第三話 御前試合
十年に一度、鬼ノ国では、鬼民の有力者の間で、武術の優劣を競う御前試合が行われる。
国の要職は、有力者の一族が代々受け継いでいる。ただし、強さを第一に尊ぶ鬼ノ国では、御前試合の結果で人々の見る目が変わる。下位の者に負けるようでは、舐められるだけでなく、地位そのものも危うくなる。
そのため、国の有力者たちは最も頑強な子を自分の後継にする。幾代もそれが繰り返される。
人間も動物と同じだ。掛け合わせれば、改良される。有力な一族ほど、その傾向が顕著となる。そうして作られた強者たちが戦うさまは、もはや、人間同士の力比べではなく、化け物たちの力比べだ。
御前試合の会場に、続々と人が集まる。
試合に参加するもの、試合を眺めるもの。
そして、鬼ノ国の領主一族が姿を表した。
圧倒的な存在感で、ひときわ目を引く、現領主
長子でありながら、女の柊。
領主一族の定めで脆弱な、蓮。
その場にいるものは一様にひれ伏すが、心中で何を考えているのか、それはわからない。
「御前試合を始める」
槐の低く、荘厳な声が試合場の隅々まで響き渡った。
「審判は楠宗近が務める。勝敗は全て宗近が判定する。宗近の判定に異議を唱えるものは、直ちに負けとする。よろしいな」
槐に異議を申し立てるものなどいない。
「では宗近。始めよ」
「はっ」
宗近が試合場に入り、中央に立った。
「第一試合を始める」
宗近が宣言し、試合場に一人の男が登場した。鬼民の中でもひときわ頑強な体をしている。そして、巨体だ。
そして、もう一人。均整が取れた体は、さきほどの男に比べれば一回り小さい。しかし、この男が表れた途端、場の空気が変わった。見た目には異様さはない。どちらかと言えば整った顔立ちの男だ。しかし、異様だ。内に秘めた力が否応なしに溢れ出る。異常とも思える強さがほとばしる。
御前試合は、一対一で強さを競う。真剣の利用は禁止だ。木刀や木槍を使い、勝敗を競う。そして、勝ち残った者同士がさらに戦い、最後に二名が残るまで戦いを続ける。
そして、決勝は日を改めて開催される。
なぜか? 勝者が万全の状態で戦うためか? 違う。
敗者が万全の状態で、戦いの様子を見るためである。
試合によっては、敗者が数日起きあがれないことがある。全ての者に、最強の鬼民が誰かを一点の疑いもなくわからせるためだ。
「始め!」
宗近の合図とともに試合が始まった。
巨体の男が剣を振るう。木刀といえども、この体で振るわれれば、当たれば命の保証はない。相手の男は、巨体の豪剣をかわすが、だんだんと試合場の奥へと追い詰められていく。
そして、男の逃げ場を封じた巨体が木刀を振りかぶった。一刀に全身の力をこめ、木刀を振り下ろした。
逃げ場はない。何物も豪剣を受け止めるのは不可能だ。万が一、受け止めようものなら、腕の骨ごと叩き折られる。
しかし、男に追い詰められたものの怯えはなかった。
巨体の木刀が相手の脳天を打ち砕く! しかし、その寸前、男が木刀で受け止めた! しかも、片手で!
男の体が回転し、跳ね上げた足が巨体の顎を打つ!
鈍い音が広がり、巨体の足がふらつく。その体の重心が浮いた瞬間を逃さず、男が投げる!
巨体が宙を舞い、沈んだ。
「一本、それまで!」
宗近が試合を止めた。
剣で払い、足で蹴り、そして投げる。
「まるで、『鬼封じの剣』だな」
勝利した
「わしの弟子と、いい試合になりそうじゃ」
笑いながら言う宗近の言葉を、梟が鼻で笑う。
「孤児の男など、話にならん」
そう捨て台詞をはき、去っていった。
梟。
鬼ノ国で代々の領主を務める桐、代々の領主の命守を務める『鬼封じの剣』を振るう楠と並ぶ、鬼ノ国の最も古い家系の一つ、葛の現当主。
鬼民の中でも、この三つの家系は、常に傑物を排出してきた。強さを尊ぶ鬼ノ国では、傑物とは強さに長けたものを指す。他を圧倒する力でもって、歪んだ世界を有無を言わせず統治する。
桐の長子は常に男だ。なぜか、それはわからない。しかし、常に男だ。いや、男だった。そして、強い。まるで、これから生まれてくる他の兄弟の力を、予め吸い尽くして生まれたかのように、兄弟の中で常に抜きん出る。
そして、楠は『鬼封じの剣』を伝える。剣術、蹴技、投技を組み合わせた常人には振るうことの出来ない技を。
しかし、今、何かの僥倖か、それとも、滅びの印か、両者に異変が起こった。
桐の長子として、女が生まれた。
楠の跡継ぎが亡くなり、孤児の男が弟子となった。
万全なのは、ただ葛のみ。ただ万全なのではない。幾代も掛け合わされ、強さを極めた者が生まれた。それが、梟だ。
