第十三話 桐と楠

「すまぬ」

 槐が宗近に頭を下げる。

「宗茂を死なせただけでなく、小士郎の目まで奪った。桐の家は呪われておる」

 槐の沈んだ声が、宗茂の胸に響く。


「我が一族の宿命でございます。お館様が気に病む必要はございません」

 宗近が神妙な態度で返答した。


「柊が生まれた時、ついに桐の宿命が終わったと思った。男しか生まれないはずの家で、初めて女が生まれた。皆は戸惑ったようだが、私は思った。とうとう救われた、全て私の代で終わった、もう二度と苦しむものは現れないと。まさか、このようなことになるとは」

 絶望した槐が続ける。

「宗近、なぜ、お前は柊に稽古をつけた。お前は『鬼封じの剣』を封じようとは思わなかったのか。なぜ、お前は『鬼封じの剣』を伝えようとする。楠の家の掟だからか」


 槐の問に暫し考え、宗近が答えた。

「それもございます。しかし、それだけではございません。姫様には他のものとは違う何かがある。それが、それがしが『鬼封じの剣』を姫様に教えた理由でございます。男しか生まれない桐の家で女として生まれたためか、それとも、幼い頃より浮民の子らといっしょに育てられたためか、姫の心には境がない」


 宗近が続ける。

「そして紛れもなく、剣術の才がある。お館様とわが子宗茂を鍛えた、この宗近の目に狂いはありません」


 槐が宗近の言葉を黙って聞く。


「姫様に最初に稽古をつけた日、それがしは思いました。楠が代々『鬼封じの剣』を受け継いできたのは、この御方に教えるためなのではないかと。今でも、その思いに一分のゆらぎもございません」

 自分の信念には間違いがない、という思いをこめて宗近が言った。


「だが、柊は振るってしまった。一生に一度の一振りを」

 槐が諦めたような口調で言葉を挟む。


 人間の体の限界を超えて振るう『鬼封じの剣』。振るうことで、死ぬものもいる。たとえ、生き残ったとしても二度と剣を振るえない。自分のように。


「しかし、姫様は、まだ子どもでございます。そして、子どもには大人にはない回復力があります。いつか、姫様が『鬼封じの剣』を再び振るえる日がくるかもしれません」

「また、鬼になると申すか。なんと残酷な」

「『鬼封じの剣』が身を滅ぼす災いとなるか、それとも、国を救う御業となるか、それは振るうもの次第でございます」

 宗近の言葉が、槐の胸に刺さった。


「そして、姫には、命を懸けてお守りする命守がついております」

「命守? 小士郎のことか? しかし、小士郎はそれでよいのか?」

 信じられぬ槐に、

「小士郎自身のたっての頼みでございます。本日、参上いたしましたのは、小士郎を姫の命守として正式に認めていただきたい、そう申し上げるためでもございます」

と宗近が深々と頭を下げた。


「本当に良いのか」

「小士郎ほどのものは、他にいません」

 念を押す槐に、宗近が一片の迷いもなく明言した。


「今回の件の後、小士郎には好きに生きよと申し渡しました。しかし、小士郎は全てを知った上で、おのれの命を懸けて姫様をお守りしたい、そう言っておるのです。例え片目が見えなくとも、命守のお役目を果たせるよう、それがしが鍛えますれば、ぜひとも、お認め頂きたく」

 宗近が、再び頭を下げる。


「お館様が御安じなさるのもわかります。しかし、姫様と小士郎を信じてみては。桐の運命にも、楠の掟にも縛られないものたちが、桐の力と、楠の意思をつなぐ。これには、きっと何か意味があります。二人だけでなく、蓮様にも、優人にも。今までのことわりにないものたちが集う。これは、きっと何かの兆しです」


――長男であるにもかかわらず脆弱な蓮。

――自分の罪滅ぼしのためにつれてきた優人。

――はたして、本当の何かの兆しなのか。ただ、前例のない事柄や、自分の犯した行為に、無理やり意味をもたせようとしているだけなのではないのか。

――宗近もまた、息子を失った悲しみから逃げるために、残った者たちにすがっているだけなのではないのか


 槐は、宗近のようには楽観的になれない。しかし、槐が覗き込んだ宗近の目には、希望があった。

 未来に縋っているのではなく、未来を信じているのだ。子どもたちの力を信じているのだ。

 過去に囚われ、未来を恐れているのは、ただ槐のみだ。


 片目を失った小士郎でさえ、自分の目を奪った柊を、おのれの命を懸けてでも守る価値のある人間だと認めているのだ。


 柊が生まれた時、間違いなく自分も希望を感じた。ならば、何があっても信じ続けるのが、親の役目ではないのか。自分ができなかったからと言って、娘もできないとなぜ決めつける。柊の素晴らしさを、自分が一番わかっているはずではないか。


 槐は宗近を目を見つめて言った。

「宗近、柊を頼む」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 鬼封じの剣を振るうことが出来ても、伝えることができない「桐」。

 鬼封じの剣を伝えることが出来ても、振るうことができない「楠」。


 二本の木が、鬼ノ国を支えてきた。


 五年後、槐が死んだ。

 一本の木が倒れ、もう一本の木もまた、倒れようとしている。


 しかし、二本の木を受け継ぐ若木は、まだ育っていない。そして、そこに「葛」が絡まる。

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