第6話 騎士団に優しさを求めるのは間違っているだろうか

 俺とグラシャは騎士団本部で見世物のように座らされていた。

 周りには一郎さんとろくでなし……じゃない。ドクを始めとしたこの騎士団のメンバーが集まって俺らを観察している。そして、目の前には人相の悪い白髭のご老公がどすんと座っていた。

 一郎さんとドクが俺達の事を簡単に説明すると、ご老公は得心いったように頷く。


「なるほどのう。つまりこやつらは、このままでは野垂れ死ぬしかない哀れな下民と言う事じゃな?」

「大雑把に言えばそうでしょうな」


 あんまりな言い草をするご老公に、ドクがそう答えた。おい、何で嬉しそうに言うんだ。

 ご老公はニヤリと笑うと、鼻息をふしゅうと鳴らし、俺達を見下すように顎をそらして堂々と言う。


「ならば仕方あるまい! トーマにグラシャといったか! よい、その哀れな姿に免じ、貴様たちをワガハイの騎士団【夜明けの星】においてやろう! ひれ伏して感謝せよ!」


 そう言って、ガーッハッハッハとご老公は機嫌よく笑った。……は、はぁ。それはどうも。


「あの、あなたはいったい?」

「何と! ワガハイの名前も知らぬとは! 我が名も今だ田舎の端まで轟いておらぬか!」


 そう問うと、ご老公は本当に驚いたように言い、そして大きなビール腹と胸をそり上げた。


「ワガハイこそがドレイク=タイラント! アークホールド帝国が三大騎士団の一角【夜明けの星】の騎士団長にして、【地王】の称号を持つ者だ!」


 だ、団長! この一見悪徳貴族にしか見えない人が、一郎さん達を束ねるリーダーか!

 再びガハハハと笑い上機嫌になるドレイク団長を観察する。……声が大きく、肥満気味で、老獪そうな顔立ちで、人生を気ままに楽しんでいるような男性だ。ほんとに悪徳貴族じゃないよな?


「この帝国で最強の地属性魔法使いは団長殿だ。故に、二つ名は【地王】。見た目はただの酒飲み老人だが、不思議な事に実力は確かだよ」

「ガハハハ! そう褒めるなドク! またワガハイの名が歴史に残ってしまうではないか!」


 ドクが付け加えるようにそう説明してくれた。いや団長、あの男、褒めてません。絶対に貶してます。


「さぁお前たち! 新たな奴隷の仲間入りだ! 祝い酒を持てぃ!」


 団長がそう叫ぶと、他の団員も歓喜に沸き立つ。部屋にはにわかに酒瓶が大量に持ち出され、各々がグラスを天につきあげる。お、おぉ!? 流れが早すぎて俺とグラシャは置いてきぼりだ! あと今、奴隷って言わなかったか?


「新たな星の誕生に!」

「「新たな星の誕生に!!」」


 そしてそのまま、本当に酒宴が始まってしまった。え、えぇ……。まだ昼間だろ……。何だこの人達……。


「これが【夜明けの星】流なのさ。口では色々言うが、ここに悪人は一人もいない。君たちの入団を祝福しているのも本当だ」


 置いてきぼりをくらっている俺とグラシャに、一郎さんがジュースを持って来てくれた。ど、どうも。


「改めて。――――ようこそ【夜明けの星】へ。歓迎するよ十真くん、グラシャくん」

「……はい!」

「ありがとうございます!」


 一郎さんがそう言ってくれて、ようやく俺とグラシャも安心した。そうだ、一郎さんが所属する騎士団がおかしなところであるはずがない。ドクも……まぁ、実際に悪い事はしていないし。今のところは。


「まぁ、団長殿含め、ここの者共は酒を飲む口実になれば何でも祝うのだがな。では、私も改めて。【夜明けの星】専属医のマイセンだ。これから先、危険な冒険に出る事もあろう。その時には是非私を頼って欲しい。私の調合する魔法薬が君たちの手助けしよう」


 ドクも俺とグラシャに言葉をかけに来てくれた。……ドクの作る魔法薬……実に疑わしい。手助けになるってほんとにござるかぁ?


「そう疑ってかかるな。言っただろう。私は誰より正しく生きる事を信条にしていると。私は嘘もつかないし、毒薬だって味方に渡さない。本当だ」

「でも人の不幸は喜ぶんだよな?」


 そう言えば、ドクは嬉しそうにフフ、と笑って誤魔化した。そういうとこだイマイチ信用出来ないのは!


