第5話 やはり俺の薬草採取クエストは間違っている。

 戦場に一迅の風が吹く。

 眼前には俺達に向かってくる小鬼ゴブリンの一団がいる。相も変わらず世紀末暴徒なファッションで嫌になる姿だ。あと臭い。


 そいつらに対峙するは、剣士セイバーの俺と槍兵ランサーのグラシャ。彼女と出会ってからはや二週間。その間、俺と彼女は実の家族のように過ごした。共に起き、同じ釜の飯を食い、共に一郎さんに師事して鍛錬し、共に寝た。同じものを見て、聞く事の出来るのが俺とグラシャだ。まさに真の仲間である。


 時にお互いに稽古の相手となった。最初の頃はグラシャに散々にボコボコにされたけど、今となってはちょっとボコボコにされるくらいに成長した。…………無理だ、勝てない。魔獣変化モンスターフォーゼ持ちに素人の俺が敵う筈もなかった。ちょっと勝てなさすぎて、手合わせの時毎回泣いた。同時に、これは村一つ相手取っても不足しない女傑だと実感した。一人で異世界無双やってるんだもん。“奴とは戦うな、董卓を狙うのだ!”って感じだ。もうまぢ無理……鍛錬しょ……。


 とはいえ、俺も俺で少しぐらいは強くなったと思う。具体的に言えば、目の前のゴブリン共を瞬殺できるくらいには。フン、ザコカ!


「グラシャは右から、俺は左から行こう」

「了解っ」


 俺は短剣を、グラシャは鉄槍を手に、同時に駆けだす。

 ゴブリンの一団を横から挟み込むように走り回る。するとゴブリン共は、どちらを追うべきか迷い、一匹一匹がそれぞれ近い方を狙い始める。軍団を各個に分けるとは、各個撃破してくれと言っているようなものだな! まぁ、それが狙いだったんだが!


「ふっ!」


 先にグラシャの方から戦闘が始まった。彼女の伸びしろは一郎さんすらも驚くほどで、たった二週間で見違えるほどの戦士になった。『もし今のグラシャとボロ小屋で戦っていれば、村長は守り切れなかったかもしれない』と一郎さん自身が言うほどに。


 グラシャは鉄槍を鮮やかに振り回し、言葉も無くゴブリンたちを倒していった。動く度に揺れるおっぱい、プライスレス。実にエクセレント。これがデンジャラスビーストですか。あのたゆんたゆんの胸を見ていると、俺の穢れきった理想が泥のように脳に溢れて来る。最高にCOOLだ。


 さて、そんなグラシャをいつまでも眺めていたいがそうもいかない。俺を標的にしているゴブリンが三体もいるからだ。


「そらよ!」


 まずは駆けつけ横凪ぎ一閃。ゴブリン一匹の脇腹を深く切り裂いた!

 するとゴブリンの肉体から緑色の粒子のようなものが弾けて流れる。【魔力】だ。魔物にとっての血液らしい。


「もういっちょ!」


 続けて縦に一閃! 二匹目のゴブリンを真っ二つに叩き切って倒す!

 さらにその勢いのまま短剣を投擲! それは三匹目のゴブリンの眉間に深く突き刺さり、そいつも魔力の粒子を流して絶命した。


 …………んで、最初の一匹がいつの間にか起き上がっている。仕留め損ねたようだ。別に仲間になりたそうな目でこちらを見ていない。完全に殺意マシマシの視線だ。しまった、一撃で仕留められてないと一郎さんに叱られてしまう。しかも武器の短剣、今投げてしまったから俺ってば手ぶらである。これはしまった。やられる! …………なんてね。


 俺の一撃を耐えた褒美だ。貴様には俺の真の力を見せてやろう!

 右手の拳を握ると、拳を包むように赤い炎が湧き出した。何も無いところでこれほどの火遁を……! そう、故に、これが俺の魔法属性! 一郎さんとの修行で魔法が覚醒し、むさ苦しい筋トレの末に身につけた必殺の!


「一撃で倒れておけパンチ!」


 最後のあがきを見せるゴブリンの顔面を、俺必殺のほのおのパンチが吹き飛ばす!

