第3話 ケモ耳が迫害されてるけど俺が救えば関係ないよねっ

 それから俺と一郎さんは共に行動するようになった。まぁ、俺が一郎さんについて回っているだけなんだけど。

 一郎さんは現在任務の真っ最中であり、その途中で俺を拾ったのだと先も言っていた。俺も一郎さんの任務とやらに付き従い、異世界の事を自分の目で学び、一郎さんの課外授業を受ける。


 曰く、この世界に犬や猫といった動物はいないのだとか。その代わり、魔物が国中を闊歩していて、食肉やペットも魔物になっているらしい。

 かく言う俺も食べてしまった。“スライムと水を合わせたソーダラムネ”や“殺人イノシシのハムサンド”とか、そういう魔物飯を。その、とっても美味しかったです。


 曰く、車や飛行機などは無い。交通手段は二角獣バイコーンと呼ばれる、槍のような角が二つ生えた馬の魔物を使った馬車らしい。


「二角獣の機嫌が悪い時に触ると死ぬから気をつけた方がいい。後ろ蹴りをまともにもらえば軽く五メートルは吹き飛ぶからね」

「何でそんな殺人兵器使ってるんですか」


 俺はしれっと恐ろしい事を言う一郎さんにドン引きしながら、彼が手綱を引く二角獣に相乗りさせてもらって移動する。二角獣は平均時速六十キロ程度で駆ける生き物で、俺も一郎さんにしがみついていいないと落ちてしまう。一郎さんの事は嫌いじゃないけど、熊みたいな男にしがみついていないといけないというのは何とも言えない微妙な気持ちになる。


 それから、この世界の人間は比べ物にならないくらい頑丈らしい。具体的に言えば、走る二角獣から転落しても無傷で済むくらいには頑丈だ。一郎さんと俺も、この世界に来てから同じぐらい頑丈になった。先日の吸血鬼との追いかけっこで、信じられないぐらい早く走れていたのはそういう事のようだ。ささやかな身体能力ブーストが俺のチート能力か。地味。


 さて、二角獣で野を移動していると、魔物がこちらを襲ってくる。

 今も、進路上に数匹の小さな魔物がこちらに襲い掛かって来た。葉緑の皮膚、ややでこぼこして筋肉質な身体、小学生のような低身長。そして謎の肩パットにモヒカンヘアが世紀末暴徒感を演出する。小鬼ゴブリンだ。

 ギャアギャアと訳の分からない鳴き声でコミュニケーションを取り、数匹のゴブリン隊が俺達に向かってくる。その見た目のせいで“汚物は消毒だァー!”とか聞こえてきそうだが、実際に汚物なのはお前らの方だ。いかんせん、体臭がひどい魔物なのである。しかも弱く、そのくせ勝てない相手にも突っ込んでくるので面倒な魔物として有名らしい。


「潰せ、ズイカク!」


 一郎さんはそう指示すると、俺達の乗っている二角獣(名前はズイカク)が雄々しい嘶きと共に突進、目の前に迫ったゴブリン共を一撃で吹き飛ばした! 魔物にも格がある。二角獣とゴブリンでは勝負にすらならないようだ。


「よくやった」


 その圧倒的攻撃力に一郎さんもズイカクのたてがみを撫でて労わる。ズイカクかっこいい! 良い感じじゃない! これには翔鶴姉もニッコリ! こんなんじゃ俺……自分の二角獣欲しくなっちまうよ……。


