第十九話 柊の決断
「この度の件は、私の落ち度です。私の首をお切り下さい」
「だめだ。これは梟の罠だ。優人に責任はない」
自分の命を差し出してことを収めようとする優人の申し出を、柊は即座に却下した。
「それに、優人の首を差し出せば、梟だけでない、他の家臣も、下々の者も、誰も私を信じるものはいなくなるだろう。そして、ますます弱ったところを、梟にとどめを刺される」
柊が苦渋に満ちた口調で言う。
そして、ついに、
「葛と戦うしかない」
と決断した。
柊、蓮、優人、小士郎、揃った皆の間に沈黙が流れる。
――完全に追い詰められた。
それが皆が共有した思いだった。戦わなければ、やがて自滅する。戦っても勝てる保証はない。しかし、戦う以外にすべがない。
「宗近はどうだ?」
柊がすがるような口調でたずねる。
「無理だ。最近は臥せっている時が多い」
小士郎が難しい顔をする。
「他の家の者達はどうだ」
「皆、静観しているかまえです」
と優人が答える。
すでに権威を失い、更に鬼民の持っていた権益を小さくしようとする柊に味方するものはない。一方で、力づくで領主の座を奪おうとする梟に味方するものもいない。どちらが勝つか見極め、勝った方に従う。強者に従うのが、鬼民の性だ。
「こんなことになってすまない」
柊が皆に頭を下げる。
「明日の朝、梟を捕らえる。浮民を殺したものを匿い、偽証し、裏で手を引いていた。この国の領主として、断じて許す訳にはいかない。皆、覚悟を決めてくれ」
柊の激が飛んだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「とうとう、戦か。姫様のお役に立てず、情けない」
臥せった宗近のそばに、小士郎が控える。
「小士郎、万が一の時は、姫様を連れて逃げろ。お前が仕えるのは、この国でも、正義でもない。ただ姫様を守れ。それが、わしからの最後の頼みだ」
「最後って、縁起でもねぇこと言うなよ」
小士郎が笑って言う。
「大丈夫だ。俺と柊の二人でなら梟に勝てる」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「なぜ、戦になるのでしょう」
蓮が優人に尋ねる。
「なぜ、梟はここまでするのでしょう。そんなに私たちが憎いのでしょうか」
蓮が更に尋ねる。
「もし、蓮様が異国に生まれたら、異国の言葉を話しますか」
唐突に優人が問うた。
「もし、異国に? もちろん、話すと思いますが」
そう答えた蓮に、優人が更に問う。
「なぜですか? なぜ異国の言葉を話すのです。この国の言葉ではなくて」
「それは、異国で育てば、周りのものが異国の言葉を話すからです」
「その通りです。皆が異国の言葉を話せば、誰もが異国の言葉を話すように育ちます」
蓮の当たり前の答えに、優人も当たり前の答えを返す。
「梟も同じです。桐を倒せと育てられた。だから、桐を倒そうとする」
「しかし、これとそれでは、話が違います」
「なぜ、違うのです」
と優人が更に聞く。
「蓮様は、鶏を食べられる。しかし、牛は食べない。それは、なぜです?」
「それは、……」
優人の問に蓮ははたと困った。
――牛を食べる? そんなことは考えたこともなかった。牛を食べるものなどいるのか?
「異国では牛を食べるそうです」
と、優人が思いがけないことを言った。
「まさか?! 牛を食べることなどできるのですか!」
「結構、うまいそうですよ」
驚く蓮に、優人が笑った。
「どのように育てられるかで人は変わるのです。もちろん、人によって、やさしい、身勝手、強い、弱いの違いはあるでしょう。それでも、子どもの頃に何を教わるかで、大きく変わるのです」
「だからと言って、人を殺してもいいんですか!」
蓮の抗議に優人が答える。
「梟の残酷さが、生まれつきのものなのか、それとも、そう育てられたからか、それは私にもわかりません。しかし、梟もまた縛られているのです。その名が示すよう、体にツルが絡まるように。そして、この鬼ノ国そのものも」
「生まれたときから、鬼民と浮民は違う、浮民に対しては何をしても良いと教えられれば、子どもはそうなる。そして、子どもが大人になれば、自分の子どもにも、そう教える。なぜならば、皆が、そう思っているのだから」
「私と姉上は違います。小士郎さんだって、そんなふうに思っていません」
「それは、柊様も、蓮様も、そう育てられたからです。先のご領主様が、そう教えたのです」
――浮民を惨殺した父が、鬼民も浮民も同じだと、子を育てる。
――なんという皮肉か。
優人の発した言葉に、蓮の心に理不尽な思いがよぎった。
「だったら、皆も同じように育てればよいのです。子どもの時から、鬼民と浮民も同じだと教えればいいのです」
――そんなことが、できないから、今の事態になっている。連綿と続く理を変えることなど、できない。
――どうどうめぐりだ。
自らが述べた、とうていかなわない夢物語が、蓮を苦しめる。
「まずは明日次第です」
優人も、覚悟を決めた。
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