第9話 妹さんは、コミュ障です。

 地ドリは体長一メートル弱の鶏のような魔物である。主食は地中の小さな虫の魔物。森林に住み、まるっと太った肉体から微妙な高さのジャンプ力を繰り出し、それなりな走力で森を駆ける。天敵は他の肉食魔物。


「グエエエエエエエエ!!」


 そして、敵に遭遇すると耳障りな怪鳥声を張り上げ、同時に震度3くらいの地揺らしで威嚇する。


「首おいてけぇぇぇぇ!!」

「グエエエエ!!」


 そんなものに怯む訳も無く、俺はサーベルを振り上げ、地面を駆けて地ドリに突っ込む。

 地ドリは威嚇が効かないと分かると、いよいよその実力を発揮し始める。飛べない羽を震わせると、周囲の地面から鋭い石礫を掘り上げ、弾丸のようにそれを打ち出して攻撃するのだ!


「唐揚げ!」


 だがそれも大した攻撃力じゃない。簡単に避けられるし、


「ステーキ!」


 容易に撃ち落せるし、


「チキンカレー!」


 もし当たってもかすり傷になる程度! さぁ、俺の夕食になるがいい!


「でぇぇぇぇい!!」


 俺は地ドリに肉薄し、渾身の首狩り横凪ぎを放つ!


「ンゴォォォ!!」


 しかし地ドリは生意気にもそれを回避し、そこそこの速度で逃げ出してしまった! くそ! 逃げ足だけは早い! 繁みの中に隠れられたら追いつけん! 狩りは失敗だ!


 ……とでも言うと思ったか! なぁ~~んちゃって!

 俺の前から逃げる地ドリの首に、突然鉄槍が彗星の如く飛来し、喉笛を貫き突き刺さる!


「グ、グエエ……」


 死んだンゴ-。

 地ドリの逃げ足の速さは俺も分かっている。だから、逃げる方向に先回りしていたのさ。グラシャがな!


「まずは一匹目ね」

「いい投げ槍だった」


 ナイスだグラシャ。照り焼き地ドリのピザにありつける時は近いぞ。

 


 そんな俺とグラシャは息の合ったコンビネーションで地ドリを探し、そして見つけ次第に倒していく。魔術師がいないと心配はしていたが、この程度の敵であれば全く問題なく戦えそうだ。


 だが、出会うのは地ドリだけではない。ゴブリンの一団や殺人イノシシの魔物、迷彩柄の狼の魔物など地ドリよりずっと強い魔物とも多く出会った。


「うるせぇ邪魔だ!」


 だが、それらも今の俺達なら倒せる。炎のサーベルで焼き払い、氷の槍が頭を貫く。こんな雑魚戦闘も異世界冒険の醍醐味ではある。だがそろそろお腹が空いたので遠慮していただきたい。


 そうして俺とグラシャは森中を駆け回って地ドリを探し出す……が……。


「いないな……」

「いないね……」

「休憩しようか……」

「うん……」


 授業開始から、もうすぐ二時間が経過しようとしていた。それまで俺とグラシャは二匹もの地ドリを仕留めたのだが、最後の一匹が全く見つからない。他の生徒たちに狩られてしまったのか、はたまた俺達がクズ運なだけなのか……。

 森を歩き回り、度重なる魔物との戦闘でスタミナも尽きてきたし、少し休憩をはさむ。


「……これ、本当に大丈夫かな」

「……きっと、たぶん平気だ」


 木の根に腰かけ、俺とグラシャは荷物からドク謹製の回復ドリンクを取り出し、一気に口に流し込んだ。グラシャの懸念も分からんでもないけど、ここはドクを信じるスメラギさんを信じよう。


「……おっ?」


 すると急に身体が温かくなり、全身を気だるく包んでいた倦怠感が少し消えた。消えた気がするのではない。明らかに消えたのだ。えっ、すごい。凄すぎてちょっと怖い。即効性なところが特に。


「普通に効いたね……」

「……医者としては本当に有能なのかもなぁ」


 それが余計に質が悪い。さて、最後の一匹を頑張って見つけに行こう――――。


「グエエエエエエエエエエエエ!!」


 その時、俺達の耳に地ドリの威嚇声が聞こえた。かなり近い。誰かが戦っているのかもしれない。もしそうなら横取りは出来ないが……。


「行くだけ行ってみましょう?」

「そうだな」


 グラシャの意見に賛成し、俺も立ち上がった。もし誰かが戦ってて、その人たちがそいつを逃がしたら俺たちが取ればいい。そう、これなら横取りではない。完璧な作戦だ。



 声のした方へ向かってみる。さて、こっちの方角だった気がしたんだが……。


「っ! あれは!」


 探していたその時、巨大樹前の広場で何かが煌めいた気がして、目を凝らした。そこには、あの銀髪貴族ちゃんがゴブリンの集団に襲われている姿があるではないか! しかもその光景を、やたらデカい……3メートルはあろうかという地ドリが観察している! な、なんだあのカオスな光景は!


「っ! あっち、行って!」


 銀髪ちゃんは長杖スタッフを振り回し、何とかゴブリンの群れを追い払おうとしているようだった。だが彼女の動きは素人のそれであり、ゴブリンを近づけなくとも倒すまでには到らない。


「グエエエエエエエエ!!」


 突然だった。それを観察していた巨大地ドリが羽根を震わせ、魔術を行使する! すると、奴の目の前に巨大な岩石の塊が生成された! あ、ありえない! 地ドリの魔術は石つぶての攻撃だ! それが、あんな岩石の砲弾を作るなんて!


