第十八話 梟からの使者

「無実である我が家臣を捕らえただけでなく、あろうことか死罪にするとは、ご領主様におかれましては、いかように責任をとられるおつもりなのかと、我が主は怒り心頭でございます」

 梟の使者が、いかにも重大ごとが起きたかのように、梟の言葉を伝えた。


「無実とはどういうことだ。調べにより間違いなく、奴の仕業であったことは判明しておる。梟の家臣であれば、それこそ、家臣がこのようなことをしでかした責任を、どうとるのだ」

「我が家のものの仕業であることなど、ありえません」

 内心の怒りを押し殺た柊の言葉を、使者が涼しい顔で否定した。


「浮民が殺された日、梟様は、全ての家臣のものを招き、日頃の努め誠に御苦労と、ありがたくもねぎらっております。梟様のお屋敷にいたものが、いかようにして浮民を殺めることができましょうか」

「馬鹿なことを言うな!」

 ぬけぬけしい使者の言葉に、とうとう柊が感情を抑えきれなくなる。


「浮民が殺された同じ時に、あやつが近くにいたものを見たものもいる。ましてや、あやつ自身が、自ら殺したことを認めたのだぞ!」

「おおかた、よく似たものと間違えたのでしょう。他人の空似とも申しますし。それに、あ奴は気が弱うございましのたで、厳しい詮議に耐えかねて、やってもいないことを認めてしまったのでしょう」

 柊の言葉を、そよ風が吹いたかのように軽く受け流し、いかにも残念そうな素振りをみせた。


 そして、

「他にも何か、あやつがやったとでもいう証拠がおありでしょうか」

と逆に開き直った。


「そちらこそ、梟の屋敷にいたという証拠はあるのか!」

「ご領主様は、我が主が嘘をついているとでも、言われるのですか!」

 柊の問に、使者が心底怒りが籠もっているかのような態度をみせ、すかさず止めの一撃を撃つ。

「主だけでなく、葛の家のもの全てが証人でございます!」

 柊は怒りで体が振るえ顔を真赤に染めるが、返す言葉が出てこない。


 すると、使者は嘘のように態度を翻し、

「しかしながら、死んだものは戻って来ません」

と冷静な口調で続けた。


「ことが大きくなるのは、わが主としても望むところではございません」

 ことを大きくしている張本人が言う。


「死んだものも我が家では下っ端。この際、喧嘩両成敗ということで話を付けたいと申しております」

 神妙な態度で頭を下げる。


「寛大にも、下っ端の命を償うには浮民一人で十分と。法官方の浮民の首を切っていただければ、それで終わりにしたいと存じます」

「ふざけるな! 優人の首を切れだと! 最初から、それが狙いか!」

 使者の発した言葉に柊の怒りが爆発し、立ち上がって使者を始末しようとする柊を、周りの者達が力づくで押し止めた。


「御返事は一両日中に頂きたいと、主が申しております」

 捨て台詞を残して、使者が帰った。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


――さて、どうでるか。

 柊との面会を終えた烏豌うえんは、激昂した柊の顔を思い出し、心の中でほくそ笑む。

――梟様であれば、家臣の首など、必要とあらば、一つでも二つでも、いくらでも差し出すだろう。人形の首ぐらいにしか考えておられんからな。しかし、あの小娘には、そんな力量はあるまい。


 ここで折れれば、桐のわずかに残っている信頼は完全に地に落ちる。かといって戦えば、梟様に敵うわけなどない。どちらにしても詰んだな、と思いながら領主の屋敷を出ると、一人の男が道を塞ぐように立っていた。


「これはこれは、命守様」

「ずいぶん、汚いやり口を使うじゃないか」

 頭を下げる烏豌を冷たい目で見つめ、感情のこもらない口で小士郎が言う。


「さて。無実のものを殺したのは、そちらでは」

と烏豌が返すと、

「下っ端の命、それに加えて、浮民の子どもたち。いったい、お前たちは何がしたい。なぜ、そこまでする。そこまでして柊を追い落としたいか。梟が領主になって何をしたい」

と逆に烏豌を問い詰めた。


「さぁ、それがしは梟様にお仕えしているだけでございます。梟様のお心など、それがしのようなものに、わかるはずもございません」

「そうか。主が何をしようと興味ないか」

 小士郎が烏豌を睨みつけた。


 そして、

「俺なら、あいつが鬼になったら、殺してでもとめるがな」

と、力のこもった言葉を放った。


「家臣に命を狙われるなど、ご領主様もお気の毒に。梟様であれば、家臣がそのような口をきいたら、八つ裂きにしますがね」

「誰も怖くて逆らえないってことか」

 軽口で返す烏豌に、小士郎も哀れんだような口調を返す。


「逆らうも何も。下のものが上のものに従うのは、至極当然のことでしょう」

「力のあるやつが、弱いやつを踏みにじるのも、至極当然か?」

「言うまでもございません」

 そう烏豌がしたり顔で言う。


「どうやら、俺は主にめぐまれたようだな」

 挑戦的に言う小士郎に、

「さようですか。それがしも主にめぐまれたようです」

と烏豌も挑戦的に返す。


「お前は、命を懸けてでも主を守るか?」

「当然のこと」

 小士郎の問に、間髪入れず烏豌が答えた。


「そうか。そこだけは、お前と俺は似ているようだな」

 互いの考えは違うが、互いの立場は同じだ。


「ご領主様が、くれぐれも早まったことをなさらないよう、お気をつけなされ」

 そう言い残し、烏豌は立ち去っていった。

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