第五話 鬼の住む国

「父上!」

 領主の館に柊の声が響く。

「お知らせしたいことがあります」

 父であると同時に鬼ノ国の領主である槐に、柊が怒りの形相で訴える。

「何事か」

 感情をあらわにする柊とは正反対に、槐が日ごろと変わらぬ態度で応じた。


「三人の浮民の若者が、斬り殺されました」

 そう柊が息せき切って答えると、

「詳しく話してみよ」

と槐が促した。


「一昨日、浮民の里の若者が作物を売るため街に行きました。帰る途中、一人が用を足しに行って戻ると、他の者達が殺されていたのです!」


 柊が続ける。


「浮民の里では、鬼が出たと恐れるものもいます。しかし、何者かがやったに違いありません。わずかな時間に、浮民とはいえ三人もの人間を殺すとは、ただものではありません。まちがいなく腕利きの鬼民の仕業です」


 槐が黙って聞く。


「一人は一撃で頭から斬り殺されています。もう一人は、腹が潰されています。蹴り殺されたと考えて間違いないでしょう。最後の一人は、地面に叩きつけられて首が折られています」


 柊が更に続ける。


「こんな真似が出来るのは、『鬼封じの剣』の使い手か、」

 柊が一旦言葉を止め、

「梟しかいません」

と締めくくった。


「今までも、鬼民による浮民への乱暴はありましたが、今回のことは正気の沙汰ではありません。ただちに梟を捕らえて下さい」

 訴える柊に、槐は無言のままだ。


「父上!」

 言葉を促す柊に槐が言った。

「何か証拠でもあるのか」

と。


「証拠ですと! 何を悠長な。ひっ捕らえて調べればわかることです」

「なぜわかる」

 声を荒げる柊に、冷静に槐が問う。


「足取りをつかめば、あの日の夜にどこにいたかわかるはずです。刀を調べれば、血糊の跡もあるでしょう」

「無理だ。刀など既に処分しているだろう。浮民が殺されたときも、別の場所にいたと他のものが証言する。梟を捕えることなどできん」

 なんとしても槐を捕らえんとする柊に、槐が淡々と否定の言葉をつむぐ。


「だったら、どうすればよいのですか!」

「何もできん。鬼の仕業と諦めるしかない」

 憤る柊に、そう、槐が突き放すように言った。


――浮民を三人も殺しておいて、何も咎められないだと? そんな馬鹿な。


「だったら私が始末します! 人を殺しておきながら、何の咎めも受けないのであれば、私も同じでしょう!」

「お前は戦をするつもりか? 仮にも梟は葛の当主だ。黙って殺されると思うか? 家をあげて梟を守るだろう。梟自身も強者だ。それに、」

 怒りを爆発させる柊を槐がさとす。そして、一呼吸おいて、耳を疑うような言葉を続けた。

「殺されたのは浮民だ。下手をすれば他の鬼民たちも敵にまわる」


「浮民も鬼民も同じです!」

「そう思うものは少ない」

 怒り心頭に言う柊に、槐が普段家臣たちには見せることのない、諦めたような弱々しい態度を見せた。


「理不尽に殺されて、黙って耐えろというのですか! 優人は、二十年ほど前にも鬼が出て、里のものが殺されたと言っています。それだって、鬼民の仕業に違いありません」

 柊の怒りは収まらない。


「二十年前か、……」

 槐が柊の言葉に動揺した。


「そうです。一度ならず二度も、もしかすると、他にもあるかもしれません。葛が何度も非道なことを繰り返しているのならば、たとえ、戦になったとしても止めるのが領主の役目ではないのですか」


 そう訴える柊から、目をそらし、槐が言った。

「二十年前の件は、葛の仕業ではない」


 そして、心の中の苦しみを吐き出すように続けた。

「あれは私だ」

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