「まずい――!」


 あんなのをくらっては人間なんかひとたまりもない!

 俺は反射的に駆け出し、担いでいた二匹の地ドリを放り出して、今にもゴブリンごと砕き潰されてしまいそうな銀髪ちゃんの元へ飛ぶ!


「グエエエエエエエエ!」

「はっ……!」


 そしていよいよ、岩石砲の魔法が放たれる! その時になってやっと気が付いた銀髪ちゃんは、驚きと共に絶望の表情を浮かべ、身を固めてしまう。駄目だ! 諦めるな!!


「うっらぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 ゴブリン共を蹴り飛ばし、俺は銀髪ちゃんを横に押し倒す!

 すると耳元で風を切る凄まじい殺意の音が通りすぎ、岩石はゴブリン共を吹き飛ばし、後ろの木に当たって弾けた! あ、危ッねぇぇぇ~~! 思わずチビりそうになったわ馬鹿たれ! 何てもん飛ばして来るんだあのクソ鶏は!


「あ、なた、は……!」

「話すのは二度目だね。怪我は?」


 銀髪ちゃんは驚いたように俺を見つめて、頬を赤く染めていた。ふふ、言葉も出ないか。確かに今の俺、ちょっとかっこいいんじゃないの? 白馬はないけど、けっこうな王子様ムーブ決められたんじゃないか俺? いやぁ、この美人さんのお顔をこんな近くで見れるだけでも命張った甲斐があるというもの。これには俺の委縮した大魔王様も今、鮮やかな復活を遂げようとしている。抱きしめている彼女の身体はとてもぽかぽかして気持ちがいいし、とてもいいにおいするし、ふくよかで柔らかい感触も手から感じるし……。


 …………ん? それって、まさか……。


「ひゃぁ!」


 指を動かすと、銀髪ちゃんは身をよじって声をもらした。……なるほど、理解した。俺がキャッチしているのは彼女のお胸様だな? けっこうなボリュームでした、ありがとうございます。しかし見た目からはそんなに大きくは見えない……。これが噂の着やせ巨乳……なんとえっちぃ響きなんだ。いや、そんな馬鹿な事考えている時じゃない。


「ごめん!」

「……っ!」


 慌てて彼女の上から身を退くと、銀髪ちゃんも恥ずかしそうに身体を両手で隠してしまった。あ、あの、ほんと、ごめんなさい……。そりゃ俺の大魔王も元気になるわ……。今俺の脳内魔王幹部会議にて、この右手は一生洗わないとの決定が下された。うわぁ、俺もドクの事言えないぐらいクズだわ。凹む。そりゃ彼女も怒って顔も赤くなりますわ。


「トーマ! うわっ!? 何あの巨大地ドリ!?」


 遅れて現れたグラシャもあの地ドリを見て驚いていた。本当だよ、何だあれは。トサカがデカすぎてモヒカンみたいになってるぞ。まーた世紀末暴徒か。流行ってんのかその髪型。ユアーショーック!


「グエエエエエエエエ!」


 そして何故か怒っていた。自分の攻撃を躱されたからか? ルキウスみたいな性格してんな。

 サーベルを抜き払い、奴の迎撃体制に入ると、俺の服が後ろからちょんとつままれた。……銀髪ちゃんの仕業だ。何その仕草。萌える。


「どうかした?」

「…………………………………」


 そう、努めて冷静な声で問う。……が、銀髪ちゃんはまた黙り込んでただ俺を見つめてしまうだけだった。え、えぇ……。目だけで察しろと? そんな無茶な……。グラシャとなら出来るかもだが……。う、うーんと……。


「む、無策で突っ込むな、とか?」

「……!」


 とりあえず何か適当に言ってみる。すると銀髪ちゃんはこくんこくんと二度も首を縦に振った。どうやら合ってたみたいだ。確かに、あの巨大地ドリを正面から相手するのは少し危険か。


「グエエエエエエエエ!」


 そこで地ドリは、再びけたたましい声を張り上げた。その耳障りな声に思わず耳を塞ぐ。すると、この巨大樹の広場に、どこからともなく別の地ドリが数匹飛び出してきた! な、何だと!?


「あいつ、仲間呼ぶ事出来るのか!?」


 思わず驚くと、銀髪ちゃんはまた首を縦に振った。まじか!? 仲間呼びとかいいスキル持ってんな!


「もしかして、あの巨大地ドリはここらの地ドリのボスか!」


 銀髪ちゃんが今度は三度も首を縦に振った。なるほど、そりゃトサカも立派だな!

 しかもこれだけじゃない。地ドリの声に釣られて、ゴブリン軍団まで姿を現し始めた! またお前らか!


「何でゴブリンまで出て来るのよ!?」

「……ゴブリンも、地ドリ、食べるから……。で、でも、取られるかもしれないって思って、まず人間を狙ってくる……」

「喋った!?」


 突然解説をしてくれた銀髪ちゃんに、思わずグラシャも驚いていた。俺もびっくりだよ。ていうか、もっと喋って! 目で察するとか、この童帝ケモミミ=キョニウノオネエサンスキー1世にはハードル高すぎるから!