 ゴブリンは数メートル吹き飛んでようやく絶命。汚ねぇ花火だ。俺の魔法属性は炎。指パッチン一つで火を起こせるとっても便利な属性である。これで俺はマッチ要らずだ。パンもすぐにトーストできる。戦闘は派手だが普段使いは地味。いいけどね。だが雨天での戦闘は勘弁していただきたい。


「もうゴブリンでは相手にならないな」


 戦闘を終えた俺達に、一郎さんとズイカクが寄って来た。ズイカクに乗っていた間はゴブリンなんて雑魚は無視出来たんだけど、三人は流石に乗れない。だからこんな雑魚もいちいち相手にしないといけない。

 でも俺にとってはこれも貴重な経験だ。戦闘には結局的に経験して慣れていきたいところである。少しでも一郎さんやグラシャとの差を埋めないと、俺が悔しい。男の子には意地がある。そう言う事なのである。


 異世界に来て約三週間、ようやくここまで来れた……! 自身の魔法で敵をなぎ倒し、可愛い女の子と共に世界を冒険するこの日々の何と鮮やかな事か……! 本当に長かった……! 俺は今、猛烈に感動している……! どうやら、俺の天運は今ようやく回り始めたらしい。俺の異世界生活はここからだ!




 さて、雑魚狩りをしながら旅を続け、俺達はようやく【シータの町】という、帝都に最も近い町に到着した。ここまで来ると町の規模も尋常では無く、町を歩けば様々な施設が目に入る。まさに都会。上京した気分になる。


「ここで一晩泊まり、明日帝都に到着しよう」


 一郎はそう言い、大きな宿で三人分の部屋を取ってくれた。ここまで本当に一郎さんにお世話になりっぱなしだ。いつか彼にお礼しなければ。


「イチローさんに、いつかお礼しましょうね」


 こそっとグラシャが俺に耳打ちしてきた。思わず笑ってしまう。どうやら、全く同じ事を考えていたようだ。一郎さんのチェックインが終わるまで暇だし、とりあえず耳モフっておこう。グラシャモフモフしたいわ。


「そうだな、一郎さんがいなければここまで来れなかったはずだし」

「も、もう……!」


 グラシャは困ったように怒るが、決して俺から逃げたりしない。ふふ、身体は正直という訳だ。

 彼女の狼耳はぴんと張っていて、しかし硬すぎず、柔らかな毛に包まれている。モフって下さいと言わんばかりの名器だ。馴染む、実に俺の手に馴染む。誰も止めなければたぶん一日中モフってられる。ひゃだ……最高……。


「んっ……くすぐったい……」


 ぽやーん、とグラシャは段々リラックスして、ふにゃふにゃの表情になっていく。指でなぞる。擦る。揉む。ひっかく。それのどれも楽しくて仕方ない。あとグラシャが可愛い。


「やぁイチロー。戻ってたのか」

「ドク! こんなところで会うとは!」


 おや? 一郎さんに親しげに話しかけている人がいる。知り合いか。見ると、三十台後半ほどの男の人だった。目を引くのが、長い白衣だ。科学者、もしくは医者だと察する事が出来る。もふもふ。


「ほ、本当は駄目なんだからね。こんなすぐ女の子に触るような事……」

「グラシャはいいのか?」

「私だって、ほ、ほんとは恥ずかしいわ! だ、だから、他の女の子には簡単に触っちゃ駄目よ! いい?」

「分かった。モフモフはグラシャだけにするよ」

「ば、ばか! 抱きついていいとは言ってないでしょ!」


 グラシャの態度があんまりにも可愛くて、思わずぎゅっと抱きしめてナデナデしてしまった。何と言うか、グラシャは愛玩したくなる魅力がある。グラシャは恥ずかしがって微妙に抵抗するが、全く力は弱い。全然本気で嫌がってない証拠だ。もしグラシャが全力で抵抗したら、俺はこの宿の壁に叩き付けられているはずだから。

 俺達がこうしていちゃついてる間にも、一郎さんと白衣のおじさんは話を進めているようだった。


「今回のクエストはどうだったかな?」

「最悪だ。ドイヒ村が過激派の集まりというのは本当だったようだ。何せ、討伐依頼が魔獣変化モンスターフォーゼ持ちの女の子だったんだからな」

「それはまた、難儀な事だ。それで? もしかして、あれがその女の子かね?」


 そこで白衣のおじさんが、俺に撫でられてふにゃふにゃになってしまったグラシャを指さした。ご名答。今俺が討伐しました。おっぱい柔らかかったです。うわぁ、俺クズみたいな事してらぁ。

 さて、一郎さんの知り合いなら挨拶せねばなるまい。名残惜しいがグラシャを解放しよう。


「ふぇ? 終わり?」

「また後でな」


 お前も名残惜しそうにするなよ。この淫乱め。次は尻尾モフモフだ。


「紹介するよドク。海藤十真くんと、グラシャくんだ。此度の任務で俺が保護してね。騎士団に入ってもらおうと考えている」

「十真です」

「グラシャです!」


 先ほどの痴態を見られていたからか、グラシャは少し恥ずかしそうに挨拶した。白衣のおじさんは穏やかに笑う。


「私はDr.マイセン。知り合いからは【ドク】とよく呼ばれているが、好きに呼んでくれたまえ」

「ドクター? お医者さんなんですか?」


 彼と握手を交わしながら問うと、彼は首を縦に振った。


「騎士団の専属医だよ。君も騎士団に入るのなら、私の患者になる事もあろう。その時は安心して任せてくれ」


 専属医! そういうのもあるのか!