 そんな素敵なズイカクに乗り、三日程進んだ頃、ようやく任務の目的地に到着するようだった。


「そう言えば、一郎さんの任務って何ですか?」

「うむ。ドイヒ村というところにな、人を襲う強力な魔物が現れたらしい。村人では歯が立たず、騎士団に協力を要請してきたのだ」


 そう一郎さんが答えたその時、視界に一つの村が見えて来た。あれがドイヒ村だろうか。そこで一郎さんは村から少し離れた林の中でズイカクを停止させる。


「ズイカクはここまでだ。あとは自分の足で向かう。十真くんも降りてくれ」

「了解です」


 一郎さんに言われ、俺と彼はズイカクから降りて荷物を背負う。でも、何でこんなところで? 今までは町までズイカクを入れていたのに。


「どうしてこんな途中で降りるんですか?」

「…………今から行くドイヒ村は特殊なんだよ。有り体に言えば、“魔物を極端に毛嫌いしている村”なんだ。だから、ズイカクを入れれば殺されてしまう」


 そんな恐ろしい答えに、俺の背筋も凍ってしまった。一郎さんも険しい表情でズイカクの手綱を外している。……そうか。こんな世界だ。魔物を嫌う人がいても当然か。


「この国のほとんどの町は有益な魔物とは共存しようとしている。しかし、一方で魔物とは絶対に相容れないというところもあるのだよ。十真くんは魔物が好きみたいだから、これから少し辛い思いをするかもしれない。覚悟をしておいた方がいい」

「は、はい……」


 いや、俺も魔物が好きって訳じゃない。吸血鬼なんか二度と会いたく無いし。でも、吸血鬼が嫌いだからズイカクまで嫌うのはおかしいと思うだけだ。極端な考えは人生を小さくしてしまうと兄貴も言っていた。人間だってそうだ。一人の男が酷い暴力を振るうからって、全ての男が暴力的じゃない。一人の女性が貧乳だからって、巨乳を諦めてはならない。そう言う事なのである。だから俺はおっぱいとパンツを両方選ぶのである。重ねてそう言う事なのである。


 そう考えこんでいると、手綱などが全て外されて裸になったズイカクがべろりと俺の頬を舐めてきた。うげ、お前口臭いんだよなぁ……。


「いくら美人でも息が臭いのはいただけないぞ」


 眉間を撫でてやると、ズイカクは機嫌良さそうにふしゅう、と鼻を鳴らした。聞いてんのかこら。干し草ばかり食べてるから臭いんだ。いつか人参とキシリトールガムをくれてやろう。


「さてズイカク。しばらく遊んで来い」


 一郎さんがズイカクの尻を叩くと、ズイカクは一つ嘶いて林の奥へ消えて行ってしまった。


「いいんですか?」

「あぁ。俺が呼べばすぐに帰ってくるから心配いらない。俺達も行くとしよう」


 呼べば来るとか何ソレかっこいい。二角獣は知能も高いようだ。俺の中で二角獣の好感度が爆上がり中である。ズイカクにときめきすぎてレボリューション。いつか自分の二角獣を持つ。俺は今固く決意した。





 そうした事もあって、一郎さんと俺は件のドイヒ村に到着した。

 一郎さんの言葉から、俺はけっこう身構えていたのだが、村の雰囲気はそう恐ろしいものではないような気がする。田舎の集落と言う言葉がぴったり合うところで、第一村人も第二村人もそうおかしな気配は無い。


 …………ん?

 村を歩いていると、一つ、酷く倒壊した家屋を見つけた。黒焦げになっており、どうやら火事か何かあったのだろうと見える。異世界でも火事は恐ろしいね。俺も気をつけよう。


 一郎さんは村長の家の所在を尋ねていた。その間に俺は村を見渡していると、本当に村に魔物が一匹もいない事に気が付いた。他の村では、交通手段としての二角獣や農耕のための牛っぽい魔物、それにペット替わりの愛らしい魔物などを見かけたが、ドイヒ村にはそれら一匹すら見えない。

 俺も少しだけ不気味さを感じてきた。インターネットと同じだ。少し視点を変えるだけで見えそうな人の悪意、隠れている狂気。この村にはそういうのがある……!


「こんにちは、お兄さん」

「こんにちは、お兄ちゃん!」


 …………っと、そこへ村の子供たちが俺に声をかけてきた。おぉ、男の子も女の子も皆愛らしい顔立ちをしているなぁ。この世界の顔面偏差値は地球の三倍はある。誰も彼も美形すぎるね。良い事だ。将来が楽しみな少女もいるじゃないかぐへへ。


