第二十九話 戦場に舞う

 玲奈たちと別れ、柊と小士郎は、目立たぬよう、しかし、急いで、鬼ノ国の領主の館を目指す。その道すがら、

「柊、」

 話しかけようとした小士郎に、

「小士郎」

と柊が先を制するよう話しかけてきた。


「蓮を頼む。今の鬼ノ国の領主は蓮だ。命守として領主の命を守ってくれ」

 柊の言葉は、蓮を救い出しても自分は領主になるつもりはない、という意味にも、自分は死を覚悟している、という意味にもとれた。


「柊、俺は親父にお前を守ると約束した。親父は、俺が仕えるのは、この国でも正義でもない、ただ、お前を守れと言った。もし、お前が死んだら、俺は親父に申し訳が立たない」

 柊は黙って、小士郎の言葉を聞く。


「だから、もしお前が死ぬつもりなら、このまま行かせるわけにはいかない。梟とは俺がやる。お前は蓮を助けに行け」

「それは駄目だ。梟は普通の人間では太刀打ちできない。倒せるとしたら私しかいない」

 刺し違えてでも梟を倒す、柊の目は、そう言っている。


「玲奈が言っていた。お前は、何もかも全部一人で背負っている、一人で怒りも悲しみも憎しみも全部受けとめている、とな」

「玲奈が?」

 予想もしていなかった言葉を小士郎が口にした。恨まれて当然の自分を気遣った玲奈の言葉が、柊を戸惑わせる。


「蓮も、玲奈も、お前が思っているよりずっと大人だ。他の奴らもそうだ。全部、お前に何もかも押し付けても何も変わらない、一人一人が自分を縛ることわりを自分自身の手で破って、初めて前に進める。皆、やっとそれがわかった。お前のおかげで、皆が変わったんだ」


 自分も昔、お前のおかげで変わったんだと、小士郎が心の中で続ける。


「お前も自分を縛っている理から自由になれ。優人も親父も、自分で戦うと決めた。自分が正しいと思うもののために戦ったんだ。それを、何もかも全て自分のせいにするのは、死んだものに対する冒涜だ。俺も玲奈も、そう思っている。だから、自分の命を犠牲にしてでも、鬼になってでも戦おうなんて考えるな」


 小士郎の、思いやりと、そして怒りとが、混じった言葉が柊の胸を打った。


「鬼の目にも涙だな」

 柊が、うっすらと目に涙が浮かべ、自嘲する。


「お前の言う通りだ。散々、この国の有り様を変えようとしてきた私が、一番、自分の生まれに縛られている。お笑い草だな」

 柊が苦笑する。


「お前の強さは桐の血筋なのかもしれない。だが、お前の優しさは、血筋とは全く関係ない。お前が戦うのは、領主の家に生まれたからじゃない。お前が、心の底から、理不尽に苦しむものたちを守りたいと思っているからだ」

 柊のことを、柊自身よりも小士郎の方が、よほどわかっている。


「何もかも一人で背負うな。自分を犠牲にして、ひとを救おうなんて考えるな。そんな事をしても、誰も喜ばない。お前は自由に生きていいんだ。桐の家の血筋に縛られるな」

 小士郎が言い聞かせるように、やさしく柊に言った。


「だが、私のせいで多くの犠牲を出したのは事実だ。命を懸けてでも償わなければ」

 柊の表情が変わる。

「あぁ、それでいい。だが、命を懸けるのと命を捨てるのは違う。死に急ぐやつに梟は討てん。だから、必ず生きて戻ると覚悟を決めろ。お前の死に場所はここじゃない。こんなところで死んだら、それこそ、優人も親父も絶対にお前を許さない」

