されてしまった。そ、そうか……無理強いは出来ないしなぁ……。じゃあ、これで全滅だ。やっぱり駄目じゃねぇか……。


「何だ貴様ら使えんな! それでも騎士か!」

「団長、マジ黙ってて♡」

「う、うむ……?」


 業を煮やした団長が一言言うも、マヤちゃんに即座に釘を刺されて黙った。むしろ騎士だから困ってるんだよなぁ……。もうどこかからか作家志望の人間でも引っ張って来るしか無いのではないか。


「……十真くん、君なら色んな話を知ってるのではないかな?」

「はっ?」


 万策尽きたと思ったその頃、一郎さんがふと俺を見やる。あ、いや、でも、確かに知ってはいるけれど……。


「そうなのトーマくん?」

「いや……確かに故郷のおとぎ話みたいな事は知ってますけど……とても劇にするような話は……」


 マヤちゃんに期待を込められた視線を向けられ、少したじろいでしまう。……でも、確かにこの中で一番“劇”を知っているのって、俺って事になるのか、もしかして。


「それは見せ方次第というものだ。面白い話があるのなら聞かせてくれないか。一度依頼を引き受けた以上、断る訳にはいかない。君の知恵を貸してくれ」


 レオさんにまでそう言われてしまい、さらに騎士団員全員の視線が俺に向いて来た。…………………………マジか。俺だって本当に舞台とかは見た事無いんだけどなぁ。


「……そうですね。じゃあ……」


 しかし、団員としてアイデアの一つも出さないというのは筋が通らない。さて、どういう話がいいだろうか……。


「……そうだ。そもそも、劇場に来るのってどんな人が多いんですか?」

「んー、やっぱりちょっとしたお金持ちが多いかなぁ。あと、貴族の子供! ほら、暇を持て余してるから、時間潰しに劇って人気なんだよぉ」


 俺の問いにはマヤちゃんが即座に答えてくれた。なるほど、ならば桃太郎みたいな泥臭い冒険譚はお好きじゃなさそうか。もっと華やかで鮮やかな話となると……。


「……男の人よりも、女の人の方が、多い……。貴族の女の子は、ロマンスとか、大好き……」


 考えていると、アイリスがそう教えてくれた。……女性ターゲットの、ラブロマンスものが最も良さそうと言う事か。なるほど、で、あれば。


「……アイリス、ありがとう。思いついた」

「……!」


 アイリスの言葉が決め手となって、俺は一つの答えにたどり着いた。礼を言うと、彼女はまたふにゃ、と嬉しそうに笑って一つ頷いた。可愛い。

 脚本に課された条件は三つ。一つ、建国記念日に披露するのならば、それは鮮やかなハッピーエンドで終わるものが相応しい。二つ、客層は貴族の子供、特にご令嬢であるから、彼女たちによく受けるラブロマンスでなくてはならない。三つ、劇に関しては素人である俺達ですらも演じきれるような、ごく簡単なストーリーである事。

 現れろ、俺の一億の借金を返す未来回路! 召喚条件はこの三つ! あるじゃないかこの条件に一致するようなコンテンツが! 要は貴族ご令嬢たちに夢と希望のラブを見せればいいって事だろう? 悪いな異世界、そんなもの、俺の世界じゃ千葉県にテーマパークまで作ってまで愛してるんだよ! 故に、俺が導き出した答えは!



「……『灰かぶり姫』とか、どうっすか?」



 俺はシンデレラをこの異世界に召喚する! さぁ踊ってもらおうかデ〇ズニープリンセス! 俺の借金のカタを、セバスチャンさんからもぎ取るのだ! 

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