 くっ、雑魚とはいえ、こんなにわらわら群れられちゃあ相手するにも一苦労か……! こういう時に一掃できる魔術師がいればいいんだがな……!



 ……魔術師?



 そういや、銀髪ちゃん長杖スタッフ持ってるじゃん。それ、魔術師の武器よね?


「なぁ、君、魔術師か?」

「……!」


 もしやと思い訊いてみると、彼女は両手で長杖を握りしめ、未だに赤く頬を染めて、小さく一度頷いた。素晴らしい!


「頼む、俺達と一緒に戦ってくれないか! 君が必要なんだ!」

「っ!!」


 彼女の両手に手を置き、頼み込む。

 銀髪ちゃんは俺をじっと見つめ、首を縦に振りかけて、しかし、横に振ってしまった。え、えぇ……! そんなに嫌か!? お願いだ! ここで地ドリ倒せないと、ほんと俺とグラシャこの授業クリアできそうにないんですよ! 確かに俺は学園の嫌われ者だし、君にセクハラしてしまったスケベ大魔王だけど……。あっ駄目だ。俺が彼女の立場だったらもう今にも逃げ出したくなるわ。超超凹む。

 しかしそこで、銀髪ちゃんの態度にグラシャが尻尾を立ててしまった。ちょ、待て!


「ッ! この恩知らず! トーマに助けられておいて、自分は逃げるの!?」

「っ……!」


 グラシャの激怒に、銀髪ちゃんは肩をびくっとさせるほど怯えてしまった。いかん、そういうのはよくないぞグラシャ。


「グラシャ、いいって」

「どいつもこいつもトーマを馬鹿にして! あんたたちあんな馬鹿貴族に踊らされて恥ずかしくないの!? いいわ! とっとと消えなさい! そこにいてもトーマの邪魔になるだkひゃあう!?」

「グラシャ、ステイ」


 とりあえず尻尾を引っ掴み、頭に血が昇ってるグラシャを落ち着かせた。フサフサで気持ちいい。


「も、もう! 尻尾は駄目!」

「ごめんな。グラシャ、今は怒ってる場合じゃない。二人で何とか地ドリ一匹だけでも狩ろう。そいつを取ってここは退散だ。それで授業はクリアできるんだから、な?」

「……分かった。地ドリ一匹に狙いを絞りましょう」


 俺が言うと、グラシャは落ち着ついて、俺の隣に立って槍を構えた。そうだ。何も全部相手にする必要は無い。例えあのボス地ドリを仕留められずとも、グラシャが地ドリを一匹串刺しにすれば、そのまま持って帰って、今まで取った二匹と合わせてクリアだ。よし、その方向性で行こう。頭数が違いすぎて厳しい戦いになる事必至だが、そこはグラシャとの連携で乗り越える感じで。


 こうして俺らが話している時間はさほどなかったが、既にゴブリンたちが真っ先に俺達に駆け出し攻撃戦として来ている。まずはあの尖兵を弾き、そのまま地ドリを狙い――。



「……うっく、ぐすっ……! ひっく……!」



 ――――狙、い……?

 ……さて決意をして戦おうとしたその時、背後からすすり泣く声が聞こえた。聞こえてしまった。



「ふぇ……、ふえぇぇぇ…………………………………!」


 確認するまでも無い。銀髪ちゃんの声だ。待ってくれ、何故泣く。いや、確かにグラシャは怖かったけども。うぅ、なんか俺まで罪悪感ある。

 …………………………………あぁ、駄目だ。放っておけない。泣いてる女の子を放ったらかしにするのは、どう考えても優しい世界じゃない。それは、嫌だ。


「グラシャ、30秒だけ時間稼いでくれ」

「へぇ!? トーマぁ!? ……もぉぉっ!!」


 グラシャは軽く怒りつつも、まずは一人でゴブリンの先鋒部隊とぶつかった。あれだけならグラシャ一人で大丈夫だ。だが彼女も疲れている。長く任せるのは危険だ。

 でも、今少しだけ……。えと、えと……。しまった、何て声かければいいのか、これが分からない。ていうか当然だった。俺ってば彼女いた事ないし、童貞だし、女の子にいい言葉をかけられるほど頭も良く無い。駄目じゃん……。


「泣くな。せっかく美人なのに、台無しだぞ」


 あっ、しまった。何言っていいもんか分からず、心の大魔王の声が出てしまった。いかん、それではさらに銀髪ちゃんを怯えさせてしまう。

 とりあえず、その玉の肌にポロポロと流れる涙を指で掬う。どうか泣かないで……。とりあえず、ここに突っ立っているのは危ないので逃げて欲しい。あの岩石砲の射程を見た後では、彼女がここにいるのは危ない。遠くに離れていてもらった方が俺も安心出来る。

 ……あぁ、そうか。そう言う事か。あの岩石砲を見た後じゃあ、怖くてしょうがないよな。戦えなくても仕方ないよな。


「ごめん。そうだよな、戦うのは怖いよな。俺も怖いよ」


 あれは本当に怖かった。今だってそうだ。死んだら痛いだろうなとか、ここで死んだらグラシャは泣いてくれるのかなとか、もしかして死んだら日本に戻れるんじゃとか、余計な事ばかり頭に浮かぶ。