 小士郎の怒るような言葉に、柊が涙を拭い、

「わかった」

と頷いた。


「この国の変わるさまを、しっかりと見て、いつか優人の元に行く時に、伝えなければな。それが、死んだ優人のためにできる私の償いだ」

 柊が自分に言い聞かせるように、微笑んだ。


「必ず、梟を倒して戻ってくる」

 決意を新たに、戦いの場に向かう柊に、小士郎が激を飛ばす。

「この国に絡みつく理不尽な理を、目に見えぬ鬼を、お前の『鬼封じの剣』で倒して来い!」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「早かったな。もう、あいつらに抗う気力はないだろう」

 詰め所に戻ってきた男たちに、後詰めをしていた男たちが、ねぎらいの声をかけた。

「そういや、数は揃っているか? どうも、前回の襲撃の時に、戻らなかった奴がいるらしい」

 念の為、一人が、戻ってきた男たちの顔を確かめようとした時、違和感が男を襲った。


「んっ? お前ら、どこのもんだ?」

 不信に思った男が、近づく。そして、一人の男と目が合った瞬間、

「お前は!?」

 言葉を続けることもかなわず、投げ飛ばされた。それを合図に鬼民に扮した浮民の一団が、一斉に詰め所の男たちに襲いかかる。


「何だお前たちは!」

「同時に三人でかかれ!」

 敵と味方の怒号が入り交じるが、隙を突くことに成功した浮民たちの方が、圧倒的に有利だ。詰め所の男たちを投げ飛ばし、蹴り上げ、動けなくなったところを縛り上げる。そして、詰め所の外へと引きずり立てていった。


「お前ら、何のつもりだ!」

「こんな真似をして、ただで済むと思うのか!」

 喚き散らす捕虜たちを無視し、玲奈が指示を飛ばす。

「私は、すぐに次に行く。火を付け終わったら、あなたたちも急いで」

「わかった。気をつけろ」

 返事も待たずに飛び出す玲奈が、男たちを引き連れて次の襲撃場所へと急ぎ、残った男は、火の用意をした。



「なんだ?」

「火が上がっているぞ!」

「浮民の暴動だ!」

「警備方はどうなっている?」

「襲われて全滅だ!」

「前領主が反乱を起こしたぞ!」


 玲奈たちが、次々と詰め所を襲い、口々に柊が反乱を起こした事を騒ぎ立てる。街なかに立つ火の手が、その混乱を更に拡大させた。


 しかし、騒乱が激しくなればなるほど、敵の備えも強くなる。浮民の反乱が起きていることを知った詰め所は、次第に守りを固め、奇襲をかけることが難しくなった。逆に、反乱の制圧に乗り出す詰め所も出始めた。