「ドクターのお薬は確かですよ……市販のものよりもずっと効きます……」


 そこでまた一人、メンバーの女性がこちらに来た。手には美味しそうなピザが乗った皿がある。


「どうぞ……これ、私が作った、チーズとハニーシロップのピザです……」

「ど、どうも。じゃあ遠慮なく」


 そのかぐわしい香りを放つピザを一切れもらい、口に運ぶ。


「――! おいしい!」


 一緒に食べたグラシャが思わずといった様子で呟いた。全くその通りだ! なんてうまいピザなんだ! 濃厚でちょっと塩気の効いたチーズと、まろやかで甘い蜂蜜っぽいシロップが実にピザ生地と合う!


「彼女はシェフ・スメラギ。ここの食堂で働く敏腕料理人だよ」

「スメラギと申します……。喜んでもらえて何よりです」


 ドクの紹介で、そのピザを持って来た料理人・スメラギさんはぺこりと頭を下げた。ここには食堂もあるのか! いや、こんなにおいしい食事を食べられるだけでもここに入ってよかったと思うレベルでおいしかった。…………でも何でスメラギさんそんな幸薄そうな顔してるんです?


「スメラギさん大丈夫ですか? どこか顔色悪そうに見えますけど……」

「大丈夫。ありがとうグラシャちゃん。これでも今日は体調いいのよ」


 グラシャも思わず心配するほどの顔色だが、スメラギさんはニコニコと笑顔で答えていた。絶対に大丈夫じゃないと思うんですけど(名推理)。ちょっとお医者さん、いいんですかあれ? 俺がそう目で訴えると、ドクはフフ、と笑う。


「あれでも彼女は健康そのものだ。まぁ、少々お疲れかもしれないがね。何せここの食堂運営はほとんど彼女一人に任せているようなものだからな。フフフ……」

「笑う所なんか無いぞ今の」


 とんだブラック企業じゃねぇか! おい団長!? それでいいのかここの食糧事情は! どうして他に人を雇わないんだよ!?


「何で彼女一人なんですか! 他にいないんですか従業員は! 駄目だってスメラギさん無理しちゃ!」

「トーマくん……! ぐすっ、ありがとう…………! 私の心配をしてくれるのはイチローさんだけだったから、とっても嬉しいわ…………!」

「駄目じゃねぇかやっぱり!」


 スメラギさんは感激したように肩を震わせて涙ぐんでいた。これが社会の奴隷というやつか……! いいのかこれで! この騎士団は!


「でも、いいの。これは仕方ないのよ……」

「どういう事ですか?」

「だって、そもそもこの騎士団に入ってくれる人が少ないんだもの……人の雇い用がないの」

「…………………………あぁ、そういう……」


 ……………………思わず冷静になるほど悲しい理由だった。ない袖は振れないってか……。


「私、ここ以外に行くところないし、私が辞めたらここの皆お腹空いちゃうと思うから……。大丈夫よ……年中無休でおはようからおやすみまで働いてるけど、辛くはないわ。ありがとう、心配してくれて」

「スメラギさん…………!」


 ほろりとくるほど彼女の笑顔は悲しいものだった。只今を以て、幸せにしてあげたい系女子ランキング(俺調べ)の第二位に彼女が君臨した。この儚い食堂の女神は、俺が守護まもらねばならぬ。この尊い献身を見てこそ、男もまた彼女に尽くしたくなるものだ。そう、いないのならば俺がなればいい。彼女を救う手段。それは俺自身がアルバイトになる事だ。俺は固く決意した。


「やぁ新入り! スメラギの料理を食べたなら、次は俺の料理も食べてくれぇ!」


 俺が決意を新たにしていると、そこへエプロンをかけた筋肉ムキムキな男性がやってきた。おや? 彼も料理人なのか?


「彼はシェフ・アンドレ。コック・スメラギと同じく食堂で働く男だ」

「アンドレだぁ。よろしくぅ!」


 ドクの紹介と共に、そのアンドレさんはお茶目にウインクをして、フライドポテトを俺達の前のテーブルに置いた。おやつやおつまみの定番メニューだな。揚げたてなのか、湯気がたっている。とてもおいしそうだ。


「いただきます!」


 俺とグラシャも早速一つつまむ。すると、口の中にはギトギトとした生温い油の味わいと、すかすかとしたイモの触感が口いっぱいに広がった。…………何だ、これは。食べられなくはないが、まずい。とてもじゃないがスメラギさんの料理の後に食べられたものじゃない。……視界の端でドクが口元を歪めていた。