 だけど、それらを覚悟が抑えている。ここで死んだら、一郎さんに恩返しが出来ない。グラシャの花嫁姿が見れない。何より、あんな訳分からんクソ鳥に殺されるなんて、男として嫌だ。そういう感情が勇気と覚悟になって、俺の足を必死に支えている。だから、立ち向かえる。


「安心してくれ。君は俺が守ってみせる。負けないさ、俺は。まだ、俺にはやるべき事があるから。こんなところじゃ、終われ無いからな!」


 銀髪ちゃんが泣き止んで安心してくれるように、俺は穏やかな声で語り、そして笑いかけた。


「さ、少し離れていてくれ。あいつの魔法が届かないところまで」

「…………………………………わ、わたし、……も……」


 すると銀髪ちゃんはまだ泣きながら、その潤んだ瞳で俺を見る。


「私も、戦うッ!!」

「えっ!?」


 脣を震わせながら、掠れる声を必死に紡ぐように、そう力強く答えた。え、戦うの!? さっき戦わないって意思表示したのでは!?

 困惑する俺の前を通り過ぎ、銀髪ちゃんは少し前に出ると、杖を高く上げ、魔力を解き放ち始める!


「注ぎし光よ……! はぁ……はぁ……! 湧き出ずる、闇よ……うぐっ……!」


 そして何かカッコよさげな詠唱をし始めた彼女だが、途中で苦しそうな表情になり、結局途中で魔力を霧散させ、崩れ落ちてしまった! し、失敗したのか……?


「おい、大丈夫か!」


 慌てて助け起こすと、銀髪ちゃんは本当に無念そうな表情で、また涙を流しながら脣を噛んでいた。


「ごめん、なさい……。私、さっきまで、一人で戦ってて……もう魔力が……」


 ――えっ? 魔力切れ? ガス欠? それで失敗を……?


「……だから最初、戦ってくれと頼んだ時に首を横に振ったのか……!」


 思い至ってそう問うと、銀髪ちゃんは首を縦に振った。そうか、あの時は“戦いたくない”からじゃなくて、“戦えない”からあんな返事をしたのか! いや、分かるかそんなもん! そういうのさぁ、早く言ってくれよぉ……! グラシャのキレ損じゃねぇか……。


「……もし、魔力を回復出来たら、戦ってくれるか?」


 そう言いながら、俺は例の回復ドリンクの小瓶を懐から出した。見ず知らずの女の子にドクのお薬飲ませるのは気がひけるけど……!


「あっ! あぁ……」


 だが銀髪ちゃんは即座にこれを奪い取り、一気飲みしてしまった。飲んでしまった……。頼むぞドク、変な物入れてないよな……。

 俺の心配をよそに、銀髪ちゃんはドリンクの服用により、シャキンとした瞳を取り戻した。その目は裁判所前で俺を睨みつけて来た、なんか怖くて覚悟に満ちた瞳と同じであった。

 彼女は俺の腕から立ち上がり、今度こそしっかりと自分の足で立ち、杖を雄々しく天に掲げた。


「――注ぎし光よ。湧き出ずる闇よ」


 瞬間、場にどこからともなく凄まじい突風が湧き上がる。銀髪ちゃんの周囲から白と黒のモノクロめいた魔力の輝きが渦をまいて立ち昇り、それらが全て杖の先に集まり、強大な力を呼び起こす!


「何の光!」


 この凄まじい光景に、ゴブリンと戦闘中のグラシャも思わず振り返る。お前は宇宙世紀のパイロットか。


「グラシャ! 戻れ!」

「――混じりて原初の輝きとなれ。汝を屠るは、混沌の息吹なり」


 ぎゅいいん、とけたたましい魔力膨張の音が響き渡る。そして、それが解き放たれたのは、グラシャが俺の元に戻って来た瞬間である。



「――良き来世を。撃滅の【ディザスター・レイ】!」



 瞬間、目の前が純白と漆黒の光線に包まれた。

 それらが交じり合い、寒気がする程殺意に満ちたモノトーン色の極太光線が銀髪ちゃんの杖から数本解き放たれたれ、彼女の目の前にいた魔物の群れめがけて散々に薙ぎ払う!


 凄まじい魔法砲撃の余波に、俺とグラシャにまで強烈な突風が襲う! うおおおお!? なんつー馬鹿エネルギーの攻撃なんだ! まるでどこかのラスボスがピンチの時にぶっ放して来るような回避不可能攻撃みたいな殺意たっぷりな魔法だ! こ、こんな凄まじい魔法を、あんな小さな背中の少女が……!


 たっぷり五秒ほど続いたビームは散々に魔物の群れを薙ぎ払い、跡形も残さず消し飛ばした。その中で、たった一匹残るは、例のボス地ドリ。銀髪ちゃんがわざと攻撃せずに残しておいてくれたのだろう。授業クリアのために。


「……私が出来るのは、ここまで……。ごめんなさい……」


 今の一撃で持てる力全てを解き放ったのか、銀髪ちゃんは再び膝をついてしまった。何故申し訳なさそうな顔をしているのか。


「……ありがとう。よく頑張ってくれた」


 彼女がこんな大活躍をしてくれたのだ。では、とどめは俺とグラシャが頑張らなければ、そりゃ嘘ってもんだろう。


「グエエエエエエエエ!」


 追い詰められ逆上したボス地ドリは、再びあの岩石砲の魔法を放って来た! それは一度見た。芸がないのなら、さっさと消えるがいい!


