第二十三話 襲撃

 領主の屋敷を梟が率いる一隊が取り囲んだ。

「行け! には、手を出すなよ」

 配下の者たちに、門を破るよう梟が命じる。


「他のものは殺しても構わんぞ」

 門を打ち破って飛び込んでいく者たちを、不敵な笑みを浮かべて見送る。


「何だお前たちは!」

「襲撃だ!」

「ぎゃー」

「蓮様をお守りしろ!」

 大声と悲鳴に混じり、剣戟の音が門の奥から響く。


――あっけないものだな。

 鬼ノ国を力によって支配していた領主の館が襲われる様を、感慨深げに梟が見つめていた。


「う、腕が!」

「しっかりしろ! 持ち場を守れ!」

 どさっ。戦闘の首尾は上々のようだ。


――こんなものか。

 人が斬られ、倒される音が聞こえる。


「助けてくれ!」

「逃げろ!」


――もうすぐ終わるな。

 わずかずつ減っていく悲鳴に、そろそろとどめを刺すかと、梟が一歩前に踏み出そうとした時、梟を違和感が襲った。


――今、悲鳴をあげたのは誰だ?

 聞き覚えのある声に、ふと、まさかと思った瞬間、梟の前に、配下の一人が投げ出された。


――死んでいる?

 そう思った瞬間、

「領主の館を襲うとは、貴様ら狂ったか!」

 大音声が響き渡った。


「一人も生きて返さん!」

 門をくぐり、一人の武人が姿を現す。怒りに打ち震え、体中から怒気と殺気が迸る。そして、襲いかかってきた梟の配下を、バシッ、一刀のもとに切り伏せた。


「宗近か!」

 見覚えのある姿に驚く梟の眼の前で、襲いかかる梟の配下のものたちを、片っ端から、宗近が打ち倒していく。横たわる味方の死体を前に、梟の配下のものたちが、すくんで身動きがとれなくなる。


 しばし、両睨みが続いた後、

「俺がる。下がっていろ」

と梟が配下のものたちに命じた。


「年寄りのくせになかなかやるな」

「とうとう一線を超えたか、梟」

 揶揄する梟を、宗近が睨んだ。


「弱い領主に従ってどうする。強いものが上に立つのは、当然のことだ」

 梟が刀を抜く。

「黙って通せと言っても無駄なようだな。仕方ない、力づくで通させてもらうぞ」

 問答無用と、宗近に斬りかかった。


 目にも留まらぬ剣戟が二人の間で交わる。そんな中、

「一つ確かめたいことがある」

 梟が言いざま、を宗近に振り下ろすと、宗近はで、それを受けた。


「やはりな」

 梟が不敵に笑った。


「どうした。なぜ、『鬼封じの剣』を使わん。老いたからか、それとも、最初から使えないのか」

 梟が振るう斬撃を、宗近が持った刀で防ぐ。


でもって、わかったことがある。には、『鬼封じの剣』など使えん」

 ふはははは、と梟の哄笑が轟いた。何代にも渡り、強靭な体を作り上げてきた葛の一族。強いものを掛け合わせ、より強いものを作る。そうやって、常人には及びもつかない力を持った梟ができた。片手でもって、両手に負けない力を持つ化物を。


「片腕で剣をさばき、もう片方の腕で投げを撃つ。聞こえはいいが、相手が強ければ、そんなことはできん。使えもしない剣術を伝えるとは、憐れだな」

 蔑みように言いながら、宗近に容赦ない攻撃を加える。


「だが俺は使える。使ってみると、両手が使えるとは、確かに役に立つ」

 そう言って、片手で振るった刀を宗近が両手で受けた瞬間、もう片方の腕の拳を宗近の顔面に叩き込んだ。


 グハッ、宗近の体がよろける。


「どうした! 自身で使えぬ『鬼封じの剣』を、食らった味は」

 梟が甲高い矯正を上げた。


「くらえ! 『鬼封じの剣』」

 再び、梟が片手で刀を振り上げる。だが、振り下ろそうとしたその瞬間、宗近の目が光った。

 梟の刀を受け止める寸前、キェェーー、裂帛の気合とともに、渾身の両腕で握った刀で梟の刀を撃ちあげた! 梟の体が宙をまい、背中から地面に激突する。


「そんな付け焼き刃が、わしに通じるとでも思ったか! 『鬼封じの剣』はお館様が鬼になって振るう、一生に一度の命がけの剣。お前のような輩が形だけ真似するなど、片腹痛いわ!」

 宗近が吠えた。


「なるほど。力技で返すか」

 倒された梟が、激突した痛みなど感じぬかのように、むっくりと立ち上がる。

「これはいい稽古になりそうだ」


 先程まで倒れていたとは思えない疾さで、一気に距離を詰め、

「これならどうだ」

 再び片手で剣を振るう。


 キェェーー、先ほど同様、当たる寸前、宗近が梟の刀を撃ちあげる。梟の体がわずかに浮かび、後ろに下がった。


「まだ、強さが足りぬか」

 梟が不敵に笑った。


「ぐぬぬ」

 梟が満身の力を両腕に込めると、両腕の筋肉が筋立って膨張した。整った梟の顔立ちが邪悪に歪む。


「なに!」

 驚く宗近に、間髪入れず、梟がふたたび詰め寄り、

「これでどうだ!」

 片手で刀を振るい上げ、下ろす。速い。尋常でない速さで、剣が振るわれる。


 キェェーー、驚く宗近が、渾身の力で、梟の刀を撃ちあげるが、今度はびくともしない。瞬間、梟の空いた腕が、宗近の襟首を掴み、投げ飛ばした。


 宗近の体が高く宙を舞い、落ちた。


「馬鹿な!」

 立ち上がった宗近の目が、信じられないものを見た驚きに見開かれる。


「己の命をかけて振るう、一生に一度の一振りか。だが、俺なら何度でも振るえる。やはり、俺がこの国の領主となる方が相応しいようだな!」

 梟が高らかに嬌笑した。


「貴様のおかげで、『鬼封じの剣』が完成した。何か礼をしたいところだが、あいにくと持ち合わせがない。代わりと言っては何だが、お前の振るえぬ『鬼封じの剣』で殺してやろう。ありがたく思え」

 言うや、目にも留まらぬ疾さで宗近に向かって突進し、片手で刀を振り上げた。振り下ろした刀を、かろうじて宗近が受け止める。瞬間、もう片方の腕の拳が宗近の顔面を撃ち、梟の足が、宗近の腹を蹴りあげる。


 一瞬の間に叩き込まれた一連の衝撃に、呻き声を上げる間もなく失神した宗近の体を、

「さらばだ」

 梟の刀が、真っ二つに切り落とした。

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