「こんにちは。自分から挨拶出来るなんて、偉いね」

「お兄さんは旅人?」


 集団の一番先頭にいる少年にそう問われ、少し考える。……一郎さんは国の騎士団の一員としてここに来ているから、旅人、と答えるのは違うか。なら……。


「いいや。俺達は騎士だよ。ここに悪い魔物がいるって聞いたから、退治しに来たんだ」

「騎士様!」

「うわぁ! すごい! 初めて見た!」


 俺の答えに、子供たちはきゃいきゃいと跳ねるほど喜んでいた。まぁ俺は騎士では無いんですけどね、初見さん。騙して悪いが、これも仕事なんでな。ぐへへ。


「やっとあの悪魔が倒されるんだね!」

「町に平和が戻るんだ!」


 子供たちは喜びの声を上げる。そんなにその魔物に困ってたのか。可哀想に。


「ねぇ騎士様! ちゃんと八つ裂きにしてね!」

「二度と生まれ変われないように潰して、地獄に叩き込んでね!」


 …………ん?


「それじゃあ駄目だよ。まず生まれた事が罪なんだってパパも言ってたもん。耳を削いで、手足をもいで火にくべて消毒しないと」

「そうだよみんな。あの害虫は二度とこの世界に現れないように塵も残さず消さないと」


 ……………………。

 お前は何を言ってるんだ。ちょっと待て、親はどんな教育をしてるんだよ。子供の方が残酷だって言うけれど、これが普通だとはとてもじゃないが思えないぞ? 何、この世界の子供はこんな擦れ切ってるのか? 実は中身はおっさんとかじゃないよな?


「十真くん、行くよ」

「あ、はい!」

「ばいばい、お兄ちゃん!」


 そんな子供たちの手厚い歓迎を受け、漠然とした不安が明確な恐怖へと変わった。そして俺は一郎さんと村で一番大きな家に招かれた。


「私が村長です」

 

 村長の第一声がそれだった。なんか他人を犠牲にしても村を守りそうな顔をしている。この瞬間、俺はこの丸っこい中年ジジイを信用しない事に決めた。出された謎のお茶は不味かった。


「【夜明けの星】騎士団所属・柊一郎であります。こちらは海藤十真、私の補佐役であります」

「よろしくお願いします」


 俺も一郎さんに合わせて挨拶をした。あたしキキ。こっちはジジ。あっちは死にかけのセミ。…………待て、【夜明けの星】騎士団って何だ。ほんと一郎さんの事何も知らねぇな俺。ズイカクにばっかときめいてんじゃねぇぞ。


「さて、ご依頼の件ですが、具体的な話をお聞かせ願えますか?」

「えぇ。もう三ヶ月も経ちますかな。村の側の林に、それはもう言葉にするのも悍ましい魔物が住みつきまして。村の男たちが討伐に向かいましたが、生意気にもこれが強く、怪我人を多く出してしまう有様でして……」


 村長は本当に悔しそうな表情で一郎さんにそう語る。歯ぎしりの音まで聞こえてきそうな勢いだ。…………言葉にするのも悍ましい魔物って、いったいどれほどのものなんだろう。正気を失いそうなほどのえぐい悪魔とか? グロテスクな死霊とか? ブルーベリーみたいな色をした全裸の巨人とか? どれにしても勘弁願いたい。 出会うならえっちぃ美少女がいいです。いあ! いあ! きょにうのおねえさん!


「幸いにも死者は出ていないのですが、仕事が出来ないほどに痛めつけられた者が多く、難儀しておるのです。どうか力をお貸しください」


 ……ん? 死者は出ていない? それに、何だ、その、痛めつけられた・・・・・・・とは。その魔物は人間を殺すのが目的じゃないのか? あのふざけた吸血鬼だって、殺意だけは本物だったというのに。

 俺は何となく違和感を覚えて、一郎さんに視線を向けた。彼もまた俺に少し視線を向けると、“ここは自分に任せろ”と言うように一つ頷いた。

 

「なるほど、分かりました。すぐに対処しましょう。案内をしていただけますか?」

「お待ちを。日が沈んでからの方がよろしいかと。その方が奴も油断していると思われますから」


 村長はやる気満々とばかりに鼻息を鳴らし、夜を待つように言った。…………夜が弱い魔物? そんな種族、ゲームでもいたっけな。魔物って基本的に夜に活発になるイメージなんだけど。