 俺は岩石砲の前に飛び出し、サーベルに炎を纏わせ、集中する。今だ一郎さんのようには強くない。だが、俺も、この世界にやられっぱなしではいられない!


「斬り裂く! 【六道葬送】ォッ!!」


 目の前に迫った岩石めがけ、高速の六連斬撃を叩き込む!

 すると俺に命中する前に、岩石は六等分にすっぱり切断され、誰一人、破片一つ当たる事なく地面に墜落した。またつまらぬものを斬ってしまった……!


「グラシャ!」


 そして最後! 仕上げはグラシャさん!

 彼女は俺の肩を踏み台にして大ジャンプ、地ドリよりも上に飛び上がり、その鉄槍を振りかぶる。


「私たちの、勝ち――!」


 そして、彗星の如く鉄槍が放たれる!

 その一撃は過たず地ドリの脳天に命中し、頭蓋を砕き貫いて即死させた!


「すごい……!」


 銀髪ちゃんが呆気に取られたように呟いていた。はは、君には敵わんさ。 

 ――戦闘終了。最後の一匹、クソデカ地ドリゲットだぜ! 今夜は焼鳥っしょぉ!! アッハッハッハ!! ハラミは俺のものだ! レモサーできゅっといきたいね! だが砂肝は苦手だぜ!


「これで三匹達成ね」

「ああ!」


 グラシャの言う通り、これで俺達のパーティは三匹狩り終えた事になり、無事に授業のクエストクリアだ。……最後の一匹は大変だったけどな! ボス地ドリ一匹で他の三匹に匹敵する評価をもらってもいい気がする。


「さぁ、帰ろう。まだ時間はあるけど、もうこれ以上の戦闘は危険だ」


 帰るまでが遠足と言う言葉がある。まだ動けるうちに森を出て、とっとと帰るとしよう。それに、銀髪ちゃんも放っておけない。


「君、歩けるかい?」

「…………」


 グラシャがボス地ドリの足を引きずって持って来てくれる間に、俺は弱っている銀髪ちゃんに駆け寄る。手を差し出すと、彼女もおずおずと俺の手を掴み、ゆっくりと立ち上がった。うん、疲れているだけか。よかった。


「一緒に帰ろう。これ以上森にいるのは危険だ」

「…………だめ、です。わたし、まだ一匹も倒してないですから……」


 銀髪ちゃんはそう、無念そうな表情で言う。


「わたし……一人で来て……他の人に止められたけれど、無視して、来てしまって……」

「パーティ組まずに、一人で来たのか?」


 俺の言葉に、彼女はこくんと頷いた。魔術師が一人で!? な、なんて無茶な。いくらあんな強力な魔法が使えるからって、囲まれたら危ないのに! ほんとに助けられてよかったよ。


「だから、三匹、倒さないと、戻れない……!」

「……………………無茶だ。もう魔法一発も打てないほど疲れてるんだろ?」


 たしなめるように言うと、銀髪ちゃんは悲しそうな表情をして黙り込んでしまった。……やれやれ。どうにもこの子は言葉が苦手の子らしい。あと、人づきあいも。


「……あのさ。今の戦闘、俺達力合わせて戦っただろ? それってさ、パーティ組んだって事にならないかな?」


 俺がそう言うと、銀髪ちゃんは驚き、訳が分からなそうに目をぱちぱちとさせた。ふふ、俺ってばいい事思いついたぞ。


「俺達も、今のボス地ドリが狩れなかったら授業クリアできなかったかもしれない。だから、俺達の手柄は君の手柄でもあると思うんだ。その……だから……俺たちのパーティに入らないか?」

 

 アルトリウス先生が言っていた。“例え一人働かずとも、パーティとしてクリアしていれば合格”だと。つまり、この銀髪ちゃんは、俺とパーティを組んでいれば課題クリアとなるのだ。だが、それはルキウスと同じじゃない。銀髪ちゃんはしかと素晴らしい働きをしてくれた。あのボス地ドリは実質彼女の手柄といってもいい。だから、一緒にクリアしようじゃないか。これで誰もがハッピーだ。


「もう一人で頑張らないでくれ。一緒に帰ろう」

「…………!」


 一緒に仕事したんだ。だったら、報酬も一緒にもらわないと筋が通らない。銀髪ちゃんもこれ以上無理して欲しくない。そんな気持ちをこめて、俺は笑った。

 銀髪ちゃんはそれだけで、また瞳を潤ませてしまった。え、えっ、えっ……!? 待って、泣かないで!


「……………………、あり、がとう……!」

「おぉ!?」


 そして何と銀髪ちゃんは目の前の俺にきゅっと抱き着いて来た! ヒャアアア! 温かい柔らかいいいにおい! 大魔王、復ッ活ッ!!!! 異世界来てよかったァァァァァァァァ!!


 ……………………いや、嬉しいけどさ。何でそんな感極まったような声なんけ?


「ありがとう……ありがとう……! 私の、王子様……!」

「お、おう……?」


 そこまで!? 俺別に『一緒に授業クリアしましょ』って言っただけですよ? そんなに恩を感じてもらうとなんかこっちが重く感じちゃうんだが……。

 

「……ちょっと? あなた何やってるの?」


 そこへ、ぴりっとしたグラシャの声が聞こえた。ヤバイ! “私が重い肉引きずってるのに、自分は女の子といちゃついているなんていい身分だな”って事ですね分かります!


