第二十八話 運命の一夜

 最初の襲撃から、一ヶ月ひとつき後、二度目の襲撃が行われた。

 壊されずに残った家々が、次々と打ち壊されていき、田畑にその残骸が捨てられる。浮民たちは、内心に抱く感情を表に出すこと無く、自分たちに下される狼藉を黙って耐えていた。


「この家はどうする」

 既に家一軒を壊して興奮状態の男が優人の家を指すと、

「そこは見せしめのために残すようにとの仰せ付けだ」

 別の男が冷静に答えた。


「そりゃ、残念だ」

 ありあまる血気を発散することが出来ず、さも残念そうに優人の家を見ていた男だったが、

「そういや、ここにはいい女がいるな」

 玲奈の存在を思い出し舌なめずりをする。

「馬鹿、やめとけ。浮民の女と交わると、呪われるぞ!」

 もうひとりの男が、おぞましいできごとを想像し、嫌悪感に顔を歪めた。


「子が生まれなくなるって迷信だろ。そんもん、信じてるのかお前は」

 男が馬鹿にしたように言う。

「それに、俺は一人ものだからな。別に、子が作れなくなったって、かまいやしねぇ。事が済むまで、お前は外で見張ってろ」

 そう言って下卑た顔で、家の中へと入ろうとした。


「馬鹿やろう、ばれたら、ただですまんぞ」

 もうひとりの男が止めようとするが、

「お前が、黙ってりゃ誰にもわからねぇよ。いいから、つべこべ言わずに、外で待ってろ」

 仲間の忠告など何処吹く風と聞き流し、家の中へと押し入っていった。


「どうなってもしらねぇぞ」

 一人残された男が、家の外で待つ。命令とは言え、無抵抗な浮民を痛みつけるのは、正直、しんどい。中で行われることを考えないよう、頭を空っぽにして、目に写る光景を眺めていた。


 しばらく様子を見ていたが、ふと、家の中からは、物音一つ聞こえてこないことに気がついた。

「おい、どうした」

 不審に思った男が声をかけるが、誰からも返事がない。


「おい」

 男が再び、声をかけながら戸を開け、中の様子を伺う。しかし、人の気配がない。男が部屋の奥へと、足音を忍ばせながら、のそりのそりと足を進める。

 誰も居ない?、男が疑問を感じたその時、男の背後で音もなく戸が閉まった。



 この日、浮民を襲撃した部隊から、二人帰らぬものがいた。だが、誰も気にするものはいなかった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 更に、一ヶ月ひとつき後、三度目の襲撃が行われた。

 鬼民の男たちが、家々を打ち壊す様子を、浮民たちが下を向いて黙って耐えている。


「静かすぎて、気味が悪いな」

 一人の男が言った。

「あぁ。最初の時は、奴らも泣きわめいたり、邪魔する奴を叩きのめしていたが、今はすっかり大人しくなったな。抵抗しても無駄だとわかったんだろう」

 他の男が応える。

「しかし、じっと黙っている中で、あいつらの家を取り壊すってのは、なんか嫌なもんだな」

 最初の男が顔をしかめる。

「これも命令だ。仕方ねぇだろ」

 浮民の抵抗がない中、打ちこわし作業が粛々と進められた。そして、予定の作業がつつがなく終わり、鬼民たちが引き上げていった。



 この日、浮民を襲撃した部隊から、五人帰らぬものがいた。だが、誰も気にするものはいなかった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 そして、更に、一ヶ月ひとつき後、四度目の襲撃が行われる。運命の一夜が始まった。


「なんだ、こいつら!」

 浮民の家を取り壊そうと、男が家の中に押し入った直後、浮民たちに取り囲まれ、四方八方から殴りかかられた。

「殺すなよ!」

「わかってる」

 怒りの目つきや、恨みのこもった目をした、浮民たちが殴る蹴るの暴行を加えるが、決して一線を越えないよう、自制心が感情を無理やり抑え込む。この三ヶ月みつき、我慢に我慢を重ねたのは、全てこの日のためだ。

 失敗すれば、今まで以上の過酷な日々がおとずれる。それを、いっときの感情で台無しにすることなど、決してあってはならない。


「一人を三人で囲め!」

 小士郎の指示が飛ぶ。

「手強いやつには手を出すな! 危ないようなら、俺か柊を呼べ!」

 小士郎が戦場となった浮民の里を駆け回り、激を飛ばしつつ、里を襲撃した男たちを片っ端からなぎ倒していった。


「なんだこいつら!」

「固まれ!」

「こっちに来い!」

「助けてくれー!」

「逃がすなー!」

 あちらこちらで、敵と味方の絶叫が飛び交うが、一人、また、一人と、襲撃した鬼民たちが、引きずり倒されていった。


 四度目の襲撃の夜、今まで耐えた鬱憤を晴らすかのように、浮民たちが一斉に蜂起し、襲撃してきた鬼民たちに襲いかかった。完全に油断していた鬼民たちは、予想外の強さの浮民たちに完全に浮足立っている。