 何はともあれ、一郎さんと俺はその日の夜を待つ事に決まった。

 ただ待っているのも暇なので、俺は一郎さんに戦闘の手ほどきをしてもらう事にした。


「いいかな十真くん。敵を倒すのに難しい事を考える必要は無いんだよ。相手よりも先に気配で敵を見つけ、相手が最も防ぎにくい方角に回り、相手に抵抗を許さず一撃を以て倒す。これだけでよろしい」

「十分難しい事です本当にありがとうございました」


 要するに一撃必殺の不意打ちで潰せ、という事では? んなの出来たら誰も苦労しないんですが……。帝国軍人は全員ターミネーターか何かなのだろうか。


「もちろん、これが上手くいく事は少ない。では、正面きっての戦闘になった場合、どうすればいいと思う?」

「…………戦うしかないのでは?」

「その通り。相手よりも強い力で、相手よりも強靭な肉体で、相手よりもタフな体力でねじ伏せるしかない。そのために必要なのは体力の気力だ。君にはまず身体を整えてもらう」


 一郎さんは笑顔でそんな恐ろしい事を言った。なるほど、筋力至上主義ってやつですね分かります。攻撃力全振りは基本って兄貴も言ってた。


「これから毎日鍛錬だ。腕立て伏せ、腹筋、懸垂を毎日三百回始めよう」

「さんびゃ……!?」

「安心して欲しい。一人で続けるのは辛いだろうから、私も付き合おう。私は同じものを三倍行う」

「さんば……!?」


 意味不明なトレーニングメニューとか、何故か嬉しそうな一郎さんとか、ツッコミどころは山ほどあってどこから言えばいいか分からない。…………え? ほんとに?


「あの、レベルアップとか、スキルポイントとか、ジョブとかってないんですかね……?」

「うむ? すまない、よく分からないな。では、始めようか」


 一郎さんはそう言って、上半身の服を脱いだ。現れたのは、鋼のように硬く、岩肌のようにごつごつとした彼の筋肉質すぎる上半身。思わず“うほっ”ともらしてしまいそうな肉体だ。一郎さんまじ巨乳。全然嬉しくない。むさい。


「十真くん!」

「…………はい」


 何故か鍛錬にわくわくしている一郎さんに、俺は諦めを感じて、俺も一緒に腕立て伏せを始める事にした。

 …………あれ、おかしいな? 何で俺、異世界に来てまでこんなガチムチおじさんと筋トレしてるんだ? 日本人は楽してズルして世界最強になれるんじゃなかったのか!? 俺に無条件で恋をしてくれる美少女はどこ……ここ……? いや、まだだ。落ち着け。


「焦るんじゃない、俺は美人の彼女とちょっとえっちぃ暮らしをしたいだけなんだ……」


 異世界生活は始まったばかりじゃないか……。そう、この筋トレはいつか出会う巨乳のお姉さんにモテるために布石……! 今の男のトレンドはひょろい白アスパラではなく引き締まったちょい筋肉質タイプだとネットに書いてあった。なるほど、この筋トレによって俺は魔物に対する戦闘力も手に入るし、素敵な美少女を落とす魅力も手に入るという訳だな? 一石二鳥とはまさにこの事か。筋肉は裏切らないって偉い人も言っていたし。

 はっ! 一郎さんはまさかそこまで考えて……! くっ、何たる策士か! 今孔明とはこの事だ。俺とした事が、一郎さんをまだ信じ切れてなかったという訳だ! 流石は一郎さん、俺の二歩も三歩も先を行っている。


「俺頑張りますよ一郎さん!!」

「その意気だ!」


 ――答えは得た。大丈夫だよ兄貴。俺も、これから頑張っていくから。夜まで筋トレ、頑張ります! 兄貴も頑張ってたし、俺も頑張らないと!