「そ、そう言えば名前聞いて無かったか! 君の名前は?」

「あっ、すみません……」


 銀髪ちゃんは俺に指摘されてようやく気が付いたのか、俺から離れて申し訳なさそうに頭を下げた。


「……あ、挨拶が遅れて……申し訳、ありません。アイリス=スターライト、といいます。危ないところを助けていただき、本当に、ありがとうございました」


 銀髪ちゃん――改め、アイリスはぺこり、と頭を下げて挨拶してくれた。ほう、アイリス。いい名前だね。君の雰囲気に似合っている。


「……スターライト?」


 グラシャがぼそりと、気が付いたように呟いた。ほう、その名はかの憎きルキウスのファミリーネームではないか。…………あれ? 今彼女もそう言わなかったか?


「ルキウスは……義兄です。ご迷惑をおかけして、大変、申し訳ありません……」

「「何ぃぃぃぃぃぃ!!」」


 今明かされる衝撃の真実ゥ! 銀髪ちゃん、あのデコハゲ貴族の妹さん! うっわ似てねぇ! よかった似て無くて! 思わずグラシャと二人、地ドリのように声をあげてしまった。世界は狭いなぁおい! もうやだ、疲れたし帰る!






 

「トーマたちの大漁祝いに!」

「カンパァァイ!!」


 その日の夜。

 戻った俺達三人は、アルトリウス先生にぶっちぎりの最高評価をもらい、悠々と本部に凱旋した。巨大地ドリを団長に献上すると、やっぱりと言うか、案の定と言うか、大漁祝いと口実がついてまた宴会が開かれた。

 

「ガーハハハハハハ!! 部下が苦労して取った肉で飲む酒は最高ぞ!」

「さっすが団長! 今日もクズ発言に磨きがかかってますねぇ♡」

「グハハハハ!! 働かずに食らう焼き鳥と酒ほどうまい飯はない!」


 いつも通り、団長はマヤちゃんにお酌してもらいながら上機嫌で飲んでいた。団長が楽しそうで何よりです。あのクズ発言は十割本心だけど、団長自身は全くの善人だから全く腹が立たない。それが分かってるからマヤちゃんも団長に尽くしてるんだろうな。俺もそうだ。


「あの回復薬がなかったら、今頃ここにいられなかった。ドク、ありがとう」

「私の魔法薬が役に立ったようで何よりだよ」


 改めて俺はドクにお礼を言った。本当に今回は感謝してる。ドクが持たせてくれなかったらボス地ドリは絶対に倒せなかった。


「ねぇドク、今更だけど……あのドリンク、何が入ってるの?」

「…………………………まぁ、このような席で話す事ではないな。せっかくの料理を不味くしたくはないのでね」

「やっぱりそんなもの私たちに飲ませたのね!」


 これにはグラシャも悲劇の叫びをあげる。そんな姿すら、ドクは『フフ……』といつもの憎たらしい笑みを浮かべて酒を飲んでいた。こいつほんと……もう、救いようがねぇな!


「お待たせトーマくん。照り焼き地ドリのピザね」

「ありがとうスメラギさん!」


 そこへ、スメラギさんがあつあつパリパリのピザを運んできてくれた。上には地ドリの照り焼きとチーズがたっぷりと乗っている。ヒャアアア! スメラギさんのピザだぁぁ!! 待っていたぜェ、この瞬間ときをよォ! いただきます!


「うまい!!」

「ふふ、よかったわ……」


 しっとりジューシーな肉に、とろりとしたチーズ。そしてスメラギさんの手料理というスパイスが組み合わさって……! もう、最高です。異世界最高です。そしてこいつをレモサーで飲み下す。んんん! んまぁぁい!! 


「お待ちどぉ! 地ドリのトマトソース煮だよぉ」


 続いてアンドレの料理がテーブルに運ばれて来た。それはいらない。うわ、ほんと見た目だけはうまそうだな! だが惑わされてはいけない。アンドレの料理は見た目が良い時ほど味がやばいのだ。


「ガハハハ! こいつも酒がすすむぞ!」

「団長♡ 私、いっぱい食べる男の人が好きだなぁーって♪」

「わっはっは! 皿を持てマヤ!」

「流石団長! はい、あーんですよー」


 アンドレの料理を笑顔で食えるのは団長だけだ。それを知ってて、マヤちゃんはアンドレの料理ばかり団長に食べさせている……。マヤちゃん……ありがとうございます……! ほんと、騎士団一同彼女に頭が上がらないです……! 団長もありがとうございます……! アンドレの料理だけ永遠に食べさせられるとか、拷問より拷問だよ……。マヤちゃんさん、恐ろしい人……!



