試練の章

第十四話 なまくら刀

 槐の後を継いで領主となったのは、柊だった。

 長子が後を継ぐ、女ではいけないという掟はない。蓮がまだ年若いこともあり、柊が領主となることに表立って反対するものはいなかった。しかし、心から歓迎するものもいなかった。


 領主となった柊が理解したことは、領主だからといって全て自分の思い通りにはならない、それどころか、自分の思い通りになることなど、ほとんどないということだ。

 形の上では、皆、領主に従う。しかし、何かを変えようとすると、変えた場合の難しさを口にする。何かを変えると、必ず他に影響が出る。それに対処しなければならないが、それをやらない。積極的にやらない。全てを柊に尋ねる、委ねる。

 しかし、領主として日の浅い柊には、細かいことはわからない。尋ねられても答えられない、委ねられても対応できない。だから、結局、何も変えられない。ただ、現状を認めるしかない。


 しかし、その現状を維持することさえ、柊には出来なかった。世の中は、必ず何かが僅かながら変化する。すると問題が起こる。しかし、その問題に対処することができない。問題が起きても誰も何もしない。かと言って、柊が指示しても、のらくくらりとかわされる。


 こうして、細かい問題が、一つ、二つと解決されないまま積み上がっていき、より大きな問題となり、ますます、対処することが困難となってしまう。柊のあせりが募るが、募れば募るほど空回りする。


 国が揺らぐ時、その矛先は真っ先に弱者に向かう。そして、弱者は弱者同士で争う。生き残るために。

 弱者が強者を襲うことはない。勝てないからだ。必然的に、自分より弱いものを探すことになる。だから、弱者同士で争うのだ。


 鬼ノ国での弱者同士の争い。それは、鬼民の孤児たちや、鬼民の貧しい者たちと、浮民との争いだ。鬼民の支配者たちには関係ない。鬼民の支配者たちに責任があるにも関わらず、誰も罰することが出来ない。直接、手を下しているものはいないからだ。


 治安が悪化する中、とうとう浮民に死人が出るようになった。しかし、殺したものは捕らえられず、捕らえられても罰されることがない。たとえ、罰されるとしても、ほんの形ばかりだ。

 そうなれば、浮民も自分の身を守らざるを得ない。しかし、浮民が鬼民を傷つければ、わずかな傷でも罰せられる。こんなことをしていたら、弱いものでも、いつかは我慢の限度を超える。例え、敵わない相手であっても、無駄を覚悟で戦うことになる。


「なぜ、捕らえない」

 評定の場で、柊が警備方を叱責する。


「捕らえております」

「逃してるものも多い」

「全てを捕らえるなど無理でございます。ご領主様は、我々が手抜きをしているとでも、言われるのですか」

「そうは言っていない。不十分だと言っておるのだ」

「では人を増やして頂かないと」


――まただ。また、できない言い訳をする。


「なぜ、裁かない」

 評定の場で、柊が法官方を叱責する。

「証拠がございません。我々は校正に裁くのが努めでございます」


――鬼民を襲った浮民が裁かれることはあっても、逆はない。そもそも、鬼民を裁くための証拠など、自ら進んで集めるわけながない。


「今日はこれまでだ」

 柊は失意のうちに、いつもと変わらぬ評定を終えた。


 権力というのは刀だ。強力な武器だ。刀を振るうものが強ければ。

 その刀を振るうものの強さを表すのが権威だ。この人の言うことには従おう、この人には力がある、皆がそう思うことで、振るう刀が鋭くなる。権威なきものが、権力という刀を振るっても、何も切れない。


 そして柊には権威がない。女として生まれた、それだけでなく、五年前の御前試合で、命守の小士郎が負けた。それも、戦わずして逃げるという、前代未聞の恥さらしだ。

 五年前に起きた事件の詳細は、固く秘密にされている。柊と小士郎は、病に伏せたということになっている。しかし、いかに子どもだったとはいえ、領主の長子と命守が、そろって病に伏せるなど聞いたことがない。力を尊ぶ鬼ノ国で、これは致命的だった。


 皆が形の上とは言え、柊に従っているのは、ただ現状を維持しているに過ぎない。何も変わらなければ、誰が領主であっても同じだ。そもそも領主など、いてもいなくても、どちらでも良い。


 しかし、柊は、なまくら刀を振るってしまった。

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