「痛い、筋肉痛、死ぬ……!」


 誰だ筋トレを喜々としてやってた奴は。俺だ。馬鹿だ。

やばい、これから例の魔物を倒しに行くのに身体が痛くて仕方ない………が、俺一人ここにいる訳にはいかない。戦闘には積極的に参加して慣れるべきだって一郎さんも言ってたからね。


 そして、俺は痛む身体に鞭を打ち、一郎さんと村長と共にいよいよ出発した。やはりこの世界の夜は地球のそれと比べてずっと明るく、カンテラ一つで林の中でも十分歩けるほどだ。

 林の奥へ進むと、驚いた事に古い家屋がぽつんと建っていた。壁には蔦が這うように巻き付き、屋根や壁には草木すら芽吹いているほどのボロ小屋だが、倒壊せずに存在している。村長はその家の前で足を止めた。


「あれです。あの中にヤツがいます」


 村長はそう言って、視線をボロ小屋に向けていた。…………小屋の中に魔物が? 悍ましい魔物というから、さぞ巨大なものなのかと思っていたが……小屋の中にいると言う事は、せいぜい先の吸血鬼ほどの大きさなのだろうか。


 一郎さんは無言で腰の軍刀を抜き、戦闘態勢に入る。俺も村で仕入れた短剣を抜き警戒する。場に一気に緊張感が増し、思わず生唾を飲んでしまう。


 その時、ギィ、と傷みきった音を立ててボロ小屋の扉が開いた。そして、中から現れたのは――――――。


「……………………懲りない連中ね」


 ――――――ケモ耳だった。

 いや、違う。ケモ耳が生えた少女だった。何だ、彼女は……。魔物は、どこだ?


「出た! 出ましたぞ騎士殿! あれが悪魔です!」


 一郎さんも俺も呆気に取られる中、村長がヒステリック気味にそう叫ぶ。……は? 彼女が、悪魔?


「どういう事です? 私たちは村を襲う魔物だと聞いて来たのですが?」 

「だから目の前にいるでしょうが! さっ、やっちゃって下さい!」


 それが当然の事だと言う様に、村長は困惑する一郎さんに行った。…………訳が、分からない。魔物だって? 彼女が? 馬鹿な、どう見ても人間じゃないか。しかもケモ耳付きの。


「…………ふっ。情けないわね村長。遂に村の外の人間にまで頼るようになったの? あなた言ってたわよね? “他の村は魔物と共存するような愚か者ばかり”だって」

「だ、黙れ! 貴様がいなければ、こんな事にはならなかったのだ!」


 ケモ耳ちゃんは掠れるような声で、しかし明らかに馬鹿にしたように笑う。村長はたったそれだけで湯の沸いたヤカンのようにカンカンになって激怒した。

 だが村長なぞどうでもいい。俺はあのケモ耳ちゃんを対象に速攻魔法【観察眼】を発動! この魔法は俺が女の子をよく凝視する事により、その子の特徴を細やかに暴き立てる! さぁ俺に見せるがいい、そのケモ耳を!


「おぉ……これが……!」


 思わず声が出てしまう。あのケモ耳は……犬…………いや、狼! そう、狼に違いない! 腰から覗くゆるくふさふさの尻尾、間違いなく狼だ! 狼っ娘だと……! 最高かよ……。素晴らしい。グッド。実にモフりがいのありそうな尻尾だ。これがファンタスティックビーストですか。大したものですね。オイオイオイ、嬉しくて死ぬわ俺。是非フレンズになりたい。

 身長は百六十いくらかだろうか。月光に照らされた鮮やかな青紫の髪は皮脂でベタついており、枝毛がびょんびょんと飛び出ていてだいぶ清潔感に欠ける。せっかくの綺麗な髪がもったいない。黄金色の瞳は美しいが、目の下に出来たくまや、やつれた目じりがそれを全て台無しにしている。脣はかさついており、四肢はどこを見ても痩せ細っていて今にも折れそうだ。

 …………あれ? やばくない? 完全に栄養足りてない感じでは? あと睡眠とかも。てか何でそんなボロ小屋にいるのでしょ?


「彼女は魔物ではありません。村長、騎士団に嘘の任務依頼をしたのですか? 場合によっては、虚偽請求の罰金を払っていただく事になりますよ」

「馬鹿な事を言うな! あれはどう見ても魔物だろう! 人間があんな、魔物のような耳や尻尾が生えるものか!!」


 村長はケモ耳ちゃんを指さし、唾を吐き散らしながら一郎さんに叫んだ。…………確かに、これまでの村ではあんなケモ耳や尻尾の生えた人はいなかった。という事は、あのケモ耳ちゃんが特殊だと言う事になる。何で彼女にはあんな素敵なものが生えているのだろうか。


「いいえ違います。彼女は、おそらく【魔獣変化モンスターフォーゼ】の能力者でしょう」

「能力者?」


 思わず俺も言葉を挟んでしまった。魔法とは違うんです?