十年前の御前試合、わずか十五にして、梟はなみいる強豪を倒し、頂点に立った。そして、その三年後、十八で家督をついだ。先代の突然の死だった。三家の当主は、頑健な体故か長命なものが多い。若くして死ぬ場合は、殺されるか、もしくは、不慮の事故で死ぬか。はたして、先代の死はどちらか。
強さとは体の強さだけではない。えてして、残虐なものほど強くなる。そして、葛は、強さを求めた。何代も、何代も、かけ合わせた。いったい、葛は如何様なものを、作り上げたのか。
御前試合は、粛々と進んだ。試合ごとに勝者が生まれる。また、それと同じだけの敗者も。
そして、小士郎が登場した。
――あいつが、宗近が拾ってきた子どもか。
――貧相な体つきだ。どこの馬の骨ともわからん。
――宗近も、息子が死んでから、衰えたな。
――これで、楠も終わりか。
小士郎を冷ややかに見つめるものたちが囁く。
小士郎の耳にはっきりと聞こえるわけではない。しかし、小士郎には彼らが、何を言っているのかわかる。
こいつらは俺の負けるのを見たいんだな、小士郎の心に冷たい敵意が湧き上がる。その時、背中から声がかかった。
「おい、小士郎! 私以外に負けたら承知せんぞ」
声のした方をみると、そこには、ふくれっ面した顔の柊がいた。本来なら自分が出たかった、しかし、領主の一族は出られない。代わりにお前が出るのだから、勝って当然、無様な姿は見せるなよ、と念を押すような顔をした柊が。
皆が負けを望む中、ただ一人小士郎の勝ちを疑わないものがいる。本来ならうれしいはずの状況だが、こいつに応援されるぐらいなら全員敵のほうがましだ。小士郎もまた、ふくれっ面で試合場に入る。と、そこにはすでに対戦相手がいた。いや、対戦相手というよりも、化物が。
巨体、いや、巨人だ。体躯に優れた鬼民の中でも、こんなものは滅多にいない、いや、国中に一人いるかいないかだ。背丈も幅も、ゆうに小士郎の倍はある。そして、腕の長さも。
腕が長いということは、もっている武器も長いということだ。巨人の持つ木刀の長さも小士郎の倍はある。つまり、小士郎の届かないところから攻撃が可能となる。
「はじめ!」
合図とともに、巨人が小士郎に襲いかかる。
自らは攻撃を受けないよう、小士郎の間合いの外から攻撃する。
ただ、小士郎は逃げ回るのみ。外野からは、小士郎を揶揄する声が囁かれる。
――駄目だあいつは。
――あれが次の領主の命守か。
――女の領主に、孤児の命守。
――この国はどうなるんだ。
そして、ついに、小士郎は逃げ場を失い、試合場の隅に追い詰められた。
巨人は両腕で木刀を握り、上段に構える。
勝ちを確信した巨人は、にやりと不敵に笑い、木刀を振り下ろした!
まるで轟音を立てるかのように強烈な一撃が小士郎を襲い、
「うげっ」
巨人が痛みに呻いた。
小士郎が巨人の一撃を受け止めたのだ! 巨人にとっては、渾身の力で動かぬ壁を打ち下ろしたようなものだ。その力は、全て自分の腕に跳ね返ってくる。その一撃が強いほど反動も大きい。
隙を見せた巨人の腹に、小士郎の蹴りが入る。
「うぐっ」
体勢を崩した巨人の足を、小士郎が払う。
ドカン。巨人が倒れる。
倒れた巨人の顔面に、小士郎が木刀を突きつける。
「一本、それまで!」
小柄な小士郎が、自分の倍する巨人を倒した光景に、場がどよめいた。
――あれが、宗近が拾ってきた子どもか。
――あの小さな体で、自分より遥かに大きな相手を倒すとは。
――さすが、宗近だ。人を見る目がある。
――これで、楠も安泰か。
試合場を去る小士郎と柊の目が合う。
「ま、当然だな」
柊の言葉に、小士郎が苦笑いで答えた。
――弱いな。
小士郎の試合を見た梟が、心の中でつぶやいた。
――あの程度の斬撃を、片手で防げぬとは。
――あの程度の蹴りでは、案山子も倒せぬ。
――あの程度の相手を投げ飛ばせぬとは、なんと貧弱な。
――こいつに『鬼封じの剣』は振るえぬ。
――もはや楠は恐れる必要なし。
梟は一人、胸中の笑いを押し殺すのだった。
梟と小士郎、二人の実力は他の者を圧倒していた。順調に勝ち進む二人、そして、二人以外は全て敗者となった。
決勝は日を改めて行われる。二人の雌雄が決するのは五日後だ。
試合場を後にした梟は、帰り道、今日の試合を振り返る。
――俺があの程度の奴に負けるはずがない。
――だが、万が一ということもある。
――勝負の行方を決するのは、力と技だけではない。
――最後の最後、勝敗を決めるのは、覚悟だ。
――斬られる覚悟だけでなく、斬る覚悟も必要だ。
「何人か切っておくか」
冷たい薄笑いを浮かべ、梟の口から言葉が漏れた。
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