 

「シェフ・アンドレの作る料理はシェフ・スメラギのものとは格が違う」

「あと十秒早く言って!」


 これにはグラシャも大激怒だ。ドクはお酒と共にスメラギさんのピザをつまんでいた。こ、このろくでなしめ! ほんとに比べるのが失礼なほどの大味だ! どうしてこんなおいしそうな見た目なのに味が微妙なんだよ!? てかポテトフライなんて不味く作る方がおかしい料理だろ! “美味しそうで美味しくない、食べられなくはないがまずい料理”なんてどうやって作ったんだ……。


「いやぁ褒めるなよ。俺が総料理長なんだから当然だろぉ?」


 しかしアンドレは全く気が付いていないようで、ドクの言葉を褒め言葉のようにとらえていた。まるで健康体そのものな彼に対し、今にも過労死しそうなスメラギさんを比較して見ると、この世の無常を感じざるを得ない。


「スメラギさーん! なんか作ってくれー!」

「スメラギさん! こっちにも何か頂戴!」

「あぁ、はい……! すみません、トーマくん、グラシャちゃん、またお話しましょうね」


 他の席からオーダーを受け、スメラギさんは最後に挨拶してから慌ただしく食堂の厨房に戻って行った。


「さぁて、俺も料理するぞぉ!」

「やめろアンドレ! お前は酒だけ出してろ!」

「遠慮するなよぉ。今日は市場で新鮮なサーモンを仕入れたんだぁ。絶対うまいぞぉ」

「それ全部スメラギさんに渡せ馬鹿!」


 ……アンドレも意気揚々と厨房に入っていった。サーモン料理には手を出してはいけない。俺は固く決意した。


「フフ、アンドレは味音痴のくせに料理好きな男なのだ。そんな男を味音痴な我らが団長が拾って来た、という訳さ」

「どいつもこいつも救いようがねぇな!」

「…………そう言う訳で、食堂は実質スメラギさんが一人で仕事をしているんだ。十真くん、暇な時には手伝ってやってあげてくれないか」

「えぇ、もちろんです……」


 一郎さんと俺は仲良くため息をついてしまった。そりゃみんなスメラギさんに料理を頼む訳だ……。


 し、しかしカオスな騎士団だ……。馬鹿な、まともな人間は一郎さんしかいないのか……!?


「ほらほらトーマくん、グラス空いてるじゃない」

「えっ、あっ、どうも」


 そこへ、さっきまで団長のお酒を注いでいた女性が来て、俺に飲み物を注いでくれた。おぉ、おぉ! まごう事無き美人のお姉さん! おっぱいは……まぁ、アレだが、とにかく美人のお姉さんだ!


「はい、かんぱーい♡」

「ありがとうございます」


 そんなお姉さんとお互いに乾杯した。少し緊張してしまい、俺はグラスの中身を一気に飲み干す。……何だこの飲み物は。なんかレモンみたいに爽やかな味わいでとてもおいしい。しかも炭酸飲料。この世界、どうやって炭酸作ってるんだ。


「ほぇぇ~。いい飲みっぷり! カッコいいねぇ」

「そ、そうですか? ていうか、これなんですか?」

「うみゅ? レモサーだよ? 飲むと気分が良くなる命のお水♡」


 そう彼女はあざとい口調で答え、自分もそのレモサーなる液体を飲んでいた。命の水って、酒の比喩表現じゃねぇか! でもアルコールっぽさは全然無かったな? もしかしてお酒じゃないのか。


「あたしはマヤ! 普段はクエストの依頼と受注、そして完了報告の受付をやってるの! これからよろしくねトーマくん!」

「よろしくお願いします!」


 出た! クエスト受付係のお姉さん! 腹のどこから出しているのかよく分からない甘ったるい声といい、男受けしそうな天真爛漫な笑顔といい、胸以外は完璧な美人さんだ! 胸以外は!


「トーマくんはどこの出身なのぉ?」

「いえ、その、一郎さんと同じって言うか……。あの、近い、近いです……」


 マヤさんは俺に這い寄るように近づき、肩をくっつけて話しかけて来た。その大人の余裕に俺も恥ずかしくなり、一歩離れる。すると彼女もまた一歩寄って来る。くっ、この人、マジで男慣れしている! 男の弱みに付け込んで簡単に出玉に取るタイプの女性に違いない! 俺の最も苦手なタイプだ! 俺の内なる大魔王が見透かされてしまうから!