「そう。魔法というものは生まれつきの能力なんだよ、十真くん。私の場合は水の魔法の才を持っている。だから水の魔法が使える。その代わり、火を出したり風を出したりは出来ない」


 一郎さんは穏やかな声で、その場の全員に聞こえるように言った。コップに水を生み出したあの時を思い出す。なるほど、一郎さんは水の魔法使いという事か。と、いう事は。


「彼女は、魔物の身体の特徴を持つ能力【魔獣変化モンスターフォーゼ】の才を持っているんだ。だから、あのような耳や尻尾が生えている。珍しいが、帝都ではそれなりに多くいる存在だよ」

「そうなんですか!?」


 ケモ耳フレンズが、帝都にはいっぱいいる!? な、なんてこった! そんな理想郷があったなんて、俺の人生はまだ始まっていなかったようだ。行かねば。俺の人生の目標が一つ増えてしまった。銀河の歴史がまた一ページ……。


「村長、あなたは、彼女を迫害していたのですね。【魔獣変化モンスターフォーゼ】の事を知らなかったという事は、彼女を魔物が取り付いた悪魔とでも思っていましたか?」

「…………そうなんですか?」


 俺の中の熱が急速に冷めていった。それは絶対に許されない。こんな田舎村だ。魔法の知識が無いのは仕方のない事なのかもしれない。だが、だからと言って、あのケモ耳ちゃんを迫害する理由にはなり得ない。これはちょっと話の流れがおかしくなってきたな?


「あなたたちが魔物を毛嫌いしている事は承知しております。しかし、彼女は魔物ではありませんよ。見るに、彼女はひどく衰弱している様子。すぐに保護しましょう」

「賛成です!」


 俺は握っていた短剣を鞘に戻し、すぐに彼女を保護しようと足を動かす。痛っ! 走りたいのに筋肉痛でちょこちょこ歩くのが精一杯だ……情けねぇ……!



「ならん!!」



 ――――瞬間、突風のような怒号が空気を貫いた。村長の声だ。


「モンスターなんたらだの知るか! 結局は、魔を身にやつした悪魔という事ではないか! 事実、こいつのせいで村の男が何人も怪我をしているんだ! 処刑だ! 八つ裂きだ!」


 ――――――こいつは、いったい、何をほざいてるんだ?

 駄目だ、分からない。俺には、あの男の考えが、分からない。


「村長、ですから彼女は魔物ではなく――」

「黙れ! 貴様は騎士だろう! 仕事の依頼主は俺だ! 貴様が下、俺が上! 命令を果たせ、国の犬が!」


 一郎さんの声すらも聞かず、村長は喚き散らすように叫び倒す。

 ……………………あぁ、そうか。異世界にもいるんだ。こういう人。心がひどく冷え切って、視界から色が失せていく感覚がした。例え世界が違っても、あんな身勝手な人間がいる事が、たまらなく残念で、腹立たしくて、どうしようもないって嫌悪した。


「…………どうしようもないのはあんたの方よ、村長」


 俺も一郎さんも言葉を失った中、先に口を開いたのはケモ耳ちゃんの方だった。ゆらりと尻尾を動かし、鈍く輝く鉄槍を構え、重心を低くした。その体勢は、今にもこちらに突撃し、串刺しにせんとする姿だった。まずい――!


「村の問題を、全く関係のない人まで巻き込んでまで大きくするなんて。しかもそれがただの無知から始まった事だなんて。こんなに馬鹿馬鹿しい事は無いわ。あなたと私が生きている限り、このふざけた問題は終わらない。だったら、私がこの手で終わりにしてやる!」


 来る!

 ケモ耳ちゃんは槍の切っ先を村長に向け、一直線にこちらに駆けて来た! 速い! 瞬間的になら自動車にも匹敵するのではないかという程の、驚異的な足の速さを以て、一気にこちらとの距離を詰めてきた!


「駄目だ!」


 俺がそう叫んだのど同時に、一郎さんが村長をかばうように移動し、軍刀で彼女の槍を受け止めた! 流石一郎さん! そこに痺れる、憧れるゥ!