「恐れるな! 相手は所詮、浮民だ!」

「浮足立つな! 守りを固めてから、反撃しろ!」


「これ以上は無理だ!」

 最初の勢いが鈍り、地力の差が出始めた。もともとが体格に差があり、付け焼き刃の鍛錬では歯が立たない。

「ひくな! こっちに敵を引き寄せれば、その分、姫様たちが楽になる!」

 玲奈が一人奮戦し、必死に道を切り開くが、戦い慣れしていない浮民たちは、劣勢になると立て直しがきかない。

「もう無理だ」

 泣き言を言う男たちに、

「朝まで持ちこたえろ!」

 玲奈が檄を飛ばす。


 そして、その膠着状態を壊すものが現れた。


「貴様ら、浮民ごときを相手に何をやっておるか!」

 ひときわ体格のいい鬼民の男が、苦戦する部下たちを押しのけ、前へと歩み出る。

「どけどけ!」

 味方の首根っこを掴み、後ろへと放り投げると、

「うぉおぉぉーっ」

 浮民を袈裟斬りにした。


亜嵐アラン!」

 夜空に舞う血飛沫が、玲奈に実戦の恐怖を抱かせる。今までは奇跡的に犠牲が出てこなかったが、今、玲奈がいるのは、まぎれもなく命を懸けた戦場だ。

「次はお前だ!」

 亜嵐を切った男が、玲奈に襲いかかる。


「なんだ?」

 キーン、とっさに強烈な一撃を受けとめ、全身に衝撃が走った玲奈に、

「女か」

 蔑んだ目を向けた。


――ゾワッ。

 今までに対峙したことのない強敵を前に、死の恐怖を感じた玲奈に鳥肌が立つ。


「斬り殺してくれるわ!」

 弱者とあなどり、強靭な腕力で力任せに斬りつけてくる男を、

「誰か、亜嵐を!」

 必死にかわしながら、なんとか亜嵐から男を引き離すよう、足を動かす。


「ちょろちょろと目障りな!」

 恐怖で動きがにぶる体を無理やり動かし、かろうじて男の攻撃を受け止める。しかし、戦い慣れした男は、徐々に逃げ場のない場所へと、玲奈を追い詰めていった。


「もう、逃げられんぞ!」

 勝利を確信した男が、にやりと笑い、止めの一撃を繰り出そうと構える。しかし、逃げ場を失ったことにより、逆に玲奈の覚悟が決まった。

 全身の力を乗せた上段からの必殺の一振りが、追いつめられた玲奈にせまる。しかし、玲奈の目には、その一撃は、恐れるものではなかった。


――疾い、しかし、姫様の剣はもっと疾かった。

――強い、しかし、小士郎に比べれば隙だらけだ。


 男の刃が玲奈に当たる瞬間、わずかに一歩下がる。そして、男の振り下ろした刀が、直前まで玲奈がいた場所を切り裂いた瞬間、一気に前へと飛び込んだ。自らが渾身の力で振るった刀の勢いに押され、男が玲奈の動きについていけない。


 玲奈が刀を横殴りに払う。

「ぐっ」

――浅いかっ!

 すかさず、勢いのまま、男の背後をとった。


「貴様! こしゃくなまねを!」

 自分の血を見て、頭に血が上った男が、鬼のような形相で、玲奈に襲いかかる。

「ぬぉおぉぉ!」

 玲奈の力では、致命傷を与えられないとみたか、守りを捨て、雄叫びとともに力任せに攻め立てる。しかし、興奮する男とは対称に、玲奈は冷静に男の動きを見定める。


「はぁぁっっ!」

 刀の雨を避けながら、裂帛の気合とともに玲奈の刀が男の脇腹をかすめる! しかし、男の動きを止めることができない。


「そんな、かすり傷で俺をやれるかあ!」

 玲奈の攻撃など、ものともしない男が、勢いを減じること無く、再び襲いかかってきた。


 男の攻撃を、一つ一つ躱すたびに、玲奈の動きが良くなる。玲奈の頭に、男の体の大きさ、疾さ、強さが蓄積され、それと同時に、自分の体の大きさ、疾さ、強さを再認識する。

――勝てる!

 無駄な体の動きが、戦いの中で、一挙手一投足ごとに減り、はたからもわかるほど洗練されていった。


「もらった!」

 何度目かわからない男の止めの一撃が、玲奈を襲う。

「馬鹿な!」

 男の一撃が空を切った! 何度、振るっても躱され、そのたびに、男の体が削られる。


――男が剣を振るう。

――女が剣を躱す。


 渾身の力で刀を振るう男と、それを恐れもなく優雅に躱す玲奈は、まるで事前に動きを示し合わせた剣舞を舞っているようだ。


 怒号と剣戟と血煙がまう戦場を舞台とした、命がけの舞。

 二人の戦いが、しばし、周りで戦っていたものたちをも魅了する。


 そして、永遠とも思われる舞台にも、終幕がおとずれる。


「うぉおぉ」

 突然、男が崩れ落ちた。


 わずかずつ失われた血と、削がれた気力が、男をひざまずかせた。そして、自分たちが束になっても敵わない強者が、浮民の少女に破れるという、目の前で起きた信じがたい事実が、詰め所の鬼民たちの戦意を奪い、逆に、気後れしていた浮民たちの戦意を高揚させる。


「私に続けぇえ!」

 玲奈に率いられた浮民の部隊が、玲奈の闘志が乗り移ったように、詰め所に襲いかかった。

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