 この世界には回復魔法なんてものは無い。魔法は奇跡を起こせるが、それでも尚出来ない事はある。治療回復、死者蘇生、錬金、時間操作の四つだ。だから、この世界でもお医者様は高い地位を持っている。


「マイセンはどうしてこの町に?」

満月草まんげつそうを仕入れにな。この町の近くの丘に群生地があるのだよ」


 一郎さんに問われたドクターは何ともなしにそう答えていた。……満月草? 薬草採取のクエストか何かだろうか。冒険者の初クエストとしてあまりに有名なアレだな? これは、いい機会かもしれない。


「あの、ドクター。その仕事、俺にも手伝わせてくれませんか? ただ働きでいいですから!」

「ほう? いいのかねイチロー?」

「今晩行くんだろう? 構わないよ。少々訳ありな子でな。色々教えてやってくれ」

「そうか。なら共に行こう。よろしく頼む、トーマくん」

「はい!」


 よかった。薬草採取クエストは基本だって兄貴も言っていた。一郎さんの許可も出たし、ドクターに色々教えてもらおう。


「トーマが行くなら、私も行くわ」

「そうか。グラシャくんもよろしくな」


 こうして、俺とグラシャに緊急クエストが発生した。



 その日の夜、俺とグラシャはドクターに連れられ、町外れの丘まで足を運んだ。


「ドクター、満月草とは何でしょうか」


 グラシャがまず質問を始めた。そうだ。まず俺達はそこから何だよな。


「満月草はマンドレイクという魔物を乾燥させた薬草だ。マンドレイクは満月の夜にその成分を増幅させる。今宵に収穫して、そのまま天日干しにする事で高い効果が期待できるのだよ」

「魔物!?」


 待て、薬草採取クエストではないのか!? マンドレイク……確か植物の魔物で、地面から引っこ抜くと発狂して周囲の動物を痺れさせるだの石化させるだのといった魔物だった気が……。えっ、それ強くない? 耳栓とか持って来てないですよ!?


「ドクター、そのマンドレイクって危険じゃないんですかね……?」

「全く無害だよ。人一人殺す事も出来ないほどにな」


 ドクターはそう笑って言った。そ、そうなのか? よかった……。

 そうして歩く事数分、沢山の花々が群生する野が目の前に現れた。うわぁ、綺麗なところだな……。まるで人の手入れがあったように綺麗な花畑だ。歩く事すらためらわれるほどに整理整頓されている。


「この花々の中にマンドレイクが隠れている。黄色の花を探してくれ。それがマンドレイクだ」

「「はい!」」


 ドクターの指示で、俺とグラシャは花畑に入って行った。黄色の花、黄色の花……。


「あったわ!」


 と、そこで先にグラシャが見つけたようだ。俺も側に寄って見る。グラシャはその少しおどろおどろしい黄色の花を掴み、一気に引っこ抜いた!


「ふっ!」


 グラシャによってぐぼっと土から抜けたのは、人の身体のような形を持つ根っこだった。……何だこれ。


「うわ、キモい」

『酷い事言いますねあなた』

「うわぁ!?」


 思わず俺が呟くと、それに反応してその根っこが喋り出した。ご丁寧に口っぽい器官までついている。キャァァァシャベッタァァァ!! マンドレイクって会話するのかよ!


『人の事勝手に引っこ抜いてその言い草はないんじゃないですかね? こっちがあなたに何かしましたか? 何もしてないですよね? それなのにキモいって言われたら、どんな気持ちになると思います?』


 ……しかも何か、早口でキレ始めた。何だ、こいつ……。


「えーっと、ドクター、マンドレイクってこれでいいんですか?」

「そうだ。紐で縛ってかごに入れておいてくれ」


 ドクターはそう言い、自分もマンドレイクを探し始めた。……なんか、うん。この世界の魔物って、色々残念だな。


『どっち向いてんのお兄さん。今こっちと話してるって分かってるよね? 何で今他の人と話してんの? はぁ、こんな奴に引っこ抜かれるとかないわぁ……』

「うるせぇなお前!?」


 悪質クレーマーか何かかよ!? いるんだよなぁ、こういう人格まで攻撃するクレーマー。遊園地の長いアトラクション待ちでそういう人見てからほんと嫌になった。どうして係員さんに当たり散らすのか、これが分からない。