「そうなんだぁ。どうしたの? ふふっ、もしかして照れてるの?」

「そ、そりゃマヤさんみたいな綺麗なお姉さん、近くにいませんでしたから……あの、ほんと近いです……!」


 いかん、マヤさんの指が俺の腕に這い上がって来た。まるで蛇か蜘蛛か、するりと俺の手の甲を撫で、徐々に二の腕を上がって、ついに胸板に触れて来た。あーだめだめ、えっちぃすぎます近いですなんか指つかいがエロいです!


「ふふ、可愛いねトーマくん。マヤちゃんでいいよぉ。身体、けっこう強そうだねぇ。マヤ、強い人が好きなの。トーマくんにはぁ、期待してるからね?」

「が、ガンバリマス」


 何か甘いにおいが鼻腔を通り、脳をくらくらさせる。マヤさんの髪のにおいだろうか。彼女の指は胸から下に進み、俺の脇腹をするりと通り、さらに下、そう、俺の魔王城を目指し進軍している。あっ、駄目、俺って攻撃力全振りなんで防御力は全く無いんです! ひぃぃ、マヤさんのフェロモンに俺の股間の大魔王が覚醒を果たそうとしている!

 このままでは彼女によって目覚めの儀式を迎えられ、“この人興奮してまーす!”と暴露されてしまうだろう! それはいけない! 俺はまだグラシャとスメラギさんの前では大魔王の顔は見せていないのだから! 駄目だ、せっかくグラシャが良い感じに俺を親友だと思ってくれてるのに、その正体が童帝ケモミミ=キョニウノオネエサンスキー1世だとバレてしまう! グラシャに軽蔑されたら俺は一秒で泣く自信があるぞ。それだけは何としてでも阻止しなければ!


「マヤちゃん、そろそろ、ほんと、やめて……」

「んー? ほんとにやめていいのかな~?」


 マヤちゃんはまんざらでもなさそうな表情で、俺の耳にそう囁く。えっ、それはどういう……?


 その時、ぐわん、と俺の身体が横にずれてマヤさんの指が離れた。あぁ、正直ちょっと残念……。横を見れば、俺とマヤさんの間にいつの間にかグラシャが入っていた。ナイスインターセプト。俺は正気に戻った。


「残念。トーマくんはグラシャちゃんが予約済みかぁ」

「トーマは私の親友です。勝手に手を出さないでください」


 グラシャは俺を守るように背中に隠し、尻尾を俺の太ももに巻き付けて俺を守ろうとしていた。グ、グラシャ……! それは逆効果だ! 尻尾のふわふわ感が何とも言えない刺激を俺に与えてくるではないか! このままでは大魔王が覚醒を果たしてしまう……! 落ち着け、ここはまずグラシャの耳でもモフって落ち着こう。


「グラシャ、尻尾退けてくれ」

「ひゃあ!?」


 レモサーのグラスを起き、グラシャの両耳を後ろからモフる。ケモ耳のモフモフは俺に安らぎを与えてくれる。あれだけ乱れていた心が、今はゆったりと落ち着いて来た。我が心は明鏡止水。大魔王は再び封印され、ここに俺の平和が戻ったのであった。


「も、もう……! 力が抜けちゃうからやめて……」

「だがモフる」


 むにむにとグラシャの狼耳を揉んでいると、彼女の尻尾がするりと俺の足から外れた。力が抜けたようで何よりだ。


「仲が良いんだねぇ。うんうん、パーティメンバーはそうでなくっちゃ。ところでトーマくんとグラシャちゃんは二人とも戦士タイプなんだっけ?」

「はい。俺が剣、グラシャが槍でいつも戦ってますね」

「あっ、トーマ、そこ気持ちいい……」


 かりかりとグラシャの耳を軽くひっかきながらマヤちゃんに答える。

 魔法が使えるようになると、人はそこから二種類の戦闘スタイルに別れる。武器を持って、それと魔法を組み合わせて戦う魔法戦士と、強力な魔法攻撃に専念する魔術師の二つだ。俺とグラシャは魔法戦士が肌に合っていたのだが、魔物を倒すのは魔術師タイプの方が有利らしい。俺はちまちま戦ってゴブリンを倒すのに比べ、魔術師タイプの人は強力な魔法で群れをまるごと消し飛ばす事が出来るからだ。その代わり、魔術師は対人には向かないという弱点もあるけど。