「退いて! これは村の問題だ! あなたたちには関係ない!」

「退けない……! 君の行動を、私は認められない!」

「邪魔をするなァァッ!!」


 ケモ耳ちゃんはまるで嵐のように槍を振り回し一郎さんを退かせようとするが、彼も全くその場から動かす、冷静に槍を受け流して止める! 素人の俺でも分かる。ケモ耳ちゃんの攻撃は激しいだけで技術も身の動きも素人の少女だ。一郎さんはそんな攻撃では倒せない!


「そうだ! お前などあってはならない存在だ! やれ! 二度と俺の目の前に現れぬように、叩き斬ってしまえ!」


 村長は何を勘違いしているのか、一転して上機嫌な声音でそう叫ぶ。一郎さんが彼女を抑えているのなら、俺はこっちの相手をしよう。


「村長さん、一ついいかな? 村長さんたちが魔物を毛嫌いしてるのは分かるよ。そこまでは俺も理解できる。でも、だからって彼女を殺したいって思うのはおかしくないか?」

「黙れ小僧! いいか!? 魔物ってのは人を不幸にするだけの存在なんだ! 魔物のせいで不幸になった人間がどれだけいるか知ってるか! 現にあの女のせいで、大勢の村の者が傷ついた!」

「違う! それはあんたたちが彼女を殺そうとするからだ! だから彼女はこんなところに身を隠したんじゃないのか!」

「だから何だ! 生まれつき魔物の力を身にやつした者など、悪魔の子以外の何物でも無い! 悍ましすぎて見ておれん! 生きる価値も無い! 既に奴の一家全てを焼き払い、残るはあやつ一人のみ! ヤツがくたばったその時、村は平穏を取り戻すのだ!」


 ――――待て。今、信じられない事をほざかなかったか?


「焼き、払った……?」

「あぁそうだ! 悪魔の子を作った男! そして産んだ女! 悪魔と同じ血を引いたやつの妹! すぐに処分してやった! だが、その時にヤツだけは逃げおった! 小賢しくも親が逃がしおったのよ! 手間をかけさせおって……悪魔同士、一緒に火に焚かれてくたばればよいものを!」


 背筋の凍りつく俺をよそに、村長は忌々しそうにそう言った。……村で見かけたあの火事があったような家屋の跡は、もしかして――――!


「燃やしたのか。何もしていない、村の仲間を殺したのか……!」

「たわけが! 村に悪魔を持ち込んだ人間なぞ、火あぶりでも生温い! ましてや仲間などと虫酸が走るわ!」


 目の前が真っ赤に染まった。もう限界だった。この目の前の男を許してはいけないと、俺という存在全てが叫んだ。



「悪魔は、お前だッッ!!」



 痛い程拳を握りしめ、俺はその男を殺す勢いで顔面を殴り飛ばした!

 俺に殴られた村長は、奥歯を二つほど地面にまき散らしながら、少し宙に浮いて倒れ伏した。全身全霊、初めて本気で人を殴った。後悔は無い。この男には、これでもまだ生温い。


「十真くん……!」

「なん……!」


 俺の怒号に、一郎さんとケモ耳ちゃんも驚いて戦いを停止していた。あぁ、もうやめてくれ。こんなふざけた事、もうたくさんだ。

 村長はゆっくりと起き上がり、恨めしげな視線を俺に向けてきた。だから何だ。お前の殺意など、何の価値も無い。


「き、きさま……! 何をしたか分かってるのか……!」

「望み通り悪魔をハッ倒してやったんだよ!」


 怒りすぎて、呼吸すらも乱れている。だが言わせてもらう。こいつには、自分が何をしたのかを理解してもらわねばならない!