『あのさぁ、キレたいのはこっちな訳よ。分かる? 気持ちよく月光浴してんのにいきなりブッコ抜かれた俺の気持ち?』

「グラシャ、そのまま持ってて」

「なんか、うざいわねこの魔物……」


 全くだ。俺はドクターに渡された紐でマンドレイクを縛り上げた。確かに、こいつには殺傷能力とかいうものは無いようだ。だが、無害というのは大ウソだ。うざすぎる。何が悲しくて植物に罵られないといけないのか。

 ようやく口まで縛りあげて黙らせた。やれやれ、ショックが大きくて、一匹目でどっと疲れてしまった。こんなのをドクターは一人でやろうとしてたのか? 大変だろうに……。


 そこで俺とグラシャはちら、とドクターを見やった。すると彼もマンドレイクを一匹引っこ抜いていた。


『植物だって生きてんですよ!? どうしてこんなひどい事が出来るんですか!? 良心が痛まないんですか!? 環境破壊のつけはいつかあなたたちに帰って来ますよ!』

「そうかもしれんな。だがお前には関係のない事だ」


 ドクターは素早くマンドレイクを拘束して、かごに入れた。そしてまた新しいマンドレイクを引っこ抜く。


『鬼! 悪魔! 命を何だと思ってるんですか!』

「ギャンブルだ。運よく今日を生き残るのが私、そして運悪く今日で終わるのがお前だよ」


 ドクターは泣き叫ぶマンドレイクを楽しそうに引っこ抜いては縛りあげてどんどん収穫していっている。え、えぇ……。ドクター、何でそんな楽しそうな顔してるんですか……。


『最低な人間だ。クズだ。外道だ。人の不幸を、どうしてあなたはそう笑っていられるんですか?』

「他人の不幸を見た時ほど自分の幸運を感じる瞬間はあるまい? 私は今、植物に生まれなかった幸運を天に感謝している。お前はついてなかったな? フフフ……」

『悪魔め! くそ、離せ! こいつにだけは殺されるのは嫌だぁぁ!』


 ……いつの間にか、マンドレイクの方が泣いて謝っていた。やべぇ。何がやべぇって、ドクターが泣き叫ぶマンドレイクを喜々として収穫してるところだ。人間にいいように摘み取られるマンドレイクの悲劇を、あの男は本気で楽しんでいる。完全に悪党の顔になってますけど大丈夫?


「……私を助けに来たのがイチローさんとトーマで本当によかったわ」


 グラシャが戦慄の表情で呟いた。あぁ、ホントにね。ドクターならグラシャの悲劇を笑って喜ぶかもしれない。村長もアレな人間だったが、ドクターはまた別のベクトルでろくでもない大人のようだ。あれで一郎さんの親しい人間だというから、人と言うのは分からない。


「む? どうした二人とも。手が止まっているぞ?」

「……あの、ドクターは何故医者になったんですか?」


 普通に疑問に思った。人の不幸が好きなら、それこそ殺人鬼とかになるんじゃないのかと。でもドクターは一郎さんも信頼するくらいのお医者さんだ。人を不幸にするどころか命を助けて幸せにしてしまう職業だ。ドクターの趣味とは真逆なのでは、と。


 そう聞くと、ドクターは真顔になって、真剣なまなざしで俺を見据えて言った。


「決まっている。私がより多くの不幸な患者を見たいからだ。勇ましい戦士が魔物に手ひどくやられた姿や偉大な魔法使いが無力にも病気に犯された姿などは、とてもよいものだ。芸術だ。しかし、その芸術は私が一切関与しない偶発的・・・なものでなければならない。私は天運を感じていたいのだ。“善良なる人間がこんなにも不幸に遭っているのに、真性のクズである私がのうのうと生きている”という倒錯した世界を味わいたいのだよ。フフフフフ……!」

「おいクズ」


 なにわろてんねん。何言ってんだこのおっさんは。ドン引きである。ホントにこの人が専属医で大丈夫なのか、一郎さんの騎士団は。


「マッチポンプのような真似をして作る不幸は実につまらん。自身は善行を積み、徳を高め、その時に突発的に起きる他人の不幸を味わう。これが本当の美酒というものだ」

「だ、だから医者を?」

「そう。私は誰より正しく生きる・・・・・・・・・。誰より深く他人の不幸を味わうためにね」

「おい、ろくでなし」


 もう敬語使う気すら起きない。クク、と月光に照らされ、半分影を作りながら笑う彼は、本当に今まで見た誰よりも邪悪な人間に見えた。思わず背筋が凍る。今日出会った俺達が知ったんだ。一郎さんもこれを知らない訳が無いだろう。……ほ、ほんとにこの人格破綻者を野放しにして大丈夫か!?


