第二十八話 運命の一夜
最初の襲撃から、
壊されずに残った家々が、次々と打ち壊されていき、田畑にその残骸が捨てられる。浮民たちは、内心に抱く感情を表に出すこと無く、自分たちに下される狼藉を黙って耐えていた。
「この家はどうする」
既に家一軒を壊して興奮状態の男が優人の家を指すと、
「そこは見せしめのために残すようにとの仰せ付けだ」
別の男が冷静に答えた。
「そりゃ、残念だ」
ありあまる血気を発散することが出来ず、さも残念そうに優人の家を見ていた男だったが、
「そういや、ここにはいい女がいるな」
玲奈の存在を思い出し舌なめずりをする。
「馬鹿、やめとけ。浮民の女と交わると、呪われるぞ!」
もうひとりの男が、おぞましいできごとを想像し、嫌悪感に顔を歪めた。
「子が生まれなくなるって迷信だろ。そんもん、信じてるのかお前は」
男が馬鹿にしたように言う。
「それに、俺は一人ものだからな。別に、子が作れなくなったって、かまいやしねぇ。事が済むまで、お前は外で見張ってろ」
そう言って下卑た顔で、家の中へと入ろうとした。
「馬鹿やろう、ばれたら、ただですまんぞ」
もうひとりの男が止めようとするが、
「お前が、黙ってりゃ誰にもわからねぇよ。いいから、つべこべ言わずに、外で待ってろ」
仲間の忠告など何処吹く風と聞き流し、家の中へと押し入っていった。
「どうなってもしらねぇぞ」
一人残された男が、家の外で待つ。命令とは言え、無抵抗な浮民を痛みつけるのは、正直、しんどい。中で行われることを考えないよう、頭を空っぽにして、目に写る光景を眺めていた。
しばらく様子を見ていたが、ふと、家の中からは、物音一つ聞こえてこないことに気がついた。
「おい、どうした」
不審に思った男が声をかけるが、誰からも返事がない。
「おい」
男が再び、声をかけながら戸を開け、中の様子を伺う。しかし、人の気配がない。男が部屋の奥へと、足音を忍ばせながら、のそりのそりと足を進める。
誰も居ない?、男が疑問を感じたその時、男の背後で音もなく戸が閉まった。
この日、浮民を襲撃した部隊から、二人帰らぬものがいた。だが、誰も気にするものはいなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
更に、
鬼民の男たちが、家々を打ち壊す様子を、浮民たちが下を向いて黙って耐えている。
「静かすぎて、気味が悪いな」
一人の男が言った。
「あぁ。最初の時は、奴らも泣きわめいたり、邪魔する奴を叩きのめしていたが、今はすっかり大人しくなったな。抵抗しても無駄だとわかったんだろう」
他の男が応える。
「しかし、じっと黙っている中で、あいつらの家を取り壊すってのは、なんか嫌なもんだな」
最初の男が顔をしかめる。
「これも命令だ。仕方ねぇだろ」
浮民の抵抗がない中、打ちこわし作業が粛々と進められた。そして、予定の作業がつつがなく終わり、鬼民たちが引き上げていった。
この日、浮民を襲撃した部隊から、五人帰らぬものがいた。だが、誰も気にするものはいなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そして、更に、
「なんだ、こいつら!」
浮民の家を取り壊そうと、男が家の中に押し入った直後、浮民たちに取り囲まれ、四方八方から殴りかかられた。
「殺すなよ!」
「わかってる」
怒りの目つきや、恨みのこもった目をした、浮民たちが殴る蹴るの暴行を加えるが、決して一線を越えないよう、自制心が感情を無理やり抑え込む。この
失敗すれば、今まで以上の過酷な日々がおとずれる。それを、いっときの感情で台無しにすることなど、決してあってはならない。
「一人を三人で囲め!」
小士郎の指示が飛ぶ。
「手強いやつには手を出すな! 危ないようなら、俺か柊を呼べ!」
小士郎が戦場となった浮民の里を駆け回り、激を飛ばしつつ、里を襲撃した男たちを片っ端からなぎ倒していった。
「なんだこいつら!」
「固まれ!」
「こっちに来い!」
「助けてくれー!」
「逃がすなー!」
あちらこちらで、敵と味方の絶叫が飛び交うが、一人、また、一人と、襲撃した鬼民たちが、引きずり倒されていった。
