第20話 Personal Space【2】

「お前、ここに何しに来たの?」

「燃えていたから人命救助」

「だったら助けろよ!」

「助けるか助けないかと言われたら、正直、助けたくない」


 そういえば、目の前の人物を殴ったことがきっかけになって自分はここへ来たのだ、という事をエシュは思い出した。

 相変わらずの無表情で葵はこちらを見下ろしている。


 己がそれなりに友好関係やら何やら悩んだりしているにも関わらず、当の葵は涼しい顔を崩さないことに、エシュは無性に腹が立つのを感じた。


「で? 人命救助とやらに来たんだろ? こんな所で油売ってる場合かよ」


 素直に『助けてください』とは言えなかった。正直、さっきまで覚悟してはいたが、やはりエシュは死にたくはないと思っている。それでも出来なかった。

 本当は助けてほしかったが、葵はついさきほど己を殴った相手を助けてやるような男では絶対ないだろう、とエシュは想像できていた。


 葵はどうあっても頑固な性格であることは明白であった。

 今、助けてくれとすがって命乞いをしたところで、彼は無条件にエシュを救助するのをためらうだろう。そうエシュは信じていた。


「いや、他に救助がいる人間はいなかった」

「は!? いや、確かこの近くで子供の泣き声が……」


 と、言いかけたところで葵の眉間にしわがよった。


「お前はいつもそうだな……」

「あ?」

「いつもいつもいつも、他人の事ばかり心配して。それでお前に何の利点があるんだ?」


 見下ろす葵は、じっとエシュを冷たく見つめている。


「お前にとってマイナスの事しかないのに……」


 葵にとって自分自身の存在は宇宙人の様な存在なのだろう。生活にいきなり入ってきて、生活を壊されて、さらには殴られて。

 それでも、聞いてくるだけ進歩したもんだと苦笑する。TPOと不器用な投げかけには目をつむってやろう。


「俺だってそこまで出来て人間じゃねーよ。世界平和なんて大それたこと考えた事なんてないね」


 カートゥーンのヒーローじゃあるまいし。エシュは自嘲的に笑った。過去に憧れた人物、でも歳を重ねる度にその人物には絶対に届かないと言う事を学んだ。


「強いて言うなら、自己満足さ。自分の手の届く範囲で、どうにかできるのならどうにかしたいって足掻いてるだけ……それだけだ」


 轟音と炎の赤が支配する空間なのに、葵のため息が聞こえた気がする。


「……お前、底抜けの馬鹿だな」

「知ってる」

「お人よしで、損ばかりして、報われない」

「それも知ってる」

「人に迷惑ばかりかけて、自己中心的でだらしがない。大雑把で尾行もへたくそ……」

「おい、ちょっと待て!! 途中からおかしくなってないか!?」


 目を見開いた瞬間、しゃがみこんだ葵から渾身のデコピンがお見舞いされた。額から行けた衝撃は、頭蓋骨のガードを突き破り、脳髄へと痛みを伝達させる。

 なんだこの痛み、こいつ化け物か。


「…………っ!!!!!?」

「これでイーブンだ。助けてやる、へっぽこ探偵」


 痛みに悶えるエシュへ、スッキリ顔の葵は手を差し出してきた。


「……お前、本当は性格悪いだろ」

「知らなかったのか?」


 腹が立ったので、掴んだ手に思い切り力を入れてやった。

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