アサちゃんとお出かけ(2)

宣言どおり、彼女は遊園地をめぐった。めぐりにめぐった。何周かした。


「さっきのベンチにハンカチ置いてきちゃいました」

 もう僕にはさっきのベンチがどこにあったかわからなかったので、彼女は一人で取りに行ってしまった。僕がいま腰掛けているこのベンチはなんなのだろう。見ての通り、僕はもうくたびれていた。遊園地なら気を張らないだろうなどと考えていた僕が愚かだったのかもしれない。

 彼女は、本気で遊びまわっていた。人と出かけることに慣れているつもりだったが、彼女のパワフルさは前例がない。

「だって、先輩と遊びにきた~と思わないと、自然じゃないじゃないですか」

「撮影しながら遊ぶのは体力がいるなと思いました」

「急に作文になっちゃいましたね」


 見かけどおりのゆるふわ女子かと思っていた。いや、いきなり声をかけてきたり即行動に移したりしてることを思えば、想像通りではあったが。彼女が撮ってほしいというタイミングと、僕が勝手に取るタイミングと、分かれているので被写体も大変なはずなのだが元気だ。


 人ごみの向こう側に、彼女の姿が見えた。どうやら僕のことを探しているようだ。立ち上がり声をかけると、彼女の手には飲み物が二人分。


「ああ、びっくりさせようと思ったのに」


 本気でがっかりしている彼女から差し出されたホットコーヒーを受け取った。まだ4月で肌寒い、少し話をするには、温かい飲み物がちょうどいいだろう。

 昼食の時間は過ぎていたが、休日と言うこともあって、休憩用に置かれているテーブル席はほとんど埋まっていた。机が必要なわけでもないし、ちょうどいい芝生に並んで座る。

 家族連れはシートを敷いていたが友達グループやカップルは直接芝生に腰を下ろしている。彼女は持参したピンクと白の縞模様のシートを広げた。

「小学校のとき、こうして家族でご飯食べました。一応と思って持ってきたんですけど、天気がいいから気持ちいいですね」

 彼女はそういいながら、シートに横になる。一人用のシートなので、僕の座るところはなくなってしまう。

 僕のほうからリズミカルな音が鳴っているのに気がついて、彼女は勢いよく身体を起こした。

「ゆ、油断した」

「やっぱり?」

 油断、と彼女が表現した理由は、理解できる。

 彼女は自然体でレンズを全く気にしないといったように振舞っていた。それが『自然体過ぎた』のだ。それでももちろん目を惹いた。写真を撮られている彼女を見て、モデルかなあという声も聞こえた。


 だからこそ、味気ない、汎用性の高い、どこかにありそうな、そんな写真になっていた。


 油断したと言ったが、彼女の真の自然体の姿を思わず撮ってしまったのは、やっぱり素敵だからだ。彼女の誘いに乗ったのは、正解だったな、と改めて思う。

「隙をつくなんて、卑怯ですよ」

「うん、本当だね」

「認めちゃった」

「認めちゃいますねえ」

 口当たりの軽い会話をしているが、僕はかなり落ち込んでいる。彼女は手ごわい。つまり、カメラマンの腕がないと言ったらそれまでなのである。


 敷いたビニールシートに僕が座る分のスペースを空けてくれたので、彼女と並んで座る。右側から覗き込む彼女に見えやすいよう、僕は撮影に使ったデジタルカメラの液晶を傾けた。僕が撮った写真のほとんどは小奇麗なものになっていた。

 それ以外の、着ぐるみに抱きついている写真や、フォトスポットでポーズを決めている写真、彼女に言われてシャッターを切ったそれらのほうが断然いい。凡庸ながら、写真を撮るときのコツを説明しつつ撮った写真を次々に見せていく。

 彼女がほしい写真は十分撮れているだろう。


「ん~悔しい」

写真を見終えると、彼女は最後の写真を見つめてそう言った。


なるほど、そういうことか、わかった、なんでだろう。独り言を繰り返して考えている。僕はカメラにつけたストラップを首にかけたままにしてしまったので、彼女が集中して写真を見ようとすればするほどぐいぐい引っ張られてしまう。

「アサちゃん、ちょっと首が取れそうだなあ」

「あ、ごめんなさい!」


 彼女は慌てた様子でカメラをこちらに返して、一度視線を逸らしてから、僕のほうへ向き直った。

「これじゃあダメです。先輩。ダメダメです。次に期待です」

「何がダメなの?」


「この中にはベストショットがないじゃないですか。先輩、写真のコンクールに出すって言ってましたよね?それに選べるようなのはないんじゃないですか?」


「アサちゃんはアサちゃんの気に入るものがあるかどうか、それだけで判断していいよ」

「それならもう十分ですけど … … 」


 見返しながら僕自身も、あんまり人物写真は向いてないのかなと感じていた。別にそうしなきゃいけないわけじゃないんだ。僕に付き合う義理は無い。それなのにストレートにダメだしをしてきた彼女は次の言葉を少し考えてから続けた。


「見てみたくなりました。先輩が、一番いいって思う、切り取った瞬間の私を」


 それに、旅は道連れ世は情けですよ。そう続けて彼女は笑った。


 僕に、撮れるんだろうか。

 僕に、君が。

 撮ってみたくなる、欲しくなる。

 どうしたら、いいんだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る