 さて、騎士団の皆はこうしていつも通り楽しんでいる訳で。ならば、俺達もゆっくり楽しませてもらう訳で。


「ほら、アイリスもいっぱい食べていいぞ?」

「……………………え、えっと」


 そして、今日はスペシャルゲストがいる訳で。

 地ドリを持って帰る途中から、『今日は宴になるなぁ』と察していた俺とグラシャは、せっかくなのでアイリスも誘ってみたのだった。彼女は少し躊躇したが、俺が手を引くとほとんど抵抗せずに来てくれた。せっかくなんだ。食事くらい一緒にしてもいいと思ってね。


「と、トーマさんたち……【夜明けの星】の騎士だったんですね……」


 そう言うアイリスは、なんて恐ろしいところに来てしまったんだ、とでも言いたそうな表情であった。心なしか肩もプルプル震えている。ははは、頭ゴブリンの集まりにようこそ! やべぇ奴しかいないが、悪人は一人もいないぞ。グラシャけものはいてものけものはいない。安心してくれ。


「大丈夫、噂みたいに変な人間はいないさ。ほら、おいしいよ?」


 スメラギさんのピザをアイリスのお皿によそる。まずは一口食えば緊張もほぐれるというものだ。おあがりよ!


「んー、おいし!」


 グラシャもピザに舌鼓をうっている。その笑顔、プライスレス。

 そんな俺達の様子を見て、アイリスもおずおずとそのピザに口をつけた。


「――――おいしい……!」

「だろ?」

「スメラギさんのピザだもの。当然よ」


 アイリスはそのまま一気に一切れ食べてしまった。あんな激戦があった後だ。お腹も空くというもの。そんな微笑ましい姿を見せるアイリスに俺とグラシャも和んで笑ってしまった。


「ごめんなさい、アイリス。さっきは怒鳴ってしまって」

「いえ……。私が、ちゃんと言わないのが、悪いので……」


 グラシャとアイリスはそんな事を言いながら、お互いに頭を下げていた。んー、そうだな。流石に、アイリスが言葉足らなかったね。


「……私、本当に、話すのが苦手で……。いつも、本当に言いたい事、言えなくて……」


 アイリスはそう、本当に悲しそうに俺達に白状してくれた。……恥ずかしがりってやつか。彼女の場合は、それが行き過ぎてコミュ障のようになってしまっているようだ。それが祟って、他人に誤解されてしまいがちなのだろう。グラシャがそうなってしまったように。


「トーマさんと最初に会った時も……義兄の事で、謝りたかったのに、逃げてしまって、すみませんでした」

「全然気にしてないよ。アイリスは優しいな。ルキウスとは大違いだ」

「ほんとねぇ。今回だって、一人でクリアしようとしてたし、度胸があるわ」


 俺とグラシャが手放しでほめると、アイリスは恥ずかしそうに身をよじった。その奥ゆかしい感じもお嬢様っぽくて実に男心をくすぐる。それにおっぱいも大きい。魔法も強力だし、優しいし、度胸もある。何だこの人は。欲しい。パーティに是非とも欲しい。

 ……いや、違うな。俺は、まずこのアイリスという少女と友達になりたい。人間ともっと付き合ってみたい。彼女の魅力に、俺はぐっと惹かれている。その口下手な心をもっと知りたい。知ってあげたい。そう思う。


「アイリス」

「……?」


 一つ名前を呼ぶと、“何か?”とばかりに俺を見て、首をこてんと傾けた。可愛い。そういうところだよ。好きになりそうなところ!


「俺と友達になってくれないか?」


 俺はキメ顔でそう言った。いえーいピースピース。そう、まずはお友達から始めよう。一緒にご飯を食べよう。話をしよう。冒険に出かけよう。そして、君の事を聞かせてほしい。話したい事を、全て俺に言って欲しい。俺は聞こう。その全てを。君がもう自分の口下手さに涙を流さないように。言葉を怖がらないように。人と話す事は、素敵な事だと思えるように。俺が傍にいよう。


「……そうね。アイリス、私たちと一緒に来ない? 楽しいところだよ、【夜明けの星】。それにトーマがいる。私も、あなたが来てくれたらとても嬉しいな」


 グラシャも俺に続くようにそう言った。尻尾が心地よさそうにゆらゆらと揺れている。


「……、ほんと、に?」

「本当にさ」

「えぇ」


 アイリスは今にも泣きそうな表情で俺達に問い返して来た。“本当に自分のような人間が友達でいいのか”と。そう遠慮がちに問いかけている。いいに決まっている。


「……私、こんなに暗くて口下手なのに?」

「俺はアイリスがいい」

「義兄が、本当に迷惑かけたのに……?」

「アイリスのせいじゃない」

「私、取柄、ない……よ……!」

「すごい魔法がある。優しいところも好きだ」


 即座に言い返すと、アイリスはぐっと脣噛み、必死に言葉を探しているように見えた。そしてついに涙を流してしまう。おう、いくらでも言ってみるがいい。その三倍は君のいいところを言って返してやる。


「あらあら、新しいお友達は泣き虫さんね……」

「うえ、ふえぇぇぇぇ……」


 そこへスメラギさんがまた新しい料理を持って来た。料理をテーブルに置くと、懐からハンカチを出してアイリスの目を拭ってあげていた。スメラギさんの女神度が加速してゆく……。あんなお姉ちゃんが欲しかっただけの人生だった……。


「ぐす……ありがとうございます……」

「どうしたしまして。ここはいいところよ。必ずあなたも受け入れてもらえるわ」


 スメラギさんはそう言ってアイリスに笑った。いつものスメラギさんらしい、ともすれば吹いて散ってしまいそうな、何とも儚い笑顔だ。これにはアイリスも泣き止み、逆に“この人大丈夫か”と言いたそうな瞳を向けていた。俺もそう思います。


「アイリス、うちにおいで」

「……うん。ありがとう」


 そしてアイリスは遂に根負けし、本当に嬉しそうな泣き笑いと共に、【夜明けの星】の一員となるのであった。これで、いよいよ俺のパーティに魔術師が加わった。俺、グラシャ、そしてアイリス。完璧な構成だ。負ける気がしない。これでマヤちゃんも俺達にクエストを斡旋してくれるだろう。


「私を呼んだかなっ?」

「うぉ!?」


 ふとそんな事を思っていたら、俺の隣にマヤちゃんが座ってきた。心の中で思っただけなのに! いつの間に団長のお酌から離れて来たんだ!?