四度目の襲撃の夜、今まで耐えた鬱憤を晴らすかのように、浮民たちが一斉に蜂起し、襲撃してきた鬼民たちに襲いかかった。完全に油断していた鬼民たちは、予想外の強さの浮民たちに完全に浮足立っている。
そこを、更に、小士郎と柊が斬り込むことで、完全に勝敗が決していた。
「道は塞いであるか」
「十人で固めてます」
「よし、絶対に一人も逃がすなよ」
小士郎が作戦通りに事が運んでいるか念を入れる。万が一、一人でも逃したら、全てが無駄になる。里の襲撃が失敗したことが知られたら、油断している敵の隙をついての奇襲は失敗だ。
「縛り上げるだけでいい。殺すな!」
柊の声が、夜の里に響く。虐げられていた浮民たちが、今、襲撃した鬼民たちの生殺与奪の権を握っている。それを押し留めているのは、柊の存在だ。
浮民たちの怒りも、悲しみも、恨みも、すべて受けとめてきた柊がいたからこそ、統制の取れた動きがある。抑えがたい怒りを抑え込むことができる。晴らしたい恨みを耐えることができる。
一刻ほどで、襲撃してきた鬼民を全て縛り上げ、畑に転がした。
「一通り片付いたな」
作戦の最初の一歩を無事に終え、柊の言葉にわずかな安堵と、これから起こす事態への張り詰めた緊張が交じる。
「これからが勝負どころだ」
小士郎もまた、柊と同じ気持ちだ。
「玲奈、里長、集まってくれ。最後にもう一度確認する」
小士郎の周りに、柊、玲奈、里長が集まった。
「玲奈、その髪は?」
「戦うのに邪魔だから」
美しい髪を男のように切りそろえた玲奈を見て、柊がたじろいだ。
「玲奈は浮民に奪った鎧を着せて街を混乱させろ。騒ぎが大きければ大きいほどいい。柊が手勢を集めて反乱を起こしたと触れまわれ。奴らが浮足立ち、手薄になった隙をついて、俺は蓮を救い出す」
そんなやり取りを無視して、小士郎が話を進めると、
「わかった」
玲奈が自分の役割の重責さを噛み締め、真剣な顔で頷いた。
「柊は梟を頼む」
「わかっている」
真剣な口調の小士郎に、柊が頷く。柊を死地へと赴かせたくない小士郎の苦渋が皆に伝わる。
「俺たちは劣勢だ。機会があるとすれば、今夜が最初で最後だ。夜が明ければ、向こうは体勢を整える。そうなれば全て終わりだ。二度と立ち上がることはできない。今まで以上に苛烈な仕打ちが待っているだろう」
全員の顔が厳しくなる。
「万が一、俺と柊が戻らない時は、玲奈を頼む」
勝って生きるか、負けて死ぬか。戻らない時は死んでいる時だ。負けて生き延びることはない。小士郎が里長に自分らが死んだ後は頼むぞと、玲奈を託す。
「わかっておる。玲奈の事は心配するな。人の寄らない、どこかの小さな里にでも逃がす」
「里長は……」
「わしは残る。年寄りの首でもないよりはましだろう」
玲奈の心配を遮り、長としての覚悟を示す。
「今日でなくとも、いつかはこの日が来た。後は天に任せよう」
里長の目は、どんな結果となってもお前たちのせいではない、と言っているようだ。
「玲奈、お前に剣を取らせるようなことになってすまない」
柊が玲奈を見つめる。
「無理はするな」
柊の目は、本当は行かせたくないと訴えている。
「大丈夫です。私は死んだりしません。死んだ兄の分も、生きて、生きて、生き抜きます」
玲奈の顔には、かつてあった死んだような目はすでにない。どんな困難があろうと、耐え難い試練があろうと、必ず乗り越えてみせる、そんな強さが秘められている。
「だから、姫様も必ず生きてお戻り下さい」
玲奈が柊を見つめ、自分は決して死なない、だから柊も死に急がないでくれ、と訴える。しかし、柊なら、自分の命を捨てても戦うだろうということも、わかっている。玲奈に出来ることは、ただ柊が無事に戻ってくることを祈ることだけだ。
「よし、時を無駄にしたくない。今生の別れにならないことを祈ろう」
柊と小士郎、玲奈と浮民たちが、最初で最後の戦いへと、運命の一夜へと赴いていった。
――鬼に襲われたこの里を、今、鬼の姫が救おうとしている
――人には断ち切れぬ理を、断ち切ろうとしている
――これも、何かの巡りあわせか
必ず生きて戻ってきてくれという願いを胸に、里長は戦いに赴くものたちを見送った。
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