第二十四話 崩壊

「急げ!」

――頼む、間に合ってくれ。

 家臣たちを急かす柊の心に、胸騒ぎがおこる。


――親父、無事でいてくれ

 守りに残った宗近の身を、小士郎が案ずる。


 そんな道を急ぐ柊たちを、突然、刀を持った男たちが襲いかかった。

「梟の手のものか!?」

 柊が刀を抜き応戦した。


「こいつらは梟の家臣じゃない。様子がおかしい!」

 しばし刀を合わせ、違和感を感じた小士郎が、応戦しながら柊に叫んだ。

 

「偽領主を捉えろ!」

「あそこだ!」

「殺しても構わん!」

 口々に叫びながら、続々と押し寄せる男たちに囲まれ、柊たちは防戦一方になる。


「何だ! 何が起きている!」

 疑心に満ちた柊を中心に、皆が必死に戦う。その最中さなか、小士郎が一人の男を捕らえた。


「おい、領主を襲うとは、どういうつもりだ」

 男を組み敷き、小士郎が脅す。

「偽領主が何を言う!」

 殺されそうになりながらも、男が小士郎を睨みつける。


「偽領主だと! 誰がそう言った!」

 小士郎が締め付ける力を強めると、

「新しいご領主様の命令だ」

と苦しそうな声で答えた。


「梟の命令か!」

 小士郎が更に問い詰める。

「新しくご領主様となられた、蓮様のご命令だ」

「なに!」

 男の答えに、小士郎が動揺した。

――しまった!


「柊! 遅かった! 蓮がすでに捕らえられた!」

「なんだと!」

 小士郎の言葉に、柊の顔が蒼白になった。


「だったら、なおのこと急ぐぞ!」

 柊が、取り囲む敵兵に果敢に挑むが、相手の勢いはとまらない。


「柊! 一旦引くぞ!」

 前のめりになる柊を、引き戻そうとするが、

「駄目だ!」

 なんとしても突破しようと、柊が必死に応戦を続ける。


 しかし、

「こっちだ!」

「取り囲め!」

「絶対に逃がすな!」

 更に、敵の数が増え、柊を守る家臣が、一人、また、一人と犠牲になっていった。


「柊! このままでは全滅だ!」

 小士郎が必死に柊を戻そうとするが、小士郎の声が耳に入らないのか、柊は振り返りもせずに戦い続ける。


「お前のせいで、家臣が死んでもいいのか!」

 小士郎の一言が、血がのぼっていた柊の頭をなぐった。


「お前が戦い続ける限り、こいつらも逃げられん」

 柊の顔に苦渋がにじむ。


「お館様、早くお逃げを!」

「もう、もちません!」

「小士郎殿、お館様を!」

 必死に戦う家臣たちを見て、柊が歯を食いしばり、決断をした。


「柊!」

 叫ぶ、小士郎に

「わかった。頼む」

と柊が振り返る。


「ついてこい」

 囲みの手薄な場所を見つけた小士郎が、斬り込んで逃げ道を開く。


「敵を通すな!」

 盾となって戦う家臣たちに、

「お前たちも逃げろ! 死ぬな!」

 柊が叫びながら、小士郎の後を駆けていった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


『偽領主を捕らえたものに、褒美をとらす』

 蓮の名で出された手配書が、国中のいたるところに張り巡らされた。


――やはり、偽物だったか

――男しか生まれぬはずの桐家に、女が生まれるなど、おかしいと思っていた

――浮民を法官方にするなど、正気ではない

――しかも、どこの馬の骨かわからん奴が、命守とは

――偽領主に、偽命守だ


 なんとか無事に逃げ延びることができた柊と小士郎がひっそりと身を隠す中、着々と梟がその足場を固めていく。


 梟は蓮を新たな領主とし、領主の子を騙っていた柊を蓮の密かな下知に従って始末したと触れ回った。そして、新しく領主となった蓮を人前に出すことなく、自分がその代理人として、この国を支配した。やがて、蓮が死ねば、名実ともに梟がこの国の領主となるであろう。


 荒れていた鬼ノ国は、梟に対する不気味な恐れのためか、表面的には一時的に静寂を取り戻し、夜は誰一人出歩くものもなく、人気ひとけがなくなっていた。しかし、この静寂が終われば、より酷い惨状が、再び、この国を襲うだろう。


 その静寂の夜の中に、柊と小士郎がいた。そして、広場に晒された、二つの首を見つめていた。


 薄い色の髪を持つ首には、おだやかな表情がいまだに伺える。


 慟哭の涙と、怒りの雄叫びを必死にこらえ、柊はその首を見つめていた。

――私のせいだ。

――私が、もっと早く梟を討ち取っていれば。

――私が、こんなことをしなければ。


 感情に押し流されそうになる柊に、小士郎が、泣くな、決して目立つな、という目をする。


 頭頂が真っ二つに割られている無骨な老いた首は、何者かを睨みつける。


 身を焦がすような、どす黒い怒りの感情を胸に、小士郎がその首を見つめていた。

――俺のせいだ。

――俺が、御前試合で梟を討ち取っていれば。

――俺が、拾われなければ。


 小士郎の打ち震える体に、柊が、お前のせいじゃないというように、そっと手を触れる。


 二人は、目立たぬように、黙って手を合わせ、その場を去った。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 絶望と、怒りと、後悔にまみれた二人が、夜の闇にたたずむ。


 何も言わない二人の間の沈黙を、柊の独り言のような小声が破った。

「玲奈が心配だ」

 小士郎は答えない。


「様子を見たい」

 小士郎は沈黙を続ける。


「お前は、ついてこなくていい」

「そういうわけにはいかん」

 小士郎が沈黙を破った。


「何が起こるかわからん。お前をかくまうか、それとも、突き出すか」

「私は優人と約束した。必ず、玲奈を守ると」

 小士郎の方を見ずに、柊が言う。


「今のお前に、玲奈を守れるか?」

「それでも」

 自分の無力さはわかっていると、小士郎には聞こえた。


「俺も親父に約束した。必ず、お前を必ず守ると。お前一人では行かせられん」

「すまない」

 柊が、小士郎を見ずに、謝った。


 周りに不審なものがいないか、神経をとがらせて、二人は、浮民の里へとつづく道を下っていく。柊が、この道を歩くのは二度目だ。最初の時は、不安とともに好奇心もあった。しかし、今は、柊の心にあるのは、不安だけだ。


 里の入り口に近づくと、視界が開け、柊の目に、浮民の里の様子が写った。


 以前あった、整然と耕された田畑、物置小屋のような家。

 しかし、今はもうない。


 そこにあったのは、荒らされた田畑と、打ち壊された家々だった。

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