「えっと、マヤちゃん、この子をウチに入れてあげたいんですけど、いいですか?」

「もちろん! ウチは人手不足だからすごく助かるよぉ。ふふ、あなたのお名前は?」

「アイリス……アイリス=スターライトです」

「すたっ……!?」


 その名を聞いた瞬間、流石のマヤちゃんも驚きのあまり身を乗り出した。スターライト家といえば、団長が常日頃から『くたばれ』とのたまう騎士団【ノブレス・オブリージュ】のトップの人間の名前だものな……。そのご令嬢がうちに入るなんて前代未聞というやつだろう。でも、そういうのも【夜明けの星】っぽくていいんじゃないかな。


「と、トーマくん! この子ほんとに?」

「マジっぽいです。あのスターライトです」

「はえー……。んーっと、アイリスちゃん、ほんとにいいの? 【ノブレス・オブリージュ】じゃなくて」

「はい……。元々、【ノブレス・オブリージュ】には入るつもりはありませんでしたし……。貴族、嫌いですし……」


 君も貴族でしょうが……。あぁでも、ルキウスとアイリスがちゃんと会話出来るかって想像したら……。駄目だな、ルキウスはアイリスの話聞かないだろうし、アイリスもルキウスを嫌いそうだ。


「よし! おっけー! 団長! 新人さん入ったよー!」

「うむ? またワガハイのしもべになる者か!」

 

 おいこらジジイ、いよいよしもべって言ったな。

 団長はワインの瓶を片手に、マヤちゃんに呼ばれて俺達の席に来てくれた。マヤちゃんが俺の隣から退くと、代わりに団長がどっしんと座り、その巨大な余波で俺が少し浮いた。

 団長は目の前のアイリスをきっと睨みつける。その迫力に、アイリスはびくっと肩を震わせて怯えてしまった。うん、まぁ、人相はほんと凶悪犯罪組織の親玉みたいだものな、団長。


「ふっ、なかなか素直そうな者ではないか。奴隷にするにはちょうどよい。こやつの名は?」

「アイリス=スターライ――」

「スターライトだと!?」

「おい奴隷って口に出てるぞ」


 まだマヤちゃんが言い終わらないうちに、団長は驚き立ちあがった。その余波でテーブル上のレモサーがちょっと浮いた。


「……そうか。スターライトがな…………クク、ガーハハハハハハ!! ついにスターライトの名がワガハイの下に下る時が来たか! よい!! でかしたトーマ! グラシャ!」


 ……そして団長は上機嫌で笑い始めた。そ、そんなにスターライトの名前を下したのが嬉しかったのか。


「そしてアイリス! 貴様もワガハイのために働くがいい! 腹いっぱいの飯とたっぷりの睡眠時間を用意し、休息日を多く設け、身の丈にあった仕事をさせてくれる! ワハハハハハハ!!」

「さっすが団長! ここのちょろすぎる仕事環境、マヤ大好きですぅ♡」

「ガーハハハハハハ!! 人生楽してなんぼである! 夏のボーナスも期待するがよいぞ!」


 ほんとちょろいなここ! 世渡り上手そうなマヤちゃんがここで働いているのも納得だ! アイリスもこの勢いに目をぱちぱちさせている。このハイテンション馬鹿っぷりが【夜明けの星】テイストだ。


「ようこそ、【夜明けの星】へ。これからよろしくな、アイリス」


 だから、せめて俺くらいは丁寧な歓迎をしよう。レモサーのグラスを持ち、彼女に差し出して言う。すると、彼女も意図を察して、同じくグラスを差し出して来た。


「……はい! よろしくお願いします、トーマさん!」

「私もっ!」


 グラシャも合わせて三人、パーティ結成のお祝いにグラス打ち付け合い、乾杯した。何千年と続く世界で、今この時、この二人に出会えた幸運に感謝を。この出会いに祝福を。そう、喜びを鳴らすかのような音が響いた。




「あの……私、ここのお仕事……そこまで楽ではないのですが……」

「スメラギ、貴様はもう少し待つがいい。正直ワガハイにも貴様を楽にする方法が思いつかん」


 思わず団長も真顔になるほどのガチ返答だった。【夜明けの星】の名前のせいでアルバイトすら来ないし、団員で料理出来るのは彼女だけだし、同僚はアンドレ。おぉ、駄目だ……完璧に詰んでいる……。これからもスメラギさんの受難は続くのだろう……。それがあまりに悲しくて、思わずほろりと来そうだ……。ぐすっ……スメラギさん…………必ず、必ずや俺が助けてみせますからね……!

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