第二十話 受け継ぐ刀

 戦支度をしていた小士郎が、ふと目を上げると、宗近もまた、戦支度をしていた。


「師匠、その格好は!?」

「わしにも守り手ぐらいは、務まるじゃろう」

 驚く小士郎に、宗近が応えた。


「心配するな。何事もなければ、それでいい」

 宗近が言う。


 そして、

「すまん、すっかり忘れておった。姫様が領主になられたのだから、楠の当主も、お前に譲らなければな。初代から当主に伝わる刀だ。持っていけ」

と自らの刀を差し出した。


「しかし、俺は楠の血を継いでいない」

「お前は、既に技を継いでおる。それで十分じゃ。他に必要なものなど、何がある」

 差し出された刀を押し返し、慌てて断る小次郎に、宗近が再度、刀を差し出す。


――本当に俺が受け取っていいのか。

 小次郎が躊躇する。


――死んだ宗茂が受け継ぐはずだった刀だ。

 小次郎の思いを汲み取ったように、宗近が言った。

「子を失ったわしと、親を失ったお前。不思議な巡り合わせじゃな」


 宗近が続ける。


「宗茂が死んだ時、『鬼封じの剣』とは、いったい何のためにあるのか、なぜこんなものを教えたのかと、わしは悔やんだ。しかし、柊様を見た時、この御方は何かが違う、楠が『鬼封じの剣』を伝えてきたのは、この御方に教えるためだったに違いないと確信した。そして、小次郎、お前を見た時、柊様と同じ思いを感じたのだ」


「俺は柊とは違う。柊のようにはなれない」

 小次郎は自らを省みて、そう思う。


「いや、お前と柊様は似ている。お前たち二人とも誰かのために剣を振るう。たとえ、おのれの命が失われようと」

 否定した小次郎の顔を見ながら、宗近は確信に満ちた声で言った。


「今、領主にふさわしくないと柊様を蔑むものがいる、身の程を知らないとお前をあざ笑うものがいる。しかし、わしは姫様ほど、この国の領主にふさわしいものはいないと思っておる。姫様であれば、この国に絡みつく理不尽な理を、目に見えぬ鬼を倒せると信じておる。そして、」


 宗近は、小次郎の目を見る。


「お前ほど、姫様の命守にふさわしいものはおらん。姫様を守れるのは、この世でただ一人、お前だけだ。お前はわしの誇りだ。だから、この刀を受け取れ、小次郎」


――代々の命守が受け継いだ刀、代々の領主を守ってきた刀、それを俺に託そうととしている。

 

 小次郎の中で、宗近との出会いから今までの情景が蘇った。


――孤児を襲っていた小次郎を、自分の屋敷に連れ帰った宗近

――柊に負けんとした小次郎に、稽古をつけてくれた宗近

――鬼となった柊に殺されそうになった小次郎を、間一髪で助けた宗近

――重症を負った小次郎を、寝ずに看病してくれた宗近

――片目を失った小次郎を見捨てずに、命守と任ずるよう領主に頼んだ宗近


 もし、宗近と出会わなかったら、自分は野垂れ死んでいただろうと、小次郎は思う。宗近は、小次郎のことを、自分の命を懸けて誰かのために剣を振るうと言った。しかし、宗近に出会わなかったら、誰かのために剣を振るうなど考えてもいなかっただろう。


 小次郎が宗近の誇りとなったのであれば、それは宗近のおかげだ。宗近が柊とともに稽古をつけてくれたからこそ、今の小次郎がある。そして、宗近は、小次郎を信じて楠を託そうとしている。


――自分は、宗近の思いに応えなければならない。

――楠を受け継ぎ、いつの日か、自分もまた楠を誰かに託さなければならない。


「この刀に誓って、柊を守ります」

 宗近の思いを汲み取り、小次郎は宗近から刀を受け取った。


「頼むぞ」

 宗近が小次郎を送り出す。


「必ず、梟を倒して戻ってくる」

 小次郎が振り向いて言う。


 そして、照れくさそうに続けた。

「待っててくれ、親父」

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