第4話 crowding【2】

 この男は、暴走し始めている。根拠こそないものの、レイモンドはそう確信していた。


「俺だって自分が叩きこんできた犯罪者と同じブタ箱にゃ入りたかねーよ。メシも不味いって聞くし」


 いたって軽い口調でエシュは、犯罪者の仲間入りの可能性を否定して、瓶の中の液体を勢いよくあおる。

 時間の経ったビールは何とも間の抜けた味で、気だるい苦さはただ不味いだけで、人を不快にさせた。


 それが今は自分に良く似ていて似合いの飲み物であるように感じていた。


「だったら……」

「俺がジョン・ドゥを見つけ出して、そいつを殺して、そしてお前が俺を殺せばいい。それで世の中めでたしめでたしだ」

「……おい」


 話を続けようとしたレイモンドを遮り、エシュは一方的に言い放った。本人はその発言の自虐的な響きに気付いていないようだったが。

 しかし、レイモンドの言葉にはかすかにではあるが怒りがこもっていた。


 やけを起しているとしか思えない彼の物言いに、レイモンドは反論したかった。だがそんなレイモンドから逃げるようにエシュはスツールから降りる。


 話はもうこれでおしまいだろうと言わんばかりにレイモンドの呼びとめに応じようとせず、簡単に帰り支度を始めた。


「まぁ、冗談だ。レイの説教は肝には銘じておくよ」


 そうエシュは言い残して、振り向きざまにレイモンドの肩を軽く叩き、席から離れた。もう今日はこれ以上話をする気はないのだろう。


 そして一度もレイモンドを振り返ることなく、空いた片手をひらひらと振るだけの挨拶を残して、エシュはバーを後にした。



 彼の飲み食い分の伝票が、一瞬のすきを突いておのれの胸ポケットに滑り込まされていることにレイモンドが気付くのは、その数分後のことだった。

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