「彼女が何をした! 村人を痛めつけに来たか! 家を焼いたか! 家族を殺したか! よってたかってお前を殺しに来たか! お前みたいに、存在そのものを否定したか!」


 俺はその場にいた訳でもなし、真実は分からない。だが確信を持って言える。否だ。彼女はそんなことしなかったはずだ。そう信じられる。その理由は――。


「彼女がこんなボロ小屋にいるのは、村に迷惑をかけないようにするためじゃないのか! 村人に死者が出てないのは、彼女が本当に魔物と同じになりたくなかったからじゃないのか! 彼女だって好きで能力を得た訳じゃないはずだ!」


 これだけで、あのケモ耳ちゃんが優しい子なんだって十分に分かる。今までよく闇落ちしなかったものだと尊敬にすら値しよう。望んでもいない能力のせいで村を追われ、家族を失い、今もこうして仇のように思われている。こんな状態で食べ物が喉を通るはずが無い。安心して眠れる訳も無い。


 ――そして何より許せないのは、貴重なケモ耳美少女を迫害した事! 許さない。絶対に許されない。何が悲しくて狼っ娘が死にかけて、こんな悪党デブがのうのうと生きてなければならんのか。よくも貴重なモフモフを台無しにしてくれたな。“けものはいてものけものはいない”という名言を知らんのか。こんな世界は間違っている。やはり差別は悪い文明だ。こんな大人、俺が修正してやる。


「それをお前は悪魔だ何だと好き勝手言いやがって! 悪魔の称号はお前の方がよっぽど相応しい! これ以上ふざけた事を言ってみろ! 口が利けなくなるまで叩きのめしてやる!」


 俺の怒涛の叫びに、場の誰もが言葉を失ったようだ。俺自身も喋り倒して、息を乱してしまった。


「っ、しまった!」


 ふと、その時一郎さんが叫んだ。なんと今の一瞬の静寂を好機と見て、ケモ耳ちゃんが一郎さんの横を抜け、村長の目の前に迫っていた!


「これで、全て終わり!」


 ダメだ。させない。彼女を魔物にしてしまってはいけない!


「なっ!」

「ぐぅッ!」


 俺は反射的に足を動かし、無理矢理に、突進してくる彼女を抱きしめて停止させた!

 …………のだけど、彼女の槍が脇腹に突き刺さってしまったようだ。意識が飛びそうなほどの激痛に、全身から脂汗が噴き出る。いやぁ、これは、きつい……!

 ……でも、倒れる前に、このケモ耳ちゃんにも、一言、言わなければならない。


「…………駄目だ。こんな奴のために、君が血を浴びる必要は、無い……」

「……どう、して……。何で、見ず知らずのあなたが、ここまで…………」


 ケモ耳ちゃんは、信じられないものを見たようにそう呟く。どうしてだって? そりゃ、決まってる。俺がケモ耳スキーだからに決まってんだろう……。

 ……なんて言っても彼女には分かんないか。じゃあ、簡潔に済ませよう。痛くて喋るのも億劫だし。


「君は優しい子だ。そんな君を、俺は好きになった。だから……魔物になった君を見たくない。居場所がないなら、俺と一緒に行こう。世界には、君を愛してくれる人が大勢いるはずだ。君が恋する男だっているはずだ」


 ついでなので、このチャンスに彼女にお触りをしよう。この空気でのタッチは許される。そんな気がする。

 俺は彼女の頬を両手で触れ、瞳を覗き込んだ。……鮮やかな黄金色の瞳だ。でも、彼女の目じりからは涙が零れていた。どうして泣く? そんなに俺に触られるのが嫌だったか? ……それは、だいぶ悲しいなぁ。


「俺が許す。君は、君のままでいていい。たとえ世界中が君を悪魔と罵ろうと……俺だけは君の味方であり続ける……」


 やっべぇ、意識が朦朧としてきた。この世界に来てから俺気絶しかしてなくない? うわ……俺の異世界生活、厳しすぎ……!? って、ふざけた事ばかり言ってられん。俺はまだ死ねない。ケモ耳ちゃんとフレンズになって、帝都とかいう理想郷アヴァロンに着くまでは……!

 最後に、彼女に一番言いたい事を、ちゃんの彼女の目を見て、言った。


「だから…………生きろ。そなたは美しい」


 つまりは、こういう事なのである。サンキューアシタカ。あなたのおかげで、俺の言いたい事が綺麗に伝えられました……。

 俺はそこで、ついに激痛に意識を狩り取られて力尽きてしまった。くぅ、締まらねぇ……。頼むから、もうちょっとだけ楽させてくれ、俺の異世界生活……。

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