 そこを、更に、小士郎と柊が斬り込むことで、完全に勝敗が決していた。


「道は塞いであるか」

「十人で固めてます」

「よし、絶対に一人も逃がすなよ」

 小士郎が作戦通りに事が運んでいるか念を入れる。万が一、一人でも逃したら、全てが無駄になる。里の襲撃が失敗したことが知られたら、油断している敵の隙をついての奇襲は失敗だ。


「縛り上げるだけでいい。殺すな!」

 柊の声が、夜の里に響く。虐げられていた浮民たちが、今、襲撃した鬼民たちの生殺与奪の権を握っている。それを押し留めているのは、柊の存在だ。


 浮民たちの怒りも、悲しみも、恨みも、すべて受けとめてきた柊がいたからこそ、統制の取れた動きがある。抑えがたい怒りを抑え込むことができる。晴らしたい恨みを耐えることができる。


 一刻ほどで、襲撃してきた鬼民を全て縛り上げ、畑に転がした。


「一通り片付いたな」

 作戦の最初の一歩を無事に終え、柊の言葉にわずかな安堵と、これから起こす事態への張り詰めた緊張が交じる。

「これからが勝負どころだ」

 小士郎もまた、柊と同じ気持ちだ。


「玲奈、里長、集まってくれ。最後にもう一度確認する」

 小士郎の周りに、柊、玲奈、里長が集まった。

「玲奈、その髪は?」

「戦うのに邪魔だから」

 美しい髪を男のように切りそろえた玲奈を見て、柊がたじろいだ。


「玲奈は浮民に奪った鎧を着せて街を混乱させろ。騒ぎが大きければ大きいほどいい。柊が手勢を集めて反乱を起こしたと触れまわれ。奴らが浮足立ち、手薄になった隙をついて、俺は蓮を救い出す」

 そんなやり取りを無視して、小士郎が話を進めると、

「わかった」

 玲奈が自分の役割の重責さを噛み締め、真剣な顔で頷いた。


「柊は梟を頼む」

「わかっている」

 真剣な口調の小士郎に、柊が頷く。柊を死地へと赴かせたくない小士郎の苦渋が皆に伝わる。


「俺たちは劣勢だ。機会があるとすれば、今夜が最初で最後だ。夜が明ければ、向こうは体勢を整える。そうなれば全て終わりだ。二度と立ち上がることはできない。今まで以上に苛烈な仕打ちが待っているだろう」

 全員の顔が厳しくなる。


「万が一、俺と柊が戻らない時は、玲奈を頼む」

 勝って生きるか、負けて死ぬか。戻らない時は死んでいる時だ。負けて生き延びることはない。小士郎が里長に自分らが死んだ後は頼むぞと、玲奈を託す。


「わかっておる。玲奈の事は心配するな。人の寄らない、どこかの小さな里にでも逃がす」

「里長は……」

「わしは残る。年寄りの首でもないよりはましだろう」

 玲奈の心配を遮り、長としての覚悟を示す。

「今日でなくとも、いつかはこの日が来た。後は天に任せよう」

 里長の目は、どんな結果となってもお前たちのせいではない、と言っているようだ。


「玲奈、お前に剣を取らせるようなことになってすまない」

 柊が玲奈を見つめる。

「無理はするな」

 柊の目は、本当は行かせたくないと訴えている。


「大丈夫です。私は死んだりしません。死んだ兄の分も、生きて、生きて、生き抜きます」

 玲奈の顔には、かつてあった死んだような目はすでにない。どんな困難があろうと、耐え難い試練があろうと、必ず乗り越えてみせる、そんな強さが秘められている。


「だから、姫様も必ず生きてお戻り下さい」

 玲奈が柊を見つめ、自分は決して死なない、だから柊も死に急がないでくれ、と訴える。しかし、柊なら、自分の命を捨てても戦うだろうということも、わかっている。玲奈に出来ることは、ただ柊が無事に戻ってくることを祈ることだけだ。


「よし、時を無駄にしたくない。今生の別れにならないことを祈ろう」


 柊と小士郎、玲奈と浮民たちが、最初で最後の戦いへと、運命の一夜へと赴いていった。


――鬼に襲われたこの里を、今、鬼の姫が救おうとしている

――人には断ち切れぬ理を、断ち切ろうとしている

――これも、何かの巡りあわせか

 必ず生きて戻ってきてくれという願いを胸に、里長は戦いに赴くものたちを見送った。

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