「騎士団としてはぁ、魔法戦士と魔術師をバランス良く混成したパーティをお勧めするよぉ? 魔法攻撃じゃないと倒しにくい魔物ってたくさんいるからぁ」

「俺達のパーティにも、魔術師は一人か二人いた方がいいって事ですか?」

「そう言う事♪」


 マヤちゃんはご名答、とウインクを一つ俺にくれた。グラシャの耳が威嚇するようにぴんと立った。……うーん、そうだなぁ。魔術師、誰か良い人がいればいいけど。


「それじゃあまたねぇ」


 マヤちゃんはそうしてまた団長のお酌に戻って行った。俺達二人がどんな人間か見定めにきた、って感じか。わざわざ忠告をもらってしまったし、俺達はまず魔術師を仲間にしないと騎士団としての仕事は斡旋してくれそうにないかもだ。マヤちゃん、こんな時でもしっかりお仕事しててすごいな。


「団長♡ 五十年ものの高級レモサー開けていいですかぁ?」

「むぅ? マヤ、それはワガハイの貴重なコレクションの一品ではないか? 何でお前が持っておる?」

「違いますよぉ。これはたまたまマヤがここの地下室で拾っただけですぅ。ささ、おいしいレモサー飲んじゃいましょ~」


 マヤちゃんはそう言いながら団長にレモサーを注いでいた。……もしかして、この騎士団で最も権力を持ってるのって彼女なのでは? 俺は訝しんだ。男としての本能が彼女だけは敵に回すなと叫んでいる。あの魔性の態度で騎士団の人間を手玉に取っているのだろう。恐ろしい事だ。これからは尊敬の念をこめてマヤちゃんさんと呼ばせてもらう事にしよう……。





 そんな、カオスな騎士団で始まった酒宴は何と夜まで続いた。

 色々なメンバーが入れ替わり立ち代わり俺たちに挨拶してくれて、俺も楽しく過ごさせてもらった。ドクの言う通り、悪人は一人もいないようだった。頭のネジはみんな吹っ飛んでいるけれど。



 俺は一度酒宴から抜け出し、一人静かな本部のテラスで夜空を見上げていた。…………やっぱり、空に月が二つある光景は慣れない。夜が来るたびに、この世界が地球じゃないのだと実感させられる。


「この世界に来て、もう三週間か。短いような、長いような……」


 ここまで本当に濃密な三週間だった。異世界に来て、どうしたものかと困惑した。その夜に吸血鬼に襲われて、この世界は地球のそれとは違うのだと身で味わった。ドイヒ村の一件を見て、この世界でも優しくない人はたくさんいるのだと悲しくなった。

 だけど、グラシャに出会えて感動もした。ケモ耳美少女だからってのもあるけど、それ以上に優しい子だったからだ。それを俺は美しいと感じた。大切にしたいと強く思った。“大勢の人にとって、優しさなんてすぐに捨ててしまう軽いものなんだろう”って思っていた俺に、グラシャの笑顔は本当に眩しかった。一目惚れだった。……あぁ、俺はもう、彼女に夢中なのだ。女の子としても、人間としても。我ながらそれが大変恥ずかしくて、頬が緩む。


「ここにいたか」

「一郎さん……」


 そこへ、一郎さんが声をかけてきた。

 俺が少しずれると、一郎さんは俺の隣に来て、同じく空を見上げた。


「…………この世界には慣れたかい?」

「少しだけは。まだ困惑している事の方が多いです」


 一郎さんの前で強がってもしょうがない。俺は正直に言うと、彼は仕方なさそうに微笑んで、俺の肩を抱いた。


「大丈夫、君ならこの先どんな事が起きても、必ず正しい道を進める。君はそういう心の持ち主だ。これでも私は、君のような男がいて頼もしく思ってるんだぞ?」

「そんな、俺なんか一郎さんの迷惑になってばかりで……」

「そんな事、気にしなくてもいいと言っているだろう。……でも、そうだな。君はまだ知るべき事が多い。地球に帰る手掛かりは、今だ形すら見えない有様だ。ここでの生活を安定させるためにも、君にはもう少し強くなってもらわねば」

「はい!」


 そうだ。地球に帰る方法……それを見つける事が何より一郎さんへの恩返しになるはずだ。そのためにも、俺はもっと強くならないと。例えどんな障害があろうとも、険しい冒険があろうとも、俺は一郎さんと共に進んでいきたいと思う。そうだ、俺達の戦いは、これか――――。


「だから十真くん。学校にいかないか?」

「…………はい?」


 ――――お、俺達の戦いは、これから、だ……?

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