第十二話 命守

――そういうことか。


 小士郎は、宗近からすべてを聞いた。二十年前、槐が鬼となったこと。鬼となった槐を止めるため、宗近の息子の宗茂が死んだこと。


 語り終えた宗近は、怪我が癒えたら好きに生きよ、と小士郎に言った。街に戻りたければ戻ればよい、他の家に仕えたければ仕えればよい、できるだけの手助けをすると。


 自分は何をしたいのか、小士郎は自問する。

 左目の跡が疼くたびに、あの日の柊の姿を、柊の言葉を思い出す。


――領主の長子は情が深い、か。


――あの日、浮民が殺されたことを俺は知らなかった。

――だが、知っていたとして、柊の頼みを叶えたか。

――いや、叶えなかっただろう。

 

――もし、殺されたのが、優人や玲奈だったら?

――それでも、俺は叶えなかったろう。


――相手は、あの梟だ。

――殺そうと思っても殺せる相手ではない。

――殺す気で戦えば、逆に、返り討ちにあう。


――自分は、諦めることに慣れている。

――この世には、理不尽なことがあり、我慢するしかないとわかっている。


――だが、本当にそれでいいのか。


――柊は、見ず知らずの人のために、心が壊れるほど悲しんだ。

――あいつは、見ず知らずの人のために、体が壊れるほどの怒りに震えた。


――昔からあいつは、そうだった。

――子どもの頃から、人のために戦った。


――おまえは、すごいな。

 心の中で、小士郎は柊に言った。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 柊が歩けるようになるまで、半年がかかった。

 そして、歩けるようになった柊が真っ先に出向いたのが、宗近の屋敷だった。


「すまなかった」

 なまった体で、一人稽古をしていた小士郎に柊が頭を下げる。


「気にするな。お前のせいじゃない」

 稽古を止めた、小士郎が答える。


「いや、私のせいだ。お前には、どんなにわびても詫たりない」

 柊が頭を下げ続ける。


「だからお前のせいじゃないって言っているだろう。俺がお前より弱かった。それだけのことだ」

 まごうことなき小士郎の本心だ。


「私はお前の目を潰したのだぞ」

「ああ、そのせいで、間合いが掴みにくくなった」

「すまない」

 詫続ける柊に、とうとう小士郎がしびれを切らす。


「だから、あやまんなくていいって言ってんだろうが。領主の娘が気安く頭を下げんじゃねぇよ」

 そう言った小士郎に、

「領主の娘だろうが関係ない。悪いことをしたら詫びるのは当たり前だろ」

と柊が言い返した。


「お前なぁ」

 小士郎が呆れたような口調で言う。

「お前は、謝りに来たのか、それとも、あおりに来たのか、どっちだ」

「すまない」

 再び、柊が頭を下げる。


「お前の体の方は、どうなんだ。俺より酷かったんだろう」

「なんとか、動けるようにはなった。しかし、完全に元に戻るかはわからない」

「そうか」

 悲しげな口調で応えた柊に、小士郎もやりきれない口調で応える。


「あの時のことは覚えているのか」

「いや、ここに来てから後のことは、よく覚えていない」

 二人の間に漂う気まずい雰囲気を破るように、小士郎が問うた。


「だったらなおのこと、お前のせいじゃねぇだろう。覚えてないことを、いちいち謝るな」

「しかし……」

 小士郎の言葉に、柊が黙り込む。


 暫しの間、二人の間を沈黙がつつんだ。


「ところで、お前に聞きたいことがある」

 小士郎が下を向いている柊に尋ねると、柊が顔を上げる。


「もし、殺されたのが、優人と玲奈だったら、お前は、やはり梟を殺そうとしたか?」

「当たり前だろ!」

 小士郎が問いかけると、柊が即答した。


「殺されたのが、俺でもか?」

「決まってるだろう! 何を当然のことを聞いている!」

――当然のことか。

 小士郎は苦笑する。


「だったら、逆に俺が誰かを梟のように理由もなく殺したどうする? 俺のことを殺すか?」

「当たり前だ! たたっ斬ってやる!」

と怒り顔で答えた柊だが、急に訝しげな顔になり、

「もしかして、お前、誰か殺したのか?」

と聞いてきた。


「ははははは、」

 柊のとぼけた質問に、小士郎が大笑いした。


「何がおかしい!」

 柊が不機嫌そうな顔で怒る。


――そうか、俺が誰かを殺したら、お前は俺を殺すか 

 そうだな、柊なら本当に殺すだろうな、と小士郎は納得する。柊の心は、何事にも縛られない。


――生まれがどうとか、育ちがどうとか。

――浮民だろうが、鬼民だろうが。

――男だろうが、女だろうが。


 そんな事は、柊にとってはどうでもいいのだ。柊にとっては全部同じだ。

 柊が考えていることは、いいか悪いか、それだけだ。


 そして、柊はやさしい。誰よりもやさしい。だから、怒る。誰よりも、激しく怒る。たとえ、自分の身が砕けようとも。


 これからも柊は変わらない。だから、これからも柊はきっと苦しむ。一人で苦しむ。


――しかたねぇな。


「柊、そんなに詫たいなら、一つ、詫びの印に叶えて欲しいことがある」

「なんだ? 私にできることなら、なんでも言ってくれ」


 小士郎は、真剣な面持ちで身支度を整える。

 そして、柊の前に跪き、言った。

「己の命を懸けて、主を守ります。私を命守としてお認め下さい」

と。


 小士郎の神妙な姿を見て、柊が目を丸くした。


 そして、言った。

「何をいまさら。ずっと前から、お前は私の命守だろうが」


――こいつにはかなわないな。

 小士郎は、大笑した。

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