『許してくれェェェェェ!』

「フフフ……」


 悪質クレーマーのマンドラゴラすら泣いて謝る、大悪党がここにいた。誰だ初心者クエストとかほざいたのは。俺だ。大魔王はここにいた。これはひどい。まず彼の人格を治す薬草を探した方がいいのではないか。俺は訝しんだ。まさか、一郎さんの騎士団ってこんなろくでもない大人ばかりじゃないよな?





 こうして、もう二度とやらないと誓った薬草採取クエストが終わった。

 満月草を採取したろくでなし……じゃなかった。ドクターも一行に加わり、俺達はいよいよ帝都ユグドラシルに到着した!


「ここが、帝都…………!」


 俺とグラシャはその大きな街並みに圧倒され、思わずため息をついてしまった。町は魔物を寄せ付けないように白亜の壁で囲まれ、町の中央には巨大な宮殿がそそり立っている。東京の高層ビルにも引けを取らない高さとボリュームだ。おそらくあそこに皇帝がいるのだろう。

 町には貴族風の男から商人、騎士、町人と大勢の人間が練り歩き、各々が中央ストリートに軒を連ねる宿、武器屋、書店、公衆浴場、大衆食堂、魔法雑貨店といった施設へ出入りしている。町を流れる川のほとりには釣り人が糸を垂らしていたり、年端もいかぬ子供たちが走り回って遊んでいる。これだけで、帝都の治安がかなり良い事が察せる。すげぇ、小学生並みの感想ですまないが、ほんと異世界だ。


「ケモ耳……!」


 その時、俺達の横をケモ耳のお姉さんが通り過ぎた。あれは猫のケモ耳! グッド! しなやかな体躯と尻尾が実にグッドだ! 一郎さんの言葉通り、この町には魔獣変化モンスターフォーゼ持ちの人間がたくさんいる! 素晴らしい! 世界はケモ耳に満ちている!


 俺がこの素晴らしい世界に至福を感じていると、グラシャにぐいと腕を取られて引っ張られてしまった。あ、あぁ、猫耳さんが町中に消えて行く…………!


「……そんなにあの人が好きなの?」


 だいぶ不機嫌そうな声音でグラシャに言われてしまった。そりゃ好きか嫌いかで言えばとても好きです。でもグラシャの方がもっと好きです。


「もしかして、妬いてくれたのか?」

「そんなんじゃない……」


 ぶすぅ、といじけて言うグラシャに心のときめきを感じた。これは永久保存版だ。はい可愛い。この可愛さに俺の中のスケベ大魔王が覚醒した。俺はグラシャに捕まれている方の手で、そのまま彼女の手を取る。


「ふふ、意地悪い事言って悪い。俺はグラシャが一番好きだよ」

「そ、そう…………!」


 グラシャはそれだけで尻尾をふりふりさせて、ニコニコして機嫌を直してしまった。調子のいい事を言って良心が微妙に痛むが、グラシャが喜んでいるからいいか。ほんと心配になるくらいちょろくてこっちが困るぞ……。


「トーマ、今度一緒に、町を見て回らない?」

「もちろんいいよ」


 へぇ、デートかよ。俺でよければ喜んで受けよう。幸せにしてあげたい系女子堂々の第一位(俺調べ)であるグラシャの願いを断れる筈も無い。

 そうして俺達は、いよいよ一郎さんの所属する騎士団の本部に到着した。ゲームのギルドみたいな外見の建物を前に、俺も気合が入る。この騎士団に俺とグラシャも入団し、力をつけて、幸せになるんだ。そうだ。俺たちが今まで積み上げてきたもんは全部無駄じゃなかった。これからも俺たちが立ち止まらないかぎり道は続く…………。

 

 そうして、その本部の入り口を一郎さんが開く。

 ギィと扉が軋んで開き、中には―――――――――――。



「ガーハハハハハハ!! 部下の努力で呑む昼酒は最高だのぉ!」

「流石は団長♡ 痺れるほどのクズ発言が板についてらっしゃいますよぉ」


 …………。

 ……………………その、いい年したじじいが若い女の子を侍らせて酒を飲んでいた。何、この世界は騎士団と書いて“キャバクラ”と読むのかしら?

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